第七話
「作戦〜その2〜」
◆作戦名◆
危険だけどチャンスに変えてしまおう作戦
翌朝、早い時間にサラはカールの様子を見に行った。 カールは何となくぎこちない雰囲気でテントから顔を出したが、サラがいつもと変わりないの ひょうし で、思わず拍子抜けしていた。 は カールの後頭部を触診したサラは、腫れがだいぶ引いているとわかり、安心した様に微笑ん でみせた。 「良かった…。これだけ腫れが引いていれば、もう安心ね」 「心配掛けてすまなかったね」 「ううん。私が怪我させちゃったんだし、これくらい当然の事だよ」 「…ありがとう」 カールが素直に礼を言うと、サラは晴れ上がった青空の様な笑みを浮かべた。 「ふふふ、どういたしまして。あ、でもまだ無理はしないでね。訓練も良いけど、しばらくは安静 に過ごした方がいいわ」 「わかった、そうする」 「それじゃ、私そろそろ行くね。何かあったらすぐ知らせて」 「ああ」 そこまで心配しなくてもいいのにと思いつつ、同時に幸せを感じながら、カールは笑顔で手を 振るサラに手を振り返した。 その後、すぐに遺跡へと出発したサラ達一行は、さほどの問題も起きる事なく順調に砂を撤去 ば していき、毎日ほとんど変わり映えのしない生活を送り始めた。 唯一変化があったのは手伝いの兵士達が毎日違うメンバーになっていた事だが、どうやらカ つか ールが皆に気を遣い、全員が手伝いを出来る様にローテーションを組んでいたらしい。 そんなこんなで、手伝いに選ばれた者は喜んで遺跡に出向くのだった。 一方、ステアとナズナは週一回の休日に作戦を決行する為、撤去作業をさぼって作戦を練り 続けていた。 しかしその大切な休日をサラは『皆に料理を振る舞う日』と決めていた為、ハッキリ言って作 戦どころではなかった。 前回の様に無理矢理休日を作るという手もあったが、その手は最後の手段として残しておこ うと思うステア達であった。 * そんな日々が何日も続いたある日の朝、サラはステアとナズナに資料整理をする様に指示を 出した。 今までの発掘状況を見直し、これからの作業方針を決める為だ。 今日は遺跡へ行かないと知ったステア達は、今こそ作戦を実行に移す時とサラの指示を無視 さが してカールを捜し始めた。 しかしそんな日に限ってカールは朝早くから訓練に出ており、とりあえず留守を任されている 兵士に聞いてみると、夕方にしか帰って来ないとの事であった。 はちあ 仕方なく二人がトボトボとテントへ戻ると、入口で怒りながら待つサラと鉢合わせになった。 「どこへ行ってたの?まだ資料整理が終わってないでしょ?」 『…は〜い、わかってま〜す』 どことなくステア達が落ち込んでいる事に気付いたサラは、テントに入ろうとしている二人を呼 び止めた。 「待って、資料整理は私一人でするわ。あなた達は機材の整備をしてきてちょうだい」 「は、はい!わかりました!!」 「任せて下さい!」 ステア達はいきなり元気を取り戻し、満面の笑みを浮かべた。 外にいれば、いつカールが帰って来てもすぐにわかると思ったのだ。 あき 嬉しそうに駆けて行く二人を見送ったサラは、少々呆れた様な笑みを浮かべながらテントへ入 って行った。 ステアとナズナはサラが気を遣ってくれたとは全く気付かず、楽しそうにおしゃべりしながら機 材置き場へ向かった。 その道中、何気なく後ろを振り返って見たナズナは、突然ギョッという顔をすると立ち止まっ てしまった。 「どうしたの?ナズナ」 「あ、あれ…」 ナズナは震える手で研究所のテントを指差した。 ステアはどうしたのだろうと思いつつ、ナズナが指差した方を見てみると、研究所のテントの 傍に誰かがポツンと立っているのが見えた。 外見に大変特徴のある人物だったので、ステア達はすぐに誰なのかがわかった。 「あれって確か…副官の……」 「マルクスって人だよね」 「どうしてここにいるんだろう?訓練中のはずなのに…」 うかが 二人は思わず物陰に隠れて様子を伺った。 すると、マルクスは辺りをキョロキョロと見回し、こっそりと研究所のテントに姿を消した。 とど 驚いたステア達は慌ててテントへ戻ろうとしたが途中で踏み止まり、全く別方向へ走り出して いた。 やはりこういう時は、頼りになる人物に助けを求める方が良いと判断したのだ。 丁度その頃研究所のテント内では、サラがパソコンで発掘のシミュレーションを行っていた。 モニターを集中して見つめているサラに、マルクスは極力物音を立てずに近づいた。 「誰!?」 背後から近づく人の気配を察知したサラは、すぐに振り返って鋭い声を出した。 あらわ こわ そして近づいて来た者の顔を見ると、より警戒心を露にしながら顔を強ばらせた。 「あなたは確か…副官の……」 「マルクスです」 と マルクスがいやらしい笑みを浮かべて名を名乗ると、サラは警戒を解かずに身構えた様子で 彼に話し掛けた。 「…何のご用かしら?」 「あなた方がどういう研究をなさっているのか興味がありましてね。ご迷惑でなければ、少し 発掘資料を拝見させて頂けませんか?」 「別に……構わないけど…」 「ありがとうございます」 マルクスは笑顔で礼を言い、机の上に広げられている地図や書類に目を通し始めた。 サラはまだ警戒していたが、このままでは今日中に資料整理が終わらないと思い直し、急い で入力を再開した。 サラが作業に集中し始めたのを見計らい、マルクスはすぐに書類から目を離すと、傍にあるコ ーヒーメーカーの前へ移動した。 「コーヒーでもお入れしましょうか?」 「ええ、お願い」 サラは作業に集中していたので、余り深く考えずに返事を返した。 な 彼女の返事を聞いた瞬間、マルクスはこっそりと不敵な笑みを浮かべ、いやらしく舌舐めずり した。 そそ カップにコーヒーを注ぎつつ、軍服のポケットから小さな紙包みを取り出すと、中の白い粉を一 緒に入れて何度もかき混ぜた。 その白い粉は軍の医療班から失敬してきた物で、マルクスにとって目の上のたんこぶとも言 おとしい えるカールを陥れる為に用意していたのだが、先日のレーザー事件以来、彼の標的はサラへ と変わっていった様だ。 マルクスは怪しまれない様に自分のコーヒーも用意し、不気味な程の笑顔でサラにカップを差 し出した。 「どうぞ」 「ありがとう」 サラはカップを受け取ってから、このコーヒーはマルクスが入れたのだと思い出し、不安になっ て中を見つめた。 「ははは、毒なんて入っていませんよ」 マルクスは冗談めいた口調で言い、持っていたコーヒーをグイと飲んでみせた。 余り長く怪しむ訳にもいかず、サラは意を決してカップに口をつけた。 ほころ すると思ったよりおいしく、少し安心して顔を綻ばせた。 いつも使っているコーヒーメーカーなのに、こんなにもおいしくなるとは驚きである。 「コーヒー入れるの、上手なのね」 「慣れですよ、慣れ」 笑って答えるマルクスに、サラはなるほどと頷いた。 軍人にとってコーヒーは必需品らしい。 だからカールもあれ程おいしくコーヒーを入れられる様になったのだろう。 サラはほんの少しだけ気を良くし、再び入力を始めた。 そうしてしばらく入力を続けていると、突如サラの体に異変が起きた。 しび どういう訳か、体が痺れて動かなくなってきたのだ。 「どうかしましたか?」 マルクスはにやにや笑いながら尋ね、その笑顔によって全てを察したサラは、ゆっくりと振り にら 返って彼を睨み付けた。 「あなた…まさか……」 「ようやく薬が効いてきたらしいな」 突然マルクスは口調を変え、カップを机に置くとサラの傍へ歩み寄った。 サラは痺れつつある体を必死に動かそうと努力しながら、嫌悪感を露にしてマルクスを睨み続 けた。 「こんな事をして……ただで済むと…思ってるの……?」 「ただで済まないのはあんたの方じゃないのか?」 「……え?」 「シュバルツはうまく丸め込んだようだが、俺はそうはいかんぞ」 マルクスは勝ち誇った様な顔を見せ、周囲には誰もいないというのに小声で話し始めた。 「プロイツェン閣下には内密で発掘に来たのだろう?もし誰かが閣下に知らせたとしたら…あ んたの研究所はどうなってしまうかな?」 きょうはく 「………私を…脅迫するつもり…?」 「さぁて、どうだろうなぁ。頭の良いあんたなら、俺が何を望んでいるのか、大体察しは付いて いるんじゃないのか?」 しか サラはマルクスに自分の体をジロジロと見られている事に気付くと、思わず眉を顰めた。 「まさか………私…なの!?」 「ご名答。よくわかっているじゃないか」 マルクスはサラのすぐ傍まで近づき、彼女の体を舐め回す様にじっくり観察し始めた。 ねら 「あんたの事を狙っている士官は結構多いんだぜ?だが、皆あんたに遠慮して行動を起こさ ないでいやがる。だから俺が第一号になってやろうって訳だ。光栄に思えよ」 「あなたみたいな…最低な軍人……初めてだわ…。シュバルツ少佐とは……大違い…」 サラの口からカールの名が出て来ると、マルクスは心底不機嫌そうな表情を浮かべた。 「ふん、あんな平和主義者が最高の軍人だと言いたいのか?」 「…そうよ」 じき 「笑えない冗談だな。この帝国に平和主義者など必要ない。直に俺があいつの上官になっ て、その事を証明してやる」 「そんなだから……年下の少佐に…勝てないのよ……」 「何だと!?」 サラの言葉にマルクスは顔を引きつらせ、怒りを露にして彼女を睨んだ。 年下であるカールに従う事が、プライドの高いマルクスにとってどれだけ屈辱的であったか… その表情を見るだけで、安易に想像出来た。 あ だが、サラは敢えて真実を口にした。 これから自分の身に何が起こるかわかっていたからこそ、ハッキリ言っておきたかったのだ。 「あなたは………一生あの人に…勝てないでしょうね……」 「…俺をそんなに怒らせたいのか?余程乱暴に扱ってほしいらしいな」 「……………」 「くくく、もう言う事が無くなったのか。では、じっくりと味あわせてもらうとしよう」 不敵な笑みを浮かべ、マルクスがサラの体に手を伸ばした丁度その時、突然テント内に太陽 の光が差し込んだ。 その光に驚き、慌てて振り返ったマルクスの目に映ったのは…今彼が最も会いたくない人 物、カールであった。 |
「シュ、シュバルツ……少佐」 「マルクス、貴様……サラをどうするつもりだ!?」 「ひっ…!!」 普段の彼からは想像もつかない程の怒りに満ちた表情で問うカールに、マルクスは心の底か あとずさ ら恐怖して思わず後退った。 「マルクス、聞いているのか!?」 「べ、べ、別に、わ、私は何も…。し、失礼します!!」 「おい!待たんか!」 カールは慌てて逃げ出すマルクスを追い掛けようとしたが、サラの事が心配だったので踏み 止まり、急いで彼女の元へ駆け寄った。 「サラ、大丈夫か?」 「……少佐…」 サラはカールの顔を見て安心したのか途端に気が抜け、ふらっと椅子から落ちそうになった。 すかさずサラを受け止めたカールは、彼女の体を支えながら周囲を見回し、丁度良い長椅子 を見つけて一緒に座った。 まま サラは全身の痺れの為に一人で座る事も儘ならず、カールの胸に完全に身を預けていた。 のぞ そんなサラが心底心配になったカールは、珍しく動揺を表に出して彼女の顔を覗き込んだ。 「サラ…大丈夫かい?」 「平気…。体が……痺れてるだけ…だから…」 「すまない…」 「………どうして…あなたが謝るの…?」 「俺はこの部隊の隊長だから、謝るのは当然だよ」 「悪いのは…あなたじゃないわ……」 しか 「…マルクスには然るべき処分を下す」 「……待って…!」 つか カールの言葉を聞いた途端、サラはまだ痺れている手で彼の腕を掴み、必死に顔を上げて訴 えかけた。 「処分は……しないで…!」 「…どうして?」 「プロイツェンに…私の事……知られてしまうかもしれないの…。だから……」 くも サラにプロイツェンの名を聞かされると、カールは思わず表情を曇らせ、悲しそうに彼女の瞳を 見つめた。 「何も…されてないから……私は平気…」 うず サラは極力笑顔を見せて自分の無事を伝え、再びカールの胸に顔を埋めた。 カールはサラが苦しい立場に立たされている事を知っていたので、とりあえず今はマルクスの や 話は止めようと思った。 それよりも、サラの体の痺れを何とかする方が先決だ。 「痺れを治す薬なんてあるかな…?」 「少し休めば……痺れは無くなるわ…」 「それしか方法はないか…。じゃあ、ゆっくり休んでくれ」 「うん………ありがとう…少佐…」 カールはサラをベッドまで運ぼうと思ったが、彼女が腕にしっかりと掴まっていたので、しばら くそのままでいる事にした。 名目上はサラの為と思いながら、彼の願望も少なからず含まれていた様だ。 サラの温もりを全身で感じたカールは次第に我を忘れていき、いつの間にか彼女の腰に手を 回して、しっかりと抱き寄せていた。 しかしサラはまだ全身が痺れていた為、カールの行動を肌で感じる事が出来ず、目を閉じて 彼に全てを任せるのだった。 つか 小一時間後、まだ多少の痺れは残っていたが、サラの体は動くのに差し支えない程度まで回 復した。 すで その時、カールは既に抱きしめるのを止めており、結局彼の行動はサラにばれなかった。 「ありがとう、もう平気よ」 サラは笑顔で礼を言うと、思い出した様に頬を赤らめてカールから離れた。 カールは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔になって立ち上がった。 「今度から何かあった時はすぐ俺に知らせてくれ、俺が必ず君を守るから」 「うん、ありがと…」 まるで告白かと思わせる様な口振りであったが、二人は互いにそんな風には思わず、すんな りと会話を終えた。 カールがテントから出て行くと、彼と入れ替わる様にステア達が入って来て、サラの傍へ慌て て駆け寄った。 「博士、大丈夫でした!?」 「少佐は間に合いましたか!?」 「そっか、あなた達が少佐を呼んでくれたのね」 『はい、そうです!』 「助かったわ、本当にありがとう」 サラが笑顔で礼を言ったので、ステアとナズナはほっと胸を撫で下ろした。 なお ちぢ 二人の恋路を邪魔する者を成敗し、尚かつ二人の距離をぐっと縮めるという危険な作戦は、 何とか成功した様だ。 たくら この勢いに乗り、二人を恋人同士にする作戦をより展開させようと企むステア達であった。 * その後、カールはサラの願い通り、マルクスに何の処分も言い渡さなかった。 しかし、その分余計に無言の圧力を掛けられる事になったマルクスは、もう二度とサラに近づ く事はなかった… ●あとがき● レーザー事件以降、ずっと息を潜めていたマルクスがとうとう動き出しました。 体を求めるとは、如何にも悪役って感じですね。 しかもカールが現れた途端、一目散に逃げ帰る所が三流以下… 登場人物紹介のページよりも更にヒドイ扱いとなりました。 そして今回、カールがようやく男らしい一面を見せてくれました。 やっぱり男はこうでないとダメですねvv ステア達から連絡を受けた直後、カールは猛スピードでセイバータイガーを走らせました。 ステア達は一体どういう風にサラの危機を知らせたのでしょうか…? きっと「博士が、博士がマルクスって人に襲われそうなんですぅ〜!!」と、思い切り直接的な 表現をしたのだと思います。 だからカールはあんなに怒っていたのです。 サラの事になると、どんな感情も表面に出てしまう、そんなカールが結構好きだったりします。 私が考えた性格ですけど(笑) アニメでは少し機械的な性格だったので、好きな人が傍にいる時くらいは普通の青年に戻っ てほしいと思って考えました。 その方がより魅力ある人になりそうな気がするのですが、どうでしょうか? どうもしないって言われそうだ…(笑) ●次回予告● 研究所から持って来た食材がすっかり無くなってしまいました。 そこで、サラ達は近くの町へ買い出しに行く事に。 買い出し前日、当然ステア達はカールに同行してほしいと頼みに行きます。 しかもただ同行する訳ではなく、サラのボディーガードという形を取って。 その様な頼みを、カールが断るはずがありません。 カールは数人の兵士達と共に買い出しに同行します。 町で実行されるステア達の作戦とは!? 第八話 「作戦〜その3〜」 買い物途中にドロンしよう作戦、実行します! |