第五話

「歌」


サラが兵士達に食事を振る舞った日の夜、カールはいつも通りの時間に簡易ベッドへ横にな

ったが、何故かなかなか寝付けずにいた。

サラへの想いの正体が判明したのだから無理もない。
                   らち                                   まぎ
このまま寝転んでいても埒が明かないので、カールは散歩でもして気分を紛らわせようと思い

立ち、ベッドから起き上がった。
                    はお
傍に掛けてあった上着を羽織って外へ出てみると、すぐに異常な程の寒さを感じたが余り気

にならず、さしたる目的もなく歩き始めた。
                             めっぽう
カールは北国出身である為、寒さには滅法強いのだ。
                                               せいじゃく
今は停戦中という事もあって見張りを立てる必要がなく、辺りは静寂に包まれていた。
                                      たた
今夜は満月ではなかったが、それと同等の光沢を湛えた月が頭上で美しく輝いているのが見

えた。





そんな物音一つ聞こえない演習場内を歩いていると、どこからともなく歌声が聞こえてきたの

で、カールはすぐに立ち止まって辺りを見回した。
                 す
その場でしばらく耳を澄ませて歌声を聞き、その歌声が研究所の機材が置いてある所から聞

こえているとわかると、カールはまるでその歌声に導かれる様に機材置き場へと足を運んだ。

すると、機材の上で毛布にくるまり、夜空を見上げながら楽しそうに何かを口ずさんでいるサラ

の姿を発見した。

彼女はとても小さな声で歌っており、所々聞き取れない部分もあったが、カールは一人静か
     ほ
に聞き惚れていた。

やがて歌を歌い終えたサラは、一呼吸置いてから人の気配に気付くと慌てて振り返った。

「いい歌だね」

二人きりという状況ではあったが、カールは自分でも驚く程落ち着いてサラに話し掛けた。

サラは気配の主がカールだとわかると自然と警戒心が薄れ、機材から降りて照れ臭そうに微

笑んでみせた。

「私の故郷の歌なの」

「故郷の歌…か……」
      あいづち
カールは相槌を打ちながら、ごく自然にサラの隣へ移動した。

サラはその行動に疑問を感じる事もなく、カールに微笑みかけたまま、いつも以上に優しい声

で話し始めた。

「私ね、小さい頃住んでいた町の事、ほとんど覚えていないんだけれど…、何故かこの歌だけ

はハッキリ覚えていたの」

サラは夜空を見上げながら言うと、ふと淋しそうな表情を見せた。

どうしてサラがそんな表情をしたのか、理由がわからなかったカールは、彼女を静かに見守る

事しか出来なかった。

カールの視線によって、自分の表情の変化に気付いたサラは慌てて笑顔に戻すと、何事も無

かった様に話を続けた。

「ねぇ、少佐は好きな歌ある?」

「………すまない。歌はあまり詳しくないんだ」

「そうなんだ……。う〜ん…」

カールが申し訳なさそうに言うと、サラは突然黙り込んで考え事を始めた。
             ひらめ
そうしてすぐ何かを閃いたらしく、満面の笑顔でカールを見上げた。

「さっきの歌はどう?」

「え?どうって…?」

「少佐の好きな歌の一つにしてもらえたらいいなぁって思って」

「そうだなぁ……。いい歌だったし、そうさせてもらおうかな」

カールは少し迷うフリをしながら頷いてみせた。

本当はサラが歌っていたという時点で、一番好きな歌になっていたのだが…。

「わぁ、うれしい〜vv じゃ、詳しく教えてあげるね」

「…………」

「……ん?どうしたの?」
                                                 のぞ
カールが急に黙ってしまったので、サラは心配になって彼の顔を覗き込んだ。
      ごと
いつもの如くサラの笑顔に見とれているのかと思いきや、今回はそうではなかった。
                                                              たどたど
カールは先程よりも更に申し訳なさそうな顔をし、心の動揺を隠せなくなると非常に辿々しい

口調で話し出した。

「自分では歌えなくていいんだ…。君が歌うのを聞かせてくれたら、それで充分だから……」

「………歌うの、嫌い?」

「お、俺……いや、私は歌が……下手、なんだ………」

カールは普段通りに話せない程動揺し、顔を真っ赤にしながら言うと、その愛らしい仕草にサ

ラは小さくクスリと微笑んだ。

「そんなに慌てて言い直さなくもいいよ。『俺』で構わないわ、少佐」

「…あ、ああ、すまない」

「それにしても……少佐って結構かわいい所があるんだね。何でも完璧に出来ちゃうのかと

思ってた」

「誰にだって得手不得手はあるものだ」

「うん、そうだね。私もそう思うわ」
月明かりの下で…
                                     いだ
サラは笑顔で頷きつつ、カールに対して親近感を抱いていた。
 いか                                           した
如何にも帝国軍人といった印象を受けるカールにも、こんなに親しみやすい所があるんだとわ

かり、何だかとても嬉しい気分になった。

しかし彼女自身は気付いていなかったが、実は初めて会った時にもそれに近い印象を持って

いた。

ほんの一瞬顔を合わせただけなのに、こんなにもカールの姿が心に残ったのは、その想いの

せいであった。
                               めば
とは言え、カールに対して特別な感情が芽生え始めている事に、超が付く程鈍感なサラが簡

単に気付くはずもなかった。
                   ひ
それでも、彼に少しずつ惹かれているのは動かし難い事実。

カールと同じく、この様な想いを経験した事がないサラは、自分の気持ちが全く理解出来ない

まま、自然と喜びを感じてしまうのだった…




            なご
二人はそのまま和やかな雰囲気で雑談した後、サラはカールの為に再び歌い始めた。

カールは楽しそうに歌うサラを見つめ、しばらくその美しい歌声に聞き入っていた。
                                               じぎ
故郷の歌を歌い終えると、サラはカールに向かってペコリとお辞儀してみせた。

「ありがとう」

カールはにっこりと微笑み、心からの感謝の気持ちを伝えた。

「どういたしまして。いつでも歌うから、気軽に言ってね」

「ああ」

「さて、と…」
                                                            たた
夜空を見上げて星の位置を確認したサラは、大体の時間を察して急いで毛布を畳み始めた。

「そろそろ戻らなくちゃ」

「……!!…そう……だね…」

カールは内心かなりのショックを受けたが、決して表情には出さなかった。

「それじゃ、おやすみなさい、少佐」

「おやすみ…」

サラは笑顔で挨拶し、毛布を胸に抱くと軽い足取りで帰って行った。

カールは淋しそうにサラを見送り、ガックリと肩を落として歩き出した。
                                     す
もう散歩を続ける気すら起きなかったので、真っ直ぐテントへと帰ったのだった…





サラが研究所のテントに帰って来ると、ステアとナズナが慌てた様子で駆け寄って来た。

「博士!どこへ行ってたんですか!?」

「どこって……その辺りを散歩していただけだけど?」

「散歩にしては時間が掛かりすぎです!」

「そうかなぁ…」

『そうです!』

二人の勢いに、サラは珍しく押されていた。
                         ふしん
サラの様子がいつもと違った為、不審に思ったステア達はにんまりと笑った。

「博士、ひょっとして……」

「シュバルツ少佐に会いに行ってたんじゃないですか?」

「えぇ!?ど、どうしてそうなるのよ!?」

サラは思わず大声を出し、いつもならすぐ否定していたはずの話題なのに、今回は何故か動

揺してきちんと答えられなかった。

ステア達はこれは脈ありと感じ、更に問い詰める事にした。

「やっぱり会いに行ってたんですね?」

「告白される前に自分からするなんて……さすが博士v」

「だ、だからぁ、会いになんて行ってないわよぅ。あれは偶然…」
                                つぐ
そこまで言ってから、サラはしまったと口を噤んだ。
      すで
しかし時既に遅く、ステア達は事を察してにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「散歩中に
偶然少佐と出会ったんですねv」

「それでそれでぇ、何か進展ありました?」

「あなた達…まだそんな事言ってるの?何も始まってもいないのに、進展なんてするはずがな

いじゃない」

「じゃあこ〜んなに長い時間、少佐と何を話していたんですか?」

「……どうしてあなた達にそこまで話さなくちゃいけないのよ?」

「えぇ〜!?教えてくれないんですか〜?」

「そうよ、おしまい!もう寝るわ、おやすみ」

サラは強引に話を中断し、逃げる様に二人の前から去って行った。

ステアとナズナは顔を見合わせ、はぁ〜と長いため息をついた。

「そんなにすぐうまくいくとは思ってなかったけど…」

「二人共、なかなか強敵だわ」

「もっと細かく作戦を練る必要があるわね」

「そうね!」
               ふ
こうして二人は夜が更けるまで作戦を練り続けたのであった…



                             *


      さかい
この日を境に、夜散歩に出る事がカールの日課となり、機材置き場の方へわざと向かい、如
         よそお
何にも偶然を装ってサラに会いに行った。

しかしカールはいつも遠慮して自分から歌ってほしいとは言わず、サラ本人が歌うと言い出し

てくれるのを待っていた。

カールからは頼み辛いのだろうと察したサラは、敢えて尋ねようとはせず、歌っても良いか聞

いてから歌った。

毎回そうする事がとても自然な流れの様に感じ、歌い終えてからも二人はしばらくの間話し込

んでいた。










●あとがき●

何の前触れもなく、二人の距離が急接近! …そこまでは進展してないか(笑)
今回はサラの気持ちを前面に出してみました。
いつもカールでは、情けなさが過剰になってしまいますので…(爆)
サラもカールと同じ現象に見舞われていた、という事を察して下されば、それで万事OKですv
今回のお話では何気な〜く伏線を張ったりしていますが、後々その伏線にまつわるお話が出
て来ます。
それを読んだ後、「あぁ、そうだったんだ…」と思って頂けたら書き手として嬉しい限りですv
でもだいぶ先の話ですので、「わかるか〜!」と突っ込まれる事必至ですが(笑)
次回からは本格的にステア達の作戦がスタートします。
少女マンガの王道から少年マンガ、成年誌の王道まで一通りこなす、予定。
内容が少々薄いのがたまにキズ…(いつもだけど…)
適度にお笑い、過剰にクサく(笑)、を目指して頑張ります♪

●次回予告●

作戦の第一段階が無事終了し、ステア達の作戦はより的を射た内容へと駒を進めます。
カール達の訓練が休みの日に、無理矢理発掘を中止させたステアとナズナ。
暇を持て余していると思われるカールの所へ、遊びに行こうと言い出します。
当然ただ遊びに行く訳ではなく、二人きりにするという目的があっての事。
しかし事態は思わぬ方向に進み、ステア達の思惑以上に二人の距離は急接近します。
第六話 「作戦〜その1〜」  事故に見せかけようvv作戦、張り切って開始します!