第四十七話

「副官〜後編〜」


                                             にら
執務室の窓から夕日が差し込み始めた頃、カールはずっと睨めっこしていた書類から目を離
            せいとん
し、卓上を綺麗に整頓してから自室へ足を運んだ。
                                                           あか        つ
ドアのロックを解除して室内へ入ると、もう辺りは暗くなりつつあるというのに、灯りが一つも点

いていなかった。
                       いだ
暗闇に対して極端な恐怖心を抱いているはずのサラが灯りを点けないなんておかしい、と心

配になったカールは慌てて彼女の姿を捜した。

すると、すぐに彼のベッドですやすやと眠っているサラを発見した。

枕元に広げたままになっている本から察するに、読書をしている内に眠ってしまった様だ。
                         のぞ
カールはサラの幸せそうな寝顔を覗き込んで思わず笑顔になると、ベッド脇にある小さな灯り

を点け、彼女の体を優しく揺すった。

「ん……」
                                      あおむ                        あらわ
サラはかわいらしい仕草で寝返りを打ち、コロンと仰向けになると、カールの方へ寝顔を露に

させた。
                                   おさ
その余りにも愛らしい寝顔にカールは気持ちを抑えられなくなり、サラの唇へそっと指をあて
                       す             ふさ
がうと、口を少しだけ開かせて直ぐさま自らの口で塞いだ。
                                     から
始めは何の反応も示さなかったが、カールが舌を絡ませ始めると、サラはピクンと体を震わ

せ、うっすらと目を開いた。
                                                や
カールはサラが目を覚ました事に気付きながら濃厚な口づけを止めようとせず、しばらくの間

激しく舌を絡ませてからようやく唇を離した。
                                         みどり
気持ち良くてまるで夢心地になっていたサラは、美しい碧色の瞳に顔を覗き込まれた途端、

ハッと我に帰って頬を赤らめた。

「…帰ってたんだ」

「ああ。今日は早めに帰るって言っただろ?」

「そうだけど……もう少し普通に起こしてほしかったな」

「確実に目が覚める方法を使っただけだよ。…そんな事より、大丈夫だったのかい?」

「大丈夫って…何が?」

「…眠っていたから平気だったのかもしれないが、この部屋さっきまで灯りが一つも点いてい

なかったんだ」

「あ、そう言えばそうね。すっかり忘れてたわ」

サラは思い出した様に室内を見回すと、すぐに視線をカールへと戻した。

「いつもは枕元の灯りを点けたままじゃないと眠れないんだけど、今日は平気だったみたい」

「そうか、それは良かった。しかし今日だけ平気なんて、不思議な事があるもんだな」
                       わけ
「そぉ?でもこれにはちゃんと理由があるのよ」

「理由…?」

カールがキョトンとして聞き返すと、サラは何故か頬をほんのり赤らめ、体に掛けたままになっ

ている毛布をぎゅっと抱きしめた。

「ほんとはね、眠るつもりなんてなかったの。あなたが帰って来るまで読書でもして待ってよう

って思っていたんだけど、ベッドへ横になって本を読んでいたら、急に眠くなっちゃって…」

「…疲れていたのか?」

「ううん、そうじゃなくて……このベッドだと安心出来るから…眠っちゃったの」

「安心出来る?どうして俺のベッドだと安心出来るんだい?」

「…あなたのベッドだと、あなたの匂いが残っているでしょう?だから暗くても安心して眠って

いられたの」

サラは照れながらもハッキリと理由を伝え、一方カールはその理由の意味がすぐには理解出

来ず、しばらく考え込んでからようやく理解して嬉しそうに微笑んだ。

サラが言った理由は多少回りくどい表現だったが、要するにカールの匂いがする毛布に包ま

れると、彼の腕に包まれている様に思えて安心出来たらしい。
                           おお                           は
サラが恥ずかしさの余り毛布で顔を覆うと、カールはすかさず優しく毛布を剥ぎ取り、そっと彼

女を抱き寄せた。

「こうするのが一番安心出来るんだね?」

「うん、そうだよ」
                                                  ほうよう
二人はしっかりと抱き合い、互いの温もりを全身で感じる為に熱く抱擁し合った。

しばらくしてサラが照れ臭そうに離れると、カールは非常に満足気な笑みを浮かべ、ベッドか

ら立ち上がって傍の机に歩み寄った。

机にはまだ目を通していない書類がたくさん置かれており、それらを夕食までに片付けてしま

おうと思っている様だ。

カールは椅子に腰を下ろすと黙々と書類を読み始め、その様子をぼんやり見ていたサラはす

っくとベッドから立ち上がると、なるべく物音を立てずに彼の傍へ歩み寄った。

「ねぇ、今日はもうおしまいにしよ」
                                          ひざ
そう言ってサラはカールの肩に手を伸ばし、強引に彼の膝の上を陣取ると、書類ではなく自分

を見てくれる様に視線を合わせた。

カールはサラの行動に驚いて目を丸くしつつも、すぐ笑顔になって書類を片付け始めた。

珍しくサラが甘えてくれているので、嬉しさの余り仕事は中断しようと即決したらしい。

とりあえず書類を一つにまとめたカールは、サラと再び視線を合わせて笑ってみせた。

「おしまいにしたよ」
           わがまま
「ごめんなさい、我儘言って…」
               あせ
「いや、構わないさ。焦ってする程のものじゃないし」

「ふふふ、ほんと?それならいいんだけどv」
     やす                  あ
わかり易い嘘であったが、サラは敢えて深く突っ込まない様にし、幸せそうな笑みを浮かべて

カールの胸にもたれ掛かった。

カールは優しくサラの頬を撫でると、そのまま指を彼女の唇へと移動させ、そっと口を開かせ

た。

「ダメ。さっきしたばかりでしょ?」

カールの次の行動を察したサラは彼の手を唇から離し、頬を赤らめながらそっぽを向いた。
                                                      おさ
愛する女性がこんなにも近くにいて、唇を奪いたいという欲求が簡単に収まるはずもなく、カー

ルはサラの体を力強く抱き寄せて強引に口を塞いだ。

すぐに抵抗するかと思われたが、サラは意外と素直にカールの口づけを受け入れ、先程まで

嫌がっていたのが嘘の様に何度も唇を重ねた。

「んっ……v ……もぅ…や…………」
                じょじょ
濃厚すぎる口づけに、徐々に快感を感じ始めたサラは続けてほしいと思う気持ちとは裏腹に

抵抗する素振りを見せ、カールの体を弱々しい力で押し返し始めた。
                                           たび          はば
時折唇が離れる間に止める様に伝えようとしたが、その度にカールの口に阻まれ、自らの吐
    か
息に掻き消されてしまった。
                                                                     うる
数分後、ようやく気が済んだらしくカールがそっと唇を離すと、口づけの激しさのせいで瞳を潤
                                        ふく
ませていたサラは、怒っている事を主張する様に頬を膨らませた。

「…長すぎるよ」

「ごめん。長くするつもりはなかったんだが、始めると止められなくなってね」

「もぉ、いつもそうなんだから……」

口では非難していても心はそう思っていない為、サラは笑顔で再びカールの胸にもたれ掛か

った。
                        つや          もてあそ
そのままカールはしばらくサラの艶やかな髪を指で弄んでいたが、ふと空腹を感じると壁に掛

かっている時計を見上げた。

「もうこんな時間か…」

「そろそろ夕食の時間ね」

「ああ。じゃあ、取りに行って来るから待っててくれ」

「…え?食堂で食べないの?」

「今日はね」
               さわ
そう言ってカールは爽やかな笑みを浮かべると、ひょいとサラの体を持ち上げて膝から下ろ

し、足早に食堂へ向かった。

サラが基地に来ている事は恐らく皆に知れ渡っているので、異常な程の人数が食堂で待ち構

えているだろう。

だからこそカールは自室で食べる方を選択したのだ。

何よりサラに気があるとわかっているヒュースと彼女をこれ以上会わせたくない。

カールが高速な足取りで食堂内に入ると、予想通り兵士達がわんさか集まっていた。

その中心には当然の様にヒュースが笑顔で立っていたが、カールが一人である事に気付く
             けわ
と、途端に表情が険しくなった。

周囲にいた兵士達は全員が一瞬落胆の表情を見せつつも、ヒュースと違ってあからさまな態
                                おのおの
度は取らず、カールにきちんと挨拶してから各々散って行った。

一人ぽつんと残ったヒュースは、険しい表情のまま真っ直ぐカールの元へ歩み寄り、彼をキッ
 にら
と睨み付けた。

「サラさんはご一緒ではないのですか?」
              すぐ
「ああ、まだ気分が優れないらしくてね」

「では、食事はどうなさるのです?」
       と
「部屋で摂る」
                                  きゅうじ
カールはわざと短く答え、カウンター内にいる給仕係りの中年の女性に二人分の食事を頼ん

で受け取ると、さっさと食堂の入口に向かって歩き出した。
                                            におうだ
その後をヒュースは慌てて追い、カールの前に回り込むと仁王立ちで立ちはだかった。

「お送りしないとおっしゃったのは、そういう意味だったのですね!?」

「…そういう意味とはどういう意味だ?」
                             あげく                       こんたん
「サラさんを自分の部屋に連れ込んだ挙句、そのまま泊めてしまおうという魂胆なのでしょ
       もはん
う?皆の模範となるべき軍人のなさる事とは思えませんな」

「彼女の体調が良くなるまでは仕方のない事だ。それに彼女をあんな風にさせた張本人はど

この誰だったかな、中佐?」

「……自分が不利になったからと言って、論点をずらさないで下さい!」

「それはこっちが言いたい事だ。そもそも全ての元凶を作ったのはお前だろう?この私がそう

簡単に許すと思うのか?」
                                  たんたん     つむ
カールは気味が悪い程の笑みを浮かべながら淡々と言葉を紡ぎ、いつの間にかヒュースの呼

び方が『君』から『お前』に変わっていた。

カールのただならぬ様子を察した食堂内の兵士達は、まだ反論する構えを見せているヒュー
                                  なご
スを慌てて取り囲み、必死に笑ってその場を和ませようと努力し始めた。
                                                  えしゃく
すると、カールは瞬時にいつもの優しい笑顔に戻り、兵士達に軽く会釈して食堂を後にした。





「おかえりなさ〜いv」

カールが自室に帰って来ると、サラはいそいそと立ち上がって彼を笑顔で出迎えた。
まさ                          ひた
正しく夫を出迎える妻の様だと幸せに浸りつつ、カールは持って来た夕食を机の上に置いた。

「これが君のだ」

「ありがとうv …あれ?」

「…何?嫌いなものでも入っていたのかい?」

「そうじゃなくて……」
                                                              かし
サラは机に並べられている自分とカールの夕食を見比べ、その内容の違いに首を傾げた。

「入っているものが全然違うのね」

「ああ。君のは女性兵士用のにしたからだよ」

「へぇ、そんなのがあるんだ〜。だからカロリー低そうなのが多いのね。でもあなたのもおいし

そうだな〜vv」

「交換しようか?」
                                                  おと
「ううん、そんなに食べられないからいいよ。それにこっちも負けず劣らずおいしそうだしv」

カールは見掛けに寄らず大食漢なので、彼の夕食はサラの夕食の三倍以上あり、どう考えて

も食べ切れる訳がなかった。
                                      あんど
サラが笑顔で夕食に手を付けたのを見、カールは安堵の表情を浮かべると、自分も黙々と食

べ始めた。
                                    と           いたずら
そうしてふとカールが持っているフォークに目を留めたサラはある悪戯を思い付き、こっそり満

面の笑みを浮かべながらタイミングを見計らった。

「あっ!!」

「…え?」

カールがおかずの一つをフォークに突き刺して口に運ぼうとした瞬間、サラはいきなり大声を

出した。

その声に驚いたカールは思わず動きを止め、その間にサラは彼が持っているフォークをパクッ

とくわえ、おかずを奪い取った。

「あ……」

カールは何も刺さっていない状態になったフォークを見つめ、ゆっくりとサラの方に振り返ると

苦笑いを浮かべた。

「サラ、ほしいならほしいと言ってくれたらいいのに…」

「えへへ、ごめんなさい。何だか急に横取りしたくなっちゃったの。でもその代わりにちゃんと

お返しはするわv」

「お返し…?」

「はい、あ〜んしてvv」

サラは自分の夕食から丁度良い大きさのおかずをフォークに突き刺すと、カールの口の前ま

で運んだ。
 いか
如何にも恋人同士という様な行動であったが、初めての体験にカールは妙にドギマギしてし

まい、顔がみるみる真っ赤になっていった。

「じ、自分で食べるよ」

「遠慮しないの。ほら、口を開けてv」

「…………」
                                                             さと
サラがまるで母親の様な物言いをした為、こうなったら誰も彼女を止められないと悟ると、カー

ルは観念して言われるままに口を開いた。

すると、サラは嬉しそうに微笑みながらカールの口へおかずを運び、感想を聞こうと彼の顔を

覗き込んだ。

「どお?」

「味があっさりしていておいしいね」

「カロリーダウンの為に薄味にしてあるみたいよ」
                               かな
「へぇ、そうなのか。女性兵士達の要望に敵ったメニューが出来て良かったよ。食堂の人達に
             かい
頑張って頼んだ甲斐があったな」

「そんな事まであなたがしているの!?えらいのねぇ」

「茶化さないでくれよ、サラ。隊長として当然の事をしただけなんだからさ」
                                   ごまか
カールは照れ臭そうに微笑んでみせ、照れを誤魔化す為に急いで食事を再開した。

その様子をサラは笑顔で眺めていたが、またカールが食べているおかずがほしくなってしま
                            つか
い、今度はきちんと言おうと彼の腕を掴んだ。

「ね、もう一口ちょうだい」

「……いいけど、食べさせなくてはいけないのかい?」

サラが口を開けた状態で待っている為、カールは一応尋ねてみた。

サラはにこ〜と嬉しそうな笑みを浮かべると、椅子を持ち上げてカールのすぐ傍まで移動し、

再び口を開いた。

「さっき食べさせてあげたでしょ?だから私も食べさせてv」

「し、しかし…」
                           つぶ
「そんなに恥ずかしい?じゃあ、目を瞑ってあげるわ。それなら大丈夫でしょ?」

「そ、そういう問題じゃなくて……」

「早くぅ〜」

サラはさっさと話を決めて勝手に目を瞑り、カールの腕をぐいぐい引っ張った。

仕方なくカールはフォークでおかずを突き刺し、サラの口へ運ぼうとしたが、彼女の無防備な

唇を見ていると無性に口づけしたくなってしまい、こっそりと顔を近づけていった。
こ〜っそりと唇を狙うカール(笑)
気配でカールの行動に気付いたサラは、彼の唇が自分の唇に触れ合う寸前に目を開き、頬を

赤らめながら慌ててそっぽを向いた。

「や、やだもう…カールったら……。今はおかずがほしいの、そっちは後にして」

「…わかった」
      しぶしぶ
カールは渋々といった様子で頷いてみせたが、心の中では異常な程サラの言葉に喜んでい

た。
                                    かいしゃく
食事の後なら好きなだけ口づけをしてもいい、と解釈出来たからだ。

そんなこんなで上機嫌になったカールはサラの口へおかずを運び、その後も二人は互いのお

かずを食べ合いつつ仲良く食事の時間を終えた。

いつもなら食事の後はコーヒーを入れ、少しずつ飲みながらのんびりとするのだが、今日はそ
                                  から
ういう訳にもいかない為、カールはいそいそと空になった食器をまとめると、食堂へ返しに向

かった。

すると、自室のある廊下の突き当たりで如何にもなタイミングでヒュースとバッタリ出会い、カ
                あき
ールの表情が瞬時に呆れ顔に変わった。

「何だ、何か用なのか?」

「……いえ、別に………何でもありません、失礼します…」
           かっとう うかが
ヒュースの心の葛藤が伺える何とも歯切れの悪い返事であったが、その場でカールは彼の姿

が見えなくなるまで待ち、ふと肩の力を抜いて食堂へ行った。

サラとの楽しい食事は思ったより時間が掛かってしまったらしく、食堂内には給仕係りの女性

達の他には誰もいなかった。

後片付けをしていた女性達がカールに気付いて嬉しそうに集まって来た為、ここで捕まってし

まうと長居をさせられると一応挨拶だけはしておき、手早く用事を済ませて足早に食堂を後に

した。
                              ひそ
自室への帰り道、ヒュースの様に近くに潜んでいる者がいないか念の為見回り、さすがにそ

んな事をする部下はいないだろうと安心したカールは、サラが待つ自室へ戻った。
                                                  ふけ
すると余程気に入ったのか、サラがベッド脇に置いていた本を読み耽っていたので、カールは

こっそり彼女の背後に忍び寄ると、いきなり後ろから抱きしめた。

「わぁっ!……もぉ、びっくりさせないで」

「あはは、ごめん。俺が帰った事に気付かないくらい集中していたから、つい意地悪したくなっ

てね」

「え……あ、ごめんなさい。あなたの部屋なのに…」

「いや、構わないよ。その本を気に入ってもらえて嬉しいから」

「…ありがと」

サラは照れ臭そうに微笑んでみせ、読書を中断して立ち上がった。
               あ
「そろそろシャワー浴びる?」

「ああ、そうだな。先に入るかい?」

「ううん、後でいいよ」

「じゃ、お先に」

そう言ってカールはシャワー室に向かって歩き出したが、ふとある重要な事を思い出すと、立

ち止まってサラの方へ振り返った。

「そう言えば、君の着替えがなかったな。俺の服でもいいかい?」

「着替えならあるよ」

「え…?どこに?」

「そこ」
                                           し
サラはカールの傍にあるタンスを指差し、百聞は一見に如かずとばかりに、一番下段の引き

出しを開けてみせた。
                                                                あざ
確か一番下の引き出しは空だったはずと思いながらカールが中を覗くと、そこには色鮮やか

な女性用の下着とシャツが数枚入っていた。

「いつの間に…」

「えへへ、この間来た時にこっそり入れておいたの。こういう時の為にねv」

「そ、そうか、さすがだな」

サラの用意周到さに驚きつつも感心しながら、カールはシャワー室に入ると、頭からシャワー

を浴び始めた。

入浴時間を短くしてしまう癖はまだ抜けていない様で、そのままさっさと髪を洗い始めると、本

当に綺麗になっているのかと疑いたくなる程の短時間で洗い終えた。

間髪入れずに体を洗い出したところで、突然シャワー室のドアをノックする音が聞こえ、振り返
        くも
るとドアの曇りガラス越しにサラの姿が見えた。

「どうした?」

「カール、私も入るね」

「……え!?」

サラがそんな事を言い出すとは思ってもいなかった為、カールは不意打ちを受ける形で動けな

くなり、その間に彼女はシャワー室内に入って来た。
                                      せま
一人用のシャワー室という事もあって、二人入ると狭くて身動きが取れなくなってしまい、カー

ルは慌てて外に出ようとしたが、そんな彼をサラはすかさず止めた。

「待って、まだ体洗っていないでしょ?それに髪もちゃんと洗えてないみたいだし、洗い直して

あげる」

「い、いいよ、狭いしさ…」
           かが
「大丈夫。少し屈んでくれるだけでいいから洗わせて、お願い…」

「……わかった、頼む」
                    こんがん
サラに大きな瞳を潤ませて懇願させると断れるはずもなく、カールは素直に身を屈ませた。

サラは嬉しそうに微笑んでカールの頭に手を伸ばすと、まだ少々高かったので優しく引き寄
      ていねい
せ、髪を丁寧に洗い始めた。

「……………サラ」

「なぁに?」

「この体勢だと…………その……目のやり場に困るんだが…」

カールは困り果てた表情で現状をサラに報告した。

これまで何度か一緒にお風呂に入った事があり、恥ずかしさをそんなに感じる事が無くなって

きたらしく、サラはタオルも何も身に着けていなかった為、今のカールの体勢だと彼女の豊満

な乳房が思い切り視界に入ってしまっていた。
          そ
どうにか目を逸らそうと努力したが、サラに頭を固定されている上、見ていたいという気持ちも
あいま
相俟って、どうにもこうにも対処出来なくなった。

一方、サラはカールの困り顔をキョトンとして見上げると、自分の体を改めて見てから照れ笑

いを浮かべた。

「しばらく目を瞑ってて」

「……あ、その手があったか。俺とした事が全然気付かなかったよ」

「ふふふ、余程動揺していたのねv」

「う、う〜ん、そうなのかなぁ…」
           よこしま                                              ゆだ
カールは自分の邪な気持ちを誤魔化そうとはぐらかし、目を閉じてサラの手に身を委ねた。

しばらくしてカールが先に浴室から出て行くと、一人になったサラはいつもより大幅に短い時

間でシャワーを済ませて彼の後を追った。

まだ大量に残っている書類に目を通しながら待つつもりでいたカールは、こんなに早くサラが

出て来るとは思わなかったので、コーヒーを用意しようとしていた手を止め、目を丸くして驚い

た。

「は、早かったんだね」

「あなたがまた仕事を始めちゃうかもって思ったから、急いで出て来たの」

「そ、そうか…」

サラに自分の行動を完璧に見抜かれていた為、カールは苦笑しながら書類を片付け始めた。

カールが片付け終えるのを見計らい、サラは彼の手を取ってベッドへ向かうと、一緒に座って
    す
身を擦り寄せた。

「…カール」

「うん?」

「今日行った遺跡での事なんだけど…」

何故か妙に思い詰めた表情で、サラはカールの手に自分の手を絡ませながらぽつりぽつりと

語り始めた。

「びっくり…したよね?」

「……ああ」
        ひど
「あんなに酷い症状が出たのは久し振り…かな」

「症状…?」

「うん。もう治ったと思っていたけど、いきなりはまだダメだったみたい」

サラは見るからに空元気といった様子で笑ってみせると、カールの疑問を察して話を再開し

た。

「…前に私の本当の両親の事を話したでしょ?二人が戦争で亡くなって、すぐに父様の養女

になった事も」

「うん…」

「始めはもっと酷かったの。まだ両親が死んだ事も理解出来ていないまま父様の所へ行った

から…。一人では眠れない日が何日も続いて、母様が毎晩一緒に寝てくれたわ。だから少し

ずつは良くなっていったのだけれど、小さくても灯りがないと、どうしても眠れなかったの…」
                                      めい
目を閉じると、あの頃の自分が思い出されて気が滅入りそうになったが、サラはカールの手を

ぎゅっと握る事により気持ちを抑えた。

「そんな日々が数年続いたある日、父様と母様が私の事を話しているのを偶然聞いちゃった
                 こわ
の。私が暗闇を極端に怖がるようになったのは、私の両親が死んだ日に原因があるんじゃな

いかって…。確かにそうかもしれないって思った。でも私……両親が死んだ日の事、全く覚え

ていないの。夜普通に眠って、目が覚めた時には周りには何も無くて…」

「何も……無い…?」
                              がれき
「ええ。私の家も周りの家も全部崩れて瓦礫の山になってた…。どうして私だけが助かったの

かはわからないけど、救助に来てくれた軍の人が奇跡だって言っていたわ。でもその日から

夜眠れなくなっちゃったの。眠ろうとして目を閉じると、何故か真っ赤な炎が見えて…。だから

怖くて眠れなかったの……」
       こら
カールは堪えきれずに黙り込んでしまったサラをそっと抱き寄せると、優しく髪を撫でて彼女の

気持ちを落ち着かせようと努力した。

すると、サラはすぐに笑顔を取り戻し、先程とは全く違った明るい口調で話し始めた。

「でもね、カール。今はもう平気だよ」

「……そうかい?」

「確かに今日少し症状が出ちゃったけど、あなたが傍にいてくれたら平気だったもん。だから

大丈夫、心配しないで」

「……サラ、俺としてはもっと心配掛けさせてくれると嬉しいんだが…?」

「うふふv そうしてあげたいけど、今はもう無理だわ」

「どうして…?」

「こんなにも近くにあなたがいるからvv」

サラは照れ臭そうに微笑みながら素直に本心を言葉にし、その言葉を聞いたカールは無性に

彼女を抱きしめたくなると、直ぐさま行動に移してそのままベッドへ押し倒した。

「カール……ん………」

サラが話し出そうとすると、カールはすかさず彼女の口を塞ぎ、軽い口づけを何度も交わして

から濃厚な口づけを始めた。

しばらくサラは大人しく口づけを受けていたが、途中でカールが首筋に唇を移動させた為、驚

いて彼の体を押し返した。

「基地ではしないって言ってたでしょ?」

「……今日はしたいんだ、でも君がイヤなら止める。イヤかい…?」

「…ううん、イヤじゃないよ。だって…あなたに触れてもらえる事が私の一番の喜びだもんv」

「そうか、良かった…」

「でも私、声出しちゃうと思うの。どうしようか?」

「今回は口を塞いでしよう。それなら大丈夫だろ?」

「う、うん、そうだね」

サラが頬を赤らめながら頷いてみせると、カールも同じ様に頷いてからそっと唇を重ね、彼女

の服の中へゆっくりと手を伸ばした。

「ん
……v」
                                                 も
体に伝わる快感に、サラは思わずカールの口に向かって吐息を漏らし、毛布を握る手に力が

入った。

カールはその手に自分の手を重ね、すぐに唇を離すと心配そうにサラの顔を覗き込んだ。

「…辛い?」

「ううん、平気。少し息が苦しいけど、我慢出来るから」

「今日は早めに終わるようにするよ」

「…うん、ごめんね」

「俺の我儘を聞いてもらったんだから、気にしないでくれ」
                                                あいぶ
カールは非常に爽やかな笑顔で言うと、再びサラの口を塞いで愛撫を再開した。





翌朝、誰にも邪魔されない様にわざと早い時間にサラを連れ出したカールは、真っ直ぐ格納

庫へ向かうとセイバータイガーに乗り込んだ。

すると、遅番の兵士が慌てた様子で駆けて寄って来た為、カールは満面の笑みを浮かべな
                       すさ
がら人差し指を口にあてがい、凄まじい程の無言の圧力を掛けた。

途端に兵士の顔色は真っ青になり、駆け足で格納庫から去って行った。

「……よ、良かったの?あれで…」

「構わないさ」
まゆ                                               こた
眉をへの字にして困った様な表情で尋ねるサラにカールは笑顔で応えると、キャノピーを閉め

てセイバータイガーを起動させた。

条件反射でサラはすぐカールの肩に掴まり、二人を乗せたセイバータイガーは一路国立研究

所に向けて出発した。
               もら             ほおば
道中食堂の女性に貰ったサンドイッチを頬張りつつ、数時間荒野を走り続け、地平線の彼方

から国立研究所の姿が見え始めると、カールはいつも通り一定の距離まで近づいた所でセイ
                いと
バータイガーを止め、愛しい女性の笑顔を幸せそうに見つめた。

カールの熱っぽい視線に気付いたサラは、照れ臭そうにもじもじしてからゆっくりと目を閉じ

た。

言葉で伝えなくてもサラが自分の気持ちを理解してくれたので、嬉しくなったカールはすぐ無

防備になった唇へ自らの唇を重ねた。

別れ際の口づけはいつも決まって長く激しいものになるのだが、今日は少しの間重ねるだけ
 とど
に止め、カールは満足気に微笑んでみせた。

「…もう終わり?」
                                          すが
思ったより早く唇から温もりが消えてしまった為、サラは縋る様な目つきでカールを見上げる

と、彼の腕をぐいぐいと引っ張った。
          ゆる
嬉しさで顔が緩むのを必死に堪えつつ、カールはサラの潤んだ唇を指でそっとなぞった。

「もっとしてほしいのかい?」

「うん、してほしい」

「し、仕方ないな。じゃあ、もう少しだけだぞ?」

「そんな事言っちゃって…。本当はあなたもしたかったんでしょ?」

「何だ、バレていたのか…」

「うふふ、わかりやすいんだもん。あなたって気持ちがすぐ顔に出るからv」

「…………」

ポーカーフェイスを得意中の得意としていただけに、ショックを隠しきれないカールだったが、

サラが傍にいる時は自然な自分でいられるとわかり、嬉しくもあり悲しくもある微妙な笑みを

浮かべた。

そしてそのまま何も言わずにサラと唇を重ねると、先程とは打って変わって激しく舌を絡ませ

始めた。

「………ん……やっ…v ……今度は…長すぎ………る……vv」

懸命に唇を離そうとするサラをしっかりと押さえ付け、カールは気が済むまで彼女の舌を弄ん

だ。

数分後ようやく唇が解放されると、サラは怒り出すのかと思いきや、大きな瞳を潤ませてカー
          うず
ルの胸に顔を埋めた。

カールは両手でそっとサラの体を包み、青髪を優しく撫でつつ落ち着いた声で語りかけた。

「またいつでも遊びに来てくれ、皆も喜ぶから」

「うん、ありがと」

ヒュースを喜ばせるのはイヤだが、と付け加えたいのは山々だったが、どうにか堪えてカール

は微笑んでみせ、セイバータイガーを再発進させた。
                                             ひたい
やがて国立研究所の正面玄関前に到着し、サラはカールの額に口づけすると、コックピットか

ら降りて笑顔で手を振った。
                                                つ
カールもすぐに手を振り返し、第一装甲師団の基地への帰路に就いた。

第四陸戦部隊の頃から考えれば、国立研究所までの距離は短くなったとは言え、基地へ戻

るともう昼近くなっていた。
                               あ
今日の午前中はきちんとスケジュールを空けていたので安心だったが、基地内に入ったカー

ルにヒュースの鋭い視線が突き刺さった事は言うまでもない。
                            ひる
だが、当然その様な視線にカールが怯む訳はなく、極寒を思わせる冷たい笑みを浮かべて反

撃したのだった…










●あとがき●

サラの過去のお話を入れようとすると、何故か毎回おかしな方向に流れていってしまいます。
言葉足らずなのがよくわかる(いつもの事だけど…)
過去の詳しいお話は短編で書けたら書きたいと企んでいますので、長編で少々(多々?)わ
からなくても気にせずに読み進んで下さい。
サラが暗闇を怖がる原因さえわかって頂ければ、もう何も言う事はありません。
「それが一番わからねぇよ!」というツッコミは無しでお願いします(笑)
しかしよ〜く読み返してみると、サラはいつも自分で全てを解決していますね…。
カールの存在意義が無い様な気が…
それは気のせいという事にしまして(笑)、サラの性格がそうさせてしまう様です。
カールもちゃんと役に立っている、とわかる人だけわかって下さい(弱気)
敢えて言葉にしなくても、傍にいてくれるだけでサラは幸せなのですv
彼女の気持ちがわかっているからこそ、過剰にスキンシップを取ろうとするカール(笑)
もう誰も彼を止める事は出来ません…(適度な所で止めないとやばいですが)
ヒュースとの戦いも、始めから勝負は決まっていました。
しかし二人のやり取りが面白いので、これからも恋敵として頑張ってもらうつもりですv

●次回予告●

ステア・ナズナの小遣い稼ぎ、それは…
ファンの交流会にて自作のグッズ(生写真・カレンダーなど)を売る事。
久々に大規模な交流会が開かれる事になり、ステア達の懐は非常に暖かくなりましたが、一
部のファンの間で流行っているあるものを目の当たりにしてしまいます。
怒りが頂点に達した二人はそれの撲滅作戦を行おうと決意し、作戦の第一段階としてサラに
協力を仰ぎます。
一部のファンの間で流行っているものとは一体何なのか!?
第四十八話 「ファン〜実態編〜」  ヒド〜イ!大佐に対する冒涜よぅ!!

                        
<ご注意>

次の第四十八話「ファン〜実態編〜」は同性カップリングを批判する内容が含まれています。
同性カップリングファンの方は決してお読みにならないで下さい。
ファンではない方・どちらのファンでもないという方はチャレンジャーな今川を見て笑ってやって
下さい(笑)