第四十六話
「副官〜中編〜」
妙な話の流れから、三人で遺跡へ向かう事になったカール達。 三人はとりあえず足となるジープが置いてある駐車場へ向かい、到着するとすぐにヒュースは サラの為に助手席のドアを開いた。 「どうぞ、サラさん」 「ありがとう。…運転はあなたがするのよね?」 みちのり 「はい、もちろんです。遺跡までの道程は私しか知りませんから」 「ん〜…。じゃあ、私は後ろに乗ろうかな」 「えぇ!?な、何故ですか!?」 「別に深い意味はないんだけど、今日は後部座席に乗りたい気分なの」 そう言ってサラはさっさと後部座席に乗り込み、呆然と立ち尽くしている男二人に笑顔で声を 掛けた。 「二人は前に乗ってね」 「ああ、そうさせてもらおう」 「は、はい!わかりました!」 か カールとヒュースはほぼ同時に返事をし、全く同じ思いに駆られながら互いの顔をチラリと横 にら 目で睨んだ。 そうして二人はいそいそとジープに乗り込むと、第一装甲師団の基地から北へ数km程の地 点にある古代ゾイド人の遺跡へ向けて出発した。 「へぇ、あなたが第一装甲師団の副官になったんだ〜」 「そうなんですよ。責任重大で、すごくプレッシャーを感じております」 遺跡へ向かう道中、基地で交わした会話から何となくはわかっていたが、サラはヒュースが しゅうにん 第一装甲師団の副官に就任した事を本人から聞き、それでカールのいる基地に彼がいたの だと納得した。 それからもサラとヒュースはずっと楽しそうに話し続け、遺跡へ到着するまでの間カールは二 人の話を黙って聞いていた。 元からカールは無口な方であったが、それを自分の勝ちだと勘違いしたヒュースは、遺跡へ つな 着くなりサラと手を繋いで行こうとした。 その瞬間、カールは考えるよりも先に体が動き、ヒュースの手を払いのけていた。 「何をするんです、大佐!?」 いか ヒュースは如何にも心外だという様な顔をしてカールを睨み付けた。 すると、カールは冷静そのものといった様子でヒュースとサラの間に割り込み、にやりと不敵 な笑みを浮かべてみせた。 「何故手を繋ぐ必要があるんだ?」 「ご覧の通り、足場が悪いからですよ」 ひる 帝国軍で最も恐ろしいものの一つに数えられるカールの冷淡な笑みに対し、ヒュースは全く怯 んだ様子を見せず、こちらも不敵な笑みを浮かべて平然と答えてみせた。 カール達のただならぬ雰囲気に気付いたサラは慌てて二人の前へ行き、大丈夫と言わんば かりに明るく微笑んだ。 「ヒュース中佐、私は一人で平気よ、ありがとう」 「そ、そうですか…。では、参りましょう」 ヒュースはカールに対しての態度から一変して思い切り感情を顔に出し、心なしかゆっくりとし た足取りで二人を遺跡の入口へと案内した。 どうくつ その遺跡は人工的に造られた洞窟の中にあり、入口から奥の方を見てみると、真っ暗で何も 見えなかった。 「ま、真っ暗だね…」 いた あか 「洞窟ですからね。でも心配いりませんよ、中には至る所に灯りがあると聞きました。スイッチ は確かこの辺に…」 ヒュースが入口付近にあったスイッチを押すと、洞窟内の全ての灯りが一斉に点灯し、サラは ほっと胸を撫で下ろしてから、中に足を踏み入れた。 ヒュースはサラの後を急いで追い、彼とは対照的にカールは慌てる事なく、ゆっくりと遺跡内 に入って行った。 ていねい 「は〜、さすがと言うか何と言うか…丁寧に発掘されているわねぇ」 もち 「そうですね。噂によるとプロイツェンは大変な人員を用いて、たくさんの遺跡を発掘させてい たらしいですよ」 「うんうん、私もその噂聞いた事あるわ。新たに見つけた遺跡を片っ端から発掘して回ってた わざ んだよね。絶大な財力の成せる業だったんだろうけど、こんなにもたくさん発掘出来て、調査 かか うらや に関わった人が羨ましいなぁ」 たずさ 「同感です。全員がいくつかの発掘に携わっていたでしょうし、得るものは多かったと思います よ」 ヒュースは遺跡調査を専門に行う部隊に長い間勤めていただけあって、考古学の専門家であ の るサラと妙に話が合い、カールは完全に除け者にされていた。 つか たび そんなカールに気を遣い、サラは何度も彼に話を振ろうとしたが、その度にヒュースが間に入 り込み、目を合わせるだけで言葉を交わす事は出来なかった。 仲良く話し続けるサラとヒュースの後をゆっくりと追いながら、カールは内心怒りを感じつつも 決して感情を表に出さない様に心掛けた。 つぼ もし感情的になれば、それこそ相手の思う壺。 いだ どういうつもりかはわからないが、ヒュースがサラに好意を抱いているのは間違いないし、自 分に敵意を持っているのも確かだ。 絶対負ける訳にはいかない。 くうどう その様な緊迫した雰囲気のまま三人は洞窟の奥へと進み、最深部と思われる広い空洞に出 た。 「わぁ〜、すご〜い!」 てんじょう サラは空洞の中心部まで走って行くと、天井を見上げてクルクル回った。 えが 天井には古代ゾイド人が残したと思われる壁画が一面に描かれており、これ程美しい状態 まれ で発見されるのは非常に稀な事であった。 ヒュースも話に聞いていただけで実際に見るのは初めてであった為、サラと同じ様に天井を見 上げ、その美しさに感動していた。 「これ程までに美しい状態で残っているとは思いませんでした。何と素晴らしい…」 「ええ。私もこんなに綺麗な保存状態の壁画、初めて見るわ…」 サラとヒュースは呆然と天井を眺め続け、二人のやや後ろでカールも同じく壁画に見とれてい た。 めんみつ そうしてしばらくすると、サラは天井だけでなく周囲の壁にも興味を示し、傍まで行って綿密に 調べ始めた。 当然ヒュースもサラにくっついて壁をまじまじと観察し、空洞の中心部にポツンと残されてしま ったカールは、残された事にも気付かず、熱心に天井を眺め続けていた。 彼も相当考古学に入れ込んでいる様だ。 そんなカールの様子に気付いたヒュースは今がチャンスと判断し、二人には内緒にしていた とびら 隠し部屋の扉をそっと開けると、サラを手招きして呼んだ。 サラはすぐヒュースの指し示す場所が隠し部屋と察し、軽い足取りで彼の傍へ向かった。 サラが先に隠し部屋へ入ると、ヒュースは急いで彼女の後を追い、カールに気付かれない様 に静かに扉を閉めた。 「やっぱり隠し部屋ってあるものなのねぇ…」 くまな サラは興味津々といった様子で早速隠し部屋内を隈無く見て回り、ヒュースと二人きりになっ ている事に一切気付かなかった。 ヒュースはサラの性格をよく熟知していた為、彼女が隠し部屋に集中している間に何気なく本 心を聞き出そうと口を開いた。 「サラさん、お聞きしたい事があるのですが…」 「ん〜?なぁに?」 思った通りサラは隠し部屋の内部を調べる事に集中しており、適当な返事しか返さなかった。 ヒュースはにやりと不敵な笑みを浮かべると、サラの傍へ静かに歩み寄った。 「シュバルツ大佐と本当にお付合いしているのですか?」 「…………へ?お、お付合い!?」 サラはてっきり遺跡の事を質問するのだと思っていたので、余りの不意打ちの質問に驚き、 す とんきょう 思わず素っ頓狂な声で聞き返した。 あんど サラの反応から、ヒュースはやはり恋人同士というのは間違いだったと思い込み、安堵の表 情を浮かべた。 「皆がそう噂していたので気になっていたのですが、やはりお付合いはしていないのですね、 安心しました」 「…ヒュース中佐、どうして突然こういう話題になったのかわからないんだけど、あなたが言っ ている事は間違ってるわ」 「間違ってる?どう間違っているんです?」 「私とカール…シュバルツ大佐はね、えっと……その………」 自分達の事を改めて恋人同士だと言うのはまだ照れがあるらしく、サラは頬を赤らめながら言 よど い淀んだ。 かたず の 一方、ヒュースはサラの次の言葉を固唾を呑んで待っていたが、その時何の前触れもなく周 囲の灯りが全て消え、彼らの視界が完全に奪われた。 |
「な、な、何!?ど、どうして灯りが消えちゃったの!?」 ずいぶん 「配線工事をしたのは随分前でしょうし、どこかがショートしてしまったのかもしれませんね。で も心配いりません、あなたには私がついています!」 「……………………」 「……サラさん?」 ヒュースは自信満々に言ってみせたが、サラから何の返事も返ってこなかった為、心配になっ て彼女の方に手を伸ばした。 すると、サラは驚いてヒュースの手を思い切り払い、暗闇に対する恐怖心から全身をガタガタ ふる 震わせ始めた。 こわ 「やだ………カール……暗いの…怖いよ…………カール…カール……!」 「サラさん!大佐は隠し部屋の事を知りません。それにあの人がいなくても私が傍にいるじゃ ないですか、だから落ち着いて下さい!」 「カール……どこ…?どこにいるの……?私……怖い………怖いよぅ……」 もはや サラは最早完全に我を忘れており、ヒュースの必死の言葉も彼女の耳に届く事はなく、非常 に弱々しい声でカールの名を呼び続けた。 ろうばいぶ 初めて見るサラの狼狽振りに、ヒュースはどうすればいいのかわからなくなり、暗闇の中でた だオロオロするしかなかった。 「サラ!」 突然隠し部屋内にカールの声が響き、サラは誰かに抱き寄せられた。 「サラ、大丈夫だ。俺はここにいる」 「カール……」 サラを抱き寄せたのは当然カールであったが、ヒュースは彼がこの隠し部屋を見つけた事に 少なからず疑問を抱いた。 普通に見ただけでもわかり辛いのに、ましてこんな暗闇の中で見つけられるはずがない。 だが、今目の前にいる人物はきちんと隠し部屋を見つけ、中に入って来たのだ。 すぐには信じ難い事であったが、ヒュースはカールの未知なる力にただただ驚くしかなかっ た。 カールは恐怖の余り腰が抜けてしまったサラをひょいと抱き上げると、ヒュースがいると思わ れる方に向かって声を掛けた。 「ブラント中佐」 「…は、はい、何でしょうか!?」 互いの顔が全く見えないというのに、カールが真っ直ぐ自分に向かって話し掛けてきた為、ヒ うわず ュースは動揺の色を隠せず、思い切り声を上擦らせて返事をした。 それとは対照的に、カールは冷静に声でヒュースの正確な位置を判断すると、そちらへゆっく りと歩み寄った。 かいちゅうでんとう 「懐中電灯とか、灯りになるものを持っているか?」 「え、あ、はい。小さいですが、ペンライトを持参しております」 「よし、ならそれを点けて我々を入口まで先導してくれ」 「りょ、了解しました」 ヒュースは急いで持っていたペンライトを点灯させ、サラの様子を伺った。 しっ サラはカールに力強く抱きついており、表情まで見る事は出来なかったが、ヒュースは内心嫉 と 妬しながらも二人の先に立って歩き出した。 |
そして行きよりも倍程の時間をかけて洞窟の入口まで戻り、太陽の光が見えてくるとカール は安堵の表情を浮かべ、サラに優しく声を掛けた。 「サラ、もう目を開けても大丈夫だよ」 カールの優しい声を聞き、サラはゆっくり目を開けると周囲を見回した。 「……戻って来たの?」 「ああ。立てるかい?」 「ダメ、腰が抜けちゃったみたい…。このまま連れてって」 「わかった」 かか カールはサラを抱き抱えたままジープへ向かい、その後をヒュースは慌てて追い掛けた。 ジープに到着すると、カールは後部座席にそっとサラを下ろし、その隣に自分も乗り込もうとし たが、ヒュースの異様に鋭い視線に気付くと、仕方ないなという表情で助手席に座った。 ヒュースとの無駄なやり取りで力を使いたくない様だ。 かいほう それよりも今は急いで基地へ戻り、早くサラを介抱してやりたいという気持ちの方が大きかっ た。 カールが助手席に座ったので、ヒュースはとりあえず嫉妬した心を落ち着かせると、無言でジ ープを発車させた。 それから三人はほとんど口を開く事なく基地へ帰り、カールはジープが停車するのと同時に助 手席から降りると、後部座席のドアを開いた。 「た、大佐!何をなさるんですか!?」 「……?何か問題があるのか?」 カールはまだ腰が抜けた状態にあるサラの体に手を伸ばし、抱き上げようとしていたのだが、 けげん それに驚いたヒュースが慌てた様子で声を掛けてきた為、動きを止めて怪訝そうな顔をした。 つか サラもカールに掴まろうと手を伸ばしていたので、彼とほぼ同時に動きを止めてキョトンとヒュ ースを見上げた。 |
ヒュースは二人に見つめられてしまい、内心動揺しつつも話を続けた。 「問題あるに決まっているじゃないですか!サラさんをどうするおつもりです!?」 「どうって……部屋へ連れて行って休ませてやろうと思っているのだが…?」 「部屋?それは当然医務室なんでしょうね?」 「…………」 つぐ ヒュースの問い掛けにカールは思わず口を噤み、ここをどう切り抜けようかと思案し始めた。 またしてもカールとヒュースが緊迫した雰囲気になってしまった為、サラは二人の間に割り込 む様に笑顔で話し掛けた。 「ごめんなさい、中佐。折角案内してくれたのに迷惑かけちゃって…」 「いえ、お気になさらずに。今はそんな事より早く医務室へ、私もご一緒します」 「あ、その事なんだけど、私カール…シュバルツ大佐の部屋で休ませてもらうわ」 「えぇ!?ど、どうして大佐の部屋なんですか!?」 「それはその……彼の部屋が一番落ち着くから、かな」 「落ち着く……んですか…?」 す 相手がカールなら直ぐさま反撃出来たのだが、今は愛するサラが相手なので、ヒュースの勢 いが極端に弱まった。 その様子を見計らってカールはサラを抱き上げると、ヒュースを残してさっさと歩き出した。 ヒュースはしばらくの間呆然として動けなかったが、カール達の姿が基地内へ消えそうになっ た途端、慌てて二人の後を追い掛けた。 「お、お待ち下さい、大佐」 「何だ、まだ用があるのか?」 「い、いえ、その……」 「…あぁ、皆との顔合わせか。心配するな、彼女を部屋へ送ったらすぐに戻って来る。それか らでも構わないだろう?」 「は、はい、よろしくお願いします」 カールに一方的に話を進められてしまったが、部屋でサラと二人きりにさせるよりはマシだと、 ヒュースは素直に従う事にした。 いちべつ とりあえず話が一段落したので、カールはヒュースに一瞥し、自室に向かって歩き出した。 「どうやら…ブラント中佐は相当君の事が好きらしいな」 「お友達だもん。好きなのは当たり前じゃないの?」 「君が友達だと思っていても、中佐はそう思っていないようだ。きっと友達以上の感情を持って る」 「そうかなぁ…?そんな風には見えなかったけど……」 どんかん あ 何となく、カールはサラが自分よりもずっと鈍感なのではないかと思ったが、敢えて口には出 さずに歩き続け、自室に入ると彼女をベッドへそっと下ろした。 「ありがと」 「じゃ、俺はまだ仕事があるから行って来るよ。君はゆっくり休んでいてくれ」 「待って、カール」 すが サラは自室から足早に立ち去ろうとするカールの腕を掴み、縋る様な目で彼を見上げた。 「うん?どうしたんだい?」 サラの様子が気になったカールはベッドに腰掛け、彼女の頬を優しく撫でた。 ほおず すると、サラはカールの手に自分の手を重ね、愛おしそうに頬擦りしてからようやく口を開い た。 「…今日泊まってもいい?」 「え…?」 「ダメだよね…。ごめんなさい、変な事言っちゃって……。少し休んだら帰るね」 「いや、構わないよ、泊まってくれても。…というより、そうしてくれる方が俺も嬉しい」 カールの優しい言葉を聞いた途端、サラは天使の様な笑みを浮かべ、彼の腕の中へ飛び込 んだ。 カールは優しくサラを受け止めると、彼女の細い体をぎゅっと抱きしめ、全身で温もりを感じ た。 「……そろそろ戻らなくては」 「…長居させちゃってごめんね」 「今日は早めに仕事を切り上げて帰るよ」 「うん、待ってる…」 なごりお 二人は軽く唇を重ね、カールは名残惜しそうにサラから手を離すと、自室を後にした。 そうしてすぐに隊長用の執務室へと足を運んだが、待ち兼ねた様子のヒュースがドアの前で におうだ 仁王立ちで待っているのが見えると、やれやれといった表情になった。 ヒュースはカールの姿を見つけるとギロッと彼を睨み付け、足早に歩み寄って来た。 「遅いじゃないですか、大佐」 「そうか?急いで来たつもりなんだがな」 「つもりでは困ります、初日からこうでは先が思いやられますな」 あせ 「まぁ、まだ皆に招集を掛けていないし、そう焦る必要はない」 さわ さっそう カールは不気味な程爽やかな笑みを浮かべて言い、颯爽と執務室内に入ろうとしたが、如何 にも今思い出した様なわざとらしい仕草をすると、ヒュースの方に振り返った。 「中佐、皆に招集を掛けておいてくれ。場所は格納庫にするか、人数が人数だからな」 「…は?」 「何だ、その返事は。副官としての初仕事だろう?しっかり頑張ってくれたまえ」 たた カールは終始笑顔のまま話し続け、最後にヒュースの肩をぽんと叩くと、さっさと執務室に姿 を消した。 た ねら カールが自分の皮肉に全く動じず、ずっと笑顔を絶やさなかったのはこれを狙っていたからだ と気付き、ヒュースは苦笑しながら自身を紹介する為に基地内の部下に招集を掛けた。 数分後、カールはヒュースを従えて格納庫へ向かうと、たくさんの兵士達に敬礼されつつ彼ら の前に進み出た。 しょくん 「諸君、知っての通り我が第一装甲師団には長らく副官が不在のままであったが、本日よう やくその任に就いてくれる者が配属される事になった。紹介しよう、ヒュース・ブラント中佐だ」 す ひか しんと静まり返った格納庫内にカールの澄んだ声が響き、彼の隣に控えていたヒュースが一 歩前に出た。 「初めまして、皆さん。本日付で第一装甲師団に配属されたヒュース・ブラントです。副官とい ほこ う立場ではありますが、皆さんとは上官・部下の関係ではなく、誇りある帝国軍に属する同士 として共に頑張っていきたいと思っています。これからよろしくお願いします」 しんしてき ヒュースの大変紳士的な挨拶が終わると、兵士達は再び一斉に敬礼し、にっこりと満面の笑 みを浮かべた。 女性兵士達の笑みはカール程とはいかないまでも、美形の上官がやって来てくれた事に対 する喜びの笑みだったが、男性兵士達のそれは全く違う意味を持つものであった。 あこが 実は彼らにとってヒュースは憧れの存在なのだ。 もちろんカールも憧れの存在であるが、彼とは異なった憧れを抱いていた。 これにはハッキリとした理由があり、ヒュースが帝国軍内にあるサラのファンクラブの代表を務 した めている事から、会員の兵士達に慕われる存在になったのだ。 しかし今現在、ヒュースの立場は微妙なものになりつつあった。 カールとサラが恋人同士になった事で、ファンクラブの会員達は賛成派・反対派に分かれてお り、当然ヒュースは反対派に回ったのだが、第一装甲師団では圧倒的に賛成派が多く、憧れ てはいても彼が上官になる事を素直に喜べる者は少なかった。 とは言え、憧れの存在である事には代わりない為、兵士達は喜びを思い切り顔に出してい た。 部下達の嬉しそうな顔を見、カールは安心した様に微笑むと、すぐに解散の指示を出して皆を 通常業務へと戻した。 「ブラント中佐、君はこっちだ」 「はい」 カールはヒュースを連れて自分の執務室へ行き、机の上に山程積み上げられている書類の 半分をドサッと彼に手渡した。 「…大佐、これは?」 「君の分だ。本来なら副官である君が全ての書類に目を通してから私の元へ届くべきなのだ つ が、君は副官職に就くのは初めてだろう?だからまずは半分から始めよう。来週には全てをこ なせるようになってくれる事を期待する」 「…りょ、了解しました」 ヒュースは自分の手の中にあるたくさんの書類を眺め、カールが今までこれの倍の仕事を一 人でこなしていた事に気付くと、噂通り彼は本当に優秀な軍人なのだと思った。 だが、カールは優秀な上官であると同時に強大な恋敵でもある為、素直に感心する訳にはい かなかった。 始めは仕方ないとしても、なるべく早く副官職に慣れていこうと決意を新たにするヒュースであ った。 そんなヒュースの思いを知ってか知らずか、カールは足早に自分の執務室を後にすると、副 官用の執務室へと彼を案内した。 そろ 「ここが今日から君専用の執務室だ。必要最小限のものは全て揃っているはずだが、足りな もら いものがあったら物資班に言って貰って来てくれ」 「はい」 「では、私は自分の執務室へ戻る。わからない事があれば、遠慮なく聞きに来るように」 「はい、よろしくお願いします」 かす ヒュースの言葉が彼の本心から来たものか疑わしかったが、カールは微かな笑みを見せて執 務室のドアを開いた。 そうして廊下に出たところでふとある事を思い出し、振り返ってヒュースに声を掛けた。 「ブラント中佐」 「何でしょうか、大佐?」 こん つ 「今日私は早めに仕事を切り上げさせてもらう。君も初日だからと言って根を詰めず、適当な ところで終わってくれて構わんぞ」 かろ たも 今まで辛うじて笑顔を保っていたヒュースの表情が、カールの言葉を聞いた途端瞬時に変わ り、ギロリと彼を睨み付けた。 「…サラさんを研究所へお送りするんですね?」 「……………」 「そうなんですね?」 「……いや、送りはしない」 「送らない?では私がお送り致します」 「その必要はない」 「……?何故です?」 こた ヒュースの問いにカールは不敵な笑みで応え、そのまま何も言わずに歩き出した。 ヒュースはカールの微笑みの真意が理解出来なかった為、呆然と彼の後ろ姿を見送り、しば らくしてハッと我に帰ると、山の様な書類を目の前にしてガックリと肩を落とした。 ●あとがき● 中途半端な所で終了となりましたが、前後編に分けると後編だけが妙に長くなってしまう為、 三つに分ける事にしました。 ヒュースが如何なる人物なのかが明らかになり、今後も彼の行動から目が離せません(笑) ずっとファンクラブの存在を無視した形でお話が進んでいましたので、少しずつですがファンの 皆さんのお話を出していきたいと思っています。 もちろんそれに対抗する形で、カールのファンクラブの人達も出す予定。 久々にステアとナズナが活躍してくれそうですv 以前サラの暗闇に対する恐怖のお話を少しだけ出しましたが、今回はハッキリと出してみまし た。後編では理由もわかります。 最後に頼れるのはカールだけだと主張する為、お泊まりする事にしましたv ただラブシーンを書きたいだけじゃないの?と言われそうですが、正しくその通り!(笑) ずっとカールの弱い所ばかりを前面に出していましたので、たまにはサラの弱い所も出したい という欲求に負けました。 男二人の対決よりもそちらが本命だったり…(重症) 強い女性が時折見せる弱い面に、カールと共にクラリとなりたいと思いますvv ●次回予告● 早めに仕事を終え、自室へ戻ったカールはサラとの楽しい時間を満喫します。 そうして落ち着いたところで、サラは何故自分が暗闇を怖がる様になったのかをカールに語り 始めます。 サラの過去に一体何があったのか…? カールは愛する女性の心を救う事が出来るのでしょうか? 第四十七話 「副官〜後編〜」 こんなにも近くにあなたがいるからvv <ご注意> 次の第四十七話「副官〜後編〜」は性描写に近い表現が出てきます。 お嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。 |