第四十五話

「副官〜前編〜」


「まだ決まらないのですか?」

「うむ。なかなか難航していてな…」

第一装甲師団の基地内の通信室で、カールはある人物と通信をしていた。

ある人物とは次期元帥を噂される、現在上級大将の地位にいる初老の男性ロイド・ルター。

装甲師団全体は皇帝であるルドルフ直属の部隊だが、細かく分けると第一装甲師団はロイド
                                                 しった
の直属であり、他の将官達が遠慮する中、ロイドはカールに唯一叱咤激励出来る上官であっ

た。

カールと初めて顔を合わせた頃の彼は父の部下の一人という立場だったが、どんな時も人一
                                      いた
倍の努力をし、とうとう上級大将にまで昇進するに至った努力家である。

プロイツェンが元帥に就任した後、彼のやり方には納得がいかないと、勝手に軍を抜けて独
               がんこもの
自の道を突き進んだ頑固者でもあった。
                                           つらぬ
そんな帝国軍人の誇りを失う事なく、いつも自分の信念を貫くロイドの姿勢にカールはずっと
     いだ
憧れを抱き続け、直属の部下となった今では彼を目標により一層の頑張りを見せていた。





今日ロイドがわざわざカールに直接通信を入れたのには込み入った事情があり、その事で二

人は長い間悩み続けていた。

軍全体で大規模な人事異動が行われた際、どの部隊の隊長や副官もすんなりと決まった

が、第一装甲師団はカールを隊長に任命しただけで、副官は一向に決まる気配がなかった。
                            かか
その頃はまだ国全体が多数の問題を抱えていた為、仕方なくロイドはカールに一人で部隊を

まとめる様に伝え、後程ゆっくり決めようと後回しにした。

しかし国の立て直しが一段落ついたにもかかわらず、まだ副官がいない状態のまま、カール

は巨大な部隊である第一装甲師団を一人で任されていた。
      いくにち
それから幾日かの時が過ぎ、ロイドは副官が決まらない理由を伝える為にカールに通信を入

れたのだ。

「実は……副官が決まらないのには理由があるのだ」

「…理由?どのような理由でしょうか?」

「お前の副官になりたいと立候補した者は予想以上に多かったのだが、どういう訳か、皆後に

なって次々と辞退したいと言い出しおってな」

「辞退…ですか?」
                                                   も
「そうだ。詳しい事情は聞いていないが、どうやら立候補者同士で揉め事があったらしい」

立候補したのは全員がカールのファンクラブに所属している者達だったので、副官というファン
                       つ
としては最高の地位に誰もが就きたいと強く願い、自分以外の立候補者を辞退させようという

動きが活発化した。
       やみう
一部では闇討ちもあったとの事。

その結果、立候補した者全員が互いをつぶし合い、誰も残らなくなってしまった。

「それで、今度は揉め事など起こさない年配の者を配属しようと思ったのだが…これもまたダ

メだった」

「どうしてですか?」
                 おのれ
「若い者の下に就くのは己のプライドが許さないらしい」

「…………」

確かに、自分が彼らと同じ立場になった時は断るだろう。

どうやらロイドも同じ事を考え、結論を出した様だ。
                           しんぼう
「……まぁ、そんな訳で今しばらくは辛抱してほしい」

「…ですが、このままでは確実に私一人の手では負えなくなりますよ?」
                      ずいぶん
「これは珍しい。お前にしては随分弱気な発言だな」
                                                                  めぐ
「軍隊は指揮官一人で成り立っているものではない。副官を始めとして、有能な部下に恵ま

れてこそ最高の指揮官になれる。そう教えて下さったのはあなたです」
                                        じきじき
「そうだったな…。う〜む……、わかった。では、私が直々に捜してやろう。司令部の連中に任

せておいたら時間がかかりすぎるし、その方がすんなり決まるはずだ」

「お手間を取らせて申し訳ありません。よろしくお願いします」

「ははは、そんなにかしこまるな。最近は何でも若い衆がやってくれるから、仕事が全く無くて
                              しの
退屈しておったところだ。丁度良い退屈凌ぎになる。楽しみに待っていなさい」

「はい」

「…おっと、すっかり言い忘れていたが、たまには司令部に顔を出すように。忙しいとは思う
                            おび
が、私の演習に付き合ってくれ。皆、怯えて付き合ってくれんのだ。また頼むぞ、大佐」

「はい、喜んでお付合いさせて頂きます」

「では、またな」

ロイドはカールの返事が余程嬉しかったらしく、満面の笑顔を見せて通信を切った。

カールも同じ様に喜びを顔に出すと、近い内に必ずロイドに会いに行こうと思うのだった。



                           *


         たまもの
ロイドの力の賜物なのか、それから数週間も経たずに第一装甲師団の副官が決まった。

長い間決まらなかったのが嘘の様な早さであった。

カールは早速副官に任命された者のプロフィールが書かれている書類に目を通し、彼が自分

と一つしか年が変わらない事と、自分と同じく若くして中佐まで昇進を果たした有能な軍人で

ある事を知った。
                                          つか
同世代の方が何かと対処し易いのでは、とロイドが気を遣ってくれた様だ。

だが、カールの元へやって来た副官は彼にとって最大の恋敵となる男であった。





「お初にお目にかかります、シュバルツ大佐。本日付で第一装甲師団に配属となりました、ヒ

ュース・ブラント中佐であります。よろしくお願いします」

第一印象はそんなに悪いものではなかった。
                                            するど
しかしよく観察してみると、顔は笑顔なのに目はギラギラと鋭い光を放っていた。
          いかく                            がんこう
まるで自分を威嚇している様だと感じながら、これ程の眼光を持っている者は今時珍しいの

で、これからの活躍が期待出来るとカールはのん気な事を考えていた。

が、根がどんなにマイペースなカールでも、副官に就任してすぐにヒュースが取った行動は驚

くべきものであった…





その日、ヒュースが第一装甲師団の基地へやって来たのと時を同じくして、何の連絡もなしに

サラが突然遊びに来た。
              めった
今までそんな事は滅多に無かった為、カールは驚きと同時に喜びも感じていたが、とりあえず

理由を聞いておく事にした。

『どうしてもあなたに会いたくなってv』と言ってくれる事を期待したが、サラの口からは意外な

答えが返ってきた。

「え…?あなたが来てほしいって言ってくれたんじゃないの?」

「…俺は何も言ってないけど?」

「おかしいなぁ…。今朝あなたの部下の兵士さんが『大佐が会いたいとおっしゃられていま

す、急いで第一装甲師団の基地へ来て下さい』って通信してくれたんだけど…。ひょっとして

聞き間違いだったのかなぁ?」

「そうかもしれないね。でも来てくれて嬉しい事に代わりはないよ、今日はゆっくりしていってく

れ」
     せっかく
「うん。折角来たんだし、そうさせてもらうわv」

二人の話が一段落すると、その様子を見計らっていた様なタイミングでヒュースが現れた。

「サラさん、お久し振りです」

「え?………あ、ヒュース少尉!久し振りね、元気だった?」

「はい、もちろん元気です。それと、今は少尉ではなく中佐ですよ」

「へぇ〜、もう中佐まで昇進したんだ〜。相変わらずすごいねぇ」

「いえいえ、それ程でもありません」

どうやらサラとヒュースは知り合いらしく、非常に仲良さげに話し始めたが、カールは現状を把

握するのに意味もなく時間がかかってしまい、ふと気付くと完全に二人の話の聞き役になって

いた。

(サラはブラント中佐と知り合いなのか…?それにどうしてサラは中佐の事をブラントではな

く、ヒュースと名前の方で呼んでいるんだ…?しかも中佐はクローゼ博士と呼ばずにサラさん

と呼んでいるし……。わからない事だらけだ…!)

二人の話を張り付いた笑顔で聞きつつ、カールは疑問に思った事を心の中で呪文の様に何
  つぶや
度も呟いた。

しかしずっとそうしていても何の解決にもならない為、カールは思い切って二人の話に割って

入る事にした。

「サラ、ちょっといいか?」

「なぁに?」

カールの呼び掛けに、サラはいつも通り笑顔で応えてくれたが、隣にいたヒュースは恐ろしい
              にら
程の目つきで彼を睨んだ。

どうやら『邪魔をするな』と言いたい様だ。

とは言え、そんな目で見られても大人しく引き下がる様な性格ではないので、カールは平然と

話を続けた。

「ブラント中佐とは知り合いなのかい?」

「うん。え〜っと、確か七年くらい前に父様が軍と合同で大規模な遺跡調査をしたんだけど、

無理を言って私も同行させてもらったの。その時調査部隊に所属していたのがヒュース少…じ

ゃなくて中佐で、私と年の変わらない人が彼だけだったから、話をする機会が多くてお友達に

なったの」

「何だ……ただの友達か…」
                               めざと
カールが安心した様に呟くと、その呟きを目敏く聞いていたヒュースはにやりと不敵な笑みを
                      のぞ
彼に見せてから、サラの顔を覗き込んだ。
男と男の戦い(笑)
「サラさん、また一緒に遺跡巡りをしませんか?実はプロイツェンの屋敷で遺跡の地図が発
                                                      の
見されましてね、考古学者達が存在すら知らなかった遺跡がいっぱい載っていたんです」

「いっぱい!?それはすごいわね!ぜひ連れて行ってほしいわv」

「では、早速今から行きましょうか。この基地の近くにも一つあるんですよ」

「へ?今から…?」

サラは大変乗り気で話していたが、まさか今からとは思いもよらなかった為、思わずカールの

顔を見上げた。

折角遊びに来たのだから、カールと一緒にいたい…
                                        いらいら
そう目で訴えようとすると、どういう訳かカールが妙に苛々している様子だったので、サラは不
            かし
思議そうに首を傾げた。

「どうかした?」

「……『また一緒に』という事は、前にも中佐と
二人で行った事があるのか?」

「うん。あの頃はまだそんなにプロイツェンが力を持っていなかったから、軍が独自に発掘して

いる遺跡へ、皆には内緒でよく連れて行ってもらってたの」

「……………」
                                                                 こうてい
わざと『二人で』という言葉を強調して言ってみたのに、サラに大して気にする風もなく肯定さ

れてしまい、カールは言葉が続かなくなると黙ってヒュースを睨み付けた。

すると、ヒュースは勝ち誇った様な笑みを浮かべ、その笑顔を見たカールは珍しく怒りを表情
            こぶし
に出し、ぎゅっと拳を握り締めた。
                  きんぱく
カールとヒュースの間に緊迫した空気を感じたサラは、オロオロした様子で二人を交互に見上

げた。

「な、何?私、何か変な事言った?」

「いいえ、別に何も。ですよね、大佐?」

「…………ああ」

すかさず笑顔で答えるヒュースとは対照的に、カールは素っ気ない返事しか返さなかった。
                                                              さえぎ
カールの様子がまだ気になったので、サラは彼の傍へ歩み寄ろうとしたが、それを遮る形でヒ

ュースが立ちはだかった。

「さぁ、参りましょう、サラさん」

「え、あ、うん。えっと……さ、三人で行かない?」

「三人?もう一人は誰です?」

今この場には三人しかいないというのに、ヒュースがカールの存在を無視する様な発言をした

為、サラは思わず苦笑いを浮かべた。
                                         あ
ヒュースの後ろ姿を怒りの目で見つめていたカールは敢えて二人の話に割り込まず、サラの

次の言葉を待った。

「彼も遺跡に興味あるのよ。ね、カール?」

「ああ、ぜひ同行させてほしい」

「大佐…、隊長であるあなたが私用で基地を離れても良いのですか?」
                                        つと
「それはこっちのセリフだ、中佐。君こそ副官としての勤めを忘れているらしいな」

カールはヒュースの皮肉めいた言葉を完全な宣戦布告と判断し、自分も迷わず皮肉で返し

た。
                            ひる
ヒュースは上官相手だというのに全く怯んだ様子を見せず、にっこりと気持ち悪い程の笑みを

浮かべると、サラに頷いてみせた。

「今日は演習もありませんし、あなたのお願いとあれば断れませんね。大佐もご一緒にどう

ぞ」
                                                                 しょうだく
結局重要なのはサラの意見だけの様で、ヒュースはすんなりとカールが同行する事を承諾

し、さっさと駐車場へ向かって歩き出した。

その後を急いで追いながら、サラはカールの腕をちょいちょいと引っ張り、小声で話し始めた。

「ねぇ、さっきどうして怒っていたの?」

「…別に怒ってないよ」

「うそ、絶対怒ってた。思いっ切り顔に出てたもん」

「………ブラント中佐とは昔…その………友達以上の付き合いだったのか…?」
                                     いか
素直に『恋人だったのか?』と聞けないところが如何にもカールらしかったが、サラはまさかそ

んな理由で怒っているとは思わなかった為、大きな瞳を更に大きくさせて驚いた。

「友達以上…?友達に『以上』とか、『以下』なんてあるの?」

「い、いや、だから……」

「ヒュース中佐は大切なお友達の一人よ、それ以上でもそれ以下でもないわ」

「……じゃあ、俺は?『友達以上』とは言えないのか?」

「………あ、そういう事。なぁ〜んだ、そうだったんだ」

「……?」

サラはようやくカールが怒っていた真の理由がわかり、お腹を押さえてクスクス笑い出した。

そんなサラの様子を見、より一層ヒュースとの仲を勘違いしたカールは、心底不機嫌そうな表

情になり、そっぽを向いて歩き始めた。
                       らち
照れ臭かったがこのままでは埒が明かないと、サラはカールの手をぎゅっと握り締め、先程よ

りも更に小声で話し出した。

「あなたは私にとって『友達以上』の存在じゃなくて、『特別』な存在だよ。たぶん…父様よりも

特別、かな」

「………ごめん、聞かなくてもわかっていた事なのに…」

「ううん、いいの。私の方こそ誤解させちゃってごめんね。中佐とはあなたと出会う前に、何度

か一緒に出掛けた事があるだけだから、そんなに気にしないで」

サラの気持ちを聞き、カールは嬉しそうに笑顔で頷いてみせたが、同時にヒュースの気持ちも

察し、すぐに複雑な表情になってしまった。
                                  うと
サラはカールと同じく昔から恋愛事に極端に疎かった為、男性と二人きりで出掛けるという事

がデートを意味しているとは思っていなかった様だ。

しかも目的地は必ず遺跡と決まっていたので、彼女にとってヒュースは「共に発掘を楽しむ同

士」といった感覚しかなかった。

だが、当然ヒュースはそうは思わなかったらしく、きっとサラは自分に特別な感情があり、だか

らこそ共に遺跡へ行ってくれるのだと長年勘違いしたままであった。

クローゼ博士が亡くなった直後、ヒュースは遺跡発掘専門の部隊から別の部隊へ転属にな

り、サラと会う機会が無くなってしまったのだが、その間に彼女は運命の男性であるカールと

出会い、生まれて初めて恋愛感情を抱くに至った。

サラとカールの関係を噂で知ってはいても認めたくなかったヒュースは、二人の関係が本当の
                 さぐ
事であるのかを何とか探ろうと思い立ち、探る方法をずっと思案していた。
                                    あ               ため
そんなある日、第一装甲師団の副官の椅子が空いている事を知り、試しに申し出てみると、

ロイドが彼ならとすぐに任命してくれた。

そうして副官として第一装甲師団の基地へ行く日に、わざとカールの名を使ってサラを呼び出

し、彼女に遺跡を案内しながら何気なく二人の関係を聞き出すつもりであった。
                                                  めんみつ       ね
それが何故かカールも同行する事になってしまい、ヒュースはもっと綿密に作戦を練るべきだ

ったと今頃後悔した。

何と言ってもカールは帝国軍の中で一、二を争う程の策略家。
                                   だま
それ相応の計画を立てなければ、彼を完璧に騙す事など無理な話だろう。

今回はサラの手前、カールが同行する事をやむなく承諾したが、遺跡に着いたらそうはいか

ないと闘志に燃えるヒュースであった…










●あとがき●

第一装甲師団って隊長であるカールだけが目立っていて、副官の存在がすっかり忘れ去られ
ていましたが、私の小説では結構出番が多いです。
大部隊の副官が一人というのはおかしいかもしれませんが…
軍隊の知識を持たない人間が書くと、現実とは異なる設定が多くなります(笑)
アニメに出て来た副官と思われる人物は三人いましたが、その内の一人がヒュースです。
後の二人は気が向いたら出そうかな、と思っています(ヒドイ…)
ヒュースはサラと繋がりのある人物という設定ですから、他の副官に比べて必然的に出番が
多くなるキャラになっています。
カールとの静かで熱い戦いを繰り広げつつ、彼には色々と頑張ってもらう予定ですv
そしてヤキモチを焼くカール、再び!
焼きすぎだろ!と突っ込まれそうな気もしますが、カールは元からヤキモチ焼きです(爆)
これからもどんどん焼いてもらおうと企んでいます。
サラはカールしか見ていないというのに、ヤキモチを焼かせる必要がどこにあるのか…?
理由は面白いから。…な〜んて言ったらカールに怒られそうですね。
過剰な焼き方はさせない様に気を付けつつ、かわいい所を出していきたいと思いますv

●次回予告●

カール、サラ、ヒュースの三人で遺跡へ行く事になりましたが、終始対立し合う男二人…
言葉では言わないものの、態度ではあからさまに敵対心が現れています。
遺跡内に入るとヒュースはカールを残し、サラを隠し部屋へと案内して二人の関係を聞き出そ
うとします。
が、その時不意に遺跡内の灯りが全て消え、サラは暗闇に対する恐怖の余り…
第四十六話 「副官〜中編〜」  サラ、大丈夫だ。俺はここにいる