第四十三話

「弟〜後編〜」


忙しい毎日を送っているカールに新たな仕事が舞い込んできた。

新たな仕事とは……弟トーマの配属先を決める事。

『シュバルツ』の名のお陰なのか、士官していきなり中尉という階級を与えられたトーマは、ま

だどの部隊にも所属していなかった。

いや、所属させてもらえない、と言った方が正確かもしれない。

シュバルツ家の人間を部下にする事を毛嫌いする士官が多すぎるのだ。

シュバルツ家は有力すぎる程の軍人貴族だから、というのが一番の理由らしい。

もし何か問題があれば、その有力なシュバルツ家を敵に回してしまうと思っているのだろう。

決してそんな事は無いのだが噂が噂を呼び、結果トーマの居場所が無くなった。

カールが士官した頃は父の部下だった者がまだ多数残っていた為、配属先は彼らの部隊と

あっさり決まったのだが、ほとんどが退役した今となっては「部下に」と申し出る者は全くいな

くなっていた。
   かろ
現在辛うじて残っている父の元部下達は悩み抜いた末に、トーマの配属先を決めてほしいと

カールに頼んできたという次第だ。




                                           びた
今、トーマは兄カールがいる第一装甲師団の基地に入り浸っている。

当然行くアテがないからだ。

従って、必然的にカールがトーマの面倒を見なくてはならなかった。
      ふさわ
トーマに相応しい配属先、そんなものがすんなり見つかるはずはなく、カールは何日も何日も

悩み続けていた。

だが早く決めてやらないと、あの弟の事だから第一装甲師団に入ると言い出し兼ねない。
                                                      もぐ           たくら
そんなに簡単に入る事が出来るとは思っていないだろうが、ちゃっかり潜り込んでやろうと企

んでいるのは間違いない様だ。

その証拠に、トーマは第一装甲師団の格納庫内にビーク調整用の機器を持ち込んでいる。
                 たび
そしてカールが休暇の度に国立研究所へ行こうとすると、無理を言ってついて来ようとする。

もちろんカールが許すはずがないので、毎回泣く泣く兄を見送っていた。

こんな生活を続けていれば、トーマは確実に自分の進むべき道を見失っていくだろう。
                あや
兄として、弟の将来を危ぶんでしまうカールであった。



                           *



「難しい顔してどうしたの?悩み事?」

ここは国立研究所内のサラの自室。

サラは遊びに来てからずっと黙り込んでいるカールを心配し、彼に紅茶の入ったカップを差し

出しながら尋ねた。

カールは今自分がどこにいるのかを思い出すと、サラと一緒の時に仕事の事を考えてしまっ

たと後悔したが、丁度良い機会なので彼女に相談してみようと思い立った。

サラならきっと良い助言をしてくれるはずだ。

「…あぁ、うん、悩み事」

「良かったら話して。少しは力になれるかもしれないし」

「実は……トーマの配属先の事で悩んでいるんだ」

「トーマ君の配属先…?そういう事は司令部が決めるんじゃないの?」

「本来はそうだ。しかしトーマだけ無理だと言ってきてね、それで俺が決める事になったんだ

が…」

カールはシュバルツ家に対する軍の現状をサラに説明すると同時に、自分でももう一度最初

から考えてみる事にした。

カールが悩んでいる一番の原因…

それは……





「どこでもいいんじゃないかな」

サラが言った意外と短い助言に、カールはキョトンとなって彼女の大きな瞳を見つめた。

「どこでも……いい?」

「うん、そう。トーマ君ならどこでも大丈夫だと思うから」

「そうかな…?」

「……やっぱり心配?」

「ん〜………心配とは…違うな」

カールはようやく自分の本当の気持ちに気付くと、思わず苦笑しながらサラの手を握った。

カールが悩んでいる一番の原因……それはトーマには才能があるという事。

自分がいくら欲しても手に入らない才能を、トーマは生まれながらにして持っていた。

今まで気付かないフリをしていたが、その事はカールにとって認めたくない事実であった。

自分には何もない、と気付かされるから…

しかしやはりサラの前では本心に気付いてしまった。

彼女が傍にいる時は何もかもさらけ出していいと、自身が思っているからこその結果だ。

カールは悩む原因を全て話してしまおうと、サラの手を優しく撫でながら話し始めた。

「トーマには才能がある。だから俺はその才能をより発揮出来る部隊を探そうとしたんだが、

無意識に見つけないようにしていたんだ……」

「…どうして?」
うらや
「羨ましかった、それが理由かな。トーマには才能がある、そう気付いた時、自分には何もな
                                 し
いってわかったんだ。生まれた時から親の敷いたレールの上に乗り、親に言われるままにレ

ールを走る。そんな生き方をしてきた俺から見て、無数の未来を選べるトーマが羨ましかっ

た…。どの部隊に配属されてもトーマなら何とかなる、そう頭では思っていても、心のどこかで

このまま行くアテがなければいいのにって思ってる。最低の兄だ、俺は……」
                  ふ                   ひたい
カールは悔しそうに目を伏せると、サラの肩にそっと額を乗せた。

心を落ち着かせようとしての行動だったが、サラに髪を優しく撫でられた途端、カールは子供

の様な笑みを浮かべていた。

サラはどんな時も救いの手を差し伸べてくれる。

それに完全に甘えてしまうのはどうかと思うが、自身の事を自分で解決する為の原動力にす

るのは悪い事ではないだろう。

そう思いながら、カールはサラの言葉を待った。

「あなたは本当に今まで親の敷いたレールの上を走って来たの?」

「……ああ、そうだ」

「そうかな?私は違うと思う。だって…あなたのご両親が敷いたレールの上に私はいなかった

はずだから」

予想もしなかったサラの言葉に、カールは驚いた様子で彼女の目を見つめた。

では、どうしてサラに出会えたのだろうか…?

カールの頭の中はその疑問でいっぱいになり、自分では答えを出せそうにないとサラに目で

訴えた。

すると、サラはにっこりと満面の笑みを浮かべ、温もりを確認するかの様にカールの頬を撫で

始めた。

「私はレールの上にいなかった…。じゃあ、どうして出会えたのかって思うよね。理由は簡単

よ。あなたはあなた自身のレールを走っていた、だから出会えたの」

「俺の……レールを…?」

「うん。私も自分のレールを走っていたから、あなたに出会えたんだと思う。親がどんなにすご

い事を望んでも、子供はその通りにはならない…なれる訳がないのよ。子供にはその子だけ

の道があるから、親が勝手に決める事なんて不可能なの」

「…………」

「…さっき自分には何もないって言ったよね?」

「………ああ」

「あるよ、たくさん。あなたもトーマ君に負けないくらい良いものをいっぱい持ってるわ、ずっと

気付かなかっただけだよ。あなたには軍人としての才能が誰よりもある、今それが開花してい

る最中だから自覚出来なかったんだと思うよ」

軍人………それは親の敷いたレールと同じ道ではないのか…?
ひね
捻くれた受け止め方をしたくはないが、カールはそう思わざるを得なかった。

そんなカールの思いを察したのか、サラはクスクス笑い出したかと思うと、カールの頬を指でツ

ンツンつついた。
ほっぺをつんつんv
「同じ!って顔しないで。たまたま同じようなレールだっただけで、ご両親の敷いたレールとは

別物だよ。最初は確かに同じだったかもしれないけど、そこから自分のレールを見つける事が

出来たの」

「あぁ……そうか…」

軍人として生きていく事は親の敷いたレールの上を走っている事だと思っていたが、自分自

身の道が偶然軍人の道だっただけなのだ。

こんな簡単な事に今まで気付かなかったとは……やはりまだまだ若造の域を超えていない

様だ。
              よち                                       いと    ひと
だからこそ成長の余地があると前向きな事を考えつつ、カールは傍にいる愛しい女性の髪を

そっと撫でた。

サラは本当に良き相談相手だ。

しかし自分はサラにとって良き相談相手なのだろうか、という疑問が同時に浮かんだ。

サラはこれまで一度として悩み事を口にしていない、よって相談に乗る事は不可能であった。
ささ
支えになる事は出来たと思っていたが、始めの第一歩を踏み出せただけで、そこから先には

進めていないらしい。

これは今すぐにでも進んでおく必要がある。

「ありがとう、君のお陰で全部解決出来そうだよ」

「どういたしましてv これからもいつでも相談に乗るから、気軽に話してね」

「うん、そうする。……ところで、君には悩み事はないのかい?」

「悩み事?ふふふ、今度はあなたが相談に乗ってくれるんだね。でも…ごめんなさい、悩み事

はないの」

「ない……か………」

予想していた通りの返事だったが、カールは心底残念そうな顔になり、良き相談相手にはな

れないのかとガッカリした。

サラは自分よりも大切な人を優先する。

だから今回も自分の事は後回しにしたと思われたが、今のサラの表情を見てみると、どうやら

そうではない様だ。

「あなたに会うまでは悩み事がた〜くさんあったんだけど、今は悩む必要がなくなっちゃった

の。どうしてだと思う?」

「……どうしてかな?」
                                             ひと
「あなたが傍にいてくれるからだよv 私の悩み事の大半は独りぼっちだって事だったから…

あなたが傍にいてくれるだけで、悩み事が全部消えちゃったの」
                                                                     うず
サラは自分が言った言葉に恥ずかしくなったらしく、顔を真っ赤にしながらカールの胸に顔を埋

めると、もう聞かないでと言わんばかりにもじもじし始めた。
                                             あ
そんなサラの愛らしい仕草を微笑ましく思いつつ、カールは敢えて聞かなくてもわかっていた
                      あき
事だったと、不器用な自分に呆れてしまった。

その不器用さのお陰でサラの本心を聞き出す事に成功したとは言え、これからはそんな事に

ならない様に気を付けなくてはならない。
            と
そうして成長を遂げた時、きっとサラの良き相談相手になれるだろう。

その日に向けて、今以上に努力していこうと思うカールであった。



                           *



「シュバルツ中尉、お前の配属先が決まったぞ」

「えぇ!?本当ですか、兄さん!?」

「……ああ、第七陸戦部隊の副官だそうだ」

「だ、第七陸戦部隊…ですか……」

「不満か?」

「い、いえ、そんな事は決して…」

口ではそう言っているが、表情は明らかに不満そうなトーマを見、カールはやれやれと肩をす

くめた。

カールでさえ始めは一兵士からスタートしたというのに、この弟はもっと上からスタートしたかっ

た様だ。
     たが
予想に違わず、トーマは社会勉強が足りない。

だからこそ厳しいと噂される第七陸戦部隊の隊長に頼み込み、トーマを部下に迎えてもらった

のだ。

ただし『シュバルツ』の名のせいで、始めから副官という高い地位からのスタートとなってしま

ったが…

「副官から始めるのはどうかと思うが、良い機会だ。副官職を学びながら自分の進むべき道を
もさく
模索するといい」

「自分の進むべき道……ですか?」
                        おの                            しょうじん
「そうだ。ある程度成長すれば、自ずと道が見えてくるだろう。その時まで精進しろよ、トーマ」

カールが勤務中に初めて名前を呼んだ為、トーマは驚きの余り目を丸くしたが、兄は自分の

成長を楽しみにしてくれているのだと察し、きちんと敬礼してみせた。

「はい、精進致します、シュバルツ大佐」

「こんな時だけ『大佐』か…。先が思いやられるな」

「これが成長の第一歩ですよ、兄さん」

「……シュバルツ中尉」

「…おっと、今のはただの癖です」
                           ごまか                  う
トーマは悪びれた様子もなく笑って誤魔化し、カールは怒る気も失せて逆に微笑んでいた。

弟の成長を楽しみに思う、兄の心からの笑顔であった。

「トーマ」

「はい、何ですか?兄さん」

「どんな状況でも冷静に、最後まで自分を信じて戦え」

「……?」

「俺から言える事はこれだけだ。もし自分の力ではどうにもならない状況に直面した時は、こ

の言葉を思い出せ。始めはどうにもならないと思っても、最後には自分の力で突破口を見つけ

られるはずだ」
                                                きざ
「…ありがとうございます、シュバルツ大佐。そのお言葉、胸に刻み込んでおきます」
      かんむりょう
トーマは感無量といった様子でペコリと頭を下げ、そんな弟をカールは軍人ではなく、兄として

の笑顔で見つめていた。



                           *



「最高の相談相手だ、君は」

「え、なぁに?突然」

「ありがとう、無事トーマの配属先が決まったよ」

「そっか〜、良かったねv」

再び国立研究所内のサラの自室。
                               す
トーマの配属先が決まった後、カールは直ぐさま休暇を取り、サラに会いに来ていた。

もちろん礼を言う為だ。

サラはカールの報告を聞くとにっこりと微笑み、自分の事の様に喜んだ。

カールの表情から結果は察する事が出来たが、やはり本人の口から聞く方が喜びの度合が

大きい。

「サラ」

「ん?」
                             ひざ
カールはサラの腕を引っ張って自分の膝の上に座らせると、彼女の唇を指で優しくなぞった。
                                                 あご
口づけをする前の行動だと気付いたサラは、ゆっくり目を閉じると顎を上げて唇を無防備にし

た。
                    ふさ
すぐにカールはサラの口を塞ぎ、軽い口づけを何度も交わすと気が済んだらしく、濃厚な口づ

けはせずに唇を離した。

「ありがとう、サラ」

「もぉ、そんなに何度も言わなくてもいいよぅ」
                                       たた
サラは照れを誤魔化そうとカールの胸をぽんぽんと叩き、そのまま顔を埋めてもじもじし始め

た。

そんなサラの髪を優しく撫でながら、カールは再び彼女に心から感謝していた。
                                みどり      のぞ
すると、サラはクスリと小さく笑い、カールの碧色の瞳を覗き込んだ。

「実はね、私アカデミーで考古学以外に心理学も勉強していたの」

「心理学…?」

「うん、少しだけどカウンセリングも出来るの。だからお礼を言われる程の事はしていないわ」

「でも君のお陰である事に代わりはない、礼は何度でも言わせてもらうよ」

「……素直なのはいい事だけど、これ以上は聞けません」

「ありがとう」
                     ささや
カールはわざとサラの耳元で囁く様に礼を言い、彼女を大人しくさせると同時に細い腰に手を

回した。

「もう一度いいかな?」

「ダメ…」

「礼じゃないよ、こっちだ…」
                                      から
そう言ってカールはサラと唇を重ねると、優しく舌を絡ませ始めた。

カールも礼を言うのは少々照れてしまうので、行動で伝える方が気が楽なのだ。
                                    たわむ
そうして二人はいつもの様に終日いちゃいちゃと戯れながら過ごしたのだった。










●あとがき●

トーマの才能を一番認めていたのはカールだったのでは?という気持ちから今回のお話を考
えました。
そして悩めるカール再び!(笑)
周囲の人々は何事にも優秀なカールを称賛していましたが、カール自身はその事に喜びを感
じていなかった様です。
優秀ではあっても、それは全て父に作られた人物像だと思っていたのです。
だからこそトーマの才能に嫉妬し、長らく兄として弟を見守ってあげられなかったのですが、サ
ラのお陰でまた一歩成長する事が出来ました。
サラは良き恋人であり良き相談相手、カールもそんな風になれるといいなと願っていますv
カールが言ったあの言葉、「悪魔の迷宮」に出てきたセリフですが、ずっと言わせたいと企ん
でいましたので言わせてみましたv
カッコイイぞ、お兄ちゃんvv
しかしながらトーマは兄の期待に応えられるかどうか、今は微妙なところです。
2部が始まった頃はまだまだ成長が見られませんでしたし、彼の成長期は2部の半ば辺りか
らなのでしょう。
それまではハラハラし通しのカールですが、お兄ちゃんなカールが見たいvvので、トーマには
のんびり成長してもらいたいと思います。

●次回予告●

カールは夢を見ていました。たくさんの死体に囲まれるという悪夢を…
初めて人を殺めた時からずっと見ていた悪夢でしたが、とうとうカールは悪夢に負け、生きる
力を全て失ってしまいます。
そうして死を受け入れようとした時、光の中から救いの手が…
カール、最後の成長の時!
第四十四話 「天使」  あなたの手は汚れてないよ

                        
<ご注意>

次の第四十四話「天使」は性描写を含みます。
お嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。
初めてサラからお願いされ、戸惑うカールに注目!(笑)