第四十一話
「弟〜前編〜」
た カールはサラの故郷ケルン町から基地へ戻ると、溜まっていた書類に目を通し、日課となって いる演習を再開した。 戦後処理は当初の予想よりも厳しい進行具合で、再び忙しい毎日を送る様になった。 そして休暇が取れるとサラに会いに行くという少佐時代と全く同じ生活に戻り、忙しくても充実 した日々を過ごしていた。 いそ 一方、研究所へ戻ったサラはカールのお陰ですっかり元気を取り戻し、本業の研究に勤しむ かたわ 傍ら、趣味の怪しい実験にも励んでいた。 * そんな幸せな日々が続いたある日、第一装甲師団の基地にサラから通信が入った。 その時カールはたまたま演習中で不在であった為、サラは彼の部下に手短に用件を言い、通 信を終えた。 サラの依頼を受けた通信兵は憧れの女性からのお願いという事もあり、急いで迎えの者を手 配して研究所に向かわせた。 がく しばらくしてカールが演習から帰って来ると、通信兵はすぐにサラとの通信を報告し、彼を愕然 とさせた。 「何!?シュバルツ中尉に行かせたのか!?」 「は、はい。丁度研究所の近くにいたものですから…」 通信兵はサラにこの基地を訪問させてほしいとの依頼を受け、迎えの者を研究所へ向かわせ たのだが、その指示を受けた者というのがカールの弟のトーマであった。 つか 通信兵はカールに気を遣い、彼の弟ならこの任に最適だと思った様だ。 しかし、結局その通信兵は無駄な気遣いとなる結果を招いていた。 カールはトーマの性格をよく熟知していたので、サラの事が心配で仕方がなくなり、部下の前 で珍しく動揺を顔に出した。 しかし今更呼び戻す訳にもいかず、サラの無事を祈りながら職務に戻ったのだった。 その頃、トーマは国立研究所の入口で「何故自分が迎えなんて」とブツクサ文句を言いなが ら、依頼者が出て来るのを待っていた。 が、研究所から現れた人物を見た途端、不満が一気に吹き飛んだ。 いか トーマはヴァシコヤードアカデミー出身なので、サラが如何なる人物なのかをよく知っており、 した 直接会った事は一度も無かったが、彼女を憧れの人として慕っていたのだ。 しかも彼には若くてかわいい女性にすぐ一目惚れするという悪癖があり、今回も例によってサ ラに一目惚れしてしまった様だ。 前々から憧れていただけに、一目惚れしてしまうのも無理のない話であったが、カールが心 配していた通りの事が見事に現実となっていた。 「初めまして、サラ・クローゼです。今日はよろしくお願いしますね」 サラは丁寧に自己紹介したが、そんな事は百も承知だったトーマは全く聞いておらず、彼女に 向かって深々と頭を下げた。 「は、初めまして!あなたの事はよく存じております!ヴァシコヤードアカデミーを十五歳という 異例の若さで、しかも主席で卒業されたサラさんですよね!」 「え、あ、ま、まぁ、そんな事もあったかな。あなたもアカデミー出身なの?」 「はい、そうです!去年卒業しました!」 「へぇ。じゃあ、後輩なんだね」 同じアカデミーの出身なら知られていても当然かとは思ったが、サラはトーマの勢いに圧倒さ れてしまい、終始苦笑いを浮かべていた。 しかしトーマはサラの様子に一切気付かず、アカデミーの事を一人でペラペラと話し始めた。 仕方なく、サラはトーマが落ち着くまでしばらく待つ事にし、彼の話を根気良く聞き続けなが ら、彼の瞳の色がどこかで見た事のある色だなと思っていた。 みどり トーマの瞳は透き通る様な碧色をしており、帝国でも一部の者しか持っていないと言われる特 殊な色だったのだ。 それに彼の姿格好、どこかで見た事がある様な無い様な… 「…ところで、あなたのお名前をまだ聞いていないのだけれど?」 サラが様子を見計らって話し掛けると、トーマはようやく名を名乗っていない事に気付き、照れ か 臭そうに頭をポリポリ掻いた。 「あぁ、そう言えば自己紹介がまだでしたね、すっかり忘れておりました。私はトーマ・リヒャル ト・シュバルツ中尉であります」 「シュバルツ…?じゃあカールの…いえ、シュバルツ大佐の弟さん?」 「はい、そうです。兄をご存じなのですか?」 「ええ、よ〜く知ってるわ」 キョトンとしているトーマに、サラはにっこりと微笑んでみせた。 よくよく考えると、トーマの瞳はカールの瞳と同じ色だったのだ。 きょうがく とは言え、まさか兄弟だとは思いもよらなかった為、正直サラは内心でとても驚愕した。 しかし兄弟だと思って改めて見ると、性格はともかく外見は非常に似ている事がわかった。 いだ 一方、トーマは兄の事を知っているというサラに妙な親近感を抱き、再び一人でペラペラと話し 出した。 今度はさすがに待ちきれなくなり、サラは無理矢理話を中断させると、トーマが乗ってきたグ スタフに勝手に乗り込んで行った。 慌てて後からトーマも乗り込み、急いでグスタフを発進させた。 基地へ向かう道中もトーマの話は続いたが、彼が研究開発している人工知能AIの話や兄カ かたむ ールの話が多かったので、サラは興味津々で耳を傾けていた。 数時間後、二人はようやく第一装甲師団の基地に到着し、格納庫でグスタフから降りると、ト ーマの案内で基地の入口へ向かった。 すると、入口の前で珍しくそわそわして落ち着きのない様子のカールを見つけた。 「兄さ〜ん!」 みけん トーマが嬉しそうに手を振りながら駆け寄ると、カールはピクッと眉間にシワを寄せた。 「…シュバルツ中尉、何度言わせれば気が済むんだ?基地内では兄と呼ぶなといつも言って いるだろう?」 「は、はい、申し訳ありません、シュバルツ大佐。…サラ・クローゼ博士をお連れ致しました」 「うむ、ご苦労」 カールは軽く頷くと、トーマの後ろで恥ずかしそうにもじもじしているサラの傍へ歩み寄った。 「えへへ、来ちゃったv」 「ようこそ、第一装甲師団の基地へ」 カールはにっこり微笑んで敬礼し、隣でトーマも同じ様に敬礼してみせた。 そうすると余計に二人の姿がよく似ているとわかり、サラは無性に笑いが込み上げてきてクス クスと笑った。 「そうやってると、ほんとにそっくりね」 カールは思わず苦笑したが、トーマはにこにこ笑ったままいつもの調子で話し出した。 「兄さんはサラさんとお知り合いだそうですね。ここへ来る道中、サラさんからお聞きしました」 「…あ、ああ、そうだ」 そば あき 注意した傍から平然と兄と呼ぶトーマに、カールは呆れ果てて力の無い返事を返した。 が、そんな事はお構いなしのトーマは嬉しそうに話を続けた。 「兄さんがサラさんとお知り合いだなんて…運命を感じてしまいます。ね、サラさん?」 のぞ そう言ってトーマはいきなりサラの手を握り、彼女の大きな瞳を覗き込んだ。 その瞬間、カールは自分でも驚く程素早く動き、トーマの手をサラの手から払いのけると、彼を にら キッと睨み付けた。 突然の出来事に驚いたトーマはポカンとなってしまい、カールを見つめたまま黙り込んだ。 な 「女性の手を馴れ馴れしく握るなんて失礼だろう!?」 いらいら は へんぼうぶ カールが苛々して吐き捨てる様に言うと、トーマはいつも落ち着きのある兄の変貌振りを不思 議に思いつつ、ペコリと頭を下げた。 「す、すみません、兄さん…」 「カール、落ち着いて。トーマ君だって悪気があってした訳じゃないんだから」 なだ サラは兄弟の間に割って入り、カールを優しく宥めた。 トーマはサラが兄を名前で呼んだ事に疑問を持ったが、今は聞ける様な状況ではないと黙っ ておく事にした。 「…シュバルツ中尉、お前はここまででいい。後は私が案内する」 何とか落ち着きを取り戻したカールは、その場でトーマと別れると、サラを連れて基地内へ入 って行った。 二人はしばらく会話せずに歩いていたが、何故かサラがずっとクスクス笑い続けているので、 けげん カールは思わず立ち止まって怪訝そうな顔をした。 「…あ、ごめんなさい。おかしくて笑いが止まらなくなっちゃったの」 「おかしくない」 サラは慌てて素直に謝ったが、カールはそっぽを向いて不機嫌そうに答えた。 「トーマ君にも厳しいんだねぇ、弟なのに」 「弟だからといって特別扱いはしない。…それに、あいつにはかわいい女性にすぐ一目惚れし てしまう妙な癖があるから、君がここにいる間は特に気を付けなければならないんだ」 「ふ〜ん、そんな癖ってあるものなのねぇ。……もう惚れられてたりしてv」 サラは冗談のつもりで軽い調子で言ったのだが、その言葉を聞いた途端、カールの表情が瞬 時に厳しくなった。 「…その時は、例え弟であろうとも命の保障は無い」 「……カール、トーマ君にヤキモチ焼いてるの?」 「え…?あ、いや、それは…その……」 怒りに任せて返事をしていた為、カールはサラに指摘されて初めて自分の感情に気付き、厳 しい表情から一変して照れた表情を浮かべた。 「もぉ〜照れちゃってぇ〜。カールってばかわいい〜vv」 「…………」 「ふふふ、ありがと。すごく嬉しいよvv」 サラが幸せそうに微笑みながら礼を言うと、カールは顔を真っ赤にして黙り込み、軽く頷いて みせてから彼女を接客室へと案内した。 接客室には大きめのソファーが二つ置かれており、サラがその片方に腰を下ろすと、カールは すかさずコーヒー入りのカップを差し出し、反対側のソファーに座った。 「…で、何の用でここに来たんだい?」 「一応あなたの部下の兵士さんにはゾイドの調査って伝えたんだけど、実は士官学校でさせ てもらった訓練をまたしたいなぁって思って来たの」 「俺を訓練したいのか?」 「うん。あなた以外に私の訓練に耐えられる人なんていないでしょ?」 にぶ 「…確かに耐えられないかもしれないな、戦争が終わって腕が鈍ってしまった者が多いし」 部下の中にサラのファンがたくさんいると知っていた為、本当は長い時間基地内にはいてほし くないのだが、彼女の訓練は自分以上に厳しいという事もあり、カールは明日の訓練を任せ てみようと思い立った。 「けど、希望者はたくさんいると思うんだ。無理にとは言わないが、俺からもお願いしたい」 「…う〜ん。じゃあ、ど〜んと訓練してあげちゃおうかな」 かつ 「ありがとう、皆に活を入れてやってくれ」 「了解であります、シュバルツ大佐v」 サラは軍人の真似をして敬礼のポーズを取り、かわいらしくウィンクしてみせた。 おさ す そのかわいさに自分を抑えられなくなってしまったカールは、直ぐさまサラの隣に移動すると、 彼女の体を強く抱きしめた。 「カール、ダメだよ。誰か来たらどうするの?」 「…構うものか」 「ダメだってば〜」 のが サラはカールの手から逃れようと頑張ったが、しっかりと抱きしめられたままで離してもらえそ うになかった。 ほうよう そうしてしばらく熱く抱擁した後、二人は自然と見つめ合い、ゆっくりと顔を近づけて口づけを 交わした。 一度唇を重ねてしまうと、何度でも繰り返してしたい衝動に駆られ、カールはサラを強く抱き寄 せて濃厚な口づけを始めた。 から 激しく舌を絡め合い、互いに気持ち良くなってきた頃、不意にドアをノックする音が聞こえ、カー ルは慌ててサラから離れるとドアに歩み寄った。 こどう サラはカールとの濃厚な口づけの為に早まった鼓動を深呼吸して落ち着かせてから、誰が訪 ねてきたのか見てみると、客室に入って来たのは先程基地の入口で別れたばかりのトーマで あった。 「兄さ…シュバルツ大佐、先程言うのを忘れていたのですが、私も大佐の部隊の方々と共に 訓練を受けたいと思っておりますので、しばらくの間こちらでお世話になってもよろしいでしょう か?」 「…………」 良いところを邪魔されたので、カールは非常に不機嫌になっており、しかも相手が弟という事 もあるせいか、すぐに返事を返さなかった。 「私が訓練してあげようか?」 カールが怒り出してはいけないと、サラはわざと二人の間に割って入り、笑顔でトーマに話し 掛けた。 「明日の訓練は私が教官をする事になったの。良ければトーマ君も参加してね」 「は、はい!もちろん参加させて頂きます!あなたに訓練して頂けるなんて光栄です!!」 「私の訓練は厳しいから覚悟しててよ」 「はい!よろしくお願いします!!」 トーマは嬉しそうに頭を下げ、上機嫌で接客室から出て行った。 サラはトーマの足音が離れていくのを確認し、カールの方に振り返るとにっこり微笑んだ。 つつし 「しばらくああいう事は慎みましょうね、大佐殿v」 「…わかった」 しぶしぶ カールは渋々頷くと、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。 コーヒーを飲む事によって落ち着いたカールはサラにせがまれ、ゾイドを見に一緒に格納庫へ 向かった。 格納庫では整備兵達が機体のチェックをしている最中であったが、いつもより明らかに人数が 多く、サラの事を遠巻きに眺めてため息をついていた。 そんな整備兵達の気持ちを知ってか知らずか、サラは笑顔で彼らの元へ歩み寄り、ゾイドに ついての質問をし始めた。 一応本来の目的を果たそうとしている様だ。 カールはサラの後をのんびりと追いながら、彼女の楽しそうな姿を終始笑顔で眺めていた。 そうして格納庫内をしばらく歩き回っていると、サラは見慣れたゾイドを発見したので急いで駆 け寄り、満面の笑顔でそのゾイドを見上げた。 サラが見上げたゾイドとはカール専用に改造されたセイバータイガーの事で、彼女に一番馴 染み深いゾイドであった。 「いつもありがとう」 サラはカールに聞こえない程度の声で礼を言い、セイバータイガーの足をそっと撫でた。 こた すると、それに応える様にセイバータイガーは一声鳴き、その声に驚いたカールが慌てて駆け 寄って来た。 「どうしたんだ?」 「ちょっとセイバータイガーとお話していたの。かわいいよね、この子」 サラはそう言うと、優しい笑顔で再びセイバータイガーを見上げた。 その時ふとセイバータイガーの隣に置かれているゾイドも目に入り、その機体の大きさに驚い てポカンとなった。 「大きいなぁ…」 「ん…?あぁ、アイアンコングの事か。この基地にあるゾイドの中で一番の大きさを誇るゾイド だよ」 「あの子はあなた専用機よね?」 「ああ」 ひたい カールの返事を聞くなりサラはいきなり走り出すと、アイアンコングの腕にそっと額をくっつけ た。 「…これからもカールの事、よろしくね」 小声ではあったがサラが心から言うと、その気持ちが伝わったのか、アイアンコングは低い声 で鳴いてみせた。 サラは満面の笑みを浮かべ、カールの傍へ戻ると見学を再開した。 「ゾイドと仲が良いんだな」 「あなただって仲良しでしょ?」 「ん〜、仲良しという表現はちょっと違うかな」 「そお?一緒だと思うけど」 サラはカールと話しながら何気なく周囲を見回し、ある一点で視線を止めると、目を輝かせて 彼の腕を引っ張った。 「ねぇ、あれって確か共和国の…?」 「ああ、共和国製のゾイドだ。名前はディバイソンといって…」 「サラさ〜んvv」 カールが説明しようとした途端、そのディバイソンのコックピットからトーマが顔を覗かせ、妙に 嬉しそうな笑顔でサラに手を振ってみせた。 カールは思わず黙り込むと、こっそりため息をついた。 どうしてこう…いつも良いところを邪魔をするのか…… 一方、トーマはサラに会えた事が余程嬉しいらしく、驚くべき早さでディバイソンから降りて来 た。 「見学ですか?」 とうさい 「ええ、そうなの。…あ、ひょっとしてトーマ君が言ってたビークって、このディバイソンに搭載し てあるの?」 「はい、そうなんです」 「へぇ、共和国製のゾイドをきちんと扱えるなんてすごいわね」 ほ サラが褒めると、トーマは心底嬉しそうな笑みを浮かべ、耳元に付けている装置を何やら操作 し始めた。 すると、ビークはディバイソンを操縦し、サラの方へ頭を下げさせて機械音で一言話した。 「ビークが『初めまして』と言っております」 ビークの言葉が理解出来るのは開発者であるトーマだけなので、すかさず通訳した。 「わぁ〜かわいい〜〜vv」 サラは喜んでディバイソンの鼻を撫で、その愛らしい様子を見ていたトーマは頬を赤らめて呆 然となった。 どうやら彼にはサラが光り輝いて見えるらしい。 いま 未だにカールも同じ様な状態になる事がしばしばあるが、トーマは兄以上に重症だ。 「ほんとAIってすごいのね。私も開発しちゃおうかなぁ…」 「そ、その時はぜひ私にお手伝いさせて下さい!どんな事でもお教えしますよv」 「え、ええ、ありがとう」 うかが またしてもトーマの勢いに圧倒されつつ、サラは恐る恐るカールの様子を伺った。 かろ けいれん 辛うじて顔は笑顔のままだったが、こめかみがピクピク痙攣していた。 (あ、怒ってる…) これ以上ここにいると何が起こるかわからない為、サラはトーマに適当に挨拶すると、カールと 共に急いで格納庫を後にした。 格納庫の傍の廊下までやって来ると、カールはうんざりした表情でサラに話し掛けた。 「サラ、余りトーマを褒めないでくれないか?」 「どうして?」 「あいつはビークの事になると話がなかなか終わらないんだ。それにすぐビークに頼る癖が付 いてしまったから、ゾイド乗りとしての腕は全然上がらないし…」 「お兄ちゃんとしては心配な訳だ」 「シュバルツ家の人間として恥じぬ軍人になってもらわなくては困るからな」 「軍人の家系って大変だねぇ…。でもトーマ君なら大丈夫だと思うよ」 「…そうか?」 「ビークを開発していた時の力を発揮すれば、絶対大丈夫v」 「ああ、そうだね」 サラが断言してくれると、本当にその様になりそうな気がし、カールは安心した様に微笑んで みせた。 あ やがて夜になり、食堂へ向かったカールとサラは、兵士達の視線を一身に浴びながら夕食を 取りに行った。 カウンターで中年の女性から夕食を受け取ると、それを見たサラは嬉しそうにカールに微笑み かけた。 「食事の内容が良くなってるわね」 やと 「ああ、専門の人を雇うようになったから」 「へぇ、軍も色々な所を改善しているんだねぇ」 「まだ始めたばかりだけどな」 あ 二人はにこやかに話しつつ、空いている席に座って早速夕食を食べ始めた。 サラは食事の合間にカールから手渡された訓練希望者リストを見ると、まず希望者の多さに 驚き、続いて女性兵士が増えている事に驚いた。 はな 「は〜、それで何だか基地内が華やかなんだねぇ」 「俺はそんなに違いを感じないんだが、やっぱり違うのかい?」 かも 「うん。男性だけだと何と言うか…近寄り難い雰囲気を醸し出してるもん」 「それは女性だけでも言える事だと思うが…?」 「だから男女混ぜこぜの方がいいのよ。あ〜ぁ、いいなぁ、私もなりたいなぁ」 「…なりたい?何に?」 「ハルトリーゲル中尉みたいな女性士官v」 サラの返事を聞いた瞬間、カールは彼女の士官姿を想像してしまって頬を赤らめた。 も サラが自分の部下、若しくは同僚だったとしたら、何と幸せな事であろうか。 |
や しかしカールははたと何かを思い出し、その考えを止める事にした。 サラに危険な目に合ってほしくない、今のままが一番良いと思ったのだ。 「…俺はなってほしくないな」 「ふふふ、あなたならそう言うと思ったわ。大丈夫、憧れているだけだから心配しないで」 「…そうか」 カールは心から安心した様な笑みを浮かべ、食事を再開した。 なご そうして二人が和やかに食事を続けていると、夕食を手に持ったトーマがサラの姿を見つけ、 嬉しそうに駆け寄って来た。 「サラさん、相席よろしいですか?」 「あ、トーマ君。えっと……あの………いい?」 サラが反対側に座っているカールに尋ねると、トーマはようやく兄の存在に気付いた。 周囲にいた兵士達は上官であるカールが傍にいる為、サラに声を掛けられずにいたのだが、 トーマは彼女しか目に入っていなかった様だ。 「あぁ、兄さんもご一緒でしたか。よろしいですよね、兄さん?」 「…………………………ああ」 しょうだく サラはドキドキしながら兄弟の様子を見ていたが、意外とすんなりカールが承諾したので、ほ っと胸を撫で下ろした。 トーマは喜んでカールの隣に座り、にこやかに夕食を食べ始めた。 ようしゃ もしサラの隣に座っていたら、弟であろうとも容赦しないつもりでいたカールは、取り越し苦労 だったと肩の力を抜き、見るからに疲れた様な表情になっていた。 「カール、大丈夫?顔色悪いよ?」 その様子が心配になったサラは、二人きりの時と同じ様にカールの頬を撫でようとしたが、周 囲の熱い視線に気付くと、慌てて手を引っ込めた。 「大丈夫だよ、サラ。ありがとう」 サラとカールが微笑み合って二人だけの世界に入っていると、それを邪魔するかの様にトーマ が声を掛けてきた。 「兄さんは働き過ぎなんですよ、もっとお体を大切にしてくれなくては困ります。ね、サラさ ん?」 「え、ええ、そうね…」 まゆね トーマの言葉を聞くと、カールは眉根をピクリと動かしたが、それ以上は何も反応しなかった。 夕食を終えると、カールはトーマを残してさっさと席を立ち、サラを連れて自室へ向かった。 慌てて後を追ったトーマは客室を目指したが、二人の姿が見当たらない事に気付くと、カール かし の自室の前まで走り、不思議そうに首を傾げた。 客室を経由してカールの自室へ来たのだが、サラの姿はどこにも見当たらなかった。 しかし気配から察するに、サラを送ってから来るはずのカールはもう自室に戻っている様で、 すで 自分は少々遅れただけと思っていたが、二人は既に室内に入ってしまっていたのだろう。 だから会えなかったのだ、と自分を納得させつつ、トーマは兄の素早さに心底感心して去って 行った。 その頃、自室内にいたカールとサラは、トーマがドアの前まで来ていた事など一切気付かず、 コーヒーを飲みながら二人だけの楽しい時間を過ごしていた。 第一装甲師団の基地に今日初めて来たサラは、当然カールの自室に入るのも初めてであっ たが、前の自室より明らかに広い部屋だったので、嬉しそうに中を見て回った。 すると、机の上に山程積み上げられている書類が目に入り、驚いて目を丸くした。 「軍人じゃないみたいな仕事をしているのね」 お 「昇進すればする程、それだけ責任を負う事になるからな。でもしばらくの間だけだ。戦後処 理が終われば、これだけの書類と顔を合わせずに済むようになる」 「しばらく、かぁ…。その間はずっと忙しいんだよねぇ……」 サラは淋しそうな顔をしてカールの隣に腰掛け、珍しく甘える様な仕草で彼の胸にもたれ掛か った。 カールは優しくサラを抱き寄せ、彼女の手と自分の手をしっかり絡ませるとにっこり微笑んだ。 「休暇はこれまで通り取れるから心配はいらないよ」 「うん、でも………ちょっと淋しい……かな」 「本当にちょっとかい?」 「もぉ、わかってるクセに…。あなたはどうなの?」 「俺かい?俺は当然淋しいさ」 さわ ほど は カールは爽やかに微笑みながら言い、絡めていた手を解くと、指をゆっくりとサラの体に這わ せてくすぐり始めた。 「ん…やだ……くすぐったいよぅ…v」 サラがかわいらしい仕草で抵抗すると、カールは心底幸せそうに微笑み、すぐにくすぐるのを 止めた。 「サラ、シャワー浴びるか?」 「シャワー?」 「実はこの部屋にはシャワー室があるんだ、君の所ほど広くはないけどね」 「へぇ、さすが大佐。待遇が違うわね」 サラは部屋の奥にある小型のシャワー室を覗きに行くと、嬉しそうに振り返った。 「頑張れば一緒に入れそうよ」 「え、む、無理だよ。一人がやっとの広さなんだから」 「は〜い、じゃあ一人で入ってきます。覗いちゃダメだぞvv」 サラがシャワー室に入ると、カールは溜まっている書類に目を通し始めた。 つい さば プライベートな時間も費やさなければ、全ての書類を捌けないのだ。 たけ しばらくしてシャワーを浴び終えたサラは、丈の長いシャツ一枚だけといういつもより数倍色っ ぽい格好で出て来ると、机に向かっているカールの背後にこっそり忍び寄り、驚かそうといき なり後ろから抱きついた。 「あぁ、出たのか。じゃあ、俺も浴びてこようかな」 気配でサラが近づいていた事を知っていたらしく、カールは驚いた様子を一切見せずに書類 から目を離し、シャワー室へ行こうと立ち上がったが、ふとサラの姿を見て頬を赤らめた。 カールが驚いてくれなかった為、少々不満を感じていたサラはその反応に疑問を持ち、かわ いらしく首を傾げてみせた。 「何?この格好おかしい?」 「い、いや、おかしくないよ。じゃ、浴びてくるから…」 カールは足早にシャワー室へ入って行き、部屋に残されたサラは先にベッドへ横になると、ゴ ロゴロしながら彼が出て来るのを待った。 それから五分程でカールはシャワーを浴び終え、真っ直ぐにベッドへ向かった。 あらわ ベッドではサラが太股を露にさせて寝転んでいたが、カールに顔を覗き込まれた途端、慌てて シャツを押さえて起き上がった。 「早すぎるよ」 「そうか?これが普通なんだが」 「こっち来て」 サラはカールをベッドに座らせ、まだ濡れている彼の髪をそっと撫でると、思わず苦笑いを浮 かべた。 「…やっぱりちゃんと洗えていないわ」 「努力はしているんだが、長年の癖はなかなか抜けないものらしい」 「そうね、私も直らない癖が結構あるし。あなたの事、偉そうに言えないわね」 じちょう つか サラはクスッと小さく自嘲の笑みを浮かべたかと思うと、いきなりカールの肩を両手で掴み、そ ふさ のまま押し倒して彼の口を塞いだ。 「ふふふv どお?いつもと逆の立場になった気分は?」 きちょう 「ん。貴重な経験だな、たまにはいいかも」 「たまには?でも今日はこれでおしまいね、続きはまた今度vv」 「ああ、わかってる。気を遣わせてすまない」 カールもさすがに基地でサラを抱こうとは思わなかった。 何より、サラの声を誰かに聞かせたくなかったのだ。 あの時の声を聞いて良いのは自分だけ、とカールは思っていた。 カールが考え事を始めてしまったので、サラは気になって顔を覗き込みに行ったが、彼は微笑 むだけで何も言わなかった。 「ね、もう一回してあげようか?」 「そうだな、今度は長めに頼む」 「長め?難しい事言うのね」 「いつもしているだろ?」 「…いつもはあなたが一方的にしているんでしょ?」 「じゃあ、今日は君からしてくれ」 「えぇ!?………もぉ、仕方ないなぁ…」 サラは顔を真っ赤にしながらカールの口を指で少しだけ開き、そっと自分の口をあてがった。 少しずつサラの舌が口中に侵入し、嬉しくなったカールは大きく口を開けると、途中まで入って いた彼女の舌を奥深くに引き寄せた。 初めて自分から舌を入れた為に、まだ恥ずかしさが残っていたサラはカールの突然の行動に そし 驚き、思わず唇を離そうとしたがすんなりと阻止され、今までで一番激しく濃厚な口づけを受 ける事になってしまった。 やがて口づけが終わると、サラだけでなくカールまでトロンとした目になり、しばらくそのまま の体勢で見つめ合った。 数分後、ようやく我に帰ったサラはコロンとベッドへ横になり、カールの腕に自分の腕を絡ませ ると、ゆっくりと目を閉じた。 「…おやすみなさい」 「おやすみ…」 つ カールは幸せそうにサラの寝顔を眺めてから、すんなりと眠りに就いた。 ●あとがき● とうとうトーマが登場しました! ガーディアンフォースに所属する前の、軍人になったばかりのトーマです。 昔からかわいい女性に弱かったと思うので、サラにも一目惚れしてしまいました。 これからカールがどの様に嫉妬するのか、ひじょ〜に楽しみですねぇ。 弟だからこそ余計に嫉妬の炎が燃えていますが、ハッキリ言って大人気ないぞ、カール(笑) 心配しなくてもサラはカールしか見えていませんし、トーマの事はどう考えてもかわいい弟とし てしか見ていないでしょう。 先の見える恋心ですが、トーマの恋を応援してやって下さい。 カールに比べて恋多きトーマ、フィーネと知り合ってからのお話も考えるのが楽しみですv トーマ中心のお話があるかどうかは謎ですが…(爆) ちなみに、シュバルツ兄弟の瞳の色の設定は私が勝手に考えたものですので、信じないで 下さいね(誰も信じないって…) それにしても基地内で、しかも大佐がいちゃついちゃっていいのでしょうか? カールは気を付けている様ですが、トーマ以外にはバレバレだと思います。 これからサラのファンクラブの人々がどうなるか、こちらも楽しみですねv(私だけ…?) ●次回予告● 第一装甲師団の基地にて、サラを教官とする大規模な訓練が始まりました。 サラのファンクラブに入っていると思われる兵士達全員が訓練を希望しましたが、手加減を知 らないサラは彼らを次々と撃ち落としていきます。 当然トーマも例外ではなく、ビークの力を借りても完敗してしまいました。 そして最後にカールの訓練が始まり… 第四十二話 「弟〜中編〜」 あ〜、降参よ、降参!もうあなたには敵わないわ <ご注意> 次の第四十二話「弟〜中編〜」は性描写に近い表現が出てきます。 お嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。 |