第三十八話

「士官学校〜後編〜」


翌日、カールは朝早くに目を覚まし、まどろむ事なくムクリと起き上がった。
   ねぼう
彼が寝坊するのは休暇中だけの様だ。
                                                    うかが
軽く伸びをしてベッドから抜け出したカールは、こっそりとサラの様子を伺った。

サラは相当疲れ果てており、まだ深い眠りの中にいた。

手加減したつもりだったが、無意識に激しくしてしまったらしい。
               いと
カールはサラの髪を愛おしそうに撫でてから、いそいそと身支度を整え始めた。

その少し後にサラはようやく目を覚まし、ゆっくり起き上がると、身支度を終えて軍服姿になっ

たカールをぼんやりと見上げた。
                                      ひざまづ
すると、カールは心配そうにベッドへ駆け寄り、床に跪いてサラの頬を優しく撫でた。

「おはよう、サラ。……大丈夫かい?」

「うん、少し休めば大丈夫」

「すまない…」
 す
「過ぎてしまった事を後になって後悔しても意味がないわよ」

「ああ、そうだね…」

「……でも、その代わりと言っては何だけど、一つだけお願いを聞いてほしいの」

「俺に出来る事であれば、何でも聞くよ」

サラのお願いとは、今日行う実戦訓練の時に一度でいいから誰かを訓練してみたい、というも

のであった。
     こころよ                      あとあと
カールは快く引き受けたが、生徒相手では後々問題になりそうな為、自分が相手になる事を

付け加えた。

超一流のゾイド乗りと噂されるカールの訓練が出来るとわかり、サラは異常な程の喜び振りを

見せた。

「わぁ、あなたを訓練出来るなんて夢みたいv これは予想以上に楽しくなりそうvv それで、

皆の訓練はいつ始まるの?」

「朝からだ。生徒達の訓練が終わってから、俺の訓練を始めよう。だからしばらく休んでくれ」

「うん、そうする。けど、見学もしたいから、なるべく早く訓練室へ行くね」

「ああ」
           ひたい
カールはサラの額に優しく口づけし、笑顔で出掛けて行った。




                                                      あ            と
客室を出て食堂へ向かったカールは、またしても生徒達の熱い視線を浴びながら朝食を摂

り、余り長居はせずに訓練室へと急いだ。
                    すで
訓練室に入ると、そこには既に数人の教官が集まっており、満面の笑顔でカールを出迎え

た。
                                                         いちぼう
この学校の訓練室は全方向がガラス張りになっている為、広大な訓練場が一望出来るのだ

が、気の早い生徒達がカールよりも先に来て、ゾイドをスタンバイさせているのが見えた。
          あき
カールは少々呆れつつ、傍にいるキルシェから訓練希望者リストを受け取ると、中身をチラリと

見ただけで思わず頭を押さえた。

「これは……希望者ではなく、生徒全員のリストではないか?」
                            はる
「はい、ほぼ全員です。我々の予想を遙かに超えた人数が、大佐の訓練を受けたいと申して

おります」

「……今日は一日訓練になりそうだな」

「大佐がそうおっしゃられるだろうと思って、希望者を半分に分けておきました。今日・明日の

二日間で訓練を行えば、午後は予定通り講義を行えると思います」

「そうか、ありがとう、中尉。卒業してもまだ君の世話になってしまうとは申し訳ない」

「い、いえ。わざわざ来て頂いているのですから、当然の事をしたまでです」
      さわ
カールに爽やかすぎる笑顔で礼を言われ、キルシェは内心ドキドキしながら返事をした。

そうしてカールは予定時刻ピッタリに訓練を開始し、その時初めて生徒達のゾイド乗りとして

の腕前を知る事になった。

カールやキルシェがいた頃に比べ、明らかにレベルが落ちていた。
                                                              ようしゃ
だからと言って手加減しようなどとは全く思わず、カールは生徒が操縦するゾイドを容赦なく砲

撃した。
                          だん
この学校では実戦訓練の時ペンキ弾を使用している為、どのゾイドもペンキまみれになって帰

って来た。

途中でカールは火器の操作を止めると、隣にいるキルシェに苦笑しながら話し掛けた。

「皆訓練が足りないようだな」
                         ほうしん
「はい…。先日までプロイツェンの方針でゾイドの数を減らされておりましたので、思うように訓

練が出来なかったのです」

「そうか…、それなら仕方ないな」

「今日は大佐が訓練して下さるという事で、皆張り切ってます。とことん厳しく訓練してやって

下さい」

「了解した」

共和国との戦争に多くの戦力が必要だった為、士官学校に配備されているゾイドも軍が回収

していたのだろう。

こんな所にまでプロイツェンの影響があったのかと思いつつ、カールは訓練を再開した。
                                               う
生徒達は皆カールの訓練を懸命に受け続け、多少ペンキ弾を撃ち込まれても、めげずに向か

って行った。
   こころいき
その心意気を高く評価したカールは、敬意を込めて生徒達に砲撃を続けた。

そうして今日最後となる生徒の訓練が始まった頃、ようやくサラが訓練室に顔を出したが、ま
                        しき
だ痛みが残っているらしく、手で頻りに腰をさすっていた。

「大丈夫ですか?」

「あ、平気です。心配ないですよ」

キルシェが心配して声を掛けると、サラは極力元気に笑ってみせた。
                              さ                      ごまか
夜の行為のせいで腰が痛い、とは口が裂けても言えない為、笑って誤魔化すしかなかったの

だ。

サラは心配そうにしているキルシェから逃げる様にカールの元へ歩み寄った。

「もう少しで終わりそう?」

「ああ、彼で最後だ」

その最後の一人はなかなかの頑張りを見せてくれたが、やはりペンキまみれになって訓練を

終了した。

さすがに何時間も続けて火器を操作すると疲れも大変なもので、やっと終わったと思ったカー

ルは、一息ついてからサラに声を掛けた。

「操作方法はわかるか?」

「うん、今見て覚えた」

「そうか、さすがだな」

「好きなだけ撃っていいよね?」

「程々にしてくれよ、タダじゃないんだから」

「りょうか〜い。では、行ってらっしゃいv」

カールとサラのやり取りを呆然と眺めていた教官達は、一体何が始まるのだろうと思いながら

二人の様子を見守っていた。
             さっそう
すると、カールが颯爽と訓練室から出て行ってしまった為、これ以上は事情を聞かない訳には

いかないと、キルシェが代表してサラに尋ねた。

「クローゼ博士、一体何を始めるのですか?」

「今からカール…シュバルツ大佐の訓練を行います。とても勉強になると思いますので、生徒

さん達に見学するように伝えて頂けませんか?」

「大佐の訓練ですか!?それは私達も勉強になりそうですね、早速生徒達に伝えましょう」

キルシェは学校内にいる全ての生徒に向けて通信し、カールの訓練をモニターで見る様に伝

えた。
       じんそく
生徒達は迅速に行動を開始し、巨大なモニターが設置されている講義室に集まると、憧れの

人の訓練が始まるのを静かに待った。





その頃、カールはセイバータイガーに乗り、訓練場のスタート地点に向かっていた。

全生徒に見られている事など全く知らないまま、スタート地点に到着すると、笑顔でサラに通

信を入れた。

「サラ、こちらの準備はOKだ」

「了解。じゃあ、最初はウォーミングアップを兼ねて、初歩的な訓練から始めるね」
                  たくら
「初歩的な訓練…?何を企んでいるんだい?」

「ふふふ、それはやってみてのお楽しみv」

「わかった、始めてくれ」

「では、訓練スタートします」

サラはにやりと不敵な笑みを浮かべ、カールの訓練を開始した。
                                                     こわ
その直後、訓練室にいるキルシェ達教官だけでなく、全生徒の表情が強ばった。

どこが初歩的な訓練なのだろうと思う程、最初から高度な訓練が行われていたのだ。

始めはカールの操縦速度に驚き、モニターに釘付けになっていたキルシェ達だったが、彼にそ

んな速度を出させているのはサラだという事に気付くと改めて驚いた。

軍人ではないサラが、これ程までに的確な砲撃をするとは思いもよらなかった為、キルシェ達

教官の面々は思わず顔を見合わせ、苦笑いを浮かべていた。
                                よ
やがてカールは見事に全てのペンキ弾を避け切り、次々現れる標的にも全弾命中させると、

サラの言う『初歩的な訓練』が終了した。

「う〜ん、さすがねぇ…。じゃあ、次行ってみよう!」

モニター越しにサラが元気良く言っているのを見、その様子が余りにも微笑ましかったので、

カールはにっこりと満面の笑みを浮かべて問い掛けた。

「次はどういう訓練をするんだい?」

「基本的にはさっきと同じ訓練をするんだけど、内容が数倍難しくなるから気を付けて。あなた

の癖を全部見切っちゃったから、相当大変だと思うよ」

「癖…?わかった、気を付ける」

「では、訓練を再開します」

サラはまるで遊んでいるかの様に、笑顔で火器の操作を再開した。

訓練を再開し、しばらくは先程の訓練と変わらない様に感じたが、途中でその違いにカール

だけが気付いた。
   たま
彼が弾を避けようとすると、避けた方向に既に次の弾が撃ち込まれていたのだ。
                         かいひ
サラが見切ったカールの癖とは、回避の時の癖だった様だ。
          みじん
普段は焦りを微塵も見せないのだが、今回ばかりはそうも言っていられず、カールは焦りを顔

に出しながらも必死に弾を避け続けた。

「自分の癖がわかれば全て避けられるはずよ。頑張って!」

サラは苦戦し始めたカールを激励したが、今の彼にはその声が届いていなかった。

それ程までに集中しなければ避けられないのだ。

その激励の言葉により、カールが焦り始めた事にようやく気付いたキルシェは、彼の癖を見切
            どうさつりょく
ったというサラの洞察力にただただ驚くしかなかった。

(こんな短時間で大佐の癖を見切るなんて……いえ、見切るなんて普通は不可能だわ。何て

すごい洞察力を持っているのかしら…)

キルシェは心底感心し、まだ幼さが残る顔立ちのサラを黙って見つめていた。

そうこうする内に、カールはじわじわと追い込まれていき、とうとう身動きが取れなくなって立ち
おうじょう
往生してしまった。

「動きを止めたら命取りよ」
す                                                    ねら  す
直ぐさまサラは集中攻撃を開始し、カールは慌てて操縦を再開したが、狙い澄ました様な一
                       とら
撃がセイバータイガーを完全に捉えていた。

(しまった…!)

避け切れずに命中したペンキ弾が、セイバータイガーの前足にべったりと付着した。

実戦なら確実に致命傷となる場所だ。
                あらわ
カールは珍しく悔しさを露にし、ちっと舌打ちをした。

「クローゼ博士、そろそろ終わりにしませんか?大佐もお疲れのようですし…」

カールの身を案じ、キルシェが心配そうに声を掛けたが、サラはモニターを見つめたまま首を

横に振った。

「まだまだ大丈夫、彼なら出来ます」
                    や
そう言って、サラは砲撃を止めようとはしなかった。
                   よそ
そんなキルシェの心配を余所に、カールは自分の癖を知ろうと必死に努力し、少しずつではあ

るが避けられる様になっていった。

サラはカールの操縦に満足そうに頷くと、入力を止めて訓練を終了した。

「500発中…26発ヒット。で、ターゲット破壊確率は…98パーセント。うん、まぁまぁね」
                                    たんたん
サラはモニターに表示されたカールの成績を見、淡々と感想を言った。

すると、キルシェ達は目を丸くして驚き、戸惑いの表情でサラを見つめた。

カールだからこそこなせた訓練だったにもかかわらず、それを『まぁまぁ』という一言で済ませ

るのはどうか、とその場にいる全員が思っていた。
            たい
一方、カールは大して何も思わなかったらしく、笑顔でサラの評価を聞いていた。

本気を出せる訓練はこれまで数える程しか経験した事が無かった為、余程楽しかった様だ。

「まぁまぁか。厳しいな、君は」

「ふふふ、そんな事ないって」
           なかむつ
カールとサラが仲睦まじく話していると、キルシェはその様子を見ていられなくなり、二人から
    そ
目を逸らした。

昨日カールがサラを連れて来た時から何となく二人の関係に気付いてはいたが、だからと言
                                                    さいな
って本人に問い詰める訳にもいかず、キルシェはずっと複雑な思いに苛まれていた。

もし尋ねたとしたら、二人はすんなり答えてくれるだろうが、自分が思った通りの答えが返って

くるに違いない。
                                                 くず
そうなると、今まで大切にしていたカールへの想いが音を立てて崩れ去り、以後彼と会うのが

辛くなってしまう。

やはりこの想いは打ち明けずに心の中にしまっておく方が良いのだ。

と同時に、カールが愛した女性がサラで良かったとしみじみ思った。
      いか
サラが如何にカールに安らぎを与えている存在なのか、彼の表情を見るだけで容易に想像出

来たからだ。

カール自身は気付いていない様だが、サラを見ている時の彼の目は、今まで誰にも見せた事

のない優しい目をしていた。

学生の頃のカールを知っているキルシェだからこそわかる事実であった。

こうして気持ちの整理を付けたキルシェは、今度は笑顔で二人を眺めていた。





実戦訓練終了後、カールとサラはキルシェ達と共に少し遅めの昼食を摂り、午後からは予定

通り講義を始めた。

講義の受講希望者も、午前の実戦訓練同様ものすごい数の生徒が集まり、この学校で一番
                                                     あふ
大きな講義室を用意してもらったというのに、全員入り切らずに何人も溢れていた。
                                                                  ゆず
そんな混雑の中、サラが講義室にやって来ると、何も言わなくても生徒達は喜んで席を譲り、

サラはにこにこしながら最後尾の席に腰掛けた。

そうして二時間程の講義が行われ、最後にカールが質問はないかと生徒達に尋ねると、皆こ
               きょしゅ
こぞとばかりに次々挙手して質問を始めた。

趣味、好きなゾイド、好きな食べ物……などなど。
                                                         きゅう
ハッキリ言って講義の内容とは全く関係の無い質問が多く、カールは答えに窮してしまった

が、それでも生徒達が質問を止めようとしない為、ある程度だけ答えると質問を打ち切り、逃

げる様に講義室から出て行った。
                                                     つど
すると、生徒達は慌ててカールを追い掛け始め、今や完全に『ファンの集い』状態になってい

た。

(あ〜ぁ、人気者は辛いねぇ…)

サラは騒ぎに巻き込まれない様こっそりと講義室から抜け出し、足早に裏庭へ向かった。
      さんざん
生徒達に散々追い掛け回されたカールが、裏庭に逃げ込んで来ると予想していたからだ。
                                                たたず
しばらく待っていると、予想通りカールが裏庭に姿を現し、笑顔で佇んでいるサラを見つけて

急いで駆け寄って来た。

心許せる人に会えた喜びでカールは安心した様に微笑み、そっとサラを抱き寄せて深く息を

吐いた。

「疲れた…」

「ご苦労様」

普段は絶対と言っていい程口にしない言葉を使った為、今日は本当に疲れたのだろうと思っ
                                       ろう ねぎら
たサラは背伸びをし、よしよしとカールの頭を撫でて労を労った。

「部屋へ行って休む?」

そうサラが尋ねると、カールは素直にコクリと頷いた。

カールにしては珍しく、精神的に相当疲れている様だ。

二人はサラに割り当てられた客室へ向かうと、カールは室内に入るなりベッドに倒れ込んだ。

「あの質問責めには参った…。どうしてあんなに次から次へと質問する事があるんだ…?しか

も講義には関係のない質問ばかりだったし…」
                                           つぶや
カールは目を閉じ、心底疲れ切った様子でため息混じりに呟いた。

傍に立っていたサラはその呟きを聞いてクスリと小さく笑い、ベッドへ歩み寄るとカールの上に

馬乗りになった。

カールは驚いて目を丸くしたが、サラに優しく頬を撫でられるとすぐ笑顔に戻った。
                 じょじょ
サラは頬を撫でながら徐々に顔を近づけていき、カールに軽く口づけすると、にっこりと微笑ん

でみせた。

「これで元気になる?」

「ああ、なるよ。……でもまだ足りないな」
元気になる特効薬vv
一度だけで充分元気になったが、一度では物足りないと思ったカールはサラの腰に手を回

し、しっかりと抱き寄せて濃厚な口づけを始めた。

サラは余りの激しさに思わず逃げそうになりつつも、なるべく大人しく口づけを受け続け、カー
                             みずか
ルが元気になる様に頑張って彼の舌に自らの舌を任せ続けた。

そうして二人が濃厚な口づけを続けて気持ち良くなっていると、突然ドアをノックする音が部屋

に響き、ドキッとなったサラは慌ててカールから降りた。

「クローゼ博士、私です、キルシェ・ハルトリーゲルです」

ノックの主から声を掛けられ、サラは急いでドアを開けて廊下に出た。

カールが自分の部屋にいる事を知られてはまずい、と思っての行動らしい。
                                                            とが
しかしキルシェはそんな事は百も承知であった為、サラの不自然な行動を一切咎めず、笑顔

で話し出した。
               さが
「シュバルツ大佐を捜しているのですが、見掛けませんでしたか?」

「あ……えっと…彼は……その………」
                               よど
サラが部屋の中を妙に気にしながら言い淀むと、キルシェはにっこりと微笑んで頷いた。

「大佐に生徒達が大変失礼しました、と伝えて頂けませんか?それと、明日は今日みたいな

事にならないように努力する、とも伝えて下さい」

「は、はい、わかりました」

「では、私はこれで。伝言お願いしますね」

キルシェは爽やかな笑顔で去って行き、彼女の後ろ姿を見送ったサラはカールの居場所が完

全にばれていたと気付き、思わず苦笑いを浮かべた。

そしてすぐ室内に戻ると、ベッドに座っているカールにキルシェの言葉を伝え、彼の隣に腰を

下ろした。

「中尉が生徒さん達を落ち着かせてくれたみたいね、明日はもう誰も追い掛けて来ないでし

ょ」

「ああ、助かった。後で中尉に礼を言いに行かなくてはな」
                           ひと
「…ハルトリーゲル中尉って優しい女性だね」
                         き
「うん、学生の頃から何でも気が利く女性だったよ。俺だけじゃなくて、クラスメートは皆彼女に

助けてもらっていたな」

「へぇ、素敵な女性なんだね…」

サラはカールの話を聞きながら、何となくキルシェの気持ちがわかってしまった。

カールを見る時の彼女の目が、サラが今まで何度か目にした事のある恋する乙女のそれと同

じだったからだ。
                                   いだ
恐らくキルシェは学生の頃からカールに恋心を抱いていたのだろうが、彼はそういう事に全く

不慣れで気付かなかった様だ。

サラも人の事は言えないが、カールの鈍感さは昔から変わっていないらしい。

サラはカールらしいなと思いつつ、キルシェに少なからずヤキモチを焼いていた。

彼女はサラが知らない学生の頃のカールを知っている。

そう考えると、ヤキモチを焼きたくなるのは当然の事であった。
                                                         のぞ
サラが複雑な表情で黙り込んでしまった為、カールは心配そうに彼女の瞳を覗き込んだ。

「サラ、どうしたんだい?」

「……え?あ………ううん、何でもない」

「何でもなくないじゃないか、そんな顔して…」
                あご
カールは優しくサラの顎に手を伸ばし、下を向いている彼女の顔を自分に向けさせた。

サラはカールと目が合うと思わず頬を赤らめたが、そのままじっと動かなかった。

「何だい、サラ?言ってごらん」

「……あのね、あなたは学生の頃、中尉の事が好きだったのかなって思ったの……」

サラが思った事を正直に白状すると、カールは驚くと同時に嬉しそうに笑い出した。
                                   ふく
そんなカールの反応に気を悪くしたサラは頬を膨らませ、プイとそっぽを向いた。
              せっかく
「笑うなんてヒドイ!折角正直に話したのに…!」

「ご、ごめん、そういう意味で笑った訳じゃないんだ」

「じゃ、どういう意味?」

「君がヤキモチを焼いてくれるなんて初めてだったから、嬉しくてつい…」

「私だってたまにはヤキモチくらい焼きますよ〜だ!」

サラはカールに向かって思い切り舌を出し、再びそっぽを向いた。
                 きげん
慌ててカールはサラの機嫌を直そうと、彼女を抱きしめて話し始めた。

「サラ、俺は昔から中尉の事を友人だと思っているけど、それ以上の感情を持った事は一度も

無い。これからもずっとそうだ」

「やだやだ、もういい!聞きたくない!」

こうなったら仕方ないと、カールはじたばたもがくサラを強引にベッドへ押し倒し、彼女の耳元

で話を続けた。

「俺が誰かを好きになるという感情を持ったのは君が最初で最後だ。俺にとって特別な女性

は君しかいない」

カールの心からの言葉を聞いた瞬間、サラの顔は火を吹いた様に真っ赤になり、もがいてい

た手足から急速に力が抜けていった。

「…ごめんなさい」

「謝らなくていいよ、誤解させてしまった俺も悪いから…。でももしその謝罪の気持ちを行動で

示してくれるなら、さっきの続きをお願いしていいかな…?」

「うん、いいよ。好きにして…」

サラは頬を赤らめたままにっこりと微笑み、静かに目を閉じた。
                                                 ふさ
カールもつられてにっこり微笑んでから、サラのかわいらしい口を塞ぐと、先程と同じ様に舌を
から
絡ませ始めた。
                                                                   さこつ
しばらくそんな口づけを続けていたカールだったが、途中で何を思ったのか、突然サラの鎖骨

付近に唇を移動させた。

「あ…!ダ、ダメ……!!」
                                                           あざ
サラは慌ててカールの顔を引き離したが時既に遅く、彼女の鎖骨付近に赤い痣がくっきりと残

っていた。

「あ〜ぁ、まだ夕食済んでないのに…」
                                               まぎ
サラが痣の出来た辺りを撫でながら言うと、カールもドサクサに紛れて一緒にその部分を撫で

始めた。

「こんな所、誰も見ないさ」
                                          やから
カールは爽やかに言ってみせたが、内心ではもしそんな輩がいたら、その時はそいつを殺し
                        ぶっそう
てしまうかもしれない、と非常に物騒な事を考えていた。

もちろん相手が女性ならば問題はないが、男性だった時は命の保障は無いだろう。
                           つゆし
カールがそんな事を考えているとは露知らず、サラは乱れた髪や服を整えて立ち上がった。

「夕食なんて言ったら、本当にお腹減ってきちゃった」

「そう言えば、そろそろ夕食の時間だな。行こうか?」

「うん、行こう行こうv」

サラは食堂の料理が気に入ったらしく、カールの腕を引っ張ってご機嫌で食堂へ向かった。

すると、食堂の入口でばったりとキルシェに出会い、サラは無理を言って一緒に食べてもらう

事にした。

相変わらず周囲の視線は痛い程であったが、三人は大して気にする様子もなく、楽しく夕食を

食べ始めた。

そうして最初にカールが食事を終え、サラとキルシェが食べ終わるのを見計らって席を立つ

と、食後のコーヒーを取りに行った。
              きょうしゅく
キルシェは思い切り恐縮しつつカールからカップを受け取り、サラはその微笑ましい様子をに

こにこして見ていた。

コーヒーを飲みながら談笑を再開した三人は、たあいのない話に花を咲かせていたが、キル

シェは途中でふと隣に座っているサラの方を向き、彼女の鎖骨付近にある痣を見つけた。

「あら、そこ赤くなってますけど、どうしたんですか?」

「え、あ、む、虫にでも刺されたのかしら…?」
           たち                                                ぬ
「この辺りには質の悪い病気を持っている虫もいますから、念の為医務室で薬を塗ってもらっ

た方がいいですよ」

「え、ええ、そうですね」

サラは頷きながら痣を作った張本人をチラリと横目で見たが、カールはにこにこ笑っているだ

けで何も言わなかった。

痣を見つけたのが女性だった為、ほっとしていたのだ。





その後二人は食堂の前でキルシェと別れ、ささっと入浴を済ませてから客室に戻ると、早々と

ベッドへ横になってゴロゴロし始めた。

「あ〜、中尉にばれちゃうかと思った〜」
                               うず
サラは今頃安心した様に呟き、枕に顔を埋めた。

隣でサラと同じ様に寝転んでいたカールは、その言葉を聞くと思わず苦笑し、彼女の体を優し

く抱き寄せた。
            つか
「すまない、気を遣わせて…」

「ふふふ、いいわよ、別に。イヤじゃないからv」
                                             す
そう言ってサラは満面の笑みを浮かべ、カールの胸に身を擦り寄せた。
                                                  いきどお
カールはサラの長い青髪を撫でながら、じわじわやって来る眠気に憤りを感じた。

折角二人きりの時間なのに、今日は余程疲れているのか、体が激しく休息を求めていた。

サラはそんなカールを心配し、ムクリと起き上がって彼の顔を覗き込んだ。

「ね、明日もまだ講習あるんだし、少し早いけど寝ましょ」

「…ああ、そうだね」

カールが心底残念そうに言ったので、サラは隣にコロンと寝転ぶと、彼の頭を両手でそっと包

んだ。

「眠れるまで子守歌を歌ってあげる」

「うん、ありがとう…」

カールはサラの豊満な乳房に顔を埋めて幸せを感じつつ、彼女の子守歌を静かに聞いた。
            しお
やがてカールは潮が自然に引く様にすんなりと眠りの中へ入っていき、その様子に気付いた
                                              つ
サラは彼の額に軽く口づけすると、そのままの体勢で眠りに就いた。





翌日、カールの講習は朝から昨日の残りの実戦訓練を行って無事終了し、午後からは彼の

為に食堂で盛大な食事会が開かれた。

今日で憧れの人とお別れだと思うと、生徒達は悲しさで胸がいっぱいになりつつも、めげずに

カールの元へ集まり、最後まで色々と質問をしていた。
                        はし
一方、サラはキルシェと食堂の端の方でその様子を見ていたが、生徒達の勢いが昨日程で

はないと判断し、安心して昼食を食べながらたあいのない話で盛り上がった。

そうして夕方になり、たくさんの生徒達が見守る中、カールが操縦するセイバータイガーが格

納庫からゆっくりと出て来た。
                                  みが           あとかた
訓練中に付いたペンキは生徒達が一生懸命磨いてくれたお陰で跡形もなく消え去っており、

夕日の中でセイバータイガーが光り輝いて見えた。

コックピットからサラが手を振ってみせると、生徒達も力強く手を振り返し、キルシェや教官達

はピシッと敬礼した。
     こた
それに応える様にカールも敬礼し、国立研究所へ向けてセイバータイガーを発進させた。





「もう少しゆっくりしたかったなぁ…」
     とおざか                             なごりお
徐々に遠離っていく士官学校を眺めながら、サラが名残惜しそうに呟くと、同じ思いだったカー

ルは一瞬笑顔を消したが、思い直した様ににっこりと微笑んでみせた。

「機会があれば、また一緒に行こう」

「うん!」

サラは元気良く頷き、カールの胸にもたれ掛かった。

それから数時間、行きと同じ様にセイバータイガーを走らせると辺りはすっかり暗くなり、空に
             またた
はたくさんの星が瞬き始めた。
             かなた          あか
やがて地平線の彼方から研究所の灯りが見えてきて、思わずサラがそちらの方を向いた途

端、カールは唐突にセイバータイガーの歩みを止めた。

「…どうしたの?」

カールがセイバータイガーを止めた理由は何となく察する事が出来たが、サラは尋ねずには

いられなかった。
   ぎわ
別れ際の淋しさは、サラもカールと同じくらい感じているのだ。

カールは見ている方が辛くなる程淋しそうな目でサラを見つめ、重い口を開いた。

「…またしばらく会えなくなるな」

「……そうだね。でも二度と会えなくなる訳じゃないんだし、そんな顔しないで…」

サラはカールに笑顔を取り戻してもらいたかったので、彼の頬を優しく撫でた。
             たま
すると、カールは堪らなくなってサラを強く抱きしめ、そのまま口づけを始めた。

しばらくの間、サラはカールに身を任せて濃厚な口づけを受け続けていたが、途中でビクッと

なって慌てて彼から離れた。

「カール、こんな時に冗談は止めて」
                     ひど
いつの間にか、サラの服が酷く乱れていた。

口づけをしている間に、カールが彼女の服をまさぐっていたのだ。

カールは頬を赤らめているサラに冗談ではないと言いたげな笑みを見せ、黙って続きを始め

た。

「い、いやっ……ダメ…!」
                               かな                         はず
サラは必死に抵抗したが、カールの力に敵うはずもなく、胸元のボタンを全て外され、豊満な

乳房が露になった。

「あと少しでいいんだ………君の温もりを感じていたい…」
                      ささや                          も
カールはわざとサラの耳元で囁く様に言い、露になった乳房を優しく揉み上げると、乳首をそ

っと口に含んだ。

「あっ………ん……」
          むな                                    せま
必死の抵抗も空しく、一方的に愛撫を開始されてしまい、サラは狭いコックピット内で体をくね

らせた。

カールはサラがどこかに体をぶつけない様に注意しつつ極力優しく愛撫を続け、ゆっくりと彼

女の下着を脱がせていった。
                                                                そし
それに気付いたサラは慌ててスカートを押さえようとしたが、カールによってすんなり阻止さ

れてしまい、彼の手がスカートの奥まで入り込んだ。

「やん…ダメ………、セイバータイガーに悪いよぅ……」

「セイバータイガーは俺の気持ちをよく理解してくれている。だから気にしなくていい」

カールの言葉に応える様に、セイバータイガーは一度だけ鳴くと、すぐ静かになった。
                                                  うる
その間もカールに体のあちこちを愛撫され続けていたサラは、瞳を潤ませながらもまだまだ抵
     かま
抗する構えを見せていた。
                                                       ぬ
それでもカールは諦めずに愛撫を続け、サラの足を強引に開かせると、濡れ具合を確かめる
   なか            さ
為に膣にゆっくりと指を挿し込んだ。

カールが気持ち良い所を狙って愛撫していたお陰なのか、抵抗していても体はしっかり感じて

いるらしく、膣は見事に濡れていた。

しかし抵抗する為に全身に力を入れているので、指でも入れるのが困難な程入口が狭い状

態にあった。

始めてしまったからには最後までしなくては気が済まないカールは、サラには悪いと思ったが

少々力押しで行く事にした。

「サラ、力を抜くんだ」

「やだ……ここではイヤ…」

「力を抜かないと、さっきまでしていた事をずっと続けるぞ。それでもいいのかい?」

「…………いじわる…」

「少しの間だけでいいから、俺に付き合ってくれ」

サラが観念して全身から力を抜くと、いつも長時間行う前戯を短時間で済ませ、カールは行為
  およ
に及んだ。
                  たび           あえ
カールが腰を突き上げる度にサラは激しく喘ぎ、長ければ一晩中続ける行為を数十分という

大幅に短い間だけ続けた。

やがて行為が終了すると、サラは一休みしてから乱れた服を慌てて整え、カールの胸にもた

れて頬を膨らませた。

「ダメって言ったのに……。カールのバカ………」

サラの呟きにカールは余り反応せず、口で答える代わりに彼女の髪を優しく撫でた。

サラはこっそりとカールを見上げると、彼の表情をまじまじと観察した。

もう先程までの淋しそうな表情ではなく、にっこりとした笑顔になっていた。
         ふ
サラは少々腑に落ちなかったが、結果的にカールが笑顔になってくれたのだから、行為も無

駄ではなかったと自分を納得させた。

実際の所、強引にされてもイヤな気はしなかった。
                     まれ
カールはいつも優しいので、稀にこのくらいの事をしてくれた方がメリハリがあっていいのかも

しれない。
                                      すがすが
互いの別れ際の淋しい思いを打ち消す事が出来、清々しい気持ちになったカールはサラを研

究所へ送ると、笑顔で挨拶を交わして帰って行った。










●あとがき●

すみません…まず最初に謝ります。
コックピット内で…というのは出来心です(爆)
一回くらいはあるかも、と思っていましたが、今回突然そのシーンがやって来ました。
徐々にキャラクターが一人歩きを始め、それは良い事だと自己満足していると、カールが…カ
ールが狼に…!!(笑)
カールも健康な青年なのですから、考えがすぐ邪な方向に発展してしまうのも無理はない、と
解釈して下さい。
今回初の試み、サラのヤキモチ。
たまにはそんなサラもかわいいのではないか、と思っています。
サラは恋に関する事が全て初めてで、書いていて初々しく楽しかったですvv
イラストは最後までどうしようか迷いましたが、第十一話「事件」以来の口づけシーンをイラスト
にしてみました。
やはりこういうシーンは描いていて照れますが、前編に引き続き、ラブシーンをイラスト化出来
たので、私は非常に満足していますvv
最後にイラストの事で一つ訂正があります。
カールの階級章を見事に間違えて描いてしまいました。これからは気を付けます…

●次回予告●

もうすぐクローゼ博士の命日。
そんな重要な事をすっかり忘れていたカールは、久々に取れた休暇を利用し、サラをデートに
誘おうと研究所に通信を入れます。
が、当然サラは不在。
カールは命日の事を思い出すと、慌ててセイバータイガーに飛び乗り、サラの故郷であるケル
ン町へ向かいます。
第三十九話 「クローゼ家〜前編〜」  俺の前では我慢しないでくれ…