第三十七話
「士官学校〜前編〜」
ロッジでサラとの楽しい一夜を終え、その日の昼過ぎに基地へ戻って来たカールの元に早速 司令部から通信が入り、他の士官達と共に帝国軍本部へ来る様に指示を受けた。 そこで軍全体の再編成や、誰にどの部隊の隊長を任せるかを決める様だ。 ながちょうば これは長丁場になりそうだと覚悟して本部に出向いたカールだったが、思ったより時間は掛か たんたん らずに淡々と再編成が行われ、隊長も次々と決められていった。 しりぞ 先日までプロイツェン派の者に弾圧され、長らく第一線を退いていた上層部の数少ない尊敬 みきわ 出来る軍人の先輩方が、カール達若者の力を見極めたからでもあった。 すいせん そんな先輩方に一番の評価を受けたのがカールで、他の大佐達にも推薦され、第一装甲師 団の隊長に任命された。 よ 装甲師団とは皇帝直属の大部隊の事であり、その中でも第一装甲師団は選りすぐりの軍人 が集められた帝国軍最強の部隊と言われている。 サラのお陰でカールには全く迷いが無かった為、隊長に就任するプレッシャーは一切感じず、 その日の内に第一装甲師団の基地へ向けて出発した。 そろ 翌日カールが基地に到着すると、第一装甲師団の面々が揃って敬礼して彼を出迎えた。 カールを憧れの軍人としている者がこの部隊にもたくさんいるらしい。 ほどんどが面識の無い者達ばかりであったが、第四陸戦部隊から配属された者もちらほら見 こた 受けられ、カールは皆の敬礼に満面の笑みで応えると、今更必要無いとは思いつつ自己紹 介をきっちりと行った。 その後、隊長の為に用意された広い執務室へ向かったカールは、部下を一人一人呼んで顔 いか はか おく と名前を覚え、その人物が如何なる能力を持っているのかを図ると激励の言葉を贈った。 きず 部下思いのカールならではの行動であったが、その分部下との信頼関係を見事に築き上げ る事が出来た様だ。 そうして全員と顔を合わせるだけで丸一日使い、夜を迎えたカールは翌日からのスケジュー ルを考えながら、コーヒーを飲んで一息ついた。 スリーパーゾイドの回収や兵器の解体など、戦後処理として軍が行う事は山程ある。 これからは今まで以上に忙しい日々が続くと予想されたが、自然と心は充実していた。 いらいら 少し前までのあの苛々した気持ちが今となってはおかしく思え、カールは思わずふと笑みを こぼ 零した。 何もかも、全てはサラがいたからそう思えるのだ。 おちい た 彼女はカールがどんな状況に陥っていても、決して笑顔を絶やさなかった。 ささ それがカールにとってどれだけ心の支えになった事か… いと たび 本人に全く自覚が無いのが余計に愛しさを倍増させ、会う度に意味もなく抱きしめたものだ。 いつの間にかカールはサラの事ばかり考えており、スケジュールの事をすっかり忘れていた。 とりあえずコーヒーをぐいと飲み干し、軽く首を横に振ってサラの事を考えない様にすると、今 度は真剣にスケジュールを考え始めた。 * それから数日後、カールはセイバータイガーに乗り、サラを迎えに研究所へ向かっていた。 今日は二人で士官学校へ行こうと約束した日なのだ。 すで ばんたん カールが研究所の傍までやって来ると、サラは既に準備万端といった様子で正面玄関から駆 け寄って来た。 こんいろ 今日のサラは当たり前だが研究所の制服ではなく、紺色のきちっとしたスーツを着ており、耳 にはカールがプレゼントしたイヤリングを着けていた。 「おはよ〜」 「おはよう、サラ」 おだ サラが元気良く挨拶すると、カールはコックピットから穏やかに微笑んで挨拶を返し、セイバー かが タイガーを屈ませた。 サラはすぐ荷物を持って乗り込もうとしたが、セイバータイガーが一人乗り仕様である事に気 付き、ピタッと動きを止めた。 ひざ たた 思わずそのままの態勢でどうしようか悩んでいると、カールは笑顔で自分の膝をぽんと叩いて みせた。 それだけで全てを察したサラはコクリと頷き、恐る恐るカールの膝の上に腰を下ろした。 「…これじゃ、ちょっと不安定だけど?」 つか 「大丈夫、俺にしっかり掴まって」 カールはサラをクルリと横に向けさせ、両手を自分の肩に掴まらせた。 サラが言われた通りしっかり掴まると、カールは嬉しそうに微笑み、士官学校に向けてセイバ ータイガーを発進させた。 研究所を出発してから数時間セイバータイガーを走らせ、ようやくカールが通っていた士官学 かなた 校の姿が地平線の彼方から見え始めた。 サラは前方に見える建物を見回し、その規模の大きさに驚いて目を丸くした。 「…結構大きい学校なんだねぇ。アカデミーより大きな学校があるなんて知らなかったわ」 「帝国一の広さを誇る学校だからね。でも大半は訓練場ばかりで、中は見た目程広くないん だよ」 「へぇ、そうなんだ」 サラはカールの説明を聞いても、まだ驚きの表情のまま学校を見つめていた。 そんなサラの耳元で一瞬キラリとイヤリングが光り、それを見たカールは自身が贈ったものだ とわかると妙に嬉しくなった。 「……あれ、軍服変わった?」 こと ふとカールが着ている軍服に目をやったサラは、以前着ていたものと多少デザインが異なる 事に気付き、改めて彼の全身を見回した。 「ああ、大佐用の軍服だよ」 「そうなんだぁ。でもよく見ると、あんまり変わってないんだね」 「たくさんのデザインから好きなのを選んで良かったんだが、これが一番着やすいと思ってね。 少佐用のを長く着ていたから」 「そうね、そのデザインが一番あなたに似合ってるものねv」 ほ ごまか みす サラの褒め言葉にカールは照れ臭そうに微笑み、その照れを誤魔化す様に前方を見据えて セイバータイガー走らせ続けた。 やがて二人は学校内の格納庫に到着し、そこでセイバータイガーから降りると、カールの案内 で教官室を目指して歩き出した。 すると校舎に入るなり、カールが来る事を知っていた生徒達がどっと押し寄せて来て、あっと いう間に二人を取り囲んだ。 ここでもカールは人気があるらしく、生徒達は目をキラキラ輝かせ、一斉に敬礼してみせた。 りちぎ とりあえずカールは律儀に笑顔で挨拶を返していたが、次から次へと生徒達が集まって来た しだい 為次第に対応しきれなくなり、サラの手を取るとその場から急いで逃げ出した。 にんき 「はぁ……すごい人気だねぇ」 「余程珍しいんだろ、この年で大佐だから」 さ ひとけ 生徒がいると思われる場所をなるべく避け、人気の無い廊下までやって来ると、カールは珍し く疲れた様な表情をして壁にもたれた。 本人は全く気付いていない様だが、若くして大佐に昇進したという事だけが彼の人気の要因 ではなかった。 その要因を知っていたサラはカールの返事に少々驚いたが、本人が自覚していないのなら、 このままそっとしておく方が懸命だろうと思った。 そうして二人はしばらくその場で休憩し、人目を避ける様に遠回りして教官室へ向かった。 「お待ちしておりました、シュバルツ大佐」 教官室に入ると今度は教官達に囲まれてしまったが、さすがに逃げる訳にはいかない為、カ ールは笑顔で挨拶を返した。 すると、教官達の中から一人の女性教官が前に進み出て、ピシッと敬礼してみせた。 「お久し振りです、シュバルツ大佐」 「やぁ、久し振りだね、ハルトリーゲル中尉。しばらく姿を見掛けないと思ったら、ここで教官を していたのか」 「はい、一年程前からここで教官をしております」 した カールが親しそうに話していると、その女性教官に興味津々といった様子のサラが、彼の腕を ちょいちょいと引っ張った。 「うん?どうした?」 「ねぇ、この人誰?」 「彼女はキルシェ・ハルトリーゲル中尉。俺の同級生だよ」 「へぇ〜、女性士官なんだ〜vv」 サラは何故か妙に嬉しそうな笑みを浮かべ、大きな瞳でキルシェをじ〜っと見つめた。 その余りにも熱すぎる視線に、キルシェは少々たじろぎながらカールに尋ねた。 「あの…大佐、その方はどなたですが?」 「こちらは帝国国立研究所のサラ・クローゼ博士。この学校を見学したいとの事で一緒に来た んだ」 す まぶ カールに紹介された途端、サラは直ぐさまキルシェの手を取り、瞳を眩しい程にキラキラと輝 かせた。 「初めまして!よろしくお願いします!」 「よ、よろしく」 「私、女性士官にずっと憧れていたんです!お会い出来て光栄ですvv」 「は、はぁ…」 一通り主張を終えてサラがうっとりした目で見つめると、キルシェは居心地悪そうに苦笑した。 すると、サラの暴走を見兼ねたカールが二人の間に割って入り、優しく声を掛けた。 「サラ、落ち着いて」 か サラはその一言でハッと我に帰り、照れ臭そうに頭をポリポリと掻いた。 「ごめんなさい。私ったら嬉しくてつい…」 「い、いえ、お気になさらずに」 「今度機会がありましたら、色々とお話を聞かせてもらえませんか?」 「ええ、いいですよ」 こころよ はし キルシェが快く頷いてみせると、サラは心底嬉しそうに微笑み、教官室の端にある椅子に腰 掛けた。 サラの様子を見て安心した様に微笑んだカールは、教官達と講習の打ち合わせを始めた。 ちょうほう くば ここも軍と同じでコーヒーが重宝されているらしく、全員にコーヒー入りのカップが配られ、サラ にはキルシェがカップを持って来てくれた。 サラは小声で礼を言い、静かにコーヒーを飲みながら打ち合わせが終わるのを待っていた。 しばらくして打ち合わせが終了すると、カールは学校内を案内すると言ってサラを教官室から 連れ出した。 まず最初に学生寮の隣にある二人に割り当てられた客室へ荷物を置きに行き、少し遅い昼 食を食べに食堂へ向かった。 しゅうよう 食堂へ行ってみると最初は誰でも驚くのだが、この学校の生徒と教官全員を収容出来るとあ って、とてつもない広さの食堂であった。 カールは広さに驚いているサラを適当な席に座らせ、顔見知りの食堂のおばさんから昼食を 二人分受け取ると、席に戻って二人で仲良く食べ始めた。 「ん〜、おいし〜いvv」 うま 「だろ?ここの料理は他の士官学校より美味いって評判なんだ」 「へぇ、これだけおいしいと、評判になるのも頷けるわねぇ」 二人が食事のおいしさを褒め合っていると、その会話を盗み聞きしていたのか、食堂のおば さんが嬉しそうにキッチンから出て来た。 「やだよ、そんなに褒めないでおくれ。照れちゃうじゃないの〜」 「本当の事ですから、いいじゃないですか」 「も〜、シュバルツ君ったら相変わらず優しいわねぇ。おばさん、サービスしちゃおうかしら」 そう言うなり、食堂のおばさんは始めから出すつもりだったと思われるデザートを二人の前に 差し出した。 「わぁ、おいしそうv」 サラが思った事を素直に口にすると、食堂のおばさんは気持ち悪い程にやにや笑い、カール ひじ の腕を肘でつついた。 こ 「かわいい娘ねぇ。おばさんに紹介してよ」 「あ、うん。彼女はサラ・クローゼっていって…」 「シュバルツ君の恋人なんだね?」 「はい、そうで………え、えぇ!?」 するど 食堂のおばさんの鋭い問い掛けに、カールは顔を真っ赤にして思い切り動揺したが、彼とは 正反対にサラは全く反応を示さず、満面の笑みを浮かべてデザートを食べ始めた。 食堂のおばさんはサラの反応よりカールの反応の方が面白いと見て、にやにや笑ったまま話 を続けた。 「シュバルツ君の恋人には私がなろうと思ってたんだけどねぇ…。でもこれだけかわいい娘な ら、私の代わりを充分任せられるわ〜」 「な、何を言い出すんですか…」 じょじょ カールは食堂のおばさんの勢いに圧倒され、徐々に声が小さくなっていった。 その様子を見兼ねたサラは助け船を出そうと、笑顔で食堂のおばさんに話し掛けた。 ちそうさま 「食事、とてもおいしかったです。ご馳走様でした」 「はい、どうも。後片付けは私がするから、ゆっくりしていってね」 「ありがとうございます」 食堂のおばさんはいそいそとサラが使った食器を持ち、キッチンに姿を消した。 その後ろ姿を見送ったサラはにっこりと微笑み、まだ頬を赤らめたままのカールを見つめた。 「あなたってどこでも人気者なのね」 「…そうでもない」 カールは妙に急いで昼食を食べ、再び食堂のおばさんが来る前に自分で食器をキッチンへ持 って行った。 キッチンでは食堂のおばさんの驚きの声が聞こえたが、カールはすぐに戻って来ると、サラに うなが 席を立つ様に促した。 「もう行くの?」 「ああ」 しぶしぶ サラが渋々立ち上がると、カールは強引に彼女の手を引っ張り、足早に食堂を後にした。 サラはしばらくカールに引っ張られるままに歩いていたが、途中でわざと腕を押さえて立ち止 まった。 「いた〜い!そんなに力を入れないでよぅ!」 「…あ、ごめん」 カールが嘘と気付かずに慌てて手を離して謝った為、サラはクスクス笑いながら彼の腕に抱 きついた。 「食堂に長居したくなかったんだね。どうして?」 「……意地悪な質問だな」 「ふふふ、たまにはいいでしょ」 サラは満面の笑みを浮かべて言い、人目を気にしてカールの腕から手を離した。 つな いつも通り手を繋いで歩けないのは非常に残念だったが、生徒の前でベタベタするのは良く ないと思い直し、カールは笑顔で案内を再開した。 サラは学校内にある様々な施設に興味を示し、カールに色々と質問しながら見て回った。 帝国一の広さを誇る学校というだけあって、半日で一通り見て回るのは不可能だったが、講 習は明日からなので、時間の許す限り二人はのんびりと学校内を散策した。 まぎ 日が暮れてしばらくすると、生徒達が一斉に食堂に集まり始め、カールとサラも生徒に紛れて 食堂に入った。 あせ すると、もう既にすごい人数が夕食を受け取る為に行列を作っていたが、二人は焦る事なく最 後尾に並び、順番が回ってくるまで楽しそうに談笑していた。 あ やがて自分達の番になり、昼間会ったおばさんから夕食を受け取ると、二人は空いている席 に腰掛け、昼食時と同じ様に談笑しながら食べ始めた。 二人の周囲にいた生徒達は全員持っていたフォークの動きを止め、憧れの人をぼんやりと眺 めていた。 うかが しかもカールだけでなく、サラにも視線が集まっているのが伺え、早くも彼女のファンになる者 が現れた様だ。 そそ そんな熱い視線が注がれる中、カールは居心地悪そうに食事を続けていたが、サラはいつも と変わらぬ笑顔で黙々と食べていた。 彼女は元からそういう視線に鈍感であり、今はおいしい食事に集中している事もあって、気付 かないのも無理はなかった。 食事が終わると、待ってましたと言わんばかりにカールはすぐ席を立ち、キッチンへ向かった。 その行動を予想していたらしく、食堂のおばさんはすかさずコーヒー入りのカップを差し出し、 カールはそれを笑顔で受け取ると席に戻った。 どうやら学生の頃と全く同じ行動をしている様だ。 そうしてカール達がコーヒーを飲みながら話していると、数人の女生徒が傍にやって来て、サ ラに恐る恐る声を掛けた。 「あ、あの…」 「はい、何でしょう?」 「これから皆でお風呂へ行くのですが、ご一緒にどうですか?」 「お風呂!?もちろん行きますv」 サラは喜んで立ち上がったが、ハッとなってカールを見つめた。 サラの視線に気付いたカールはカップを片付け始め、にっこりと微笑んでみせた。 「俺の事は気にしなくてもいいよ。行っておいで」 「うん。じゃ、後でね」 「ああ」 サラはカールに向かって小さく手を振り、客室に着替えを取りに行ってから、女生徒達の案内 で共同浴場へ向かった。 脱衣所だけでもかなりの広さがあった為、お風呂はもっと広いだろうと予想したサラは、鼻歌 を歌いつつポイポイと服を脱ぎ捨てて浴室に入った。 「すごい!おっきい!!」 皆で使う共同浴場なので当然なのかもしれないが、風呂場だけでなく湯船もとても広く、サラ さけ は思わず感動して叫んでいた。 「あの〜、クローゼ博士」 「はい?」 突然名前を呼ばれて振り返ると、いつの間に来たのか、先程お風呂に誘ってくれた女生徒達 が傍に集まっていた。 かし 何故皆が集まっているのかわからなかったので、サラがキョトンと首を傾げていると、女生徒 の一人が代表して彼女の前に進み出た。 「私達、あなたにお聞きしたい事があるんです」 「何?」 「……シュバルツ大佐とはどういうご関係なんですか?」 その質問を聞いた途端、サラはなるほどと深く頷いた。 カールの前では聞き辛いので、女性だけになれるお風呂にわざと誘い、二人の関係を聞き出 こんたん そうという魂胆だったのだろう。 この女生徒達もカールのファンの様だ。 サラはどう答えようか思案しつつ、ゆっくりと周囲の女生徒達を見回すと、結局は本当の事を 言っても仕方がないとの結論に達し、にっこり微笑んでみせた。 「皆さんのご想像にお任せするわ」 「…え?」 サラの意外と短い返事に、女生徒達は戸惑いの色を隠せず、思い切り動揺し始めた。 かと言って、それ以上聞こうとする勇気のある者は誰一人いなかった為、皆して黙り込んでし まった。 サラはしばらく女生徒達の様子を伺った後、もう大丈夫だろうと判断し、いそいそと髪を洗い始 めた。 かんたん 女生徒達は黙ったまま改めてサラの姿を眺め、その美しさに思わず感嘆のため息をついた。 自分達の憧れの人が選んだ女性だけあって、サラは同性から見ても大変美しかった。 そのまま女生徒達がぼんやりとサラに見とれていると、浴室のドアが勢い良くガラッと開き、 さっそう キルシェが颯爽と入って来た。 それに気付いたサラは大きく手を振り、嬉しそうにキルシェに声を掛けた。 「ハルトリーゲル中尉、こちらへどうぞv」 こわ サラの呼び掛けにキルシェは一瞬顔を強ばらせたが、すぐ笑顔になって彼女の傍にやって来 た。 サラは今こそキルシェと話をする絶好の機会だと、瞳をキラキラ輝かせて質問を始めた。 あいまい 次々出される質問に、始めは曖昧な返事しか返さなかったキルシェだったが、次第にサラの ペースに乗せられ、いつの間にか自分から話す事が多くなっていった。 ひとがら しかもどういう訳か悪い気はしなかった為、彼女の人柄がそうさせるのだろうかとキルシェは ぼんやり思った。 ひとなつ サラはキルシェだけでなく、周囲の女生徒達にも人懐こく話し掛け、いつしか浴室内は和気 あいあい 藹々とした雰囲気に包まれていた。 にぎ そうして浴室から出る頃には完全に友達になっていたサラ達は、脱衣所でも賑やかに騒ぎ続 け、このまま誰かの部屋へ行ってもっと話をしようという意見が出た。 その意見に女生徒達は直ぐさま賛成し、教官であるキルシェまでもが一緒に行く事になった ことわ が、サラは申し訳なさそうに断りの返事を返した。 女生徒達は思わず戸惑いの表情を浮かべ、何故断るのか理由を尋ねようとしたが、心底残 念そうなサラの様子から全てを察し、彼女達だけで部屋へ向かった。 さが 浴場の前で皆を見送ったサラは客室の方へ歩き出し、のんびりとカールを捜し始めた。 すると、案外近くにカールがいたので、待っていてくれたのだとサラは嬉しそうに駆けて行っ た。 「ごめんね、遅くなって」 かま 「いや、構わないよ」 カールが優しく微笑んでみせると、サラはようやく彼の服装が普段着に替わっている事と髪が ぬ 濡れている事に気付いた。 「あなたもお風呂に入ってたんだね」 「ああ」 「ちゃんと洗えた?」 サラの質問にカールは苦笑いを浮かべ、言葉で答えずに肩をすくめてみせた。 「もぉ…仕方ないなぁ」 つぶや サラはカールの髪を背伸びして撫でながら、ため息混じりに呟いた。 そんな事は大して気にならないカールは、髪を撫でるサラの手をそっと握り、廊下を足早に歩 き出した。 「どこへ行くの?」 「裏庭。湖があってとても綺麗なんだ」 「へぇ〜、楽しみ〜vv」 二人は学生寮を抜け出し、校舎を横切って裏庭へとやって来た。 こめん かも そこにはカールが言った通り湖があり、満点の星空が湖面に反射して、幻想的な美しさを醸し 出していた。 「わぁ〜、すごく綺麗v」 「ああ。噂には聞いていたが、これ程までとは思わなかったな」 「…噂?前にも来た事あるんじゃないの?」 「ここは夜になると男女の密会場所になるんだ。だから昼間の湖しか見た事なくてね」 「密会場所、ねぇ…。その割に今夜は誰もいないみたい」 サラが辺りを見回しながら言うと、カールも一緒になって周囲を見回し始めた。 確かに誰もいない様だ。 これは好都合、とカールがにやりと不敵な笑みを浮かべている内に、サラは湖に向かって走 す り出すと、キラキラ輝いて見える湖面を嬉しそうに眺め、透き通る様な水をすくい上げた。 すきま 指の隙間から流れ落ちる水を嬉しそうに見ているサラを、カールは湖の傍にあるベンチに腰掛 けて静かに見守った。 たわむ サラはしばらくご機嫌で湖の水と戯れ、気が済むと笑顔でカールの元へ帰って来た。 「今夜はこの場所、二人占めだねvv」 「ああ、そうだね…」 サラの言葉にカールは素直に頷いたが、その目は心なしかぼんやりしていた。 湖を背にして立っているサラが湖面から反射した光に包まれ、彼女自身が光り輝いている様 に見えたのだ。 じっと自分を見つめて動かないカールに気付いたサラは、かわいらしい仕草で首を傾げてみ せた。 おさ カールはそのかわいさに気持ちを抑え切れなくなり、そっとサラの体を抱き寄せると、自分の 膝の上に座らせた。 「カール…?」 ふさ 不思議そうに見つめるサラの口をカールは強引に塞ぎ、逃げられない様に彼女の体をしっか り押さえ付けた。 く こうしてカールの気が済むまで濃厚な口づけが繰り返され、サラは気持ち良さで目がとろんと なってしまったが、ハッと我に帰ると慌てて唇を離した。 「ダ、ダメだよ、カール。こんな所で……」 「ここはそういう所だよ。だから心配ない」 さわ カールは爽やかに笑って言い、サラの首筋に口づけを始めた。 |
イヤという訳でもなかったので、サラは声をあげない様に我慢しながら、大人しくカールの口づ けを受け続けた。 そんな甘い口づけを続けると同時に、カールはサラが着ている白いワンピースに手を伸ばし、 おくがい はず とど ゆっくりと脱がし始めたが、途中で屋外である事を思い出すと、ボタンを外すだけに止めて中 に手を入れた。 「あっ…ん………。……や、やっぱりダメ…!」 ふく も 胸の膨らみを優しく揉まれ、思わず色っぽい声をあげてしまったサラは顔を真っ赤にし、すぐに カールの手を止めた。 カールは非常に残念そうな顔をしたが、確かにサラの言う通り、ここでは自分だけが聞く事を 許されている彼女の先程の声を誰かに聞かれ兼ねない。 や よって、すんなり止めようとの結論に達した。 仕方なくカールは抱きしめるだけで我慢する事にし、もう大丈夫だろうと判断したサラは安心し て力を抜くと、彼の首に手を回した。 その時ふと校舎の裏側が目に入り、サラはカールの肩越しに何気なく周囲を眺めた。 すると、少し離れた所にある校舎の裏口から、こっそりこちらの様子を伺っている数人の女生 徒達を発見し、カールに小声で報告した。 「カール」 「…ん?」 「見られてるよ」 「え?」 ひた サラの温もりを全身で感じ、幸せに浸っていたカールの意識はその短い一言によって瞬時に 現実に引き戻され、恐る恐る振り返ってみると、女生徒達は見つかった事に気付いた様で、 慌てて校舎内に姿を消した。 あき カールは呆れた様にため息をついたが、サラは何故か嬉しそうにクスクス笑い出した。 「ファンが多いと大変ねぇ」 「う〜ん、ここなら大丈夫と思ったのになぁ…」 「ファンはあなたの行動をばっちりマークしてるんだよ」 話には聞いていたが、本当にファンがいるとは思っていなかった為、カールは改めてため息を ついて力なく呟いた。 「本当にファンなんていたんだな…」 「あら、今頃気付いたんだ」 サラが心底おかしくて笑いながら言うと、カールはムッとして彼女を強く抱きしめた。 「君だって気付いてないだろ」 「……え?何を?」 サラの返事にハッとしたカールは、それ以上何も言わなくなった。 サラにもファンがいるなんて死んでも教えたくない。 気付いてないのなら、そのままにしておこうとカールは決意した。 「……カール…苦しい………」 ゆる カールはサラの弱々しい声によって過剰に力を入れていると気付き、慌てて力を緩めた。 彼女のファンに対する怒りの為に、無意識に腕に力が入ってしまったらしい。 は サラは苦しさから解放され、ふぅと大きく息を吐いて胸元をさすった。 「ごめん…」 カールが申し訳なさそうに謝ると、サラは首を軽く横に振ってにっこりと微笑んだ。 カールもつられて微笑んだかと思うと、サラを膝の上から降ろして足早に歩き出した。 「次はどこへ行くの?」 「部屋に戻る」 ワクワクして尋ねるサラに、カールは短い返事しか返さなかった。 それだけでサラはカールが何をするつもりなのかを察し、苦笑いを浮かべた。 どうやら彼は先程の続きをするつもりの様だ。 ずんずんと学生寮内を歩き、少々離れた所に位置する客室がある廊下までやって来ると、カ ールはサラを連れて迷わず自分に割り当てられた部屋に入った。 二人が室内に入った直後、彼らの部屋の前にこそこそと集まり、密談する者達が現れた。 のぞ 先程裏庭を覗いていた女生徒達だ。 「ねぇ、見た…?」 「うん。シュバルツ大佐がクローゼ博士を…」 「まさか…そんな………」 女生徒達には、カールが強引にサラを部屋に連れ込んだ様にしか見えなかった。 まさ ずいぶん 正しくその通りではあったが、彼女達のカールに対するイメージと随分かけ離れた行動であっ た為、少なからずショックを受けていた。 しんし 女生徒達の心の中では『大佐は紳士v』というイメージが強い。 が、すぐに立ち直って別の見方をする者が現れた。 「あんな大佐もカッコいいと思うわv」 「うんうん。ワイルドな大佐も素敵vv」 一人が言い出すとそれが皆に次々と伝染し、先程受けたショックが嘘の様に楽しそうに談笑 し始めた。 そうして女生徒達がこっそり騒いでいると、見回りをしていたキルシェが丁度通り掛かって彼 女達を見つけ、慌てて駆け寄って来た。 「こんな所で何をしているの!?お客様がいらしてる時は客室に近づかない様に、いつも言っ ているでしょう?」 「は、はい、申し訳ありません」 女生徒達は素直に謝り、そそくさとその場から立ち去った。 一人になったキルシェはため息をつき、見回りを再開しようと歩き出したが、すぐに立ち止まっ てカールに用意された客室のドアを見つめた。 このドアの向こうにカールがいるのだと思うと、何だかとても切なくなった。 いだ 実は彼女は学生の頃からカールに恋心を抱いていたのだ。 しかし抱いているというだけで、ずっと気持ちを打ち明けられなかったキルシェは、今日久し振 りにカールに会い、その想いが更に強くなっている事に気付かされた。 じ とは言え、それでもやはり告白は出来そうになく、キルシェは自分の勇気の無さに思わず自 ちょう 嘲の笑みを浮かべた。 そうして何度か首を横に振り、その想いを考えない様にして見回りを再開した。 その頃、キルシェが見つめていたドアの向こうでは、カールがサラをベッドに押し倒していた。 こんしん もう止める事は出来そうにないと思われたが、サラはカールの体を渾身の力で押し返し、説得 こころ を試みた。 「や、やっぱり学校でこういう事するの良くないよ」 「ここは客室で学校じゃない」 「でもね……あ、ほら、ファンの子が聞き耳立ててるかもしれないよ。それは教育上良くないと 思わない?」 「生徒は客室に近づいてはいけない決まりになっているから心配ない」 「……………」 始めからそんなに必死に止めようと思っていなかった為、カールに主張を全て否定されると、 つぐ サラは言葉が続かなくなって口を噤んだ。 カールは黙ってしまったサラに軽く口づけし、彼女の髪を愛おしそうに撫でながら、淋しげな表 情で話し出した。 「…イヤなのか?」 「ううん、そうじゃないの。生徒さん達が傍にいるって思ったら、恥ずかしくて……だから…」 むね 「…ここは学生寮と完全に棟が分かれているから安心してくれ」 「そうなんだ、じゃあ平気だね」 サラがにっこり笑って体の力を抜くと、カールもつられてにっこりと笑い、彼女が着ているワン ピースのボタンを外し始めた。 「明日は講習を見学するんだから、ちゃんと手加減してくれなきゃダメだよ?」 「わかってる」 「寝坊もしない様に…気を付け……ないと………ん……」 さえぎ カールは慣れた手付きでワンピースをささっと脱がすと、サラの言葉を遮る様に彼女の口を塞 いだ。 ●あとがき● 第一装甲師団の隊長になって最初の仕事は…何故か士官学校の講師。 この話が発展してパロディの学園編が出来ました(ついでに先生編も…) カールの学生時代のお話って推測しか出来ませんし、やんちゃだったとの噂も耳にしました が、私は結構地味な学生生活を送っていたのではないか、と思っています。 しかし本人は地味だと思っていても、女生徒達にはいつも黄色い声援を投げ掛けられ、その 事が気にくわない男子生徒には度々呼び出され、訳がわからない内にカールが相手を全員 倒してしまったり、学園ドラマにありがちな「何故こんなにも事件に巻き込まれるの?」な生徒 だったかもしれません。 それはそれで面白そうですが、私の小説ではカールが通っていた士官学校は全校生徒の九 割が男子、という設定になっており、成績は優秀でも非常に地味な学生生活でした(笑) 最近は女生徒の数が増え、半々くらいの割合になっています。 今回カールの同級生としてキルシェを登場させましたが、マンガの設定は完璧に無視し、階 級のみが一緒で教官になってもらいました。 マンガでは名前で呼び合っていたり、「ひょっとして…!?」と思う事もありましたが、結局は 全てわからないまま終わってしまいました。 もし本当に予想通りだったら、キルシェが嫌いになっていたかもしれません… 困ったファン心理ってヤツですね(笑) でもカッコイイ女性は個人的に好きですvv ●次回予告● 士官学校にてカールの講習が始まりました。 午前中はゾイドに乗っての実戦訓練、午後からは講義室にて講義。 そんな最中、サラはキルシェの秘めた気持ちに気付いてしまいます。 生まれて初めてヤキモチを焼くサラ… カールはどう対処するのでしょうか? 第三十八話 「士官学校〜後編〜」 これで元気になる? <ご注意> 次の第三十八話「士官学校〜後編〜」は性描写を含みます。 お嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。 いつもと少々趣向を変えておりますので、ひいてしまう方が続出するかもしれません(笑) |