第三十四話
「戴冠式〜前編〜」
いそ 戴冠式当日、サラは相変わらず朝から実験に勤しんでしまい、時間をすっかり忘れていた。 ステアとナズナはサラの背後でまさかと思いつつ、こそこそと話し始めた。 「ねぇ……戴冠式って今日だよね…?」 「うん、そのはずなんだけど…。まさか……忘れてる…?」 「あれだけ楽しみにしていたんだから、それはないんじゃないの?」 うかが ステア達がじっと様子を伺っていると、突然サラが勢い良く立ち上がった。 「あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」 さけ ようやく時間を思い出したらしく、サラは大声で叫んだかと思うと慌てて支度を始めた。 「わぁ〜〜遅刻ちこくぅ〜」 「どうしてもっと早く気付かないんですか?」 「だってぇ……夢中になったら時間がわからなくなっちゃうんだもん。知ってるでしょ?」 ステア達はサラの性格をよく熟知していたが、こんな大事な時までこの悪癖が出るとは思わ あき なかったらしく、呆れた様に肩をすくめ合いながら支度をする彼女を見守っていた。 「あ、レドラーの整備は終わってる?」 「とっくに終わってますよ。わざわざ戴冠式に間に合うようにしたんですから」 「そっか、ありがと。じゃ、行ってきます!」 『行ってらっしゃ〜い』 慌てて走り去るサラを笑顔で見送り、ステア達は安心した様に微笑んでから、すっくと立ち上 がった。 「では、私達も支度をしましょう」 「そうね」 ステアとナズナは戴冠式には参加せず、その後に行われるお祭りへ行く準備を始めた。 一方、格納庫へ駆けて来たサラは、急いでレドラーに飛び乗って機体を起動させた。 (戴冠式には間に合わないけど、祝賀パーティにはぎりぎりセーフね) サラが操縦するレドラーはふわりと研究所を飛び立ち、一路ガイガロスに向けて猛スピードで 飛んで行った。 その頃、帝都ガイガロスでは戴冠式が無事終了し、ルドルフ達は祝賀パーティの会場に移動 した。 にぎ 町では大規模なお祭りが始まり、ガイガロス中が賑やかに活気づいていた。 さが そんな中、カールは祝賀パーティの会場でサラを捜してウロウロ歩き回っていた。 ちゃくなん 上流階級の者のみが参加出来る祝賀パーティに、本来ならシュバルツ家の嫡男として参加し ことわ なければならないカールだったが、彼は一軍人である事をルドルフに伝え、一度は断りの返 事をした。 が、ルドルフは恩のあるカールにどうしても参加してほしかった為、軍上層部からの特別招待 なか という形を取り、半ば強制的に参加させる事に成功した。 けいい そんな経緯でカールは会場でただ一人軍服を着ていたのだが、周囲の雰囲気に見事に溶け 込んでおり、全く違和感が無かった。 その為、時折美しく着飾った貴族の女性に声を掛けられる事もあったが、その時はきちんと紳 士的な態度で接し、失礼のない様にやんわりと断っていた。 はし そうしてカールは会場内を一通り見て回り、端の方へ向かうとふぅと一息ついた。 (どこにいるんだろう…?来ているはずなんだが……) カールがぼんやりとサラの事を考えていると、突然会場の入口付近が騒がしくなった。 しかも男性ばかりが集まっていたので、気になったカールは様子を見に行く事にした。 「あ、カール」 入口に入った所で男性達に囲まれて困っていたサラは、カールの姿を見つけると安心した様 に微笑み、慌てて駆け寄って来た。 かな 集まっていた男性達はサラが捜していた相手がカールだとわかると、これは敵わないといった 表情ですんなりと散って行った。 つか サラはほっと胸を撫で下ろし、カールの腕に掴まって苦笑いを浮かべた。 「会場に入るなり、いきなり通せん坊されちゃったの。私、早くあなたを捜したかったのに…。 あの人達、一体何のつもりで集まっていたのかしら…。ね、カール?」 「……………」 「カール?」 サラが背伸びをして目の前で手を振ってみせると、カールはハッと我に帰って慌てて頷いた。 実は久し振りに会えた喜びからか、カールはサラを一目見ただけで心奪われていた。 ゆ 今日のサラは薄紫色の美しいドレスを身に着けており、髪は髪飾りで綺麗に結い上げ、普段 は滅多に付けないアクセサリーも付けている。 しかしそんなドレスもアクセサリーもサラをより美しく見せる為の引き立て役でしかなく、カール にとっては彼女自身が一つの美しい宝石の様に思えた。 しっと これなら男性達が集まるのも無理はないだろうと納得したカールは、嫉妬しないでおこうと自 分に言い聞かせ、改めてサラの瞳を見つめた。 「サラ、何と言ったらいいか………その……とても綺麗だよ」 「えへへ、ありがとv」 ほ サラは褒められた事が嬉しくて仕方がないといった様子で照れ臭そうにもじもじしてから、カー ルの姿を上から下までじっくりと見回した。 「こんな日にもやっぱり軍服なんだねぇ」 「軍人にとってはこれが正装だから」 「そっか。まぁ、似合ってるからいいけどv」 つな そう言って、サラはカールと手を繋いで歩き出した。 「さて、まずはルドルフ殿下……じゃなくて、陛下に挨拶に行かなきゃね」 サラはキョロキョロと周囲を見回し、たくさんの人々に囲まれているルドルフを発見した。 りちぎ ルドルフは次々と挨拶に来る人達の相手を律儀にしている最中だったが、サラは頃合いを見 計らって人込みに飛び込み、うやうやしく頭を下げた。 「皇帝御即位おめでとうございます、ルドルフ陛下」 ひょう 「…先生、そんな他人行儀な言い方は止めて下さい。明日雹でも降ってきそうですよ」 ひど 「あら、久し振りに会ったっていうのに酷い事言うのね」 「先生がいつもと違うからですよ」 「あはは。相変わらずね、ルドルフ君」 「先生こそ」 サラとルドルフが談笑していると、その様子を傍で見ていたカールは驚きの余りポカンとなっ ていた。 そんなカールの驚きに気付いたサラは、あっという表情をすると慌てて説明し始めた。 「カール、私ね、以前ルドルフ君の先生をしていた事があるの」 「……なんだ、そうだったのか。ビックリした…」 ルドルフはカールとサラを交互に見上げ、こちらも驚きの表情を見せた。 「クローゼ先生ってシュバルツ先生とお知り合いなんですか!?」 「そうなの。まぁ、あなたに教えていた頃はまだ知り合いじゃなかったけど。ね、カール?」 「え、あ、そ、そうなんですよ、陛下」 カールが妙にドギマギしながら頷いたので、サラは嬉しそうにクスクス笑った。 「へいか〜vv」 その時、突然どこからかかわいらしい声が聞こえ、三人が辺りをキョロキョロ見回すと、いきな り一人の少女がルドルフに抱きついてきた。 「遅れて申し訳ありません、陛下v」 うる いいなずけ 大きな瞳を潤ませつつ謝った少女は、ルドルフの許嫁のメリーアンであった。 ルドルフは瞬時に顔を真っ赤にし、メリーアンの手を優しく払って苦笑いを浮かべた。 「苦しいですよ、メリーアン」 「あっ、申し訳ありません…」 ゆうが メリーアンは慌ててルドルフから離れ、ささっとドレスの乱れを直すと、サラ達に向かって優雅 に一礼してみせた。 「お久し振りです、クローゼ先生」 「久し振り、メリーアン。相変わらずルドルフ君と仲が良いわねぇ」 「きゃっvv そんな本当の事を言わないで下さい!照れてしまいますぅ〜」 おお メリーアンは頬を赤らめ、恥ずかしそうに両手で顔を覆ったが、突然ピタッと動きを止めると、 サラの腕を引っ張った。 そしてカールの方を横目でチラチラ見つつ、小声で話し出した。 「先生、あの方はどなたですか?」 「彼はカール・リヒテン・シュバルツ少佐よ」 「へぇ、あんなにお若いのに少佐なんですかぁ。しかもなかなかの色男ですわね、陛下ほどで はありませんけど。…で、お二人は恋人同士なんですか?」 「さぁ、どうでしょう?」 「えぇ!?教えて下さらないんですか?」 「ふふふ、そう簡単に教える訳にはいかないわv」 がぜん 恋の話になると俄然張り切り出すメリーアンに対し、サラは見事にはぐらかした。 二人のやり取りをまるで傍観者の様に見ていたカールとルドルフは、終始困惑の表情で苦笑 していた。 結局、メリーアンはルドルフに挨拶回りをする様に言われて去って行き、サラはほっと胸を撫 で下ろすとカールの隣へ戻った。 「申し訳ありません、先生」 すかさずルドルフが謝ってくれたが、サラは軽く首を横に振って明るく笑ってみせた。 かま 「別に構わないわ、いつもの事だし」 と 「それならいいのですが…。あ、そうそう。先生、今日はミレトス城に泊まっていって下さいね、 用意しておきますから」 「ありがとう。でも、出来れば二人で泊まれる部屋を用意してほしいの。いいかしら?」 「それくらいお安いご用ですよ、任せて下さい」 えしゃく ルドルフは非常に頼もしい物言いで頷き、サラ達に軽く会釈してから他の人の相手を始めた。 ま 挨拶回りだけでも大変そうだったが、サラはルドルフの成長を目の当たりにし、満足そうな笑 みを浮かべていた。 ようやく話が一段落したので、カールは落ち着いてサラに話し掛けた。 「メリーアン様の先生もしていたんだね」 「うん、そうなの」 「すごいな、さすが博士」 カールの素直な褒め言葉に、サラは恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。 「サラ殿!」 ふい 不意に誰かに声を掛けられ、振り返ると帝国の宰相ホマレフが笑顔で歩み寄って来た。 「ホマレフおじ様」 サラが嬉しそうに駆け寄ると、ホマレフは彼女に向かってペコリと頭を下げた。 「先日は本当にお世話になりました。礼を言うのがすっかり遅くなって申し訳ない」 「いえ、お役に立てて何よりでした」 「非常に残念ですが、今は少々立て込んでおりましてな。今度お茶でも飲みながらゆっくりお 話致しましょう」 「はい、楽しみにしてます」 いそが ホマレフはもう一度軽く頭を下げ、忙しそうに去って行った。 サラはホマレフを笑顔で見送ると、隣でまたしても驚いているカールに気付き、すぐに説明を 始めた。 「ホマレフおじ様はね、父様の古くからのお友達なの。私が小さい頃から色々とお世話になっ てるんだよ」 「そうか、お父上の……」 つぶや つか カールはポツリと呟き、サラに気を遣って彼女の父の話題から別の話題に変える事にした。 「…さっき宰相殿が礼をおっしゃられていたようだけど、何かしてあげたのかい?」 「うん。デスザウラーとの戦いの時、共和国から援軍が来てくれたでしょ?あれね、ホマレフお ようせい じ様に頼まれて、私がルイーズ大統領に援軍を要請したのよ」 「えぇ!?き、君が!?」 「ルイーズ大統領とは知り合いだから、ホマレフおじ様は私に頼んだの」 「へ、へぇ……」 カールは感心した様に頷きながら、何故サラは共和国の大統領であるルイーズと知り合いな あ のだろうと疑問に思ったが、やはり聞いてはいけない気がして敢えて聞かなかった。 す サラは考え込んでしまったカールを不思議そうに見上げていたが、直ぐさま笑顔に戻すと、彼 の手を引っ張って歩き出した。 すると、人込みの中に見覚えのある人物を見つけたので、カールと共にその人物の元へ向か った。 「ムンベイ!」 サラが大声で呼ぶと、ムンベイと呼ばれた女性はクルリと振り返り、すぐに駆け寄って来た。 「サラ、久し振り!元気してた?」 「もちろん!聞いたわよ〜、大活躍だったんだって?」 「アタシは大した事はしてないわ、頑張ったのはバン達よ」 かなめ ムンベイはデスザウラーとの戦いに参加しており、その戦いの要であったブレードライガーの パイロット、バンという少年の保護者をしていたらしい。 カールは戦いの後にバン達の事をルドルフから紹介されたのだが、正直言って信じられない 話であった。 ずいぶん 随分前にサラからオーガノイドを連れているのは少年だと聞いていたにもかかわらず、あの様 にわか な見事な働きをしたのがバンだと俄には信じ難かった。 しかし実際にバンの活躍を目の当たりにしたお陰で、今では彼の事を素晴らしいゾイド乗りで あると思う様になっていた。 (そう言えば、彼らはもう出発してしまったんだな…) 今日はバンと彼の友人フィーネ、オーガノイドのジークの姿が見当たらなかった。 数日前まで復旧作業の現場にちょくちょく顔を見せに来ていたのだが、バン達の性格をよく知 つ っていたカールは、彼らがこの様な息の詰まる場所に来る事はないだろうと思っていた。 そういう所は外見通りまだ子供なのだ。 そんな事になっているとは全く気付いていないサラは、バンの名前が出た途端目をキラキラ輝 せま かせ、恐い程の笑顔でムンベイに迫った。 「そのバン君達はどこにいるの?紹介してほしいんだけど」 「もういないわ。じっとしていられない性格だからね、あの子達」 「えぇ〜!?そ、そんなぁ……」 サラはオーガノイドに会える事を相当期待していたらしく、いないとわかると落胆の度合も並大 抵ではなかった。 それでも久し振りに会えた友人ムンベイと一通り騒ぎ、微妙な表情でカールの元へ帰って来 た。 二人の話を全て聞いていたカールはサラの気持ちを察し、彼女の手を優しく握った。 「どうした?」 「…オーガノイドに会えると思っていたんだけれど、もう行っちゃったんだって」 「そうらしいな。…またいつか会えるさ」 「……うん、そうだね」 サラはカールの言う事なら何でも素直に信じられるので、笑顔で頷いてみせた。 そうして二人は手を繋いで歩き出したが、サラは再び見覚えのある人物を見つけると、ピタッ と立ち止まった。 サラをしっかりとエスコートする形で歩いていたカールは、彼女とほぼ同時に立ち止まって首を かし 傾げた。 「ん…?何?」 「挨拶したい人がいるの。少しだけいい?」 「少しじゃなくていいよ」 カールの優しい返事にサラは非常に嬉しそうに微笑み、一緒に見つけた人物の元へ向かっ た。 サラが挨拶したかった人物とは、共和国大統領ルイーズ。 ルイーズはサラの姿を見つけると、周囲にいた人々に会釈してからにっこりと微笑んだ。 「サラさん、お久し振りね」 「お久し振りです、ルイーズ大統領。先日は本当にありがとうございました」 「お礼なんていいのよ。お陰で争いのない、平和な時代が訪れたんですもの」 「そうですね」 サラとルイーズがにこやかに話しているのをカールは笑顔で聞いていたが、そんな彼を遠くの 方から呼ぶ者がいた。 ひときわ 振り返ってみると、人込みの中で一際目立つ長身の男性がカールに向かってズンズン近づい て来た。 「よぉ、シュバルツ。お前も参加してたのか」 「まぁな」 カールに気軽に声を掛けてきたのはハーマンであった。 ハーマンはカールの全身を見るなり、呆れた様な表情になってため息をついた。 「こんな時にも軍服なのか、帝国軍人は大変だな」 「そうでもないさ」 「……あ、しかし俺も軍服の方が安心出来るから、そっちの方が良かったかもしれんな」 まね 「共和国の代表として招かれている者が、軍服姿で来る訳にはいかないと思うが?」 「痛い所を突くなよ、シュバルツ。…相変わらず皮肉しか言わないんだな」 「そういう性格なんだから仕方ないだろ」 仲が良いのか悪いのか、二人が微妙な感じで話していると、ルイーズと話し終えたサラがカ たたず ールの背後からひょっこり顔を出し、ハーマンの隣に静かに佇んでいる女性に声を掛けた。 「ミシェール、久し振り」 「あ、サラ、久し振り」 ミシェールと呼ばれた女性はサラの知り合いらしく、にっこりと微笑んで挨拶を返した。 |
ゆる 互いに隣にいる女性を緩んだ笑顔で見つめていたカールとハーマンは、ふと顔を見合わせる と、一瞬あっという表情を浮かべた。 二人は同時にサラとミシェールが互いの何なのかを察した様だ。 よそお ハーマンは思わず照れ笑いを浮かべ、極力平静を装いながらカールに話し掛けた。 「シュバルツ、そちらのご婦人は…?」 「彼女はサラ・クローゼ。帝国国立研究所で博士をしている方だ」 「ほぅ、その若さで博士か。すごいんだな」 カールは自分が褒められた訳でもないのに妙に照れつつ、サラの背中をそっと押して前に出 した。 珍しくカールが自慢気に紹介した様に思え、サラは少し驚いたが嬉しくもあったので、きちんと ハーマンに向かって一礼してみせた。 「初めまして、サラ・クローゼです」 「俺はロブ・ハーマン。よろしくな」 「ロブ・ハーマン…?」 のぞ サラはハーマンの名を聞くと、驚いた様子ですぐにミシェールの顔を覗き込んだ。 途端にミシェールは頬を赤らめ、サラと目を合わせない様にしながら、おずおずと尋ねた。 「な、なぁに?」 「大切な幼なじみって彼の事だったのね?」 「え…、あ、そ、それは………その……」 「隠さなくてもいいわよ。ね、ハーマン?」 「…へ?な、なな、何がだ?」 突然話を振られて戸惑うハーマンをサラは嬉しそうに眺め、ミシェールの肩にポンと手を乗せ た。 「頑張ってね、応援してるからv」 「もうサラったら…、何言い出すのよ……」 かな ハーマンとミシェールは共に顔を真っ赤にし、これ以上サラに照れる様な事を言われては敵わ ないと、適当な理由を言ってそそくさと立ち去った。 サラはにやにやしながら二人を見送り、カールの腕に抱きついて話し出した。 「ミシェールってね、ルイーズ大統領の秘書をしているんだよ」 「へぇ、そうなのか」 「ハーマンとは幼なじみなんだって。……そう言えば、ハーマンとはいつの間にお友達になっ たの?」 「ガイガロスの復旧作業中に話す機会が多くてね。それで友達……というより、悪友になった んだ」 「…悪友?そうは見えなかったけど?」 おさ たび 「今日はこういう場所だから互いに抑え気味だっただけだよ。いつもは会う度に何かしら言い 合いをしているんだ」 「ふふふ、素直に何でも言い合えるなんて良い事だよ。新しいお友達が出来て良かったね」 「うん」 カールが気持ちを素直に出して頷くと、サラは自分の事の様に喜び、嬉しそうに微笑んでい た。 カールとサラは互いの知り合いに一通り挨拶を済ませ、一休みしようと会場の端に向かって おど はば 歩き出したが、突然誰かが踊る様な足取りでやって来て二人の行く手を阻んだ。 「やぁ、サラちゃん。久し振りvv」 「あ、お久し振りです、ドクター・ディ」 サラ達の前に現れたのは共和国一の科学者と言われる老人、ドクター・ディ。 した サラは同じ科学者というだけあってドクター・ディとは知り合いらしく、親しそうに話し始めた。 な いらいら その傍で、カールはサラに対するドクター・ディの馴れ馴れしい態度に、少し苛々しながら黙り 込んでいた。 にら な カールに睨まれているとは思いもよらなかったドクター・ディは、いやらしい目でサラの体を舐 め回す様に見回した。 「相変わらず良い体しとるの〜。どうじゃ?今度わしとデートでも…」 つぐ ドクター・ディはそこまで言うと、思わず口を噤んだ。 カールがものすごい目つきで彼を睨んでいたのだ。 瞬時に早くこの場から去った方が良いと判断したドクター・ディは、苦笑しながら慌てて去って 行った。 「あら、珍しい。いつもはもっとしつこく誘ってくるのに」 サラはキョトンとしてドクター・ディを見送り、その時になってようやくカールが怒っている事に気 付いた。 「カール、どうしたの?」 サラが心配そうに声を掛けると、カールはハッと我に帰って笑顔を見せた。 「何でもない、少しぼ〜っとしていただけだよ」 「そぉ?それならいいんだけど…。……あ、ダンスが始まったみたい」 サラに言われてカールが会場の中央に目をやると、数組の男女がオーケストラの演奏に乗っ てダンスを踊り始め、周囲では男性が女性に声を掛けてダンスのパートナーを捜していた。 あせ カールは現状に焦りを感じ、サラの手を引っ張って中央とは反対方向に向かって歩き出した。 カールからのダンスの誘いを待っていたサラは、彼の行動に意表を突かれ、しばらく引っ張ら れるままに歩いたが、途中で慌てて立ち止まった。 「カール、どこへ行くの?ダンスしないの?」 「ああ、しない」 「どうして?」 「…………俺は……踊れないんだ…」 カールが残念そうに目を伏せて言うと、サラはクスクス笑いながら彼の手を引っ張って歩き出 した。 今度はカールがサラに引っ張られるままに歩き、強引に会場の中央へ連れ出されてしまっ た。 「サ、サラ!?踊れないって言っただろ!?」 さま 「大丈夫、私がリードするから安心して。あなたなら立っているだけでも様になるから、多少下 手でも誰も気にしないわ」 「し、しかし……」 ひと 「あなたが踊ってくれないなら、他の男性と踊っちゃおうかな〜」 「そ、それはダメだ。俺と踊ってくれ」 「了解です、少佐殿v」 いたずら サラは悪戯っぽく微笑み、カールの手を優しく握ると自分の腰にあてがった。 そしてそのまますぐ踊り始め、戸惑うカールをきちんとリードしたが、本人が言う程下手ではな ひょうし かったので、少々拍子抜けしてしまった。 「な〜んだ、上手じゃないの」 「そ、そうでもない…。これで……手いっぱいだ…」 「あはは、みたいね」 カールはまともに話せない程一生懸命踊っており、その様子を笑顔で見守っていたサラは、 彼の手をギュッと握りしめた。 「ごめんなさい…」 「…うん?」 「さっき言った事は嘘なの、あなた以外の男性と踊る気なんてなかったわ」 「…わかっていたさ、そのくらい」 カールはようやくダンスに慣れてきた様で、嘘を正直に白状したサラに優しく微笑んでみせ た。 そんなカールの優しさが嬉しくて、サラは天使の様な笑みを浮かべると、踊りながら彼の胸に うず 顔を埋めた。 その時、ふと傍で踊っている人々の中からハーマンとミシェールの姿を見つけたので、嬉しそ うにカールに報告した。 「カール、あれ見て」 「ん?……あ、ハーマン達も踊っていたのか」 おと 「彼もダンスは苦手みたいね。あなたに負けず劣らずってとこかな」 「…そうか」 「ふふふ、勝ちたかった?」 「いや、こんな事で張り合おうとは思わないよ」 カールは視線をサラへと戻し、肩をすくめてみせた。 ダンスは軍人にとってそれほど必要なものではないので、張り合っても意味がない。 しかし少しは勝ちたいという思いがあった様で、カールは複雑な表情で踊り続け、サラはそん な彼の表情の変化を見ながら終始クスクス笑っていた。 サラが言っていた通り、カールは立っているだけでも様になっていたが、一目で心奪われる様 な美男美女の組み合わせの二人に周囲の目が集まらないはずもなく、ハッキリ言ってこれで もかという程目立っていた。 むとんちゃく 二人はそういう事に全く無頓着であると同時に、互いの姿しか目に入っていなかった為、一切 気付かなかった様だ。 そうしてカールとサラは三曲程続けて踊った後、客用に用意されている食事を適度につまん で空腹を満たし、今度こそ一休みしようと人込みを抜けてバルコニーへ向かった。 すで ささや バルコニーでは既に数組のカップルが愛を囁き合っていたが、二人はそんな事に一切構わ てす ず、手摺りの所まで行って一緒に空を見上げた。 やっと落ち着いて話せる場所に来れたと、カールはサラの頬を優しく撫で始めた。 ゆ サラが小さくクスリと笑って振り返ると、彼女が身に着けているイヤリングが揺れ、綺麗にキラ キラ光った。 「ね、今言っていい?」 「……?何を?」 「いいから聞いて」 サラは恥ずかしそうにもじもじしてから、キョトンとしているカールの瞳を真っ直ぐ見つめた。 「無事に帰って来てくれてありがとう。おかえりなさい」 たま サラの言葉を聞いた途端、カールは堪らなくなって彼女を抱き寄せていた。 「ただいま…」 カールは囁く様に返事を返し、サラをより一層強く抱きしめた。 サラは久し振りにカールに抱きしめてもらえたので、嬉しそうに身を任せていたが、ふと今いる 場所がどこなのかを思い出すと顔を真っ赤にした。 や 「カール、悪いんだけど、ここではそういう事は止めておいた方が…」 「……ん、ああ、そうだな」 カールは心底残念そうにサラから手を離し、周囲をキョロキョロ見回した。 傍にいる数組のカップルは自分達の事で夢中になっており、会場内の人々はバルコニーの方 さいわ を見ていなかった為、幸い誰にも気付かれなかった様だ。 カールがほっと胸を撫で下ろしていると、サラはにっこりと微笑んで彼の手を握った。 「今夜はミレトス城に一緒に泊めてもらおうね」 「…それで陛下に二人で泊まれる部屋って言ったのか」 「うん、そうだよ。…いや?」 「いやと言うと思うか?」 まね カールはサラがよく言う質問を真似して言ってみた。 「言わないと思う」 サラもカールがよく言う返事を真似して言い、クスクス笑った。 その後、祝賀パーティが終わる前に、カールは部下の様子を見に一旦基地へ戻ると言い出し た。 復旧作業が終わってから、カール達はガイガロスに一番近い基地で寝泊まりしている。 大半の部下はお祭りに行っていたが、必要最小限の人数は基地に残ってもらわなくてはなら なかった為、彼らに差し入れでもするつもりらしい。 こころよ 部下思いの良い上官だと思ったサラは快くカールを送り出し、彼が帰って来るまで会場での んびりと待つ事にした。 ●あとがき● 前後編に分けても長いお話になりました。 今まで出て来なかったキャラが総出演って事で、サラとの関係を明らかにしてみました。 後々わかるというフレーズがよくありましたので、それを少しでも消化出来たのではないか、と 自己満足はしていますv が、今回はカールの苦手なものを増やしてしまいました。 歌が苦手なのにダンスだけ出来るのはおかしいだろうと思っての事でしたが、どれだけ増や すつもりだ、と自分にツッコミを入れました。 そんなカールがかわいいと思ってしまう私はもう重症(笑) そして私のお気に入りカップリングの一つであるハーマンとミシェールが揃って登場! 幼なじみという設定で、昔から互いの想いを知っていながら、なかなか言い出せないという関 係をしばらく実践して頂きますv カールとサラに比べたら発展速度は遅いかもしれませんが、一歩踏み出してしまえば、全て がカール達より早いと思われます。 期待していて下さいv (何を?とは聞かないで…) ちなみにミシェールのドレスはルイーズとお揃い。 多少デザインが違うのは、ルイーズがハーマンの為を思って用意したからだと思われます。 だからルイーズよりミシェールの方が露出度が高いのです(笑) ●次回予告● ミレトス城にて、久し振りに夜を共にしたカールとサラ。 翌日の昼頃になってからようやくガイガロスに向けて出発し、お祭りに参加。 たくさんの出店が並んでいる賑やかな路地を進み、そこでサラはあるものを発見します。 カールの初めてのプレゼントとは!? 第三十五話 「戴冠式〜後編〜」 きっとよく似合うよ <ご注意> 次の第三十五話「戴冠式〜後編〜」は性描写に近い表現が出て来ます。 お嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。 |