第三十一話

「救出」


「大変、大変ですぅ!!」
                   けっそう
突然、研究室にナズナが血相を変えて駆け込んで来た。
                  とだ
サラはカールと連絡が途絶えてからぼ〜っとする事が多かったが、ナズナのただならぬ様子

に不安を感じるとすぐに尋ねた。

「どうしたの?何が大変なのよ?」

「しょ、少佐が……シュバルツ少佐が…!」

「落ち着いて、ナズナ。始めからゆっくり話してちょうだい」

サラはとりあえずナズナを落ち着かせると、彼女から詳しく話を聞き出し、カールが軍警察に

捕まった事を知った。

「カールが軍警察に……。やっぱり早く連絡しなきゃいけなかったか…」

「博士ぇ、どうしましょう〜」

ナズナは今にも泣きそうな顔をしていたが、サラはカールの一大事だというのに慌てる様子も

なく、冷静に次のリアクションを考え始めた。

「軍警察に捕まったって事は……今頃は軍刑務所に入れられているわねぇ…」

「恐らくそうだと思いますけど…?」

「よ〜し、私が何とかしちゃおう!」

「え、な、何とかって……どうするおつもりなんですか?」
           いたずら
サラはにやりと悪戯っぽく微笑み、質問に答える代わりに紙切れに何やら走り書きをすると、

ナズナにぽんと手渡した。

「詳しい事は後で話すから、早急にそこに書いてあるものを用意してほしいの。あ、それと…

第四陸戦部隊の人達に招集かけといて」

「……第四陸戦部隊って他の部隊に吸収されたって聞きましたよ?」

「元・第四陸戦部隊の人達に用があるの。カールの名前を出せば、皆喜んで協力してくれる

はずよ」

「わかりました、皆で手分けして手配します」

「お願いね」

ナズナが研究室から出て行くと、サラは早速『カール救出作戦』の準備に取り掛かった。
                                                                     な
まず最初に研究所のパソコンから軍の中枢コンピュータに侵入すると、軍上層部の人間に成
               ほどこ
りすまし、ある細工を施した。
             こんせき
そしてその細工の痕跡を残さない様に注意しつつ操作を終え、次の準備を始めた。

(遊びで作ったものを本当に使う時が来るなんて思わなかったわね……)
                                                            かんがい
サラは暇な時に作っておいた発明品の中から小さなバッジを取り出すと、それを感慨深げに

眺めてから正常に動くかを確認し、大事そうにポケットに入れた。
                        よ
その時、ふと気になる事が心を過ぎったサラは再びパソコンに向かった。
                               かぶ
何故かはわからないが、カールがいつも被っている軍帽が必要になる様な気がしたのだ。
                                    そろ
サラは急いで軍帽を手配し、必要なものが全て揃うまで待つと、ステアとナズナを引き連れ研

究所を発った。




                                                          まぶ
カールが軍刑務所に入れられてから丸二日程経ち、その日の夜は妙に月が眩しく感じられ、

小さな窓から空を見上げてみると、満月である事がわかった。
                      はか                                     ろうや
階級のお陰なのか、ラルフの計らいなのかはわからないが、カールに用意された牢屋は個室
                                 ぜいたく
で、ベッドや机など様々なものが揃っている贅沢な牢屋であった。
                                                  むな
しかし今のカールにはそんなものがいくらあっても何の意味もなく、空しい現状に追い打ちを

掛けるだけだった。

月明かりの中でカールは力なくベッドに腰掛け、ぼんやりと考え事を始めた。

とは言っても、ここに入れられてからは同じ事しか考えられなかった。
   いと
彼の愛しい女性サラ。

忠誠を誓うルドルフ。
                                                                  つの
二人の事ばかり考えて自問自答したが、全くと言って良い程答えが見つからず、不安が募る

一方だった。




                  めぐ
そうしてカールが考えを巡らせていると、不意に廊下から足音が聞こえ、彼が入れられている
     じょじょ
牢屋に徐々に近づいてきた。

(こんな時間に見回りだろうか…?)
                                                         とぎ
カールは何とはなしに足音を聞いていたが、その音が自分の牢屋の前で途切れた為、少しば

かり警戒して身構えた。
                                ちゅうちょ
すると、足音の主はドアを軽くノックし、何の躊躇もせずに鍵を開けて中に入って来た。

「シュバルツ少佐、ご移動願います」
              みまが                                      ずいぶん
外見は少年兵かと見紛う程の小柄な兵士だったが、それに似合わず声は随分低かった。
            と                       みす
カールは警戒を解かないままその兵士をじっと見据え、落ち着いた声で話し掛けた。

「こんな時間に移動するのか?」

「はい、そうです」
   ものお                             けげん
全く物怖じせずに兵士が答えたので、カールは怪訝そうな表情で黙って考え込んだ。

(おかしい……。こんな時間に移動など、明らかに不自然だ…)

カールが黙ったまま動かないでいると、その兵士は何故か彼の真正面まで移動し、にっこりと

微笑んでみせた。

「な〜んてねv」

唐突に口調が変わった為、カールは驚きの余りポカンとなってしまったが、兵士はそんな事に
                                                   はず         まぶか
一切構わず、いそいそと首元に付けていたバッジの様なものを取り外すと、続けて目深に被

っていた帽子も取った。
           あらわ
月明かりの中で露になった兵士の顔を見た途端、カールは先程よりも更に驚いてベッドから

立ち上がった。





兵士だと思っていた人物は………兵士の格好をしたサラだったのだ。





「サ、サラ!?」

カールが思わず大きな声を出すと、サラは慌てて人差し指を彼の唇にあてがった。

「し〜っ、静かに!」

サラの声を聞くとカールは瞬時に落ち着きを取り戻し、彼女の手を優しく握って唇から離した。

「サラ、どうしてこんな所に君が…?」

「あなたを助けに来たのよv」

サラはいつも通りの口調で答え、嬉しそうに首元から外したバッジをカールに見せた。

「これ、私が作った変声機なの。完璧に男の人の声だったでしょ?」

「ああ…」
                        たま
カールは笑顔で頷いたが、すぐ堪らなくなってサラを強く抱きしめた。

「カール…?」
                                               ささや
サラが声を掛けるとカールは少し腕の力を抜き、彼女の耳元で囁いた。

「会いたかった…」

「私も…」
                ほうよう
二人は強く抱き合って抱擁を始めたが、途中でサラはハッと我に帰り、急いでカールから離れ

て帽子を被り直した。

「急がなきゃ、時間がないの」

そう言うなりサラは詳しい事情を説明せずにカールを牢屋から連れ出し、見張りの兵士達に

堂々と挨拶しつつ、足早に軍刑務所を後にした。




                                                                    す
軍刑務所から少し離れた所に一台のジープが止まっているのが見えてくると、サラは真っ直

ぐそちらへカールを案内した。

「どうぞv」

サラは目深に被っている帽子を持ち上げて顔を見せて言ったが、声は変声機のせいでまだ男

性の声だった為、カールは少々戸惑いながらジープの後部座席に乗り込んだ。

後からサラも後部座席に乗り込み、カールの隣に座るとささっとバッジと帽子を取り、運転席

にいるナズナに声を掛けた。

「じゃ、出発しましょう」

「りょうか〜いv」

ナズナは嬉しそうに返事を返し、エンジンを掛けてジープを発車させた。

ジープが走り出すとサラは急いで軍服を脱ぎ、胸元に巻いてある布を取り始めた。

「はぁ〜〜、苦しかったぁ〜」

豊満な胸を無理矢理押さえ付けていた為、息をするのが余程苦しかったらしく、布を取り終え

た瞬間、サラはふぅと一息ついた。

サラが落ち着くのを待ち、カールはずっと気になっていた事を彼女に尋ねてみた。

「今更かもしれないが……こんな事をして大丈夫なのか?」

「ええ、もちろん大丈夫よ。あなたを別の刑務所に移すっていう命令を出してあるから」

「命令を……出す?」

「うん。軍の中枢コンピュータに少しだけ細工をして、上層部からそういう命令が出たって事に

しておいたの」

「……………」

サラは一体どうやってそんな事をしたのか……?

気になりはしたが、知ってはいけない様な気がしたので、カールはそれ以上聞かないでおく

事にした。

「カール、そんな事より……」

サラはすぐ話題を変え、カールの頬を優しく撫で始めた。

「顔色が良くないわ。ちゃんとご飯食べてる?睡眠は充分取ってるの?」

「…………………」

サラの問いにカールは無言で答え、悲しそうな目をした。

それだけでサラはカールの答えを察し、小さくため息をついて苦笑した。

「困った人ね……」
困った人ね…
サラは思わずカールを抱きしめたくなったが、傍にステアとナズナがいる事を思い出し、我慢
                    とど
して彼の頬を撫でるだけに止めた。

二人の会話が途切れたのを見計らい、助手席で携帯用のパソコンを操作していたステアがサ

ラに報告を入れた。

「博士、全ての準備が整いました」

「そう、ありがとう」

サラは頬を撫でるのを中断し、急に真剣な表情になってカールを見つめた。

「カール、よく聞いて。……ルドルフ殿下がガイガロスのすぐ傍まで来ているわ」

「殿下が…!?」
               たいかんしき
「ええ、プロイツェンの戴冠式に乗り込むつもりみたいね。今はプロイツェンが差し向けた部隊

と交戦中よ」

「……………」
       くや
カールは悔しそうに歯を食いしばり、目を伏せた。

(こんな時に俺は………何も出来ないのか…!)

カールが何を思って悔しがっているのか、全てが手に取る様にわかったサラは、一度だけ深

呼吸してから話を続けた。

「……ゾイドは用意してあるわ」

サラの一言にカールはハッとなり、ゆっくりと顔を上げた。

「あなたの部隊の皆も集まってくれてる…。今なら………まだ間に合うわ」

「サラ……」

サラは笑って頷いてみせたが、心の奥底では行ってほしくないと思っていた。

しかし今ルドルフを救えなければ、カールは一生自分を責め続け、笑顔を見せてくれなくなる

かもしれない。
                                    みちしるべ
そう思うと、サラはカールをルドルフの元へと導く道標になるしかなかったのだ。

そんなサラの想いを痛い程感じていたカールは、彼女の為にもルドルフを救出し、帝国をプロ
                           かた
イツェンの手から取り戻そうと、心に堅く決意するのだった。





数時間後、サラ達一行はガイガロスに最も近い基地に到着し、ジープから降りたカールを彼の

元部下達が笑顔で出迎えた。

皆カールが捕まった事に不満を持っていた為、戻って来てくれて相当嬉しい様だ。
                           けわ
カールは一瞬笑顔を見せたが、すぐ険しい表情になって傍にいる兵士に話し掛けた。

「出撃準備は整っているか?」

「あと三十分程かかります」

「急がせろ、時間がない」

カールは部下に次々と指示を出し、その様子を見守っていたサラは安心した様に微笑んだ。
                      おもむ
大変な時ではあるが、戦いに赴くカールの表情はとてもイキイキして輝いて見え、やはり彼は

軍人なのだと改めて実感した。

そうしてサラは笑顔でカール達を眺めていたが、出撃準備が整う前に着替えておこうと、軽い

足取りで基地内に入って行った。





それから程なくして出撃準備が整い、カールは直ぐさま部下達に出撃の指示を出した。

そして自分も出撃しようとアイアンコングの方に向かって歩いていると、ふと少し離れた所で
    たたず
静かに佇むサラの姿を発見した。
                              つ
カールは傍にいた兵士に先に行く様に告げ、笑顔でサラの元へ歩み寄った。

「サラ、ありがとう。君のお陰で何とか間に合いそうだ」

「……忘れ物よ」

サラは用意しておいた軍帽をそっと差し出した。

サラが思った通り、カールはいつも被っているはずの軍帽を被っていなかった。

エーベネ空軍基地でたまたま軍帽を被っていない時に捕えられた為、基地が自爆すると同時

に彼の軍帽も焼失してしまったのだ。

カールが黙って軍帽を受け取ると、サラは明るく笑って言った。

「お礼はちゃんとルドルフ殿下を助けてからにしてほしいな」

「…そうだね」

カールもつられて明るく笑いながら頷き、サラの頬を愛おしそうに撫でた。

サラはくすぐったそうな仕草をした後、カールを見上げてゆっくりと目を閉じた。
                             ふさ
カールはサラのかわいらしい口をそっと塞ぎ、軽く口づけを交わした。

「気を付けて」

「ああ」
                                                                  さっそう
カールはにっこりと微笑んで軍帽を被ると、直ぐさま指揮官としての厳しい表情になり、颯爽と

サラの傍から去って行った。

サラはカールの姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くし、彼の無事を何度も祈ってからステ

ア達の元へ帰った。

ステア達は複雑な表情でサラを出迎えると、どう話し掛ければ良いのかとオロオロしていた。

「じゃ、研究所に帰りましょうか」

『は、はい!』

いつも通りの口調でサラが明るく言ったので、ステアとナズナはほっと胸を撫で下ろし、急い

でジープに乗り込んだ。










●あとがき●

「救出」は自分で考えたお話の中で一、二位を争う程気に入っているお話です。
サラが如何にいい女であるかを主張する内容ですからv
古風な考え方かもしれませんが、女性は男性の一歩後ろを歩いてほしいと思っています。
男性は後ろにいる女性を身体的に守ると同時に安らぎを得、女性は前にいる男性を精神的に
守ると同時に安らぎを得る。
要するに、持ちつ持たれつの関係です。
カールとサラは今正にその関係を実践しておりますが、まだまだ発展途上。
これからも頑張ってもらいたいと思っていますv
「し〜っ」のシーンはムンベイのマネをしてみましたv
誰もが一度はやってみたい行動ですよねvv
ちなみにサラが作った変声機は名探偵○ナンに出て来る様な高性能なものではありません。
趣味で作ったので、構造は非常に単純なものです。だから出せる声は一種類だけ。
軍帽については、捕まった時に被っていなかったのに、再登場の時は何故被っているの?と
いう疑問を解決する為に考えました。
サラの第六感が働いた、という事にしておいて下さい(笑)

●次回予告●

ガイガロスではルドルフの葬儀とプロイツェンの戴冠式が始まりました。
時を同じくして、ルドルフを守ろうとする者達、そしてそれを阻止する者達の間で激しい戦いが
繰り広げられ、帝国の命運を分ける瞬間が近づいていました。
するとその時、プロイツェンの背後から謎の巨大ゾイドが姿を現す!
カール率いる第四陸戦部隊も駆け付け、帝国・共和国の連合軍は総力を挙げて、その巨大ゾ
イドと戦います。
第三十二話 「奪還」  化け物め……もう何を言っても無駄か…!