第三十話
「級友」
カールが訓練に行くと言っていた日の朝、前日からイヤな予感が消えず不安なサラは、彼の こ 無事を祈りながら研究室に籠もって情報収集を始めた。 つい先日、ルドルフが死亡したとの公式発表が新聞に載っていたが、どうせプロイツェンの虚 はな 言だろうと端から信じていなかったサラは、毎日諦めずに情報収集に勤しんでいた。 にせもの そして今日ようやく軍のコンピュータから極秘情報を引き出す事に成功し、ルドルフの偽物の 存在を知った。 恐らくその偽物こそがルドルフ本人に違いない。 プロイツェンは帝都ガイガロスに向かっていると思われるルドルフを偽物と称し、軍を使って逮 も 捕、若しくは殺害するつもりなのだろう。 サラは急いでカールに知らせなければと思い立ち、彼が訓練に行っている基地へ通信を入れ つな たが、どういう訳か一般回線は繋がらない様になっており、仕方なく帰って来るまで待つしか なかった。 その頃、カールは帝都ガイガロスに程近いエーベネという空軍基地で訓練の準備をしてい た。 つと この基地に駐留しているアイゼンベック部隊の隊長を務めているのが、士官学校時代の同級 生ラルフ。 ラルフはカールと同じく、若くして少佐にまで昇進したエリート軍人。 か 彼から新型飛行ゾイドの演習を兼ねて久々に合同訓練をしようという誘いを受け、カールはエ ーベネ空軍基地に足を運んだのだ。 ラルフは部下二人と共に新型飛行ゾイド・ブラックレドラーに乗り込み、カールは自分用に改 造されたセイバータイガーに乗り込むと、実弾を使用した三対一での演習を開始した。 「こちらラルフ。聞こえるか、シュバルツ?」 「ああ、よく聞こえる」 「これより攻撃態勢に入る」 「了解」 めが ラルフより確認の通信が入り、ブラックレドラー三機がカールのセイバータイガー目掛けて急 降下を開始した。 カールは以前行ったレドラーとの演習を思い出しつつ、いつも通りに砲撃してみたが、ブラック よ レドラーはあっさりと全弾避け切った。 がけ やはりレドラーと同じ戦い方では通用しないと判断したカールは、崖を背にしてセイバータイガ ーを走らせ、ブラックレドラーの攻撃範囲を限定させると共に再び攻撃を仕掛けた。 今度は数弾命中したが、大したダメージを与えられたとは言えず、しかも半数は避けられてし まった。 すぐ 「なるほど。これまでのレドラーとは装甲も運動性も比較にならない程優れている、か…。なら ば!」 す カールは攻撃の仕方を切り替え、傍にそびえ立つ崖を登って反対側の崖下まで行くと、直ぐさ ま砲撃を再開した。 が、またしても全弾当たらず。 「あの速度ではレーザー追尾の火器も無駄か…」 とうさい セイバータイガーに搭載されている火器では、ブラックレドラーの速度についていけない様だ。 とら カールが次の戦略を考えていると、背後からブラックレドラーが一機近づき、完全に捉えたと ばかりにセイバータイガーを砲撃した。 その瞬間、カールは素早くセイバータイガーを操縦し、ブラックレドラーの真上まで高く飛び上 がっていた。 普通のセイバータイガーの運動性では考えられない程の高さだ。 いか うかが カールのゾイド乗りとしての腕前が如何に素晴らしいか伺える動きであった。 そそ そうしてカールは上空から降り注ぐ様にブラックレドラーを砲撃し、戦場であれば確実に致命 かしょ 傷になる箇所に全弾かすめさせた。 「悪いな、ミューラー。今のはストライクだろ?」 カールにしては珍しく、先程までは逆の立場であったアイゼンベック部隊の副官を勤めている ミューラーに勝ち誇った様な通信を入れ、にやりと笑ってみせた。 しかしそんな通信をしている内に、ラルフが操縦するブラックレドラーが前方から接近してき た。 「!?」 油断していた為か、カールの反応が一瞬遅れてしまい、ブラックレドラーはセイバータイガー の機体をかすめながら飛び去って行った。 もしあのまま砲撃を受けていたとしたら、致命傷どころではなく、一撃で確実にやられていた だろう。 「悪いな、シュバルツ。今のもストライクだろ?」 まね ラルフが先程の通信を真似して言ってみせると、カールは思わず苦笑して肩をすくめた。 「ああ、その通りだ」 こんな風に負けを認めるというのも、たまにはいいものだ。 おこな 学生の頃に行った訓練を思い出す。 「こちらラルフ。演習を終了する」 「了解」 ラルフから演習終了の通信が入ると、カールはエーベネ空軍基地に向かってセイバータイガ ーを走らせた。 久し振りに本気を出して戦えた為、心が充実感で満たされているのが自分でもわかった。 予定通り一時間程で午前の演習が終了し、カールが基地に戻ってセイバータイガーから降り ると、先に戻っていたラルフが彼を出迎えた。 「すまなかったな、シュバルツ。無理を言って付き合わせて」 「いや、気にするな。今の俺はどうせ暇だし、久々に楽しいと思える演習だったから、呼んでく れて感謝したいくらいだ」 「ブラックレドラー三機相手に楽しいとは、さすがと言ったところか?」 「まぁな」 「こうして話すのは士官学校以来だな」 「ああ」 カールはラルフの隣まで歩み寄り、一緒になって基地内にあるたくさんのブラックレドラーを眺 めた。 そうかん 「壮観だな…」 つぶや カールが呟く様に言うと、ラルフは深く頷いてみせた。 「ああ、我らアイゼンベック部隊はプロイツェン閣下の直属となった。今後はもっとあのブラック レドラーが増えていく事になるだろう」 「プロイツェンか…」 くも 嬉しそうに話すラルフとは対照的に、カールはプロイツェンの名が出た途端表情を曇らせた。 いきようよう それでもラルフはプロイツェンの直属となった事が余程嬉しかったらしく、意気揚々と話し続け た。 「帝国空軍はこれまで非力なレドラーだけに頼っていたが、これからは違う。ブラックレドラー で反乱軍の領土を焼け野原に変えてみせる」 「……確かに戦略的に有効な手段だろうが、一般市民を巻き込む戦争に正義は無いぞ」 「戦争に正義など存在しない。まして、反乱軍に一般市民などいない」 その一言でラルフがプロイツェンと同じ考えをしている事がわかり、カールは思わず苦笑した。 「プロイツェンが言いそうなセリフだな…」 「シュバルツ、お前が閣下に異議を唱えるのは勝手だが、ツェッペリン陛下とルドルフ殿下亡 き後、我々軍人は誰に忠誠を誓うのか…。お前ならそのくらいわかっているだろう?もう少し 時代の流れというものに敏感になるべきだ」 よち ラルフに言われなくとも、選択の余地が無い事ぐらい充分わかっていた。 が、カールは自分の考えを変えるつもりなど毛頭無かったので、苦笑したまま話を続けた。 「貴重な忠告だ、紙に書いて壁に貼っておくとしよう」 「……相変わらずだな」 「お前は変わり身が早すぎる」 ラルフのため息混じりの言葉に、カールは皮肉めいた事を口にした。 ラルフは苦笑いを浮かべ、もうプロイツェンの話題に触れようとはしなかった。 がんこ ま 学生の頃からカールの頑固さを目の当たりにしていた為、これ以上は言うだけ無駄だと判断 したのだ。 二人が黙ったまましばらくブラックレドラーを眺めていると、ずっと曇りがちだった空から雨がポ ツポツ降り始め、見る間に本降りになってきた。 「本格的に降ってきたな…」 ラルフは空を見上げて呟き、カールと共に急いで基地内に入ると、軍服に付いた水滴を払っ た。 すで ぬ 隣でカールも同じく水滴を払い、既に濡れてしまっていた軍帽を取ると、傍にいた兵士に乾か してくれる様に頼んで手渡した。 じぎ 頼まれた兵士は飛び上がって喜び、カールに向かってペコリとお辞儀をしてから、軽い足取り で去って行った。 アイゼンベック部隊にもカールのファンがいる様だ。 その後休憩室へ向かったカールとラルフは、コーヒーを飲みながら士官学校時代の話に花を 咲かせていたが、突然基地内に警報が鳴り響いた為、二人は急いで管制室へ移動した。 管制室では既にラルフの部下達が状況の確認を開始しており、エーベネ基地に近づいて来る 未登録ゾイドの存在を報告した。 「未登録ゾイドはリヒトタウンに現れたグスタフに積まれていたものだと思われます」 「すると、例の一味か…」 部下の報告を聞いてラルフはポツリと呟き、その呟きが気になったカールはすぐ彼に尋ねた。 「何の事だ?」 「…恐れ多くも、亡くなられたルドルフ殿下の名を語る一味が現れてな」 「ルドルフ殿下の…!?」 何も知らなかったカールは心底驚いたが、ラルフは冷静に部下に指示を出し、アイゼンベック 部隊を出撃させた。 その時、カールはふとサラが言っていた言葉を思い出した。 (『殿下はきっと無事に帰って来る』か……。まさか本当に…?) |
ラルフを始めとして、周囲にいる兵士達は全員未登録ゾイドに乗っているのはルドルフの偽物 と決め付けていたが、カールにはそうは思えず、サラの言葉通りであってほしいと願った。 やがてミューラーを中心とするアイゼンベック部隊は未登録ゾイドの上空に到着し、早速砲撃 を開始した。 それと同時に管制室のモニターに未登録ゾイドの姿が映し出され、その映像をチェックしてい た兵士がすぐにラルフに報告を入れた。 「アイゼンベック4が捉えた映像です。小型の野生ゾイドらしきものが追走しています」 「あれは……オーガノイドか!?」 ラルフが驚いている隣で、カールも同じ様に驚いていた。 モニターに映っているオーガノイドは、レッドリバーで見たオーガノイドと全く同じものだったの だ。 (なるほど……。と言う事は、あのシールドライガーの少年か…。しかしあのゾイドはシールド ライガーではない。乗り替えたのか…?) カールが考え込んでいると、突然未登録ゾイドから通信が入り、モニターに見覚えのある人物 が映った。 や 「こちらルドルフ!攻撃をすぐに止めて下さい!僕はあなた方の元へ行く覚悟があります!」 うった 必死に訴えかける姿を黙って見ていたカールは、その人物がルドルフ本人であると確信した。 もう何度も目にしている人物だ、間違うはずはない。 「間違いない……ルドルフ殿下だ…!」 カールは自信に満ちた声で呟くと、急いで敬礼してルドルフに話し掛けた。 「殿下、お久し振りでございます!ミレトス城で戦術シミュレーションの講師を務めました、シ ュバルツであります!」 「シュバルツ…?本当にシュバルツ先生ですか!?」 「はい!」 カールは昔、短い期間ではあったがルドルフの講師をしていた事があるのだ。 ルドルフは見知った人と出会えた喜びで安心した様に微笑み、落ち着いて話し始めた。 「助かりました、あなたがこのエーベネ基地にいて下さるなんて…。これまでの事を全てあな たにお話しします」 さいちゅう ルドルフが話している最中に、ラルフは通信兵にこっそり合図を送り、音量を下げさせてモニタ ーから声を聞こえない様にした。 「どうしたんだ、通信兵!ルドルフ殿下の音声が入っていないぞ!」 さけ 突然ルドルフの声が聞こえなくなった為、驚いたカールは思わず叫ぶ様に言ったが、通信兵 は黙ったまま動こうとせず、代わりにラルフが答えた。 まど 「これ以上奴らの話を聞いてはいかん、敵の計略に惑わされる」 「ラルフ、あれは偽物ではない!本物のルドルフ殿下だ!」 こころ カールは必死に説得を試みたが、ラルフは全く聞く耳を持たず、静かに銃を取り出すと彼に銃 口を向けた。 こうそく 「衛兵!シュバルツ少佐を拘束しろ、敵に内通した反逆者だ」 衛兵達はラルフの命に従い、直ぐさまカールを拘束した。 ルドルフに対する周囲の反応を目の当たりにし、カールはようやくラルフが完全にプロイツェン あらわ に抱き込まれていると気付くと、悔しくて怒りを露にした。 「貴様、本物のルドルフ殿下と知って攻撃するのか!?」 すいこう 「違う!我々は命じられた任務を遂行しているだけだ」 「ラルフ!」 カールは衛兵を振り払おうともがきながら訴えたが、ラルフはそんな彼を冷淡な目で見つめ、 不敵な笑みを浮かべてみせた。 いず 「このルドルフ殿下が偽物であろうとなかろうと、そんな事は問題ではない。何れであろうと、 さまた プロイツェン閣下の皇帝即位の妨げとなるのは間違いない。…この小僧はもう我が帝国に必 要ないのだ」 にら カールが黙って睨み付けると、ラルフはそれを完全に無視し、通信兵にルドルフが映っている モニターを切らせた。 めいよ ぶらい やから 「ミューラー、帝国の名誉にかけて、ルドルフ殿下の名を語る無頼の輩を始末しろ!」 ラルフはミューラー達に未登録ゾイドの破壊を命じ、その傍でカールは動けないまま状況を見 守るしかなかった。 じょじょ ルドルフが乗っている未登録ゾイドは、ブラックレドラーからの砲撃で徐々に追い込まれてい おうじょう き、ついに逃げ場を失って立ち往生した。 すかさずブラックレドラー全機が未登録ゾイドに照準を合わせ、集中砲火を浴びせようとした が、その時突如上空から砲撃を受け、あっさりと一機撃ち落とされてしまった。 ほそく 突然の砲撃に驚いたアイゼンベック部隊の兵士達は慌てて上空の機影を捕捉し、管制室にも その映像を転送した。 ラルフは転送された映像を見、周囲の部下と同じく驚きの色を隠せなかった。 モニターには共和国製と思われる、今まで一度も見た事のない飛行ゾイドの姿が二機も映っ ていたのだ。 「何だ、あいつらは…?」 「共和国の飛行ゾイドです!」 「そんな事はわかっている!一体どこから現れたのだ!?」 はるか 「探査速度を遙かに超えて接近した模様!しかも敵機は、ブラックレドラーの速度を更に上回 っています!」 あぜん 部下の報告に、ラルフだけでなくカールやその場にいた全員が唖然となり、モニターを食い入 る様に見つめていた。 そうこうする内に、共和国の飛行ゾイドはブラックレドラーを次々と撃ち落としていき、それに呼 応するかの様に未登録ゾイドもスピードを上げ、後を追うブラックレドラーを引き離し始めた。 「何故だ……レドラーよりも早いと言うのか…!」 ラルフは悔しそうに呟き、ブラックレドラーが撃ち落とされる様を黙って見ているしかなかった。 やがて全てのブラックレドラーを撃ち落とした共和国の飛行ゾイドと未登録ゾイドは、足早にエ ーベネ基地から離れていき、その後ろ姿を見たラルフはハッと我に帰ると、慌てて指示を出し た。 「追撃隊を出せ!ルドルフを逃がしてはならん!先の飛行ゾイドもだ!!」 にわか すき 俄に管制室内が慌ただしくなり、ずっと様子を見計らっていたカールは隙を見て衛兵の手を振 り払うと、ある場所に向かって駆け出した。 「シュバルツ!?」 たた 驚くラルフの目の前で、カールは非常スイッチのカバーガラスを思い切り叩き割った。 すると、その衝撃で非常スイッチが作動し、警報が鳴り響くと同時に基地を自爆させるカウント ダウンが始まった。 これで何とかルドルフが逃げ切れるだろうと、カールが非常スイッチの前で安心した様に微笑 んでいると、ラルフは再び彼に銃口を向けた。 「シュバルツ、貴様…!」 さか 「…俺は時代の流れに逆らって生きていくのが合っているらしい」 「…………。衛兵、この男を連行しろ!」 ラルフの指示に衛兵達は慌てて駆け寄って来たが、カールは全く抵抗する素振りを見せず、 晴れ晴れとした笑みを浮かべながら素直に連行されていった。 「総員退避!ここは破壊される、総員退避だ!!」 ラルフは叫ぶ様に指示を出し、兵士達は急いで退避し始めた。 くず さま しばらくすると、大きな爆音と共にエーベネ空軍基地が崩れていき、その様を退避した兵士達 は呆然と見守った。 (空の英雄と地上の勇者に敬意を……。そしてルドルフ殿下……どうかご無事で…!) カールは崩れ行く基地を眺めながら、共和国の飛行ゾイドと未登録ゾイドのパイロットに心から 感謝し、ルドルフの無事を祈っていた。 ●あとがき● 『大空の勇者』はとても気に入っているお話です。 カールの軍人としての生き様がよくわかるお話でしたし、学生の頃のカールも垣間見えて、フ ァンにとっては堪らない回でしたv 私の小説ではその良さが少々(多々?)半減してしまいましたが(笑) 演習シーンなど、戦っている時の表現って難しいのだなと改めて思いました。 これからも戦いのシーンが度々出て来るのに、このままではダメでしょうね… もっと勉強せねば!…と思いつつ、ラブシーンを優先的に勉強したいと企んでいます。 もっとクサくしたいなぁ…なんて。カールならどんなクサいセリフも平気で言いそうな気が… サラと一緒に照れながらセリフを考えたいと思いますv 以前書くのを忘れていましたが、何故カールはシールドライガーに乗っているのが少年だと知 っていたのか?という疑問もきちんと解決致しました。 一部の女性から個人的に調べた、とか言われていた様ですが、それは違うだろうって事で考 えました。 そのテのものが好きな人は納得がいかないかもしれないですね(笑) ●次回予告● 反逆者として軍警察に捕まってしまったカール。 その事を知ったサラは、様々な下準備をして『カール救出作戦』を決行。 軍刑務所に入れられたカールの元へ、小柄な兵士が訪ねてきます。 その兵士は一体何者なのか!? 第三十一話 「救出」 会いたかった… |