第二十八話

「山」


                                                にぎ
ステア達が休暇から帰って来ると、国立研究所はいつも通りの賑やかさが戻り、サラは研究

を再開した。

しかし余り大規模な研究はせず、どちらかと言えば趣味でしている細々とした研究ばかりに
   そそ
力を注ぎ、それと同時進行でこっそりとルドルフの情報を集めていた。





一方、カールはルドルフ誘拐事件によって動揺していた部下達が落ち着いたのを見計らい、
                                                や    みずか
マウントオッサ要塞での敗戦の責任を取って、部隊の指揮官を辞めると自ら司令部に申し出

た。

軍上層部ではカールの力量を知る者も多くいたが、彼の申し出はすんなり受理され、必然的

に第四陸戦部隊は指揮官不在の状態となり、他の部隊へ吸収される事となった。

こうしてカールはどの部隊にも属さない一士官となり暇になってしまったが、彼の訓練を受け
               た                          まね
たいという者が後を絶たなかった為、帝国各地の基地に招かれて訓練に明け暮れた。

そして休暇が取れると必ずサラに会いに行き、プロイツェンの策略に揺れる帝国の情勢とは
    つか
違い、束の間の安息の日々を送っていた。



                           *



カールとサラはデートをする時、三回に一度は必ず山に登っている。

町などの賑やかな場所へ行くのも良いが、静かに過ごせる所でのんびりと話す方が二人に

は合っている様だ。
                                                         せいは
今日のデートもいつも通り山登りをする事になったが、近場にある山は全て制覇してしまった

ので、少し遠出してみる事にした。
                                                                やす
遠出した先にある山はどれも急な山道が多く、カールはサラの体力を考え、一番登り易そうな

山を選んだ。

それでも今まで登っていた山よりは見るからにきつそうだった為、サラは山を見上げて苦笑い

を浮かべた。

「私、登れるかなぁ…?」
                       かか
「大丈夫、いざという時は俺が抱えて登るから」

「抱えて!?……それはさすがに無理だと思うけど?」

「無理ではないよ、君は軽いから」

「え…、私って軽いの…?」

「ああ、訓練で山登りをする時はいつも君よりはるかに重い荷物を持って登っているからね」

「そ、そうなんだ……」
                                          つな
さすがは軍人と心の中で思いつつ、サラはカールと手を繋いで歩き出した。
                                              あせ
当然お弁当などが入っているカバンはカールが持ち、二人は焦る事なく談笑しながら山道を

進んで行った。





山の中腹付近までやって来た所で、サラは息が切れて立ち止まってしまった。

ここ最近運動不足気味だった為、もう足が棒の様になっていた。

「……はぁ…もっと………運動しなきゃ…いけなかったわね……」

「サラ、大丈夫かい?」

「少しだけ……休憩させて…」
                のぞ
心配そうにサラの顔を覗き込んでいるカールはまだ疲れを感じていないらしく、息が全く乱れ

ていなかった。
                                                     つか
サラは座ってしまったらおしまいだと自分に言い聞かせ、カールの手に掴まって呼吸を整える

と、にっこりと笑ってみせた。

「もう大丈夫、待たせちゃってごめんなさい」

「いや、構わないよ。でも次からは疲れたらすぐ俺に言ってくれ、遠慮しなくていいから」

「う、うん、わかった」

一応素直に頷いてみせたが、そこまでしてもらうのは気が引ける。

カールに迷惑を掛けたくないサラは、出来る限り自分の力で登り切ろうと心の中で決意するの

だった。





いつもよりだいぶ長い時間をかけ、数時間後ようやく山頂に到着した。

サラは疲れ果てて座り込みそうになったが、すかさずカールが彼女を抱き上げ、座るのに適し

た岩の上へ運んだ。
                                         わ                  しめ
サラが驚いてキョトンとしている間に、カールは近くに湧き出ている泉でタオルを湿らせて彼女

に手渡した。

「ありがとう」
                                                        ひざまず
サラが笑顔で礼を言うと、カールもにっこりと微笑んでから、突然彼女の前に跪いた。

そして何も言わずにサラの靴を脱がし、彼女の足をさすり始めた。

「な、なに?」
            ほぐ
「こうして筋肉を解しておけば、後でくる痛みが多少軽減されるはずだ」

「へぇ、そうなんだ。あなたも登った後はいつもこうしているの?」

「いや、俺はしない。痛みが無いから」
              きた
「ふ〜ん、やっぱり鍛え方が違うのねぇ」
                                                                 たび
「軍人は皆いつの間にかそうなるものだよ。俺だって軍に入ったばかりの頃は訓練の度に体

のあちこちが痛くて、眠れない時もあった」

「眠れないくらい痛いって……すごい訓練を受けていたのね」

「まぁね。今はもう慣れたけど」

カールはサラの両足を一通りマッサージすると、思い出した様にお弁当入りのカバンを彼女に

渡し、二人で昼食の準備を始めた。

今日も五人前はあろうかという量のお弁当。
                               たい
その内の四人前相当をカールはペロッと平らげ、サラが一人前を食べ終えるのとほぼ同じ所

要時間で食事を終えた。
                                                そそ
食後用に、とサラは水筒に入れて持って来たコーヒーをカップに注ぎ、カールに手渡して雑談

を始めた。

カールが第四陸戦部隊の指揮官を辞めた事は知っていたが、その事には余り触れない様に

心掛け、終始たあいのない話で談笑し合った。

最近はサラの影響からかカールも考古学に興味を示し、遺跡の話で大変盛り上がった。
                   ゆえ
カールは勉強家であるが故に知識を吸収するのも早く、今やサラと同等に話せる程専門的な

話まで出来る様になっていた。
                                                           とぎ
今度のデートは遺跡へ行ってみようという案が出ると、何故か二人の会話が途切れた。

カールがサラの背後へ移動して抱きしめた為だ。
ドキドキ…
いま
未だに抱きしめられると緊張してしまうサラは、思わず体を硬直させて顔を真っ赤にした。

『後ろから』というのが緊張の最大の原因らしい。

が、カールは後ろからの方が安心出来るのだ。

瞳を直視したまま抱きしめるとカールまで緊張する為、つい後ろから抱きしめてしまう。

妙な癖が付いたものだ、とカール自身も思っていた。
    つや           もてあそ                             しだい
サラの艶やかな髪を指で弄びつつ、カールは髪から香る良い匂いに次第に心を奪われてい

き、昼間ではあるがいいかという結論に達した。

その結論とは…





「あっ……ダ、ダメ…だよ……」

サラはカールの突然の行動に驚き、慌てて首筋から彼の唇を引き離した。

カールが出した結論とはここでサラを抱こうというものではなく、ただ単に彼女の首筋に口づけ

をしたいだけであった。
                                                         いや
しかしその先に待つものまで含まれてしまう行動だっただけに、当然サラは嫌がった。

そんな反応が返ってくると予想していたカールは、残念がる素振りを一切見せず、にっこりと

微笑んでサラの頬を撫でた。

「もぉ…」

わざわざ聞かなくてもカールが何をしたかったのか理解出来たので、サラは嬉しい様な恥ず
                                 ほおず
かしい様な微妙な笑みを浮かべ、彼の手に頬擦りしていた。




            かたむ
太陽が少し西に傾き始めた頃、いつもより早かったが二人は下山を開始した。

夕方になってから下山したら、研究所へ帰るのが遅くなる。

遠出をすると下山した後の時間も考えなくてはならず、余りのんびりしていられなかった。
                      ふたん
登る時より下る時の方が足に負担が掛かる為、カールはサラの手をしっかり握り、慎重に山

道を下りて行った。
                        きゅうこうばい
途中で行きにも大変な思いをした急勾配が出現し、カールは先に下りて両手を広げた。

「危なくなったら俺が受け止めるから、安心して下りてくれ」

「うん」
                                                                なか
サラはそぉっと足を岩の出っ張りに伸ばし、慎重に慎重に下りて行ったが、急勾配の半ばを過
                  つまず
ぎた辺りでお約束の様に躓いてしまった。

「きゃぁっ…!」
        さか
サラは真っ逆さまに転げ落ちそうになったが、下で待っていたカールが宣言通りきちんと彼女

を受け止めた。

「あ…ありがとう」

ドジな所を見せてしまった恥ずかしさでサラが頬を染めると、カールは何も言わずに彼女を強く

抱きしめた。

「カール…?」

「………このまま…ここで一晩過ごそうか…?」

「……やだ、冗談なんか言っちゃって」
                                                                  のが
カールが冗談を言う様な性格ではないとわかっていたが、サラはそう言って彼の手から逃れ

ようとした。

しかしカールは黙り込んだまま、サラの腰から手を離そうとしなかった。

「…明日も訓練あるんでしょう?」

「ああ、朝から行う予定になっている」

「じゃあ…ダメだよ」

「……そうか、そうだな」

カールはまるで自分自身に言い聞かせる様に言い、サラからそっと手を離した。
                      つか
すると、突然その手をサラが掴み、再び自らの腰に回した。

「でも……もう少しだけなら…」

「サラ……」
                                       ふさ
大きな瞳で見上げるサラの口を、カールはゆっくりと塞いだ。
                           いらだ
まだルドルフが見つからないという苛立ちの気持ちが、一日サラと行動を共にしただけで全て
いや
癒された。
                   ほうよう
二人は時間を忘れて熱く抱擁し合い、口づけも満足出来るまで何度も交わし続けた。





ふと気付くと辺りは夕日ですっかり赤く染まっており、カールは口づけの気持ち良さで立って

いられなくなったサラを抱き上げて下山を再開した。
   ふもと
山の麓に止めたジープの所までやって来ると、サラはハッと我に帰り、ようやくカールに抱き

上げられている事に気付いた。

今の今までうっとりしたままだった様だ。

口づけもサラが気持ち良くなる様に研究を重ねていたカールは、にやりと満足気に微笑みつ

つ、彼女をジープの助手席へ運んだ。

「あ、ありがと…」

「抱き上げたのがわからないくらい気持ち良かったみたいだね?」

「え……あ…その………」

「もう一度しようか?」

「ダ、ダメ!もうしなくていい!」

サラの慌てる仕草を微笑ましく思いながら、カールは運転席に乗り込んでジープを発車させ

た。










●あとがき●

久し振りのデートシリーズ。第四弾まで来ると、さすがにネタが無くなってきました。
Ziに遊園地とかあったらいいのに……ありそうだけど(笑)
文明は結構進んでいる様ですが、娯楽施設は充実していない気がします。
皆どこへ遊びに行っているのでしょうね?
まぁ、例えあってもカール達が遊園地に行くとは思えませんが。
山登りが好きなんて如何にもカールらしいです。
訓練でイヤという程登っているクセに、プライベートでも登ります(笑)
それに付き合うサラは大変だなぁ、なんて今頃思ってみたり…
今回のイラストはいつになく密着度が高く、描いていて萌えましたv
ラブラブなイラストを描きたいと思っているのに、いつも何故か面白いシーンを絵にしていまし
たが、やっと念願だった『後ろから抱きしめるシーン』をイラスト化出来ましたvv
カールの手がきわどい位置にあるのが自分でも気になります(笑)
恋人なのだから、という理由だけであの位置にしてしまいました。
たまには良いですよね、たまには…

●次回予告●

翌日に休暇を取り、深夜に国立研究所へ向けて出発したカール。
サラに部屋のカードキーを貰った時から、彼の心にはある企みがありました。
その企みをとうとう実行に移す時がやって来た! あのお堅いカールが夜這いを敢行v
ドキドキのデートシリーズ第五弾!
第二十九話 「夜訪」  サラ、傍へ来てくれないか?

                        
<ご注意>

次の第二十九話「夜訪」は性描写を含みます。
恐らく今までで一番過激な内容になると思われます…
お嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。
『夜訪』とは私が考えた造語で、「やほう」と読みます。夜に訪れる…って文字通りの意味。
夜這いというあからさまなタイトルにはしたくなかったので、勝手に造っちゃいました(笑)