第二十五話

「誘拐」


ニューヘリックシティの戦いの後、ガイロス帝国では皇帝の葬儀を盛大に行うべく準備が進め

られていた。
                              ねら
しかしそれと同時に、裏では皇帝の座を狙うプロイツェンの策略が着々と進行しており、帝都
          ふおん
ガイガロスは不穏な空気に包まれつつあった。




                                      こ
皇帝の葬儀が行われる日、サラは研究室に一人籠もり、実験するフリをしながら情報収集に
いそ
勤しんでいた。

そろそろプロイツェンが動き出す頃だろうと読んでいた為、軍のコンピュータへこっそり侵入し、

プロイツェンに関する情報を片っ端から引き出した。

が、めぼしい情報は何一つ得られず、サラは諦めて別の方法で調べようと思ったが、何故か

胸騒ぎがしたので、そのまましばらく調べ続ける事にした。

そうして正午過ぎまで情報収集していると、軍のコンピュータに突然新たな情報が追加され、

早速とばかりに読み進めた。

「……え!?ルドルフ君が誘拐!?」

モニターに映る文章を読み終えた途端、サラは驚きの余り声をあげた。

何と帝国の皇太子であるルドルフが誘拐された、と書かれていたのだ。

今日ルドルフは皇帝の葬儀に出席する為、ミレトス城から帝都ガイガロスへ向かう予定になっ

ていたはずだが、出発する直前に何者かに連れ去られたらしい。

(まさかプロイツェン!?でも誘拐なんて回りくどい事、あいつがするかしら…?)

サラはあれこれ考えてみたが、結局はプロイツェンが何らかの形で関わっているだろうという

答えに落ち着いた。

考えがまとまり、サラが落ち着きを取り戻した頃、研究室にステアが恐る恐る入って来た。

「…どうしたんです?大きな声なんて出して」

「あのね、ルドルフく……じゃなくて、ルドルフ殿下が誘拐されたらしいの」

「えぇ!?そ、そんな…どうして…。今日は皇帝陛下のご葬儀に出席されているはずじゃ…」

「ミレトス城から出発する直前に、何者かに連れ去られたそうよ」

「…殿下はご無事なんでしょうか?」

「う〜ん…、誘拐犯からの要求もまだみたいだし、今は何とも言えないわね」

「殿下にもしもの事があったら……帝国はダメになっちゃうかも…」

ステアは頭を押さえてガックリと肩を落としたが、サラは至って落ち着いた様子のまま、いつも

通りの口調で話を続けた。

「それは心配ないわ。プロイツェンがうまい事言って国民を丸め込むだろうから。……それより

も、どうして誘拐されたのかって事の方が問題ね」

「…どうせ閣下の仕業じゃないんですか?」
                            こそく
「そうかしら?あいつなら誘拐なんて姑息な手は使わずに、暗殺っていう確実な方法を使うは

ずよ」

「でも誘拐されちゃったんですよね?」

「ええ、だから問題だって言ってるの。…とりあえずこっちも情報を集めておく必要があるわ

ね。早く殿下の居所を突き止めないと、それこそ帝国がプロイツェンのものになっちゃうわ」

「そうですね」
           おもも
サラが神妙な面持ちで言うと、ステアも同じ様な表情で深く頷いてみせた。

それからすぐルドルフ救出の為の策を練るのかと思いきや、サラがいきなり席を立って研究室

から出て行こうとした為、ステアは慌てて呼び止めた。

「博士、どこへ行くんです?」

「ちょっとそこまで」

「殿下の事はどうするんですか?」

「情報屋から聞けるだけ聞き出してちょうだい、お金はいくら掛かってもいいから。後は帰って

から考えるわ」

「で、でも……」

「じゃ、よろしく」

困惑するステアを研究室に残し、サラは走って研究所の格納庫へ向かった。
                            こうにゅう
そこにはカールに会いに行く為だけに購入したレドラーが置かれており、サラは急いでコックピ

ットに乗り込むと、すぐ研究所から飛び立った。

今、サラはルドルフよりもカールの事を心配していた。

先日忠誠を誓っていた皇帝が亡くなったばかりだというのに、更に皇太子であるルドルフが誘

拐されたと聞けば、カールはかなりのショックを受けるだろう。

だからこそ、サラはカールの元へ行かなくては、と思ったのだ。

何も出来ないかもしれないが、傍にいればいつでもカールに救いの手を差し伸べられるはず。
                                                                   たど
そう思ったサラは猛スピードでレドラーを飛ばし、第四陸戦部隊の基地へ思ったよりも早く辿

り着く事が出来た。

そして基地の格納庫に無断でレドラーを置き、注意に来る兵士を捕まえてカールの居場所を

聞こうと思ったが、何故か誰も来る様子がなかった。

以前この基地へ来た時は大変な人数に出迎えられたのに、今日は誰もいないどころか、人の

気配が全く感じられなかった。
             も
亡き皇帝の為に喪に服しているとは言え、この現状は明らかにおかしい。

恐らく、ルドルフが誘拐されたとの情報が兵士達の間に広まってしまったからだろう。
                         そろ
二重のショックを受けて兵士達は揃って落胆し、何もする気が起きない為、基地内がこれ程ま

でに静まり返っている様だ。
    せいじゃく                                               さが
そんな静寂に包まれている基地にサラはゆっくりと足を踏み入れ、カールを捜し始めた。

広い基地ではあったが直感でズンズン進み、途中で呆然と座り込んでいる兵士を何人も見掛
                つの
けると、余計に不安を募らせた。





そうしてしばらく歩き続けていると、通信室と書かれた部屋の前で何となくカールの気配を感
                          うかが
じ、ドアをこっそり開けて中の様子を伺った。

すると、室内には思った通りカールがいて、数人の部下と共に必死に情報収集している最中

であった。

「カール」

サラはドアから顔だけ出して小声で呼んでみたが、カールは一瞬動きを止めただけで、彼女

の方を見向きもしなかった。

どうやら空耳だと思ったらしい。

「カール」

今度は少し大きめの声で呼び掛けてみると、カールはゆっくりと振り返った。

「……サラ?」
       うつ                               つぶや
心なしか虚ろな目をしているカールは、サラの姿を見て呟いたが幻覚だと思ったのか、再びモ

ニターに視線を戻した。

「カール」

サラは通信室に入り、ハッキリとした口調でもう一度呼び掛けた。

ようやくカールは空耳でも幻覚でもないとわかり、驚いた様に目を見開いた。

何を話せば良いのかわからなかったサラは、とりあえずにっこりと微笑んでみせた。

「サラ……」

カールは呆然となったまま呟き、サラの傍へ歩み寄って来た。
                                         つか
サラが声を掛けようとすると、カールは突然彼女の腕を掴み、強引に通信室から連れ出した。

「ま、待って、カール。どこへ行くの?」

サラはすごい勢いで引っ張られつつも必死に尋ねたが、カールは振り向きもせず、黙って廊下

を突き進んだ。

聞くに聞けない状況となってしまい、サラも黙ってカールに引っ張られるままに歩いた。

やがて人気の無い倉庫の様な部屋に到着し、カールはドアを開けるとサラを中へ軽く突き飛

ばした。

「きゃっ…」
                                                 とど
サラは思わず転びそうになったが、何とかバランスを取って踏み止まった。
                   かわ
その時不意にカチリという渇いた音が聞こえ、振り返るとカールが後ろ手でドアの鍵を閉めて

いるのが見えた。

「カール、大丈夫…?」
                                             のぞ
サラはカールの様子がいつもと違うと心配になって彼の顔を覗き込んだが、途端にゾクッとし
 あとずさ
て後退った。

今まで一度も見せた事のない冷たい目で自分を見下ろすカールに、恐怖を感じたのだ。
                                                     せま
カールはサラが後退ると、それに合わせて少しずつ前に進んで彼女に迫ってきた。
                                                 ひざたけ
サラはカールに追い込まれる形で後退り続け、部屋の奥にあった膝丈程の高さの荷物に足を
                     しりもち
取られると、思い切り荷物に尻餅をついた。
        ねら
その瞬間を狙っていたのか、カールは素早くサラの両手を掴み、荷物の上で彼女を押し倒し

た。

「カール、何を…
………」
                                                  そし
サラは不安を感じて声を掛けようとしたが、カールによってそれを阻止された。
                             から
カールは強引にサラの舌に自分の舌を絡ませ、その間に彼女の両手を片手で押さえ付けた。
     あ                            はず
そして空いた方の手でサラの上着のボタンを外し、全てのボタンを外し終えると、中に手を入

れて激しくまさぐり始めた。
                             ふる
サラはカールの手の動きにビクッと体を震わせたが、されるがままで一切抵抗はしなかった。
                                                               ふく
位置はわかっているはずなのに、カールはわざとあちこちを触ってから、サラの胸の膨らみを
            も
見つけると強く揉みしだいた。

「んっ…!」
              しか
サラは痛みで眉を顰めたがカールの手は止まらず、もう一方の膨らみを探し当てると、同じ様

に強く揉んだ。
                                                  な
しばらくしてカールは濃厚な口づけを中断し、今度はサラの首筋を舐め始め、手は乳房からス

カートの中へと移動していった。

サラは終始声をあげない様に歯を食いしばって我慢していたが、その様子に気付いたカール

はようやく我に帰り、動きを止めて悲しそうな表情を浮かべた。

「…どうして抵抗しないんだ?」

「………抵抗する必要がないから」

サラは弱々しかったがにっこりと微笑んでみせ、その笑顔を見たカールは居たたまれなくな

り、彼女を強く抱きしめた。

「すまない……」

「…どうして謝るの?」
 いら         おさ
「苛つく気持ちを抑える為に………君の体を利用しようと思ったんだ…」

「利用してもいいよ」

「………え…?」

予想外の返事にカールが驚いていると、サラは彼の頬を優しく撫で始めた。

「あなたがそう思ったのなら、好きにしてくれていいわ。私、全部受け止めるから…。あなたの
                                              かか
全てを受け止めてみせるから……。だから…何もかも一人で抱え込まないで………」

「サラ……」
                                                          ささ
「あなたの苦しみを二人で分かち合いたいの…。少しでもいいから、あなたの支えになりたい

の……」
     うった
必死に訴えかけるサラを、カールは再び強く抱きしめた。

「……君はもう充分俺の支えになっているよ」
                                                 あふ
カールが本心をハッキリ伝えると、サラは嬉しさの余り瞳から涙を溢れさせた。
                                                       つた    ふ
サラの涙にカールは内心少し驚いたが、優しく微笑みながら彼女の頬に伝う涙を拭き取った。

すると、サラは天使の様な笑みを浮かべ、カールに抱きついた。

「ありがとう、サラ」

「うん…」

「……俺も君の支えになれるかな?」

「なれないと思う?」

サラがいつもの軽い口調で尋ねると、カールもその口調につられて軽く答えた。

「なれると思う」

二人は互いの気持ちを再確認出来た喜びで胸がいっぱいになり、声を出して笑い合った。

しかしサラはハッと自分が今どういう姿なのかを思い出すと、頬を赤らめて胸元を隠した。
                                          む                   あらわ
その仕草を見てカールは今度は優しくサラの手を取り、剥き出しになっている乳房を露にさせ

た。

サラは恥ずかしそうに目を伏せたが、カールの手を振り払おうとはしなかった。

「すまない、痛い思いをさせて……」
                                          あと
カールはサラの乳房にくっきりと残っている自分の手の跡を見て謝り、そこへ軽く口づけして

から、乱れた服を整え始めた。

「い、いいよ、自分でする」

サラは初めてカールの手を払い、起き上がって急いで服を整えた。

カールは安心した様に微笑むと、ゆっくり立ち上がって傍の壁にもたれ掛かった。

「殿下はご無事だろうか…?」

「……………」

カールの呟きにサラは沈黙で答え、彼の隣へ行って同じ様に壁にもたれた。

カールはサラが返事をしなくても聞いてくれるだけで良かったので、普段は思っても決して口
          よわね は
には出さない弱音を吐いた。

「殿下にもしもの事があれば、帝国はプロイツェンのものになってしまう。そうなったら、俺はど

うすればいいだろうか…?」

「………大丈夫よ」

「……?」

「殿下はきっと無事に帰って来るわ。私、そう信じているの」
               まなざ
サラはとても真剣な眼差しで、キッパリと言い切った。
                                            す
「『もしも』なんて考えちゃダメ。あなたは今まで通り、真っ直ぐ前を見て進めばいいの。信じて

進めば……きっと道は開けるから」

「サラ…」
      かんきわ
カールは感極まり、サラの手を強く握って目を伏せた。

サラの言葉一つ一つが………とても温かくて安心出来た。

サラが傍にいる時は軍人ではなく、一人の人間でいられるとカールは改めて思った。
                   みどり            しずくこぼ
そう思った瞬間、カールの碧色の瞳から涙が一雫零れ落ち、それを見てしまったサラは慌て
     そ
て目を逸らした。
涙は愛する女性の前だけで…
                                                   ぬぐ
サラの様子から自分が泣いている事に気付いたカールは、すぐ涙を拭って微笑んでみせた。

「ありがとう、俺はもう大丈夫。心配かけてすまなかった」
                                                                   とが
カールが正直に自分の気持ちを言葉にすると、サラは何故か不満そうな顔になって口を尖ら

せた。

「全然大丈夫じゃないよ」

「え?」

「さっき言ったでしょ?あなたの支えになるって。だから、これからもどんどん心配かけさせてく

れないと困るわ」
                   むじゅん
サラの言い分が余りにも矛盾していた為、カールはおかしくなって笑い出した。

サラも矛盾しているのはわかっていたが、カールの支えになるにはこのくらいの勢いが必要だ

と思ったので、真剣な表情のままであった。
                  や
しかしカールは笑うのを止めず、嬉しそうに尋ねた。

「じゃあ、君も俺に心配かけさせてくれるのかい?」

「……へ?私…?」

サラはキョトンとなり、その質問にすぐには答えられなかった。

カールの事ばかり考えていて、自分の事は考えていなかった様だ。

「俺も君の支えになるって言っただろ?」

「…あ、うん、そうだったね。でも……あなたに心配かける事なんてあったかなぁ…?」
                                           ひらめ
サラは照れ臭そうにもじもじしながら考え込み、すぐ何かを閃くと両手をパンと鳴らした。

「あ、そうだ!危険な実験をすれば、誰でも心配になるよね?」

「そ、それは頼むから止めてくれ」

「やっぱり実験はダメかぁ…。他に何かあったかなぁ……え〜っと………」
            ささい                               いと
カールはどんな些細な事でも真剣に考えてくれるサラをとても愛おしく思いつつ、彼女の答え

を待った。

しかしこれと言って何も思い付かなかったサラは、困り果てて苦笑いを浮かべた。

すると、カールがプッと吹き出して笑ったので、サラは一瞬膨れっ面をしたが、すぐ一緒になっ

て笑い出した。





日が暮れ、辺りがすっかり闇に包まれた頃、サラは基地内にあるカールの自室にいた。
                                                                   とど
始めは夜になる前に帰るつもりであったが、こんな時だからこそカールの傍にいたいと、留ま

る事にしたのだ。

今カールは落ち込む部下一人一人に声を掛けに行っており、サラはコーヒーを飲みながら本を

読んだりして、彼の帰りを待っていた。

しばらくしてサラが空腹を感じて本から目を上げると、まるでそれがわかっていた様なタイミン

グで、カールが夕食を持って帰って来た。

「おかえりなさい」

サラはすぐ席を立って笑顔で出迎えたが、その言葉にカールは妙に照れ臭さを感じて頬を赤

らめた。
                                                            かし
何故カールがそんな反応をしたのかわからなかったサラは、不思議そうに首を傾げた。

「なに?」

「…君に『おかえりなさい』って言われると、本当に帰って来たんだなって気分になるんだ」

「や、やだ、何言い出すのよ!」

サラは思わずカールの背中をドンと押し、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

その衝撃でカールは持っていた夕食を落としそうになったが、すんでのところでバランスを取る

と、ほっと一息ついてから机の上に置いた。

「そんなの……まるで奥さんみたいじゃない…」
     ひと
サラが独り言のつもりで呟くと、それをしっかり聞いていたカールは嬉しそうに微笑んだ。

「本当にそうなってくれたら嬉しいのにな」

「……なぁに?それってプロポーズ?」

サラは顔を真っ赤にしつつ聞き返したが、カールは慌てて首を横に振った。

「いや。俺はちゃんとした形で申し込むつもりだから、今のは違うよ」
          あせ
「なぁ〜んだ、焦って損しちゃった」

ハッキリ言って今のは完全にプロポーズにしか聞こえなかったが、「超」が付く程鈍感な二人

は全く気付く気配がなかった。
                                                  ごまか
それでも何となくは察する事が出来た為、サラは無意識に照れを誤魔化そうと、素っ気ない返

事をして椅子に腰掛けた。

しかし素っ気ない返事でも、カールにはサラの気持ちが手に取る様にわかった。

サラの照れを誤魔化す時の仕草はいつ見ても微笑ましい。

カールがもう一つの椅子に腰を下ろすと、サラは彼が持ってきた夕食を前にして手を合わせ、

にっこりと微笑んだ。

「じゃ、頂いちゃおうかな」

「遠慮なくどうぞ」

「いただきま〜す」

サラは嬉しそうに食べ始め、よく味わってから深く頷いた。

「ん、軍の食事にしては結構おいしいわね」

「それは良かった」

サラの感想を聞いて安心したカールは満足気に微笑み、自分も黙々と夕食を食べ始めた。





やがて食事の時間を終えた二人はコーヒーを飲みながら雑談を始めたが、いつもならサラが
                                     たべん
よく話す側なのに、どういう訳か今日はカールが多弁になっていた。

カールはマウントオッサでの事など戦争に関する話は一切せず、ゾイドの話や最近読んだ本

の話を次々と話した。

サラはカールの話を終始笑顔で聞いていたが、頃合いを見計らって話題を変える事にした。

「ねぇ、皆の様子はどうだった?」

「いいとは言えないけど、だいぶ落ち着いてくれたよ」

「そっか、良かった……。どんな時でもきちんと皆をまとめられるなんてさすがね」

「君が来てくれたからだよ。俺一人では何も出来なかったと思う」

「そんな事ないわ、私はキッカケを作っただけだもの…。あなた自身の力で皆を立ち直らせた

のよ」

「……ありがとう」

カールがにっこり笑って礼を言うと、サラはもうその話題に触れなくなったが、突然何かを思い

出した様に辺りをキョロキョロ見回した。

サラが何をしたいのか察したカールは、申し訳なさそうに声を掛けた。

「サラ、すまないがこの基地に女性用のシャワー室は無いんだ」

「やっぱりそうだよね……。じゃあ、服貸してくれない?」

「服?」

「うん、この格好じゃ眠れないの。上着だけでいいからお願い」

研究所の制服を着ているサラを見、カールはなるほどと頷くと、傍にある引き出しの中から白

いシャツを取り出して彼女に手渡した。

すると、サラが何故か不満そうな顔をした為、カールは何かまずかったかなと思いつつ、恐る

恐る尋ねてみた。

「この服ではダメかい?」
                            す
「ううん、ダメじゃないけど……白だと透けちゃうかなって思って…」

サラの返事を聞くなり、カールは慌てて違う色のシャツと取り替えた。

今度は黒いシャツだったので、サラは安心した様にほっと胸を撫で下ろした。

「ありがとう。じゃ、ちょっと向こう向いてくれる?」

「ああ」
                                           そで
カールが後ろを向くと、サラは急いで大きな黒いシャツに袖を通し、嬉しそうに見せに行った。

「見て見て〜、どお?」

カールはサラの姿を見た途端、顔を真っ赤にしてすぐ目を逸らした。

男なら誰でも襲いたいと思わせる様な格好だったからだ。

何となくいけない事をしている気分になってしまったカールは、再び引き出しの中をごそごそし

始めた。

「どうしたの?」

「…別の服にしよう」

「別の服?これで大丈夫だよ?」

「ダメだ、短すぎる」

カールに断言されてしまい、サラは改めて自分の姿を見てみたが、確かに制服のスカートより
         ふともも
は丈が短く、太股が露になっていた。

それでも余り恥ずかしさを感じなかったサラは、カールの手をぎゅっと握って止めた。

「私は全然平気よ」

「し、しかしだな……」
                                                          くぎづ
カールは抗議しようと思ってサラの方を見たが、その瞬間彼女の胸元に目が釘付けになり、

言葉が続かなくなった。
                           かが                        すきま
サラはカールの手を止める為に少し屈んだ態勢をしていた為、シャツの隙間から豊満な胸が

見えていたのだ。

完全に見えてしまうより、少しだけ見えるというのがより男を刺激する。

カールが慌てて目を逸らすと、そんな事とは全く気付いていないサラは、勝手に引き出しを閉

めてしまった。

「もう着替えるの面倒だし、このままでいいわ」

「……わかった」
      しぶしぶ
カールは渋々頷くと、自分も着替えようと軍服を脱ぎ始めた。

カールの着替えが終わるのをサラは静かに待っていたが、大きく伸びをして先にベッドへ横に

なった。

そしてゴロゴロと左右に転がり、ベッドの大きさを確認して不満そうな声をあげた。
 せま
「狭すぎ〜」

「一人用のベッドなんだから、仕方ないだろ」

着替え終えたカールが苦笑しながら言うと、サラは突然にやっと不敵な笑みを浮かべ、彼の

手を引っ張って無理矢理ベッドに座らせた。

「ど、どうしたんだい?」
                                                        ささや
カールは驚いて思い切り動揺したが、サラは笑顔のまま彼の耳元で優しく囁いた。

「今夜は抱き合って寝るしかないわねv」

「…え!?だ、抱き合って!?」

「あはは、そんなに驚かないでよ」
                        のぞ
サラは明るく笑い、カールの瞳を覗き込んだ。

「今のはじょ〜だんですv 信じちゃった?」

「…………」
       ふ
カールは腑に落ちないといった表情になり、無言でベッドへ横になると、サラに背を向けた。

「ご、ごめんなさい!本当に信じちゃうなんて思わなくて……」

慌ててサラが謝ると、カールはゆっくりと振り返って壁の方を指差した。

「そっちじゃ床に落ちるかもしれないから、壁側で寝てくれ」

「…怒ってないの?」

「最初から怒ってないよ」

「そ、そっか〜」
                                 また
サラはほっとした様に微笑み、カールの体を跨いで壁側へ行こうとしたが、途中でふと何かを

思い出して動きを止めた。

カールが不思議そうに様子を見ていると、サラは彼と軽く唇を重ね、すぐ隣へ寝転んだ。

「おやすみなさい」

「お、おやすみ」

初めてサラから口づけしてくれたので、カールは嬉しさの余りしばらく眠れそうになかった。




                                                 てんじょう
数時間後、なかなか寝付けずにいたカールは、ゆっくり目を開けて天井を見つめた。

サラとの口づけの事も少なからず影響していたが、それ以上にルドルフやプロイツェンの事を

考えてしまい、余計に眠れなかった。

「眠れないの?」

不意にサラに声を掛けられ、驚いたカールは慌てて振り返った。

「ごめん。起こした?」

「ううん、私もまだ起きていたから」

「そうか……」
                             は
カールは再び天井を見つめ、深く息を吐いた。

カールが寝付くまで起きていようと思っていたサラは、どうすれば彼が眠れるのかを考え、す

ぐに良いアイデアを思い付いた。

「カール」

「…ん?」
                                   き
「久し振りに歌を歌ってあげようか?子守歌を聴いたら眠れるかもしれないし…」

「……そうだな、頼む」

カールが微笑みながら頷くと、サラは子守歌を歌い始めた。
                        す
小さな声ではあったが、サラの澄んだ歌声を聞いていると、いつしかカールの意識は心地よい
     いざな                                              つ
眠りへと誘われ、先程まで眠れなかったのが嘘の様にすんなりと眠りに就く事が出来た。

カールが眠った事を確認するとサラは歌を中断し、彼の頬に軽く口づけしてから目を閉じた。





翌朝、いつも起きる時間に目を覚ましたカールは、まだ夢の中にいる様な気がして、しばらく

まどろんでいた。
                                             ねぼ
すると、腕に何か柔らかいものが当たったので、何だろうと寝惚けたまま触ってみた。

前にも触った事がある様な、ない様な……とても柔らかい………

「ん…」

耳元でサラのかわいらしい声が聞こえ、ようやくハッキリと目が覚めたカールは、自分の手元

を見るなり驚いて飛び起きた。

腕に当たっていた柔らかいものとは、サラの豊満な乳房だったのだ。

カールはドギマギしながら慌ててベッドから降りたが、動揺の余りシーツを引っ張ってしまい、
     なま
サラの艶めかしい姿が露になってしまった。

カールはシーツを掛け直すのも忘れ、呆然とサラの体を見回すと、無意識に彼女の服に手を

伸ばしていた。

「う……ん………カール…?」

その時丁度目を覚ましたサラが声を掛けてきた為、カールはドキッとなって手を引っ込めた。

「あ、お、おはよう」

「おはよ」

サラはにっこりと笑って挨拶を返し、起き上がって大きく伸びをした。
                 うかが
カールはサラの様子を伺い、先程の行動がばれていないと判断すると、こっそりと胸を撫で下

ろした。

が、サラはまどろんでいる間の事を何となく覚えていた為、頬を赤らめつつカールに尋ねた。

「ねぇ……さっき何しようとしていたの?」

「え!?み、見ていたのか!?」

「う、うん、ぼんやりとだけど…」
                                          た
「そうか…。すまない。朝からダメだとは思ったんだが、堪えられなくてつい……」

カールは顔を真っ赤にしながら正直に白状したが、サラはクスクス笑い出した。

「カールったら、相変わらず正直ね。言わなければわからないのに」

「…君には隠し事をしたくないから」

真剣そのものといった様子で話すカールに、今度はサラの顔が真っ赤になり、恥ずかしそうに

目を伏せた。

「ありがと…」

サラが消え入りそうな声で言うと、カールは笑顔で彼女を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
                            ほうよう
二人は甘い口づけを何度も交わして抱擁し合い、口づけを終えると照れを誤魔化す為に微笑

み合った。

「じゃ、向こう向いててね」

カールは後ろを向いてサラの着替えが終わるのを待っていたが、その間に自分も着替えてお

く事にした。
                      たた              いだ
サラは脱いだシャツを丁寧に畳み、大事そうに胸に抱くと着替え中のカールに話し掛けた。

「これ、洗って返すね」

「いや、そこまでしなくていいよ。少しの間着ただけだし」

「やだ、絶対洗ってから返すの」
         ごうじょう
珍しくサラが強情を張っていたので、嬉しくなったカールはすぐに折れて頷いた。

すると、サラは晴れ上がった空の様に明るい笑みを浮かべ、ぎゅっとシャツを抱きしめた。

「びっくりするくらい綺麗に洗うねv」

「うん、よろしく」

カールは笑顔で答えた後、サラに部屋で待つ様に言い、朝食を取りに食堂へ向かった。
       すで
食堂では既にたくさんの兵士達が朝食を食べており、皆カールを見掛けるなり明るく敬礼して

みせた。

兵士達が元気になってくれたのだと、カールは安心した様に微笑み、二人分の朝食を持って

自室へ戻った。

カールが帰って来ると、サラはすぐ彼の表情の変化に気付いて嬉しそうに笑った。

「皆、元気になったんだね」

「ああ」

「良かったぁ」
                                    そそ
サラは自分の事の様に喜び、カップにコーヒーを注いでカールに差し出した。

そうして二人は仲良く朝食を食べ始め、カールは久し振りに心から楽しいと思えるひとときを

過ごした。

「…あ、そろそろ帰らなくちゃ」

のんびりとコーヒーを飲みながら、サラはふと時計を見て思い出した様に言った。

彼女のその言葉を聞いた途端、カールは感情を素直に表に出した。

「もう帰るのか……」

「ごめんね、余り遅いと皆が心配するから」

「ああ、わかってる…」

カールが見るからに落ち込んでしまった為、サラは何とか元気付けようと、彼の頬を優しく撫

でた。
                     さわ
すると、それだけでカールは爽やかな笑顔に戻り、サラの手を取って立ち上がった。

「送るよ」

「うん、ありがとう」
                              つな
二人は人目を気にせず、しっかりと手を繋いで格納庫へ向かい、カールはサラが乗って来た

ゾイドを見ると、思わず驚きの声をあげた。

「レ、レドラー!?操縦出来るのか!?」

「何よぅ、意外そうな顔して〜。ゾイドの操縦はアカデミーで習っていたから完璧なの。これでも

クラスで一番優秀だったんだから」

「さ、さすがだな」

ひょっとしたら軍人としても充分やっていける程の腕前を持っているのではないか、とカールは

思ったが、サラのかわいらしい顔を見ていると、口に出す気にはなれなかった。

いそいそとレドラーに乗り込んだサラは、慣れた手付きで機体を起動させ、カールににっこりと

微笑んでみせた。

「じゃ、またね」

「ああ」

別れ際の挨拶は決まって短かったが、言葉にしなくても互いの気持ちはわかるので、二人は

笑顔で手を振り合った。
                                                     たたず
カールはサラが乗るレドラーが空の彼方に見えなくなるまで、その場に佇んでいた。




                                            せんさく
サラが研究所に帰って来ると、ステア達は昨夜の事を全く詮索しようとはせず、情報屋から仕

入れた情報を報告し始めた。

珍しい事もあるものだとサラは感心したが、実は昨夜ステア達が夜通し話し込んでいたなどと
     よし
は知る由もなかった。
                                                                やと
彼女達が仕入れた情報によると、皇帝の葬儀の数日前にプロイツェンが内密に人を雇ってい

た事がわかった。

恐らくルドルフ暗殺の為に雇ったと思われるが、彼らの身元まではわからなかった。

「…やっぱりと言うか何と言うか、暗殺しようとしていたのは確かね」

サラが呟く様に言うと、ナズナがその日の出来事を詳しく説明し始めた。

「殿下がガイガロスへ出発する直前に、ミレトス城の傍で爆発があったそうです。その為出発
                     はけん
を一時見合わせ、調査隊を派遣。彼らは爆発現場で破壊されたコマンドウルフ三体を発見し

たとの事。その同時刻くらいに、盗賊風の男女二人組がミレトス城に進入。警備兵を次々倒
                      くら
し、殿下を連れ去って行方を暗ました。以上が軍で流れている情報です」
                                                  じょじょ
ナズナの報告を聞き終え、サラはすぐ頭の中で情報を整理すると、徐々に難しい表情になっ

て腕を組んだ。
                                 しわざ
「ふむ。プロイツェンは殿下暗殺を共和国の仕業に見せ掛けようとして、雇った人間にコマンド
                                                      こんたん
ウルフを与えたって訳ね。そしてそれを理由に再び戦争を始めようという魂胆だった…。でも殿
                                                    も
下は暗殺されずに誘拐されてしまった…。何か手違いがあったか、若しくは仲間割れか。今

ある情報だけでは何とも言えないわね」

「…で、どうします?博士」

「そうねぇ……プロイツェン直属の部隊が捜索を独占してやるだろうから、プロイツェンの動きを

見ている方が一番手っ取り早いでしょうね」

「こちらから捜索隊は出さないんですか?」

「ええ、余り表立って動くと捕まっちゃうからね」

サラが肩をすくめながら言うと、ナズナも同じ様に肩をすくめてみせた。

そんな二人の会話を聞きながら、何か忘れている様な気がしたステアは、必死に思い出そう

として考え込み、しばらくしてからようやく思い出してサラに伝えた。

「博士が出掛けている間に、プロイツェン閣下から連絡がありましたよ」

「何か言ってた?」
            や
「研究員が一人辞めてしまったから、なるべく早くこちらへ来てほしいって言ってました」

「何ソレ!?無視しよっと」
                                         あき        いきどお
相変わらずしつこく勧誘してくるプロイツェンに、サラは呆れると同時に憤りを感じた。
               な
まだ幼いルドルフを亡き者にしようと企む者と一緒に研究なんて、出来る訳がない。

サラの機嫌が悪くなってしまったと勘違いしたステア達は、何だかんだと理由を言い、そそくさ

と研究室から出て行った。

一人になったサラはステア達とは別ルートで仕入れた情報に目を通し、すぐ気になるものを見

つけると早速詳細を調べ始めた。

つい先日、プロイツェンがレイヴンに新たなゾイドを与えたという未確認の情報であったが、そ
                              わ
のゾイドが新種という噂もあり、興味が沸いたのだ。

しかしプロイツェンの研究所のコンピュータには何重にもプロテクトが掛かっており、そう簡単

には情報を得られそうになかった。

サラは無理せずにすぐ諦め、コンピュータの電源を切った。
                                                       よ
いつもなら夢中になって調べ続けていただろうが、カールの姿が脳裏に過ぎった途端、無理

するのは止めようと思った。

(大丈夫じゃないのは、私の方みたいね…)
                                   じちょう
サラはカールに言った自分の言葉を思い出し、自嘲の笑みを浮かべるのだった。










●あとがき●

長かった…
今回のお話は私の小説の中で一番長いものとなりました。恐らく最長記録。
ネットで小説を読んでいると、目が妙に疲れてしまうのは私だけでしょうか?
だからなるべく一話一話を短いものにしようと心掛け、長いものは前後編に分けていました
が、今回は分けにくいお話だったので、とうとう一ページにまとめてしまいました。
そしてその分、内容も濃くなりました。
カールが堕ちる所まで堕ちてしまった!
…と一瞬思いましたが、サラの愛の力ですんなり立ち直りました(笑)
最近弱い面ばかり目立っているカールですが、あんな姿を見せるのはサラの前でだけです。
当然涙を見せるのもサラが傍にいる時だけ…
ちゃんと感情を表に出してくれる方が男前だ、と私は思っています。
サラとルドルフがどういう関係なのかも気になるところですね。
「ルドルフ君」と呼んでいましたし、知り合いなのは確実です。
二人の繋がりは後々わかると思います(そればっかりだな…)

●次回予告●

ルドルフが誘拐されてから数日の時が過ぎ、事態は悪い方へ着実に突き進んでいました。
そんなある日、国立研究所で良い事が起きます。早速カールに報告するサラ。
そして報告と共に、三日後に研究所へ来てほしいとお願いします。
サラからの誘いをカールが断るはずはありません。
当然三日後カールは研究所へ向かいます。
第二十六話 「開花〜前編〜」  ……まるで俺達みたいだな

                        
<ご注意>

次の第二十六話「開花〜前編〜」は性描写を含みます。
お嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。
が、またしても大した内容ではありませんので、少しくらいなら平気という方はお読み下さい。