第二十四話

「戦い〜後編〜」


カールを指揮官とする帝国軍第四陸戦部隊は、マウントオッサ要塞から数km離れた所まで
てったい                                           とど
撤退したが、途中司令部から伝令がやって来て、今いる場所に留まれとの命令を受けた。

そしてそれと共に次の作戦の内容を知らされたカールは、多大なショックを受ける事になっ

た。
                  みずか                        もっ
その作戦とはプロイツェン自らが指揮を取り、絶大なる戦力を以て共和国の首都であるニュー

ヘリックシティを攻撃するというものだった。

作戦が成功すれば、和平への道は完全に閉ざされてしまうだろう。
                                                       ゆえ
だが、プロイツェンからの命令とは言え、名目上は皇帝からの命令である故、軍人であるカー
  あらが すべ
ルに抗う術は無く、作戦を成功させる為に戦うしか進むべき道はなかった。





次の作戦が開始されるまで、しばらく休息を取る事になった帝国軍では、兵士達が交代で仮

眠を取っていた。
                                                  つな          た  めいそう
一人になりたかったカールはアイアンコングに乗り込み、外部との繋がりを完全に断って瞑想

を始めた。
          みじん
もう軍の事を微塵も考える気が起きなかったカールの心には、忠誠を誓う皇帝の姿は無く、彼
 いと    ひと
の愛しい女性の姿だけがハッキリと浮かんでいた。
          えが
カールが思い描くサラの表情はいつも笑顔なのだが、今日は何故か悲しそうな顔をしていた。

すぐに自分の思いが反映されているのだと気付き、カールは思わず苦笑した。

こんな時だからこそ笑顔を思い描きたかったが、今のカールには到底無理な話である。
                                                           びどう
カールの心の中にいるサラはずっと悲しそうな表情のまま彼を見つめており、微動だにしなか

った。
                 や
それでも思い描くのを止めたくなかったカールは、じっとサラの瞳を見つめ返した。

すると、サラが何か言おうとして少しだけ口を開き、気になったカールは心の中で彼女に問い

掛けた。

(サラ、何を言いたいんだい…?)

心に思い描いたサラが答えられるはずはないとわかっていたが、尋ねずにはいられなかっ

た。

ひょっとしたら、無意識の内にカールは助けを求めていたのかもしれない。

少し間を置いてから、サラはカールの問い掛けに答えるかの様に手を伸ばし、彼の頬に優しく

触れた。

やはり言葉では答えてもらえないのか…とカールが落胆していると、頬を撫でていたサラがふ
                             ささや
わっと彼に抱きついてきて耳元でそっと囁いた。

『死なないで…』
死なないで…
彼女の言葉を聞いた途端、カールの意識は現実へと引き戻され、全てが夢の中での出来事

だったと気付いた。

夢でなければ、サラがあんな事を言うはずがない。
               いと
皇帝の為なら死すら厭わない帝国軍人に対し、決して言ってはならない言葉であり、それを

充分承知しているからこそ、サラが絶対言わない言葉でもあったのだ。
              は
カールは深く息を吐き、サラの言葉の真意を思案し始めたが、すぐ苦笑して考えるのを止め

た。

あの言葉はサラの姿を借りて言わせた、自分自身の言葉だったからだ。

『死なないで』ではなく、『死にたくない』というのが自分の本心だと気付いたカールは、軍人と

しては失格だが人間としては当然と思えた。

いつからそう思える様になったのか……

それはやはり、サラの存在が大きく関わっているだろう。
                                                                ささ
サラに出会うまでは『死』に対して何ら恐怖を感じなかったし、皇帝の為に自らの命を捧げる

事は、とても誇り高い生き方であるとずっと信じていた。

だが、サラに出会ってからは自分の死よりも、それによって彼女を悲しませてしまう事の方が

余程恐怖に感じた。
                                        とうと
だからこそ『生きたい』と強く願い、今まで以上に命の尊さを考える様になった。

元より戦い自体を余り好まない性格であり、何よりもまず人命を最優先に考えた為、お陰で部
                                      けむ
下からは厚い信頼を得られたが、軍上層部からは煙たがられる存在になってしまった。

今回の作戦がどれ程の命を失わせるかわからないが、これまで通り戦闘は極力避け、無駄

な血を流させない様にしようと、改めて心に誓うカールであった。





マウントオッサ要塞での戦いから丸一日経った頃、カールは部隊の組み直しを行い、次の作

戦の準備をし始めた。
                                  し
共和国軍はゴジュラスを中心に防衛ラインを敷いていたが、帝国軍はそれに向かい合う形で

陣形を組み、作戦が開始されるまで小休止状態となった。
                                                      ひ
今回の作戦はカール達の部隊が陽動部隊となって共和国軍の注意を惹き付け、その間にプ
       ひき
ロイツェン率いる本隊がニューヘリックシティに侵攻し、ニューヘリックシティ包囲網を完成させ

るというもの。
                                               すで       た
海から攻める本隊は見た目が氷山の姿をしている偽装艦隊で既に帝国を発ち、今頃はニュー

ヘリックシティ沿岸に近づきつつあるはずだ。

作戦開始時刻は本隊がオーロラ電磁波圏内を抜け、強い電波障害を起こすジャミングスノー

を散布したのを確認出来次第、と司令部から指示を受けていたが、本隊の進み具合を見る限

り、どうやら作戦開始は深夜になりそうだ。
                   にら
それまでは共和国軍との睨み合いを続けなくてはならないのだが、こちらが動かなければあ

ちらも動けないとわかっていたので、カールはのんびりと本隊からの合図を待つ事にした。





深夜三時を回り、海上で散布されたジャミングスノーが風の流れに乗ってマウントオッサ要塞

付近にも降り始め、その様子を双眼鏡で確認したカールは、傍にいたマルクスに出撃命令を

出した。

ジャミングスノーの影響で味方内でも通信不能となっていた為、口伝えでカールの命令が伝

わり、帝国軍はゆっくりと動き出した。

カールとマルクスが乗るゾイドには通信ケーブルが取り付けてあり、一時的に通信出来る様

になっていたので、作戦の最終確認を始めた。

「マルクス、我々の任務はあくまでも共和国の注意をこちらに惹き付ける事にある。戦闘はな

るべく避け、奴らの主力をあのマウントオッサから引きずり出すようにするんだ」

「了解」
                                            こうみょうしん
「以後、我々も通信は出来ない。手柄を立てようとつまらぬ功名心で勝手な行動は取るなよ」

「了解しております」

カールは一応マルクスに釘を刺しておいたが、安心は出来なかった。

指揮官であるマルクスが先走った行動を取れば、彼の部下が巻き添えを食い、無駄な犠牲

が増えてしまうだろう。

しかし通信ケーブルを切り離した今となっては、マルクスの言葉を信用するしかなかった。





やがて目前にマウントオッサ要塞が見え始め、両軍の砲撃が一斉に始まった。
                                                       まっと
帝国軍は少しずつ一定のペースで侵攻を続け、陽動部隊としての任務を全うしようとしていた

が、ゴジュラスが現れた途端、マルクスの部隊が勝手に先行し始めた。

「マルクス、陣形を乱すな!マルクス!!」

カールは急いで通信を入れたが、モニターは真っ暗なままでノイズしか聞こえなかった。

「くそ…!」

思った通りの事が起きてしまい、カールは思わず舌打ちしたが、自分の部隊だけでも任務を

続行させようと砲撃を続けた。




                                                           ふしん
戦闘が開始されて二時間程経つと、突然共和国軍の勢いがなくなり、それを不審に思ったカ

ールは辺りを見回した。

マルクスの部隊を迎え撃っていたゴジュラスがいつの間にか姿を消し、代わりにコマンドウル

フの部隊が前に出て攻撃を続けていたが、明らかに共和国軍側のゾイドの数が激減してい

た。

マウントオッサ要塞の入口に展開していた部隊も、カールの部隊が到着する前に消え去り、

ニューヘリックシティ沖にいる帝国軍本隊の存在を知っての行動だと予想された。

共和国軍の指揮官がクルーガーなら、クロノス砦と同じく要塞を爆破される可能性が高いと判
                                                             せ
断したカールは、要塞内部に入ろうとしていた部下をアイアンコングで無理矢理塞き止めた。

「全軍停止しろ!敵などもうどこにもいない!」

「シュバルツ少佐、マルクス少佐の部隊はかなり内部まで先行しています」

部下から報告を受け、カールは先程マルクスの部隊がいた方を見てみたが、コマンドウルフ

の部隊も既に姿を消しており、周囲には自分の部隊のゾイドしかいなかった。
ますます
益々要塞を爆破される可能性が高くなり、カールは急いでマルクスに通信を入れた。

今度はジャミングスノーの影響が無くなっていたので、すんなりとモニターにマルクスの姿が

映った。

「マルクス、戻ってこい。そんなに簡単に要塞に入り込めたという事は、罠の可能性が高い。

要塞ごと爆破されるぞ」

「…私に命令出来るのはプロイツェン閣下だけです。ご機嫌よう、シュバルツ少佐」

マルクスは不敵な笑みを浮かべ、強引に通信を切った。

仕方なくカールは自分の部隊だけでも撤退させようと思ったが、見捨ててはいけないので、ギ

リギリまでマルクスの部隊を待つ事にした。

しばらくすると、ニューヘリックシティ沖の海岸で帝国軍本隊と共和国軍主力部隊の戦闘が始

まったとの情報が入った。

やはり、マウントオッサ要塞にはもう誰もいない様だ。

確実に要塞を爆破されてしまうと思ったカールは、もう一度マルクスに通信を入れようと通信

機に手を伸ばした。

するとその時、突然大きな爆音と共に地響きが起き始めた。

始めは何が起こったのかわからなかったが、マウントオッサ要塞の構造を思い出すと、すぐ地

響きの原因に気付いた。
 ふんか           ねら
(噴火か……。これを狙っていたんだな…)
                                 どうくつ
マウントオッサ要塞はマウントオッサ火山の洞窟を改造したものであり、そのエネルギー源は

火山のマグマを利用した地熱エネルギーである。
            かなめ                                 こ  ぱみじん
要するに、全ての要である火山を噴火させれば、要塞は確実に木っ端微塵になるのだ。

しかも火山噴火という突発的な自然現象が起きると、ゾイドのコンバットシステムがフリーズし

てしまう為、帝国軍は撤退せざるを得なくなる。

カールは急いでマルクスに通信を入れたが、彼の部隊のゾイドは既にコンバットシステムがフ
                     おちい
リーズし、完全に操縦不能に陥っていて混乱を極めていた。
                                                も
「マルクス、マウントオッサ火山が噴火した。そこの要塞はもう保たん、すぐ脱出しろ!」

「そ、そんな事は出来ん!ここはプロイツェン閣下に死守せよと命令を受けているのだ!」

ここまで来たら引き返せないというのがマルクスの本音だったのだろうが、混乱の余り冷静な

判断が出来なくなっていた。

「バカな事を…」
              つぶや あわ
カールは悲しそうに呟き、哀れみの目でマルクスを見つめた。
                                      かんらく
「私の事は放っておいてもらおう!この要塞は私が陥落させたのだ!!」

マルクスが叫ぶ様に言った瞬間、彼の体が光に包まれてモニターに何も映らなくなった。

カールは要塞に向かって静かに敬礼し、すぐ部下達に指示を出した。

「総員撤退!急げ!」

カールの部隊は崩壊しつつあるマウントオッサ要塞から何とか脱出し、ある程度離れた所ま

で撤退して様子を見守った。

その時、帝国共和国問わず全てのモニターに帝国の皇太子ルドルフの姿が映り、見ている者

全員に向かって話し始めた。
                                        ほうぎょ
「本日午前十一時、祖父ツェッペリン二世皇帝陛下が崩御遊ばされました。そこで私、ルドル

フ・ゲアハルト・ツェッペリン三世は第一王位継承者として、現在行われている共和国総攻撃

の即刻停止を命じます。ルイーズ大統領には変わらぬ和平を望みます」

ルドルフの言葉を聞き、本隊が撤退し始めた事を知ったカールは、肩の荷が下りた様な気が

した。

皇帝の死は確かにショックではあったが、ルドルフの為にも今はこの場から立ち去る方が先

決だと、カールは帝国に向けて部隊を出発させたのだった。










●あとがき●

ようやく戦いが一段落しました。
今回のお話ではジャミングスノーやマウントオッサ要塞の構造の話など、難しいものが大変多
かったです。
ドクター・ディとクルーガー大佐の説明をそのまま抜粋させてもらい、何とか誤魔化す事に成
功しました(笑)
常にカール視点でお話が進んでいますから、自分なりにあれこれ考え、帝国軍側の動きを表
現してみました。
軍の事とか、よくわかっていない素人が考えたものですので、余り深く突っ込まないで下さい
ね。
カールが思い描いたサラの姿。何故薄着なのでしょう…?
制服を描くのが面倒だったから、というのが一番の理由です(笑)
でもカールも男性ですし、薄着で想像してしまうのも無理はないかと思われます。
裸よりはマシかな、なんて…
今回、カールの人としての弱さを主張するストーリー展開となりましたが、様々な葛藤がある
からこそ、カールは素晴らしい軍人へと成長するのだと思います。
まだまだ若造って事で、カールの成長過程を温かい目で見守ってやって下さい。

●次回予告●

共和国との戦争はとりあえずの終結を迎えましたが、帝国では着々とプロイツェンの策略が
進行していました。
亡き皇帝の葬儀の為、ミレトス城よりガイガロスに向かう予定であったルドルフが、突如何者
かに誘拐されてしまいます。
その情報を知ったサラはカールの事が心配になり、急いで第四陸戦部隊の基地へ向かいま
す。
サラが基地に到着すると、カールは彼女を無理矢理…
第二十五話 「誘拐」  あなたの苦しみを二人で分かち合いたいの…

                         
<ご注意>

次の第二十五話「誘拐」は性描写に近い表現が少しだけ出てきます。
お嫌いな方はお読みにならないで下さい。
でも重要なお話ですので、出来れば読んで頂きたいです。