第二十話

「旅行〜後編〜」


                              まぶ
翌日、窓から差し込む太陽の光が妙に眩しく感じられる様になった頃、サラは目を覚ました。
     つ
眠りに就いてからまだ数時間しか経っていなかったが、時計を見て少しガッカリした。
            た
夕方にはここを発つというのに、もう正午近かったのだ。

しかし気落ちしている場合ではないと、サラは元気に起き上がった。
                                                   は つくば
…つもりだったが、起き上がる途中で急に腰がガクガクし、ベッドに這い蹲った。

(な……なに…?)
                  ため
少し間を置いてもう一度試してみると、今度は何とか起き上がる事に成功した。

が、成功したのはそこまでで、もう体が言う事を聞きそうになかった。

サラはため息をつき、隣で子供の様な顔をして眠っているカールを見つめた。

(かわいい顔して……する事は過激なんだから…)

つい昨夜の出来事を思い出してしまったサラは、苦笑いを浮かべながらカールの頬を指でツ

ンツンつついた。

「う……ん………」

カールは少しまどろんでからゆっくりと目を開き、ぼんやりとサラを見つめた。

「………あぁ、サラ、おはよう」
       ねぼ  まなこ
カールが寝惚け眼で挨拶をすると、サラはクスッと小さく笑った。

「もう『おはよう』じゃないよ」

サラの言葉を聞き、カールは少し状況を判断するのに時間が掛かったが、意識がハッキリし

た途端慌てて起き上がって時計を見た。

もう正午になろうかという時間であった。

カールは急いでベッドから降り、身支度を整えて笑顔で振り返ると、先に起きていたはずのサ

ラが裸のまま、まだベッド上にいるのに気付いた。

「どうかしたのかい?」

「……動けないの」

「動けない…?何かあったのか?」

「………あなたのせいよ」

「俺の、せい…?」

「昨日…あんなに………だから腰が……」
                   よど
サラが頬を赤らめて言い淀むと、瞬時に事態を察したカールも頬を赤らめた。

「す、すまない…。初めてだったから、加減がわからなくて……」

「あなたは何ともないの?」

「ああ、俺は大丈夫」

「そっか、それなら良かったわ。今度からは私の体の事を考えてくれなきゃダメだよ?」

「わかった、気を付ける」

「ん、よしv」

サラは笑顔で頷き、フラフラ立ち上がって服を着始めた。

少し休んだお陰で、多少は動ける様になったらしい。

カールは心配そうに様子を見ていたが、女性の着替えをずっと見ている訳にもいかないので、

顔を洗いに洗面所へ向かった。

寝室に一人残されたサラは、しばらくしてからようやく身支度を終え、カールの足取りを追う様

にフラフラと歩き出した。




                  たど
そうして何とか洗面所に辿り着くと、カールが髪と格闘している姿が目に飛び込んできた。

彼の髪は少々癖があり、いつも短時間で整える為いつもハネが残っていた。

そう、あの横髪だ。
                                           のぞ
カールはサラの存在に気付くとすぐ駆け寄り、彼女の瞳を覗き込んだ。

「大丈夫かい?」

「うん、もうだいぶ良くなったよ」

「そうか」

安心した様に微笑んだカールは再び髪と格闘し始め、その横でサラは顔を洗い、長い髪を綺

麗に整えた。

サラが一緒のせいか、今日のカールは必死にハネを直そうと頑張っていた。

が、結局直らなかった。

長年放置していた様なものなので、そう簡単に直るはずがない。

いつも通りハネた状態の自分の髪を鏡で見、カールはガックリと肩を落とすのだった。




                                                        おぼつか
一方、全ての身支度を終えたサラはカールよりも先にキッチンへ行き、まだ覚束ない足取りで

昼食の準備を始めた。
                                                         ささ
すると、その光景を見て驚いたカールが慌てて駆け寄って来て、サラの体を支えた。

「サラ、無理しなくていい」

「でも作らないと……お腹減ってるでしょ?」

「昼食は俺が作るから、君はゆっくり休んでいてくれ」
                                           さっそう
カールはサラをキッチン脇にあった椅子に強引に座らせ、颯爽と調理場へ移動した。

格好だけは良かったが、食材を前にしてからカールは重大な事実に直面した。

(そう言えば……まともな料理なんて作れないんだった…)
し、しまった…!
勢いで言ってしまった以上作るしかなかったが、カールが今まで作った事があるのは、訓練

中に作る料理だけであった。
                            なべ                                 しろもの
ただ手元にある食材をぶつ切りにし、鍋に放り込むだけという到底料理とは言えない代物だ。

味付けは塩のみ。

そんなもの、サラに食べさせる訳にはいかない。
    せっかく                                               くや
しかも折角目の前に豊富な食材があるのに、それらを利用出来ないのは悔しい。

何とかやってみようと思っても、何から手を付ければ良いのかすらわからなかった。

完全に硬直してしまったカールに気付いたサラは、恐る恐る調理場を覗き込み、心配になって

声を掛けた。

「…やっぱり私が作ろうか?」

「……え?…あ、そ、そんな訳には…」

カールは動揺を隠し切れず、ドギマギしてきちんと返事が出来なかった。
                         つか
その動揺のお陰で、カールが気を遣ってくれている事がよくわかり、サラはとても嬉しくなった

が、出発の時間を考えるとのんびり待つ訳にもいかなかった為、ある提案を出した。

「あなたが体を支えてくれたら、きっと大丈夫だよ」

「……そうか。じゃあ、そうしよう」
                            の
カールは意外と素直にサラの提案を呑んだ。
                       さと
やはり自分に料理は無理だと悟った様だ。

こうしてサラはカールに体を支えてもらいながら、テキパキと昼食を作り始めた。





そして昼食を食べ終える頃には、サラの体は何とかふらつかずに歩けるまでに回復し、一人

で後片付けを始めた。
      ぶさた
手持ち無沙汰になってしまったカールは、リビングの横にあるベランダに出て大きく伸びをし、

コテージ周辺の景色を眺めていた。

しばらくすると、後片付けを終えたサラもベランダへやって来て、カールと同じ様に大きく伸び

をしてから、彼に向かってにっこりと微笑んだ。

「何だか……まだ夢の中にいるみたい…」

「ああ、そうだね…」

二人は昨夜の事を思い出し、照れると同時に嬉しさで胸がいっぱいになった。

「大好きな人と結ばれる事がこんなにも嬉しいなんて……あなたに出会えなかったら、一生わ

からなかったと思う」

「俺も……君と出会っていなかったら、人生の大半の楽しみを無くしていたところだったよ」

「ふふふ、そうね。あなたと一緒なら、全てが楽しく思えるわ」

「サラ…」

改めて互いの存在がどれ程大切かがわかり、二人はどちら共なく身を寄せ合うと、愛する人

の温もりを全身で感じ合った。





「……あっ」
       ほうよう
しばらくの抱擁の後、サラはカールの腕の中である事を思い出し、小さく声をあげてガックリと

肩を落とした。

「…どうした?」

「朝の内に温泉に入ろうと思っていたんだけど、すっかり忘れてたわ」

「……ごめん」

「え?や、やだ、あなたのせいじゃないよ。起きられなかったのは自分のせいだもん」

サラは慌てて首を横に振って否定したが、カールはどう考えても自分のせいだと思った。

明け方まで寝かせなかったのだから、起きられないのも無理はない。

しかしサラはその事を責めたりはせず、逆に気を遣ってくれていて、カールは心から喜びを感

じる事が出来た。

「サラ」

「なぁに?」
                                    ふさ
サラが顔を上げると、カールはそっと彼女の口を塞いだ。

そして二人はそのまま抱き合い、何度も口づけを交わして再び熱く抱擁し始めた。

「…ん、カール……そろそろ帰る支度しなくちゃ…」

「もう少し…このままで…」
       いと                ほおず       うず
カールは愛おしそうにサラの髪に頬擦りし、顔を埋めた。
        つや
サラの髪は艶やかで美しく、とてもいい匂いがした。

そうしてカールがなかなか離そうとしなかった為、サラは困った様な嬉しい様な笑みを浮か

べ、しばらくの間彼に身を任せていた。



                           *


            かたむ
太陽が西の空に傾き始めた頃、カールとサラはコテージを出発して温泉町を後にし、研究所

への帰路に就いた。

数時間後、カールは研究所から少し離れた所でジープを一旦停車させると、そこでサラを降ろ

した。

本当は研究所まで送りたかったが、もし助手の面々に会ってしまったら、質問責めに合うだろ
     や
うから止めた方がいいとサラに言われ、ここまでにしたのだ。

「それじゃ、またね」

「ああ」

二人はいつも通り短く挨拶を交わし、軽く口づけし合った。

そしてカールはジープを発車させて去って行き、サラはその場で彼を見送ってから、歩いて研

究所へ帰った。

すると…

予想通り正面玄関にはステア達が待ち構えており、笑顔でサラを出迎えたが、カールの姿が
                     そろ
見当たらない事に気付くと、揃ってキョトンとなった。

「あれ?博士だけなんですか?」

「そうよ」

「少佐は帰っちゃったんですかぁ?」

「ええ、帰ったわ」

『えぇ〜〜!?帰った〜!?』

サラの答えに、ステア達は一斉に非難の声をあげた。

「どうして寄ってくれるように言ってくれなかったんですか?」

「彼だって忙しいんだから、無理は言えないわ」

「う〜。そ、そうですけどぉ」
  ふ                   うな
皆腑に落ちないといった顔で唸っていたが、サラは全く気にせず、さっさと中へ入って行った。

ステア達がわらわらと後を追うと、サラは振り返らずに話し始めた。
                      はかど
「それで、頼んでおいた仕事は捗っているかしら?」

「あ、えっと……その…あの……」

途端にギクッとなるステア達を、サラは白い目で見つめた。

「どうなの?」

『い、今からやりますぅ〜!』

ステア達は驚くべき早さでサラの横を駆け抜けて行った。

サラは小さくため息をついて自室に戻り、制服に着替えてから研究室へ向かった。
                                                   す
研究室ではステアとナズナがわざとらしい程走り回っており、耳を澄ますとあちこちでドタバタ

している音が聞こえた。
                                                              あき
大体予想はしていたが、まさか本当に何もしていないとは思わなかった為、サラは呆れて怒

る気にもなれなかった。

サラが力無く椅子に身を投げ出すと、ステア達はすぐに作業を中断し、にやにや笑いながら

彼女の傍に歩み寄って来た。

「どうでした?あの服、役に立ちましたか?」
                                            しの
「勝手な事はしないでって言ったのに、どうしてあんな服を忍ばせてたのよ?」

「まぁまぁ、細かい事は気にしないで下さい。…で、着てみたんですか?」

「一応着てみたけど…、役に立ったとは言えないわね」

「えぇ!?少佐、喜んでくれなかったんですか?」

「喜んでくれたかどうかわからないの。余り見てなかったし…」
                          そ
サラはカールが必死になって目を逸らそうとしていた事を思い出し、自然と笑顔になった。

そんなサラに全く気付かなかったステア達は、口をへの字にして何やらぼそぼそと相談し始

めた。
                                   てごわ
「う〜ん、さすがシュバルツ少佐。博士以上に手強いわ」

「もっと過激なのを選べば良かったねぇ」
                                          つつぬ
二人は小声で話しているつもりなのだろうが、思い切り筒抜けでサラは頭が痛くなってきた。

「あのねぇ、あなた達。あれ以上過激にしたら、もうほとんど裸になっちゃうでしょ?」

「あ、そっか。じゃあ、脱げばいいんですよv」

「…は?」

「博士の裸を見れば、少佐だってイ・チ・コ・ロですよvv」

「………ひょっとして面白がって言ってる?」

サラが鋭いツッコミをしてきたので、ステアとナズナは苦笑いを浮かべ、かわいらしくペロッと

舌を出した。

「えへへ、博士を応援しているだけですよv」

「そうですよv …まぁ、ほんの少し楽しんではいましたけど」

「もう私の応援はしなくていいから、これからは自分達の事を第一に考えてほしいわ。二人

共、好きな人はいるの?」

『…………』

サラの言葉に、ステア達は突然シュンとなって黙り込んだ。

人を応援するばかりで、自分達の事を全く考えていなかったステア達は、まだ恋人を作ってお

らず、そういう話題になる事を極端に嫌っていた。

だからこそサラはその話題を出し、二人の勢いを止めたのだ。

「…博士、その話はしないで下さい。気にしてるんです……」

「だから、私の事より自分の事で頑張れって言ってるの」

「……じゃあ、誰か紹介して下さい。博士は交友範囲広いんですから」

「あ、私はシュバルツ少佐経由で軍人さんがいいで〜すv」

「………わかったわ、また今度ね」

『近い内にお願いしますv』

ステア達は先程とは打って変わり、目をキラキラと輝かせて声を揃えて言った。

サラが苦笑しながら頷いてみせると、二人は途端に機嫌が良くなり、軽い足取りで仕事を再

開した。

こうしてどうにか旅行の事を聞かれる前に二人を仕事に戻す事が出来、サラはほっとして研究

を始めたのだった。










●あとがき●

カールって何でもそつなくこなしそうなのに、私の小説だと出来ない事が多い(笑)
料理や歌など、結構出来る人が多いものに限って苦手らしいです。
以前ちゃんとした表現をしませんでしたが、カールは実は音痴です。
歌うとすごい事になります。
生まれて初めて歌を歌った時に自分には出来ないと悟り、それ以降歌は封印してしまった様
です(どんな子供だ)
これからも歌う事はないでしょう。
歌わせてみても面白いかもしれませんが、カールの名誉の為にやめておきます。
彼の代わりにサラがよく歌ってくれますので、私としては満足していますv
料理もカールが頑張らなくてもサラが作ってくれますし、彼女は良い奥さんになりそうですねv
羨ましいぞ、カール!(笑)
互いに慈しみ合い、自分の幸せよりも愛する人の幸せを願う。
そんなカップルが大好きですv
カール達もそんなカップルにしたいと目論んでおります(もうなってる…かな?)

●次回予告●

温泉旅行から帰ったカールは、今まで以上に忙しい毎日を送る様になりました。
皇帝の病が悪化し、名実共にプロイツェンが帝国の最高権力者となってしまった為です。
プロイツェンは表立って軍備を整え、そろそろ共和国に攻め入ろうと軍を動かします。
カールは共和国に侵攻するキッカケを作る作戦に、指揮官として参加する事になりました。
どうにも気が進まないカール…
しかし、戦局は悪い方へ悪い方へと進んでいきます。
第二十一話 「前線」  何事も起こらなければいいが…