第二話は前半・後半でページが分かれていましたが、思い切って一つにまとめてみました。
一ページにイラストが二枚になったので重いかもしれませんが、気にせず根性で(?)お読み下さい。
第二話
「再会」
サラとの運命的な出会いを果たしてから数ヶ月の時が過ぎ、カールを指揮官とする第四陸戦 部隊の面々は、数日前からある演習場へ訓練に来ていた。 その演習場は辺り一面砂漠に囲まれており、環境だけでも過酷な訓練になる様な場所であ った。 昼夜の気温差にも耐えつつ、厳しい訓練を開始してから数日経ったある日、日課となってい る午前の訓練を終え、カールが自分のテントで一息ついていると、突然慌てた様子で部下が 中に駆け込んで来た。 「シュバルツ少佐!」 「どうした、そんなに慌てて。何かあったのか?」 「て、帝国国立研究所の方々が、もうすぐ到着されるとの事であります」 「…帝国国立研究所?そんな連絡は司令部から受けていないが…」 すで 「え、そうなのですか?ですが、既にそこまで来ておりますが…?」 「……そうか、仕方ないな。詳しくは私が直接聞こう」 報告に来た兵士の案内で、カールは国立研究所の人々がいる所へ向かった。 (国立研究所、か…。まさかな……) カールの脳裏に一瞬サラの姿が浮かんだが、彼女がこんな所に来るはずはないと、すぐに自 分の考えを否定した。 期待すればする程、そうでない時のショックが大きくなる。 そうしてカールが気持ちを整理しながら演習場内を歩いていると、兵士達が昼休憩も取らずに 一カ所に集まっているのが見えた。 どうやら、そこに研究所からやって来た人物がいるらしい。 上官であるカールが傍まで来ている事に気付いた兵士達は慌てて敬礼し、彼の為に次々と あ 道を空けた。 (あの日と似たような光景だな…) カールはサラと出会った日の事をぼんやりと思い出した。 あの時、兵士達はサラを見る為に集まっていたのだが、皆の表情から察するに、今回も同じ 状況であると思われる…。 なか あき 兵士達のわかりやすい行動に半ば呆れつつ、カールは人込みをどうにか抜け、彼らの注目の まと さが 的となっている人物を捜した。 目の前にはたくさんの機材が置かれており、その横に二人の女性が立っていた。 (やはり女性目当てで集まっていたのか…) カールが思わず苦笑していると、女性達はすぐに彼の存在に気付き、満面の笑みを浮かべて 駆け寄って来た。 「あ、あの、シュバルツ少佐ですよね?」 「…ああ、そうだが」 「きゃ〜、やった〜!!」 「やっと本物に会えたね!」 は たた 女性達はカールの前でぴょんぴょんと飛び跳ね、興奮した様子で肩を叩き合った。 (本物…?) カールは本物と言われた意味がわからず呆然としていたが、すぐ我に帰ると二人に話し掛け た。 「…責任者はどちらに?」 「あ、はい、えっと、博士なら…」 女性達は後ろを見回し、博士なる人物を目で捜し始めた。 「は〜い、こっちこっち。責任者は私です〜」 唐突に高く積み上げられた機材の向こう側から女性の声が聞こえ、その声を聞いた途端、カ ールは驚きで目を見開いた。 今の声は彼がここ数ヶ月間、ずっと聞きたいと願っていた声だったからだ。 はや おさ ふく カールは逸る気持ちを抑えつつ、と同時に期待で胸を膨らませながら、心なしか足早で声の 主の元へ向かい、機材の前にしゃがみ込んでいる青髪の女性を見つけた。 どうやら彼女は機材の調整をしている最中らしい。 「もう少しだから待ってて」 青髪の女性は振り返らずに言ったが、顔を見ずともカールには彼女が誰なのかわかった。 (サラ……クローゼ博士…) いと カールはサラの後ろ姿を愛おしそうに眺め、静かに機材の調整が終わるのを待った。 じょじょ ひたい だが、その待ち時間の為にカールの心の中では徐々に緊張感が高まり、額から冷や汗が流 れ始めた。 いま こどう 未だかつてこれ程までに緊張した事はなく、自分の鼓動がイヤという程はっきりと聞こえた。 そうしてあっという間にカールの頭の中は真っ白になり、何の為に自分がここにいるのかすら 判別出来なくなってきた。 |
「お待たせしちゃってごめんなさい」 ほこり 機材の調整を終えたサラは、急いで立ち上がって服に付いた埃を払い、カールの顔をまじまじ と見上げると、とても驚いた表情を浮かべた。 「この間、基地でお会いしましたよね?」 「あ、ああ…」 どうり 「やっぱりあの基地の方でしたか。道理で見覚えがあると思いました」 そう言ってサラがにっこりと微笑むと、カールはその笑顔に見とれてしまい、黙り込んだまま体 がピクリとも動かなくなった。 カールの体が硬直している事に気付いたサラは、いきなりどうしてしまったのだろうと心配に のぞ なり、彼の顔を覗き込んで恐る恐る声を掛けた。 「あ、あの、どうされました?ご気分でも悪いのですか…?」 いつの間にかサラの端整な顔が至近距離にあった為、カールは慌てて首を横に振り、一呼吸 置いてから改めて彼女を見つめた。 「……君が責任者だね?」 「はい。ガイロス帝国国立研究所から参りました、サラ・クローゼと申します」 「私は帝国軍第四陸戦部隊少佐、カール・リヒテン・シュバルツ」 「これからしばらくお世話になります。よろしくお願いします」 サラは礼儀正しく深々と頭を下げ、顔を上げると再びにっこりと微笑んだ。 よそお 一瞬「こちらこそよろしく」と即答しそうになったが、カールは必死に平静を装って話を続けた。 「君達が来るという連絡を受けていないのだが、司令部には連絡したのか?」 「してません」 「そうか……ん?」 軽い口調で意外な返事をするサラに対し、カールは思わず間の抜けた声を出した。 「…連絡もせずに、この演習場内に無断で入って来たのか?」 「そうです」 サラは終始笑顔を絶やさず正直に答え、その笑顔を真っ向から受けていたカールは、質問を 続けられなくなって黙り込んだ。 (ひょっとして……彼もプロイツェンの…?) 自分の返事に対するカールの反応から、サラは彼もプロイツェンに抱き込まれている軍人な のではと不安になったが、直感でそうではないと判断し、傍に行って小声で話し始めた。 「司令部に連絡したら、元帥の元にも情報が伝わるでしょう?それは困るんです、あの人の研 究所に先を越されたくないから…」 軍のコンピュータを使い、国立研究所が今どういう立場にあるのかを大体把握していたカール みずか は、何故サラがこんな所にまで自ら出向いて来たのかを察した。 いの サラは祈る様な目でカールを見上げ、その時になって彼はようやく笑顔を見せた。 お 「わかった、そういう事ならこちらも協力を惜しまない」 カールの言葉を聞いた途端、サラの張り付いた笑顔が天使の様な心からの笑顔に変わった。 「ありがとう、少佐」 ほう カールがまたしてもサラの笑顔に見とれて惚けていると、最初に出会った二人の女性がまた たく間に割り込んできたので、すぐに正気に戻った。 「博士ぇ、私達の紹介はいつしてくれるんですか〜?」 「あぁ、そういえばまだだったわね。少佐、この子達は私の助手で、名前は…」 「ステアです!」 「ナズナで〜す!」 二人はサラに紹介されるよりも先に、元気良く自分で自己紹介をした。 すらっとしていてハキハキとした印象を受ける女性がステア、上品でおっとりとした印象を受け る女性がナズナというらしい。 「カ、カール・リヒテン・シュバルツだ。よろしく……」 カールは二人の勢いに圧倒されつつも、とりあえず短く挨拶を返した。 すると、その挨拶だけでステアとナズナは飛び上がって喜び、調子に乗って今度は次々と質 あ 問を浴びせ始めた。 あっけ カールはステア達の早口さに呆気に取られて全く答える事が出来ず、そんな二人の暴走を見 兼ねたサラはすかさず助け船を出した。 「二人共、いい加減にしなさい。少佐が困ってるでしょ?」 「えぇ〜、でも〜〜」 「荷物の整理もまだ済んでないし、早くしないと日が暮れちゃうわ。話はまた今度にしなさい」 『は〜い』 しぶしぶ ステア達は渋々といった様子で機材の方へ駆けて行き、二人を見送ったサラは申し訳なさそ うに、カールに向かって頭を下げた。 「ごめんなさい、二人共騒がしくて…。後できちんと注意しておきますから」 「いや、気にしないでくれ」 カールは笑顔で返事をし、ふっと肩の力を抜いた。 ほぐ 確かにステア達は騒がしかったが、結局は彼の緊張を解す役割を果たしてくれたので、実は 胸中では感謝していたのだ。 ようやくいつもの自分を取り戻したカールは、初めて自分からサラに話し掛けた。 「手伝いが必要なら、こちらから人数を出すが?」 「いいんですか?!それは助かります!じゃあ、詳しい話は片付けが終わってからしますね」 「ああ」 サラは笑顔で軽く頭を下げ、ステア達の後を追った。 たたず カールが彼女の後ろ姿に見とれてその場に佇んでいると、遠巻きに様子を見ていた兵士達が わらわらと彼の元に駆け寄り、皆満面の笑みで声を掛けてきた。 「少佐、手伝いはぜひ自分に任せて頂けませんか?」 「じ、自分もお手伝いしたいです!」 我先にと名乗り出る兵士達に、カールは少し呆れてしまったが、自分も人の事は言えないと うなず 仕方なく頷いてみせた。 「…好きにしろ」 『了解しました!!』 す カールの諦めにも似た返事を聞くと兵士達はピシッと敬礼し、直ぐさまものすごいスピードでサ ラ達の元へ駆けて行った。 カールは喜んで手伝う兵士達の姿を眺めながら、何故か無性に嬉しくなって満足そうな笑み を浮かべた。 停戦条約が結ばれて以来、演習を続けてはいたが余り活気の無かった彼らが、とてもイキイ キとして輝いて見え、指揮官であるカールにとってもこれ以上喜ばしい事はなかった。 とりあえずしばらくの間カールはその場で皆の様子を見、もう大丈夫だろうと判断してから自 分のテントへと帰って行った。 「……ねぇ、何か怪しくなかった?」 「うん、確かに怪しい」 ステアとナズナは機材の影に隠れ、テントへと帰って行くカールの姿を眺めながら密談を始め た。 サラと会話している時のカールの様子が余りにもぎこちなかったので、二人はずっと気になっ ていたのだ。 そ 体を硬直させたり、不自然に目を逸らしたり… いだ あれ程あからさまに動揺した姿は、サラに特別な感情を抱いていると公言している様にしか 見えなかった。 「ひょっとして少佐……」 「……たぶんそうだと思うわ」 おもも ステアとナズナはとても神妙な面持ちで話していたが、実は内心かなりのショックを受けてい た。 あこが 二人にとって、カールは憧れの存在だからだ。 カールは軍関係者だけでなく、何故か民間にも広く顔を知られており、熱狂的なファンが集ま ってファンクラブまで作られている。 もちろん本人には内緒で。 ごくわず ステア達もファンクラブに入っていたが、会員でも直接会える者は極僅かだった為、この演習 場に来るのを非常に楽しみにしていたのだ。 ふた しかし蓋を開けてみると、憧れの人の恋心に気付くという非常に残念な結果が待っていた。 すぐには信じ難い事実に、二人は落胆の色を隠せず、暗い表情で沈んでいた。 そんな二人の様子に気付いたサラは、一瞬声を掛けようか掛けまいか悩んだが、今日中に機 材の整理をしておきたかったので、わざと少し怒った風に話し掛けた。 「さぼってないで手伝ってくれないかな?」 「あ、すみません」 ステア達は素直に謝り、片付けを再開すると見せかけてサラの両脇に並んだ。 「……何?」 たくら 二人が何か企んでいるのではないかと感じたサラは、思い切りイヤそうな顔をして尋ねた。 すると、ステアとナズナはにやりと不敵な笑みを浮かべ、サラの顔を覗き込んだ。 「博士ぇ、さっきのどう思いました?」 「さっきの、って?」 「シュバルツ少佐の態度、おかしかったと思いません?」 「そぉ?私は気にならなかったけど…」 サラはカールのあからさま過ぎる態度に全く気付いていなかった… ステア達は思わずガクッと脱力し、苦笑いを浮かべた。 「は、博士って……すっごく鈍感なんですね」 「思いっきりわかりやすかったじゃないですか〜」 ステア達が何を言いたいのか理解出来ず、サラはキョトンとして二人を交互に見つめた。 とっさ ステアとナズナは咄嗟に目で合図を送り、一つの結論に達して深く頷き合った。 「博士、少佐とは以前どこかで会った事がありますよね?」 「う、うん。え〜っと……確か三ヶ月くらい前に基地で会ったの」 「その時ですね」 「……何が?」 まだわからないのかと小さくため息をついたステアとナズナは、一呼吸置いてからもう一度に やりと笑った。 「少佐は博士の事が好きなんですよv」 「そうなんですよvv」 「はぁ?そんな訳ないでしょ。冗談なんて言ってないで、さっさと片付けを始めましょう」 ステア達がわざわざブリッコポーズまでして教えたのに、サラはあっさりと否定して歩き出し た。 慌てて二人は後を追い、サラの前に立ちはだかって通せん坊をした。 「絶対そうです!」 「あんな態度を見たら、誰だってそう思います!」 「そうかしら。気のせいじゃないの?」 サラが全く聞く耳を持ってくれない為、ステア達は一瞬諦めそうになったが、何とかめげずに 話し続けた。 めいせき そろ 「シュバルツ少佐といえば、容姿端麗・頭脳明晰・超一流のゾイド乗りって三拍子揃ってるん ですよ?」 「しかも、あの若さで少佐にまで昇進したエリート中のエリート!」 「男女問わず人気があって、軍だけじゃなく民間にまでファンクラブがあるんです!」 「実は、私達も会員だったりしま〜すvv」 ステアとナズナは二人で盛り上がっている時と同じノリでペラペラと話し、顔写真付きの会員 証を嬉しそうに見せた。 二人の話を聞いていてピンときたサラは、会員証をじろっと横目で見た。 「……なるほど。だから私にこの演習場を勧めてきたって訳ね」 つぶや サラが呟く様に言うと、ステア達はピタッと動きを止めて苦笑した。 「や、やだなぁ、博士ってば。偶然ですよ、偶然」 「そ、そうですよ。少佐のスケジュールなんてわかる訳ないです〜」 ファンクラブに入っているのだから、スケジュールくらい知っていて当然だろうと思ったが、サラ あ は敢えてそれ以上追求しなかった。 「ま、いいわ。そういう事にしておきましょ。……でもね、この演習場を勧めてもらって正解だっ たかもしれない」 「え…?どうしてですか?」 「シュバルツ少佐って話のわかる人みたいだし、それに…」 サラはそこまで言って一旦言葉を切り、急に声のトーンを落としてこっそりと言った。 「プロイツェンの事、嫌いみたい」 「へぇ〜、そうだったんですか。ちっとも気付かなかったです」 ステア達は素直に感心したが、あの短い会話の間にそこまでわかりながら、何故カールの不 自然な態度には気付かなかったのだろうと疑問に思った。 うと サラは想像以上に恋愛事に疎いらしい。 ステアとナズナは先程目で合図し合って出した結論を、必ず実現させようと心に誓った。 彼女達が出した結論とは、サラとカールを恋人同士にする事。 憧れの人の恋を実らせてあげたいと思って出した、彼女達なりの答えだ。 しかも二人が恋人同士になってくれたら、いつでも生でカールを見られるという特典が付いて くる。 ファンにとって、これ以上幸せな事はない。 した それにカールならば、ステア達が今までずっと姉の様に慕ってきたサラを、必ず大切にして くれるはずだ。 ステアとナズナはあれやこれやと色々考えていたが、結局本音は『少佐を生で見たいvv』の つ 一言に尽きる様だ。 二人はサラとカールの仲を取り持つ為、早速作戦を練り始めるのであった… * その日の夜、サラは詳しい事情を説明する為にカールのテントを訪れた。 まね カールはにこやかな笑顔でサラを招き入れたが、よく観察してみると、その笑みは緊張の為 に引きつっていた。 「遅くなってごめんなさい。思ったより手間取ってしまって…」 「いや、構わないよ」 そそ サラに椅子を勧めたカールは、慣れた手付きでカップにコーヒーを注ぎ、テーブルの上に静か に置いた。 「ありがとう」 サラは笑顔で礼を言い、コーヒーをコクコクと飲み始めた。 カールはサラの愛らしい仕草の一つ一つに内心ドギマギしていたが、なるべく直視しない様 心掛け、彼女の向かい側の椅子に腰を下ろした。 カールと視線の高さが同じになるとサラはカップを置き、持参した地図を机の上に広げてみせ た。 「これは…この辺りの地図だね」 「ええ。先日あなたがいた基地で頂いた物です」 「あぁ、あの時に……」 カールはサラと初めて会った日の事をしみじみと思い出した。 まるで昨日の事の様にはっきりと、あの日のサラの笑顔が思い浮かんだ。 彼の思い出した笑顔が目の前の笑顔と重なり、カールはハッとしてサラから目を逸らした。 サラはそんなカールの不自然すぎる行動に気付いた様子もなく、地図に書かれた赤い点を指 差しながら説明を始めた。 「二ヶ月くらい前にこの地点…この演習場から西へ5km程行った所で遺跡を発見したのです が、その時は充分な設備がなく、ほとんど調査する事が出来なかったんです。それで、先日 ようやく必要機器が全て揃ったので、遺跡に一番近いこの演習場でお世話になれたらと思っ てやって来た訳です」 「…ふむ、大体の事情はわかった。だが、遺跡調査の為とは言え、女性だけでこのような所 へ来るなんてあまり感心しないな」 「そうですか?私達科学者にとって、そんな事はどうでもいいんですよ。重要なのはその遺跡 でどのような発見があるか、それだけです」 サラはずっと笑顔のまま話していたが、目は決して笑っていなかった。 それだけ彼女が真剣なのだと察し、カールは深く頷いてみせた。 「そうか…。すまない、失礼な事を言ってしまったようだ」 「いえ…」 「…それでクローゼ博士、どのくらいの人数が必要なんだ?」 「あら。私から言わなくても、少佐は全てお見通しでしたか」 「女性だけで発掘するのはさすがに無理があるからね」 「じゃあ、少佐。モルガ三機と兵士さんを二十人程お願いしていいですか?」 「了解した。発掘は明日から始めるのか?」 「ええ、そのつもりです」 「では早速手配しておこう」 「よろしくお願いします」 「……………」 「……………」 とぎ いくぶん あせ 会話が途切れてしまい、幾分落ち着きつつあったカールは途端に焦り始め、何か話す事はな いかと慌て始めた。 よそ しかし、彼の心配を余所にサラは平然と話を続けた。 「それで少佐、もう一つお願いがあるのですが……」 「あ、あぁ、何だ?」 「私の事、『クローゼ博士』って呼ばないでほしいんです」 「……?何故…?」 わがまま 「…すみません、自分でもすごく我儘な事言ってるってわかってます。でも父と同じ名で呼ば れたくなくて…。今更皆にはこんな事頼めませんが、少佐であるあなたなら『クローゼ博士』っ て呼ばなくても、誰も気にしないと思ったんです。……ダメでしょうか?」 どうやら先日亡くなったばかりの父と同じ名で呼ばれたくないらしい。 こば 『父』と言った時に一瞬見せたサラの悲しい瞳が目に焼き付いてしまったカールは、拒む理由 などありはしないと笑顔で頷いた。 この演習場にいる者の中でそんな事を頼めるのは、彼女の立場に近い自分だけなのだ。 「…別に構わないよ」 「え、いいんですか?!ありがとう、すごく嬉しいです」 |
サラは余程嬉しかったらしく、今まで皆の前では見せた事のない飛び切りの笑顔で喜んだ。 だが、サラの我儘はカールにとっても喜ばしい事であった。 彼女と仲良くなる口実が出来たからだ。 たと サラの方は彼が良き相談相手になってくれたらいいと思っているだけだったが、例えその事を 知ったとしても、カールは嬉しくて仕方がなかった。 「………じゃあ、何て呼べばいいかな?」 「えっと……名前でお願いします」 「な、名前?」 「はい!あ、でも『さん』は付けないで下さいね」 ため カールはドキドキしながら、試しに彼女の名を口にしてみる事にした。 「……サラ…、でいいんだね?」 「ええ、それでいいです」 「ではサラ、私からも一つお願いしたい事があるんだが、聞いてもらえるか?」 「はい、何でしょうか?」 ここでカールは何故か一旦会話を中断し、一度深呼吸してからサラの大きな瞳を見つめた。 「私と話す時は敬語を使わないでほしい」 「敬語…ですか?」 ずいぶん カールのお願いが予想したものと随分違っていた為、サラは驚いて目をパチクリさせた。 彼女がそんなに驚くとは思いもしなかったカールは、慌てて言い直した。 ふしん 「き、君を名前で呼んでいるのに、敬語で話していては皆に不審がられると思うんだ。だか ら…」 「なるほど。名前で呼ぶって事はお友達になったって事ですものね。わかりました…じゃなく て、わかったわ。これからよろしくね、少佐」 「あ、ああ…」 やはり最初は『友達』からスタートするものなんだなと、カールは少々ガッカリした。 しかし目の前でサラに微笑まれると、その落胆した気持ちも綺麗さっぱり無くなってしまう単 純なカールであった。 ふと傍にある置き時計を見て今現在の時間を知ったサラは、カップに残っていたコーヒーを飲 ほ み干すと、ゆっくり立ち上がった。 「そろそろ帰るわ。遅くまで付き合わせてごめんね」 「いや…」 「じゃ、また明日。おやすみなさい、シュバルツ少佐」 「ああ……おやすみ…」 サラがテントから出て行くのを、カールは椅子に座ったまま呆然と見送った。 ガッカリした様な、ほっとした様な、複雑な気持ちだった。 じょじょ とおざか サラの足音が徐々に遠離っていき、完全に聞こえなくなるまで、カールはその場から動く事が 出来なかった… 『お帰りなさ〜い!』 サラが研究所のテントに戻って来ると、ステアとナズナは入口で揃って彼女を出迎え、にやに や笑いながら周りを取り囲んだ。 「博士、どうでした?」 「もう告白されちゃったとか?」 「何言ってるのよ。発掘の手伝いを頼みに行っただけなのに、そんな事ある訳ないでしょ」 「えぇ〜、何も無かったんですか〜?!」 「明日は早いんだから、早く寝なさい」 サラは二人を全く相手にせず、シャワーを浴びにテント内の小型の浴室へ姿を消した。 ステア達はサラを黙って見送ってから、こそこそと密談を始めた。 「少佐って奥手だったんだ」 「今まで一度もお付合いした事がないって噂されてたもんねぇ」 「少佐程の人ならこっそり彼女を作ってるって思ってたけど、噂通り本当にいないのかぁ…。博 士と同じだね。……って事は、今回が初恋?」 「たぶんそうね。少佐ってば、かわいい〜vv」 「ちょっと待ってよ、それなら余計問題ありだわ。今日の少佐の態度からして、きっと自分の気 持ちを言い出せないで終わりそうよ」 「態度がどんなにあからさまでも、相手はあの鈍感な博士だし、はっきり告白するまで絶対気 付かないわよ〜」 「だからこそ私達が頑張るしかないのよ!」 「そうね!明日から忙しくなりそうだわ〜」 あさって さけ ステアとナズナは明後日の方向に向かって意味もなく叫んだ。 彼女達の目には光り輝く太陽が見えている様だ。 そな つ そして二人は明日からの作戦に備え、張り切って眠りに就いたのだった… ●あとがき● 運命の歯車が巡り巡って再会を果たした二人。 完全に一昔前の少女マンガを思い出すストーリー展開です(笑) でもこれだけは外せないって思うエピソードなんですよね。 自分がいいと思えるなら大丈夫かな、なんて思ってみたり… そして助手のステアとナズナは私の代弁者。 これからも私の思いを全て代弁してもらいますvv ●次回予告● 演習場にサラ達が来て、最初の朝を迎えました。 しかし、マトモに朝を迎えられない者達がいました。 彼らに一体何があったのか…? その答えはサラ達が使っている研究所のテントに関係している模様。 第三話 「防犯」 今度もめちゃくちゃ…って、いい加減しつこいなぁ(笑) |