第十七話


「博物館」


初めてのデート以来、カールはサラに言っていた通りきちんとスケジュールを組み、丸一日休

暇を取る様に心掛けた。

その為多くても十日に一度しか会う事が出来なかったが、カールが無理をしていないとわかっ

ていたので、サラは彼と会える時間を今まで以上に大切にしていた。





そして忘れてはいけない、ステア達対策。

彼女達の期待を見事に裏切る形で、二人は必ず研究所の外で待ち合わせをし、なるべく近場

へ行く様にして、二人だけの楽しい日々を過ごしていた。

結局カールの私服を見る事が出来たのは、今の所サラだけらしい。

しかしサラもカールもファッションには余りこだわっていなかった為、互いの姿をどうこう言う事

はなかった。
                                                  あ
ただしカールだけは毎回サラの姿に見とれていた様だが、それは敢えて言う程の事でもない

だろう。
                                     はぐく
こうして二人はゆったりとではあるが着実に、愛を育んでいくのであった。





そんなある日の夜…

いつも通り通信でデートの約束をして行き先を決めていると、突然カールが今までとは違った

場所へ行こうと言い出した。

その場所とは、プロイツェンによって立ち入り禁止区域に指定されている国立考古学博物館。
                                                            とつじょ
数年前までは一般市民も自由に出入り可能であったが、クローゼ博士の死後、突如立ち入り
          いわ
禁止になった曰く付きの施設である。

考古学の専門家であるサラでさえ、出入りを許されていない。

現在入る事が出来るのは、プロイツェンの研究所に勤める研究員のみ。

そんな施設へ行くなんて、裏工作が得意なサラでも容易な事ではないのに、カールなら可能
  にわか
とは俄に信じ難かった。

「…あそこは無理だと思うけど?」

「そうでもないんだ。何故かはわからないけど、軍人なら入れるようになっているらしい」

「軍人なら…?」

「その手の情報に詳しい部下が、コードナンバーさえあれば入れるって教えてくれたんだ」
                                                     いか
「コードナンバー…。なるほど、軍関係者なら簡単に入れるって訳ね。如何にもプロイツェンら

しいやり方だわ。でも……」

サラは一旦言葉を切ると、優しく微笑むカールの瞳をじっと見つめた。

「あなたのコードナンバーを使って大丈夫なの?後で何かあったら、私…」
                                つな
「俺の事は心配ない。最近はプロイツェンと繋がりのある者も余り訪れていないようだし、完全

に放置されているらしい」

「…そお?それじゃあ大丈夫、かな」
                                                      ごまか
「あ、でも一応研究所の制服で来てくれると有難いな。いざという時に誤魔化せるから」

「そうね。その時は私に任せておいて、バッチリ言いくるめてみせるわv」

「ああ、頼む」

二人は楽しそうに微笑み合い、軽く挨拶をして通信を終えた。





数日後、サラはカールに連れられ、帝都ガイガロスに程近い国立考古学博物館へ向かった。

今日の二人の服装は、示し合わせた通り軍服・制服である。

博物館の近くまでやって来ると、放置されているのがありありとわかる様に、周囲には人影が
            さび
全く無く、非常に寂れた印象を受けた。
          たずさ
昔は考古学に携わる者だけでなく、子供達まで社会見学として訪れる施設であったが、今は
      おもかげ
その頃の面影すら残っていなかった。

「あ〜ぁ、父様がいた頃はこんな風に寂れていなかったのになぁ…」

「ああ。俺も前に何度か来た事があるけど、昔はこうじゃなかったな」

二人は博物館の現状にかなりのショックを受けたが、それでも久し振りに訪れる喜びの方が
まさ
勝り、軽い足取りで入口へ向かった。

すると、以前訪れた時には無かったはずの機械が入口に設置されており、カールはその機械

の前に立つと、自分のコードナンバーを打ち込んだ。



ピピッ



………カチャッ



カールのコードナンバーがきちんと認識されたらしく、少しの間の後ドアのロックを解除する音

が響いた。

こういう雰囲気だと、誰でも意味もなくこっそりと行動してしまうものだが、カールはいつも通り

堂々とした態度でドアを開き、サラを先導して歩き出した。

「中は全然変わってないみたいねぇ」

「ああ。案外そこまでやる暇がないんじゃないかな」

「ふふふ、そうかもね」
                      つな
サラは上機嫌でカールと手を繋ぎ、入口付近に展示されている巨大な化石を観察し始めた。
                                      あ
もう何度も目にしている化石だったが、いつ見ても飽きなかった。

嬉しそうに化石を見るサラの横顔を眺めながら、カールは来て良かったと心から思っていた。

前々からサラが考古学博物館に行きたがっている事を知ってはいたが、こんなにも喜んでくれ
                                      かい
るとは思わなかったので、頑張って情報を集めた甲斐があったというものだ。
                     たやす
軍内で情報を収集するのは容易い事ではなく、部下に詳しい者がいなかったら、きっとわから

なかっただろう。

情報を提供してくれた部下に感謝しつつ、カールはサラと共に博物館の奥へ入って行った。





「…あ、あれ」
  つぶや
そう呟いたかと思うと、サラはカールから手を離して突然駆け出した。

カールは急いで後を追い、石版が展示されてあるガラスケースを食い入る様に見つめている

サラを見つけた。

カールが傍までやって来ると、サラは振り返らずに話し始めた。

「これ、私が初めて発掘したものなの」

「へぇ、そうなのか」

入口から今に至るまで、展示されてあるものは全て嬉しそうに観察していたのに、自分が発

掘したという石版だけは何故か淋しそうな目で見ていた。

そんなサラが心配になったカールはそっと彼女の手を取り、温もりを確認するかの様にギュッ

と握った。

カールの温もりが伝わった瞬間、サラはハッとなると慌てて笑ってみせた。

「ごめんさない。この石版を見ていたら、つい父様の事思い出しちゃって…」

「………。そう……か…」

カールはどう返事をすべきか困ってしまい、中途半端な答えを返した。

「あはは、あなたが困らなくてもいいのに」

「う、うん…。けど……」

「この博物館に展示されてあるものはね、ほぼ全て父様が発掘したものなの。…だから、思い

出したくなくても、ここに来れば必ず父様の事を思い出してしまう。……でも、いいの」

「いい…?」

「ええ。ここには父様の思い出がいっぱい詰まっているんだもの。どうしても行きたくなる、とて

も大切な場所だから…、今日あなたと来れて、すごく嬉しいって思ってる」

「サラ…」

本当は悲しいはずなのに、サラはそんな素振りを一切見せず、再び食い入る様に石版を見つ

めた。

カールはサラの本心を聞きたくなったが、無理に聞き出すのはよくないと思い直し、今は自分
                     いや
に出来る範囲で彼女の心を癒す努力をしようとそっと手を伸ばした。
                                                           みどり
すんなりとカールの腕の中に包まれたサラは幸せそうな笑みを浮かべ、美しい碧色の瞳を見

上げた。
       うる
心なしか潤んだ印象を受ける大きな瞳を見、思わず唇を重ねたくなったカールは、優しくサラ
  あご
の顎に触れて顔を上に向けさせた。

サラはカールの次の行動を察して目を閉じ、二人が口づけを交わそうとした瞬間…





コツ、コツ、コツ…





突如、入口の方から数人の足音が聞こえてきた。
                                      ひそ
カールは素早くサラを抱き寄せ、近くの物陰に身を潜ませると、足音が聞こえる方向をじっと
 みす
見据えた。
                     じょじょ
入口から聞こえてくる足音は徐々にカール達の方へ近づき、二人が隠れている物陰のすぐ傍

でようやく立ち止まった。

サラが初めて発掘したという石版の近くだ。
              のぞ
物陰からこっそりと覗いてみると、見た目からして学者と思われる白衣を着た二人の男性が、

ガラスケースの中をジロジロと覗き込んでいた。

「これだな」

「ああ」
                 ささや                            はず
白衣の男性達は小声で囁く様に言い、そっとガラスケースを取り外すと、中にあった石版を

手に取って足早に去って行った。
父様の…
彼らが博物館から出て行ったのをドアの音で確認し、カールとサラは物陰から出ると、急いで

先程見ていたガラスケースの所へ向かった。
                                           おさ
サラが発掘した石版は……きちんとガラスケースの中に収められていた。

「…君が発掘した石版ではなかったようだね」

「うん、でも……」
                                      まゆ
サラは博物館の入口の方へ目をやり、困った様に眉をハの字にした。

「あの人達、今はプロイツェンの研究所に勤めているけど、前は国立研究所に勤めていた人

達なの。だから、ここにあるものの解析データは全て目を通しているはずなのに、どうして今

更持ち出す必要なんてあったのかしら…?」

「…まだ解析されていない所が残っていた、とか?」

「う〜ん…。確かにまだ全てを解析出来てはいないけれど、技術的にはこちらと変わらないは

ずだし、もっと別の目的があって持ち出したのかも…」

「別の目的…?」

「ええ、どんな目的かはわからないけど」
    たんたん
サラは淡々と話すと、先程まで石版が置かれていた場所を淋しそうに眺めた。

どんなにたくさんあっても一つ一つが全て父に繋がるものなので、無くなってしまうと悲しいの

だろう。

その気持ちを察したカールはすかさずサラを抱き寄せ、彼女の頬を優しく撫で始めた。

「ふふふ、くすぐったいよ」

カールのお陰でサラはすぐ笑顔を取り戻し、イヤな訳でもないのに彼の手を振り払おうと、

弱々しい力で抵抗した。

その余りにもかわいらしい仕草に、カールは瞬時に心を奪われてしまい、ふと気付くと夢中で

サラの頬を撫で続けていた。

「もぉ、いい加減にして」

本心ではイヤじゃないと明言しているかの様に、サラは笑顔でカールの手を止めた。
                           や
すると、カールは素直に撫でるのを止め、今度はサラの顎に手を伸ばした。

「…さっきは途中で終わってしまったな」

「う、うん、そうだね…」

「じゃ、続き……」
                                    ふさ                            さわ
そう言うなりカールは有無を言わさずサラの口を塞ぎ、甘い口づけを終えると、にっこりと爽や

かな笑みを浮かべた。

サラも照れ臭そうに微笑み、二人は手を繋いで博物館散策を再開した。





待ち合わせ時間が昼過ぎであった為、博物館内を一通り見て回るだけでもう夕方近くなって

いた。
                                                        つ
しかし二人は慌てた様子を見せず、非常にのんびりと研究所への帰路に就いた。

カールもサラも、二人でいる時は特にマイペースな性格を発揮するのだ。

それだけ互いが気を許し合っているという事だろう。

サラは余程満足したらしく、研究所へ帰るまでの間上機嫌で鼻歌を歌い続け、カールはジー

プを運転しながら、その歌声に終始笑顔で聞き入っていた。




                                                              かいまみ
こうして二人は無事に帰る事が出来たが、思わぬ所でプロイツェンの影の行動を垣間見、

少々不安が残ってしまうカール達であった。










●あとがき●

二人が行きそうな場所ってどこだろう…?
悩みに悩んで思い付いたのが、博物館でした。
いくつか伏線を張りつつ、プロイツェンの存在をアピールしてみたりと、デートシリーズなのに
少々趣向を変えてしまいました。
サラの事を語る上で絶対欠かせない父親の話を今回少しだけ出してみましたが、この話はこ
れからも何度か出てきます。
サラの中でカールの存在が父の存在を越えた時、二人の心は真に繋がったと言えるでしょ
う。
そう遠くない未来に越えられるとは思いますが、そうなれる様にカールには一生懸命頑張って
もらいます。
アニメ同様、相変わらず苦労が多いカール。
でもそんな彼だからこそ、私の心を掴んで離さないのですv
その様な訳で、これからもたくさん苦労して頂きます(笑)
苦労の後にやって来る幸せは、大変素晴らしいものになるはず。
頑張れ、カール!(他人事みたいな言い回し…)

●次回予告●

休暇を取る度にデートをし、恋人同士として充実した毎日を送るカールとサラ。
そんなある日、カールの次の休暇が連休になります。
連休ならと、遠出する事を提案するサラ。
のんびりしたいとの理由から、温泉町へ行く事になりました。
カール達にとって初めての旅行。そして一晩中二人っきり。
何が起こるか、カール達自身にもわかりません。
お待ちかねのデートシリーズ第三弾!(もう自分で突っ込むのも飽きたな…)
第十八話 「旅行〜前編〜」  なんて…美しいんだろう…