第十六話
「紅葉」
こうよう 「北の方では、もう紅葉が始まっているらしいんだ」 カールのそんな言葉で、初デートの行き先が決まった。 前回の様にカールが研究所へ来ると、ステア達が一方的に騒いでしまうので、今度はどこか 静かな所へ出掛けようという事になったのだ。 そこでカールが提案したのが『紅葉を見に行く事』 いか 余りデート向きの場所ではなかったが、如何にもカールらしいと思われる提案であった。 これにはもちろんサラもすぐ賛成し、二人は早速日取りを決め、その日を楽しみに待った。 * 初デート当日、サラは朝早くから皆を起こさない様にこっそりとキッチンへ行き、どう見ても多す ぎるという印象を受ける程のたくさんのお弁当を作り始めた。 カールの食べる量を計算し、二人分より多めに作っている様だ。 お弁当が出来上がると、次は今日の服装。 幼い頃から学者肌であるサラは、今までファッションにはそんなにこだわりを持っていなかった が、それでも一応かわいらしい服を選び、大きなトートバッグにお弁当や紅茶入りの水筒を詰 め、足早に研究所の正面玄関を目指した。 実は、今日のデートはステア達には内緒にしているのだ。 迎えに来てくれたカールに迷惑を掛けたくないと思っての事だったが…… 『おはようございま〜すv』 か どこで嗅ぎ付けたのか、正面玄関にステアとナズナが待ち構えていた。 とど サラは思わずガクッとこけそうになったが、何とか踏み止まって苦笑してみせた。 「め、珍しいわね。あなた達がこんなに早く起きてるなんて」 「ふふふ、当然ですよv 私達にはお二人を温かく見守る義務がありますから」 「そうで〜す。初めてのデートなんですから、お見送りぐらいさせて下さいv」 「…本当に見送りだけなんでしょうね?」 『もちろん!!』 力いっぱい答える二人に、サラは長いため息をつくしかなかった。 そうして約束の時間丁度に、カールがジープに乗って研究所へやって来た。 今日も相変わらず軍服姿。 カールの服装を見た途端、ステアとナズナはあからさまに残念そうな顔になり、先程のサラと 同じくらい長いため息をついた。 どうやら二人の真の目的は、カールの私服を見る事だったらしい。 それでも二人は一瞬落胆の表情を見せただけですぐいつものハイテンションに戻り、軽い足 取りでカールの傍に歩み寄った。 『おはようございます、少佐v』 「やあ、おはよう」 「とうとう初デートですねぇ」 「今の心境を聞かせて下さ〜いv」 「え……、心境…。…………」 朝から元気百倍モードの二人にカールはついていけなくなり、思わず目でサラに助けを求め た。 す サラはカールの視線に気付くと、直ぐさま彼とステア達の間に割り込んでいき、二人の勢いを 止めた。 「あなた達、そういう個人的な事は根掘り葉掘り聞くものではないわ」 「えぇ〜!いいじゃないですか、減るものじゃないですし〜」 はつ 「そうですよ、何と言っても初ですからね。ぜひ博士も心境を聞かせて下さいv」 「悪いけど、遠慮させてもらうわ。じゃ、行きましょ、カール」 ステア達の質問を見事にかわし、サラはジープの助手席に乗り込むと、笑顔でカールに声 を掛けた。 カールが照れ臭そうに運転席に座ると、横からステアとナズナがこっそりと話し掛けた。 「今日はお帰りにならなくてもいいですよv」 「研究所の事は私達にお任せ下さい。博士をよろしくお願いしますね、少佐v」 「…………」 如何に恋愛事が苦手でも子供ではないのだから、ステア達の言葉の意味くらいカールにも理 解出来た。 初めてのデートでどこまで行けと言うのだ、この二人は…? カールは珍しく白い目でステア達を見、何も答えずにジープを発車させた。 「ごめんね、あの二人には絶対気付かれないように気を付けていたんだけれど…」 「いや、別に構わないさ」 さわ 出発するとすぐにサラは申し訳なさそうに謝ったが、カールは爽やかに微笑んでみせた。 か 今日はどんなにイヤな事があろうとも、全て嬉しさで掻き消される。 それはサラも同じで、二人は満面の笑みで微笑み合った。 つ あざ 夏の暑さが終わりを告げ、木々が鮮やかに色づきつつあるのを目で楽しみながら、カール達 は数時間掛け、研究所から北方に位置する小高い山に到着した。 サラはジープから降りると嬉しそうに周囲を見回し、目を閉じて秋の風を肌で感じた。 サラからやや遅れてジープから降りたカールは、彼女が持っているトートバッグをそっと引っ張 り、自分が持つと目で合図した。 口で言うのは照れ臭いのだろう。 「ありがと」 サラは照れながらも笑顔で礼を言い、カールの手をギュッと握った。 サラの体力を考え、なるべく急な山道がない所を選んだ為、二人はのんびりと落ち葉を踏み 締めて歩き、小一時間後には頂上に到着した。 まるで計算したかの様に、丁度正午近くなっていた。 「じゃ、お昼ご飯にしましょ」 サラはカールからトートバッグを受け取ると、いそいそとお弁当を取り出し、昼食の準備を始め た。 「一応多めに作ってきたんだけど、足りなかったらごめんね」 「君が作ってくれたんだから、俺はそれだけで充分満腹になれるよ」 「…そ、そお?それなら……いいかな…」 聞く側が恥ずかしくなる様な事をカールが平気で口にしたので、サラは頬を赤らめつつ、急い そそ でカップに紅茶を注ぎ始めた。 こだま 何かしていないと、先程のカールの言葉が心の中で何度も木霊してしまうからだ。 「はい、どうぞ」 「ありがとう」 ふた 紅茶入りのカップをカールに手渡し、自分の分も用意するとサラはお弁当の蓋を開けた。 お弁当の中には様々なおかずが綺麗に詰め込まれており、それを見たカールは遠足に来た 子供の様な笑みを浮かべた。 「うまそうだな」 「えへへ、いつもより頑張っちゃったの。あなたと二人でお出掛けするの、初めてだから…」 「そ、そうだな…」 今まではそんなに気にしていなかったが、二人は改めて初デートだという事を思い出し、無性 に照れ臭くなると、互いの顔を見ない様にしてお弁当を食べ始めた。 「ふ〜、腹いっぱいだ」 お弁当を食べ終えると、カールは地面にゴロンと寝転び、思い切り伸びをした。 から サラはすっかり空になったお弁当をしまいつつ、見るからに幼い仕草をするカールを見、クスク ス笑い出した。 「カールったら、子供みたい」 「そうか?」 「うん。でも、私もマネしちゃおうっと」 サラもカールの隣に寝転び、宣言通り彼の真似をして思い切り伸びをした。 寝転んでみると落ち葉の柔らかさに全身が包まれ、赤く染まった木々に囲まれている様な気 分になった。 「綺麗ねぇ」 「ああ」 サラは空を見上げて風を感じていたが、カールはそんな彼女を幸せそうに見つめていた。 サラが気付くまでずっと見ていよう… カールの視線に気付いたサラは、コロンと彼の方へ寝返りを打ち、にっこりと微笑んだ。 「なぁに?」 「景色よりも……」 「景色よりも?」 「…景色よりも君の方が綺麗だ」 カールの言葉を聞いた途端、サラの顔が火を吹いた様に真っ赤になった。 |
せじ 「や、やだ、お世辞なんか言っちゃって」 「お世辞じゃない、本当の事を言っただけだ」 「…………」 ひたい サラが恥ずかしさの余り黙り込んでしまうと、カールは寝転んだまま横へ移動し、彼女の額に 自らの額をコツンとあてた。 「本当に…綺麗だよ」 「……カール…」 ほ みどり 大好きな人に褒められて嬉しくないと思う者がいるはずもなく、サラは間近にある碧色の瞳を 見つめ返した。 いと カールはサラの頬に手を伸ばし、愛おしそうに撫でてから花びらの様な桃色の唇に触れた。 「目を閉じて…」 カールに言われるままサラはゆっくりと目を閉じ、気配で彼の顔が近づいてくるのを感じた。 優しく重なる唇…。 カールの気持ちがよく伝わる様な、甘い口づけであった。 かたむ 空が少しずつ赤らみ始め、太陽が西の方角に傾き出した頃、二人は下山を開始した。 あ カールはもうほとんど重みを感じないトートバッグを再び持ち、空いた方の手でサラの手を握っ て歩いていた。 落ち葉を踏み締めながらサラは隣にいるカールの端整な顔を見上げ、ずっと気になっていた おもも 事を思い出すと、神妙な面持ちで突然立ち止まった。 「……サラ?」 「………ひょっとして私の為に…無理して休暇を取ってくれてる?」 「………。…どうしてそう思うんだい?」 「だって……停戦中だけど軍では色々してるみたいだし、だからあなたも忙しいんじゃないか なって思ったの…」 あ あ 敢えてカールが軍服姿で来る事を理由には挙げなかった。 それが一番の理由ではあったが、言いたくなかったのだ。 自分の為に大切な人が辛い思いをする…… その事実を認めたくないという気持ちが、無意識に一番の理由を出させなかった。 表情からサラの思いを察したカールは、握った手を少し強く握り直し、沈んだ雰囲気を吹き飛 ばそうと空を見上げた。 「…確かに忙しいのは事実だ。けど、無理なんてしてない。君の為じゃなく、自分の為に休暇 を取っているから。君の笑顔を見るだけで疲れも全て無くなるし、だからこそ君に会いに行く、 それだけだ」 「私の笑顔で……元気になれるの…?」 「ああ、だから今の顔では元気になれない…。早く笑顔に戻ってほしい…」 「カール…」 サラはカールの優しさに嬉しくなり、飛び切りの笑顔を浮かべてみせた。 途端にカールも笑顔になり、二人は元気良く歩き出した。 あか 研究所へ戻ると辺りはすっかり暗くなり、正面玄関にある灯りの中でサラはジープから降り た。 「ありがとう、今日はとても楽しかったわ」 「ああ、俺もだ。機会があればまた行こう」 「うん、そうね」 「サラ、言い忘れていたんだが…」 「ん…?」 「今度からはきちんと休暇を取るように心掛ける。だから……もう心配しないでくれ」 「…うん」 サラは心から嬉しそうに微笑み、コクンと頷くと運転席にいるカールの傍に歩み寄った。 カールが笑顔で様子を見ていると、サラはそっと彼の額に口づけをした。 「おやすみなさい」 「ああ、おやすみ」 サラは笑顔のままジープから離れ、カールは軽く手を振ってからジープを発車させて帰って行 った。 別れ際は誰でも辛いものだが、互いに笑顔でいるとその辛さも多少軽減された。 カールを見送ったサラはトートバッグを持ち直し、足早に研究所内に入った。 すると… 「あれ〜、帰って来ちゃったんですか〜?」 せっかく 「折角帰らなくてもいいって、少佐に言っておいたのに〜」 そう言いながら、ステアとナズナが正面玄関に顔を出した。 うかが どう考えても、正面玄関にある監視カメラで様子を伺っていたと思われるタイミングであった。 奥手なカールが初デートでそこまで出来る訳がない、とわかっていたのだろう。 あき サラは二人の姿を見ると、呆れた様な表情になって肩をすくめてみせた。 うま 「…ほんと、あなた達は話を飛躍させるのが上手いわねぇ」 「いえいえ、褒めてもらう程の事ではないですよv」 「褒めてないって」 何でも良い方向に受け止めるステア達にサラは思わずすぐ否定し、二人を放ってさっさと歩き 出した。 「あ、待って下さ〜い!」 「初デートの感想、聞かせて下さいよぅ」 ステア達は慌ててサラの後を追い、他の女性職員と一緒になって初デートの事を聞き出そう とした。 だが、そんな事をサラがわざわざ報告するはずがない。 それでも研究所内は、夜遅くまでカールとサラの初デートの話題で持ちきりになるのだった。 ●あとがき● 初物って良いものですねv 特に、カールとサラは生まれて初めてのデートでしたから、いつもと変わりなくと心掛けつつ、 終始緊張していた様です。 最後にはさすがに慣れて、いちゃついておりましたが(笑) 口づけの後のシーンは、不自然でしたがカットしました。 ひたすらラブラブってだけですし、読んでいても面白くないかと思いまして。 でもあの二人の事ですから、話題が多岐に渡ってしまい、世界情勢とかの話までしていたの ではないでしょうか。 とことん軍人、学者な二人。 趣味から考え方までよく似ております。だから気が合うのでしょうね。 そして似ているからこそ、たまに衝突したりもして…そこがまた良いと思いますv 互いに互いを高め合える関係、私はそれを目指して書いています。 本当にそんな関係になれる様に、もっと精進せねばなりませんねぇ(のん気だな…) ●次回予告● 十日に一度は必ずデートをする様になったカール達。 そんなある日、カールはここ最近ずっと立ち入り禁止になっていた国立考古学博物館へ、こっ そり行ってみようと言い出します。 考古学の専門家ですら入る事が許されなかった博物館に、カールなら入れるとわかり、サラ は直ぐさま行きたいと答えます。 待望のデートシリーズ第二弾!(だから待ってないって) 第十七話 「博物館」 ここにあるものは全てあの人を思い出してしまうの…… |