第十四話

「遺跡〜後編〜」


                                             うかが
翌朝カールより先に目を覚ましたサラは、すぐ周囲の様子を伺った。
                        すきま
雨はもう上がったらしく、土砂の隙間から日の光が差し込んでいるのが見えた。
                  や
(良かった……。雨さえ止んでいれば、何とか帰れそうね…)
                                             のぞ
サラはほっと胸を撫で下ろすと、カールを起こそうと彼の顔を覗き込んだ。

カールは静かな寝息を立てながら、まだぐっすりと眠っていた。

(かわいい寝顔……。子供みたい…)

サラが愛らしい寝顔に見とれている内に、カールはゆっくりと目を開いた。
                                               いと
初めはぼんやりしていたが、次第に意識がハッキリしてくると愛しい人が傍にいるとわかり、

にっこりと微笑んだ。

「おはよう、サラ」

「おはよ」

二人は笑顔で挨拶を交わし、昨夜入って来た正面側の入口へ戻る為、カールはサラを抱き上

げて歩き出した。





入口まで戻ってみると、山になっていた土砂は二人が眠っている間に流れ落ちた様で、綺麗

サッパリ無くなっていた。

まだ多少足場は悪かったが、二人は何とか遺跡から脱出し、とりあえず近くの丘を登ると見

晴らしの良い所からセイバータイガーを探した。

が、置いたはずの所にセイバータイガーの姿は見当たらなかった。

「流されてしまったか…」

「私が乗って来たモルガも流されちゃったみたい……」
           つか                       つぶや
サラもカールに掴まって周囲を見回し、残念そうに呟いた。

「仕方ない、救助を待とう」

「……あ、あれ!」

カールが諦めた直後、サラは砂から少し機体を覗かせているセイバータイガーを発見した。

カールはすぐそちらへ向かい、サラを傍に座らせるとテキパキと機体を点検し始めた。

「どぉ?行けそう?」
          う
「ああ、砂に埋まっているだけで機体に損傷はないようだ」
                                          か
そう言いながらカールはコックピット付近の砂をささっと掻き出し、開閉ボタンを押してすんなり

キャノピーを開くと、再びサラを抱き上げて中に乗り込んだ。

機体を起動させると、セイバータイガーはすっくと立ち上がり、体を大きく振るって機体に付い

た砂を払った。
                                      つ
こうしてカールとサラは無事に演習場への帰路に就いたのだった。




                                        そろ
演習場へ帰ると、ステアとナズナだけでなく兵士達も揃って二人を出迎えた。
  ずいぶん
皆、随分と心配してくれていた様だ。

早く無事な姿を見せてやりたいと思ったカールは、セイバータイガーから降りようとサラを抱き

上げたが、ふとある事に気付いて動きを止めた。

「サラ、その姿ではまずいと思うんだが…」

「え?………あ…」

サラは自分の姿を改めて見ると、思わず頬を赤らめた。
                                               ふともも あらわ
カールの軍服を体に巻き付けただけの格好だった為、思い切り太股が露になっていたのだ。
          そで
慌てて軍服に袖を通したサラは、きちんと全てのボタンを閉めてみたが、やはり大きすぎてぶ

かぶかであった。

「…大きい」

「少しの間だから我慢するんだ」

「は〜い」

カールは今度こそしっかりサラを抱き上げ、セイバータイガーから降り立った。

すると、すぐステア達が駆け寄って来てサラに泣きついた。

「はかせぇ〜」

「心配……したんですよぉ…」

「………ごめんなさい」

サラが素直に謝ると、ステアとナズナは安心した様ににっこりと微笑んでみせた。





その後カールはサラを研究所のテントまで運び、後の事はステア達に任せて去って行った。
       どろ                                                        あ
髪や体に泥が付いていたサラは、ステア達に浴室へ連れて行ってもらってシャワーを浴びた。

その間にステアとナズナは替えの服や救急箱を用意し、サラが浴室から出て来ると、急いで

足の手当てを始めた。

「…それで、どうだったんですか?調査は出来ました?」

「ううん。土砂崩れがあちこちで起きていて、それどころじゃなかったの」

「土砂崩れ!?……それは大変でしたね」

「ええ」

サラは素直に頷きつつ、ずっとカールの事を考えていた。

本当に大変だったのは、自分ではなくカールだったのだ。

「博士、少佐の服洗っておきますね」

ナズナが洗面所からひょっこり顔を出して言うと、サラは突然ふらっと立ち上がった。

「待って、私が洗うわ」
                               は
そう言うなり、サラは片足でぴょんぴょん跳ねながら行こうとしたが、それを見たステアとナズ

ナが慌てて駆け寄ってきて彼女の体を支えた。

「無理しないで下さい」

「しばらくは安静にしないとダメですよ」

「でも……洗いたいの」

サラの様子がいつもと違うので、ステア達は思わず顔を見合わせたが、それ以上は何も言わ

なかった。

サラは二人に体を支えてもらいながら洗面所へ向かい、カールに借りた軍服を一生懸命丁寧

に洗うのだった…





その日の夜、いつも勉強を始める時間帯にカールはサラの様子を見に研究所のテントへ向か

ったが、途中ではたと立ち止まった。

このまま近づけば、レーザーに攻撃される事を思い出したのだ。
                                                                   きびす
しばらくどうしようか迷ったが、打開策がなかなか見つからなかった為、引き返そうと思って踵

を返した。

するとその時…

「シュバルツ少佐!」

突然背後から声を掛けられ、振り返ってみるとテントからステアが出て来た。

「今はレーザーを止めていますから、遠慮せずに入って下さい」

「あ、ああ…」

どうして来た事がわかったのだろう…?
          いだ
そんな疑問を抱きながら、カールはステアの後に付いてテント内に入った。
                                                                   けげん
すると、その疑問を察したステアは含み笑いを浮かべ、その笑いが気になったカールは怪訝

そうな目で彼女を見つめた。

「あ、すみません。博士の言う通りになったものですから、感心していたのですよ」

「……?」

「夜になったら少佐が来るかもしれないから、レーザーを止めておくようにと言われていたんで

す。しかも時間まで正確に言っておりましたので、一応その時間に外を見てみたら、本当に少

佐がいらしてて驚いちゃいました」

「そ、そうか…」

サラはカールの性格をよく熟知している。

自分を心配して様子を見に来る事も、時間にきっちりしている事も…。

全て承知の上で、彼を迎える準備をしていてくれたらしい。
                         たま
カールはサラの心遣いが嬉しくて堪らなくなり、自然と笑みを浮かべていた。





「いらっしゃい」

サラは椅子に座ったまま、笑顔でカールを出迎えた。
                                                き
カールが照れ臭そうにサラの傍へ歩み寄ると、ステア達は気を利かせてテントから出て行っ

た。

「足の具合はどうだい?」

「ん、ちょっと骨にヒビが入っていたみたいだけど、大丈夫。大した事ないよ」

「…………」

カールは大した事ないじゃないかという気持ちを思い切り顔に出したが、彼に心配を掛けたく
                      ごまか
なかったサラは明るく笑って誤魔化した。

そして話題を変える為にすかさず洗濯したての軍服を手に取り、カールにそっと差し出した。

「これ、ありがとう」

カールはサラから軍服を受け取ると、すぐそれが綺麗に洗濯されてある事に気付いた。

「…洗ってくれたのかい?」

「うん、さっきやっと乾いたの。間に合わないかと思っちゃった」
           つか
「そんなに気を遣わなくてもいいのに…」

「そんな訳にはいかないわ。迷惑かけたんだもの……。これくらいしなくちゃ、私の気が済まな

いよ」

「サラ…」

カールは堪らなくなってサラを抱き寄せた。

「カール…?」

キョトンとしているサラの髪を優しく撫でながら、カールはようやく心から安心した笑顔を見せ

た。
ありがとう…
「もう二度と、あんな危険な事はしないでくれ…」

「…うん、ごめんなさい」

カールにどれ程心配されていたのかがわかったサラは、嬉しさで胸がいっぱいになった。

そしてその嬉しさをきちんと表現しようと、カールの背中に手を回してしっかりと抱きついたの

だった。



                          *



三日後、サラ達は研究所へ帰る事になった。

サラが帰ると言い出した時、当然ステアとナズナは猛反対したが、プロイツェンの研究所の者

がすぐそこまで来ている事がわかっていた為、そうも言っていられなかった。

もしプロイツェンにサラ達が遺跡調査をしていた事を知られたら、ただでは済まないだろう。
                          こんせき
幸い遺跡の方は雨のお陰で調査の痕跡が綺麗サッパリ無くなっていたので、後はサラ達が

いなくなれば気付かれる心配はない。
                             ふく  つら
しかしステア達はまだ納得がいかず、膨れっ面のまま帰る準備をしていた。

「博士ぇ、本当に帰っちゃうんですか?」

ステアは椅子に座ったまま荷物を整理しているサラに、不満そうに声を掛けた。

「ええ、帰るわよ。今更何言ってるの」

「少佐に会えなくなってもいいんですか?」

「あのねぇ…」

サラは荷物を整理する手を止め、ステアの方に振り返った。

「二度と会えなくなる訳じゃないのよ?会おうと思えば、いつでも会えるわ」

「そうですけどぉ…」

「ほら、さっさと支度を終えないと、迎えが来ちゃうわよ」

そう言ってサラは再び荷物を整理し始めたが、その表情はいつもより明らかに暗く感じられ

た。

ステア達は何も言えなくなり、黙って荷作りを再開した。





サラ達が帰る支度を終えた頃、丁度良く研究所からの迎えの車がやって来て、ステアとナズ

ナは兵士達に手伝ってもらいながら、せっせと荷物を運び出した。
                                           まつばづえ
サラは皆の邪魔にならない様に、軍の医療班から貰った松葉杖を突き、少し離れた所まで移

動すると、その様子を静かに見守った。

しばらくするとサラの隣にカールが歩み寄り、一緒になってステア達を眺め始めた。

「とうとう出発か……」

「うん…」

「今度研究所へ遊びに行ってもいいかい?」

「ダメって言うと思う?」

サラがクスクス笑って聞き返すと、カールもつられて笑いながら答えた。

「言わないと思う」

カールの答えにサラは満足そうに頷き、にっこりと微笑んだ。

そして再びステア達の方へ目をやると、二人共黙り込んでしまった。

お互い話したい事はたくさんあるのに、何を話せば良いのかわからず言葉が出なかった。

言葉が出ないならとカールはサラの手を優しく握り、そこでようやく口を開いた。

「必ず……会いに行くから」

「うん、待ってる…」

サラは笑顔でカールの大きな手を強く握り返すと、突然辺りをキョロキョロと見回し始めた。

カールがどうしたのだろうと思いながら様子を見ていると、サラは嬉しそうに彼の胸に飛び込

んでいった。

どうやら先程の行動は、自分達の方を見ている者がいない事を確かめる行為だったらしい。

カールは優しくサラを受け止め、彼女の温もりを全身で感じた。
                   ほうよう
そうして少しの間だけ熱く抱擁し合い、二人が笑顔で離れると、帰る準備を終えたステア達が

サラを大声で呼んだ。

「博士ぇ〜、準備完了しました〜!」

「は〜い、ご苦労様」

サラは松葉杖を突きつつ、ゆっくりとステア達の方へ歩き出した。

その後について歩いていたカールは少し考え込むと、いきなりひょいとサラを抱き上げた。

「きゃっ……な、なに?」

「送るよ」

「う、うん、ありがと…」
       さわ                                         むげ
カールに爽やかすぎる笑顔を向けられると、サラだけでなく誰もが無下に断れなくなってしまう

様だ。

サラは照れ臭そうにしながらもカールの首に手を回し、しっかりと抱きついた。

サラがしっかり掴まったのを確認すると、カールはゆっくりとした歩調で歩き出した。

まるでサラといられる時間を長引かせようとしているかの様なゆっくりさであった。





やがてカールとサラが迎えの車の元へ到着すると、ステア達はにやにや笑いながら冷やかし

始めた。

「お熱いですねぇ〜v」
うらや
「羨ましいですぅ〜v」

「もぉ、茶化さないの」

サラは怒って言ったつもりだったが、顔は笑顔のままであった。

ステア達が車の荷台に乗り込むと、カールは二人の隣にサラをそっと降ろした。
                                                   うる       なごりお
その時異常に熱い視線を感じて隣に目をやると、ステアとナズナが潤んだ瞳で名残惜しそう

にカールを見上げていた。

「少佐、絶対研究所へ遊びに来て下さいね」

「いつでも大歓迎ですからv」

「ああ、ありがとう」

カールが笑顔で答えると、ステア達はその笑顔にきゅ〜んと心をときめかせ、ウットリしながら

再び彼に熱い視線を送った。

しかしその時カールの目にはもうステア達の姿は映っておらず、二人はガクッと肩を落とした

のだった。

カールはサラの目を見つめたまま黙っていたが、無理に言葉を交わさなくても、互いの気持ち

がよく理解出来た。

サラはにっこり笑って軽く頷き、運転手に声を掛けた。

「じゃ、出発してちょうだい」

運転手はサラの声を合図に、車を発車させた。

「またね」

「ああ」

サラとカールは短く挨拶を交わし、互いの姿が見えなくなるまで見つめ続けていた…










●あとがき●

私の小説では、このお話で1部が終了です。
二人が出会ってから、気持ちを確認し合うまでを一括りにしています。
アニメでいう1部が始まるのは、これから更に一年ほど後になります。
一旦離ればなれになりますが、二人の絆はより深くなっていく予定です。
今まで以上にラブラブなお話を、頑張って書きたいと思いますv
最後に、カールがサラに貸した軍服についての補足(説明が足りない様な気がしたので…)
あれは皆さんお馴染みの、カールがいつも着ている軍服で、一見脱ぐのが難しそうな印象を
与える服ですが、着慣れている彼はすんなりと脱げます。
ですが、あれをそのまま洗濯出来るのかと言うと…謎です(笑)
一応階級章などの装飾品(?)は取り外して洗濯したと思います。
本当にあの軍服って、どうやって着たり洗ったりするのでしょうねぇ…?
まさか使い捨て!?…なんて事はない、はず。
私なりの描き方で、あの軍服の構造を解明していくつもりです。
こんな風に書くと、脱ぐシーンを描くと明言しているみたいですね(笑)
どうなるかはこれからのお楽しみって事にして下さいv

●次回予告●

研究所へと戻ったサラは、しばらくの間療養の日々を過ごします。
そして新たな研究を始めた頃、突然軍から通信が。
ステアを始めとする助手の面々は警戒して応答しませんでしたが、サラだけは違いました。
きっと彼からだ…!
期待に胸を膨らませ、サラは急いで応答します。
第十五話 「来訪」  早く…会いたい…