第十一話

「事件」


サラ達が演習場に来てから三ヶ月程経ち、砂の撤去作業がようやく終わりを迎えた。

専用の機械を使ってはいたが機械は大きく掘る事しか出来ず、遺跡内部にある砂は全て手

作業で撤去した為、こんなにも時間が掛かってしまったのだ。
                    とぎ
ある程度掘り進むと砂が途切れ、そこからは普通に進める様になり、いよいよ待ちに待った調

査が始まった。




               めんみつ
サラは毎日遺跡内を綿密に調査し、手書きで遺跡の地図を作成し始めた。
                      よそ
しかしそんなサラの頑張りを余所に、ステアとナズナは相変わらず調査をさぼり、作戦を練り

続けていた。

この三ヶ月間にカールとサラは確実に仲が良くなってきていたが、まだ恋仲とは言えない関

係のままであった。
                                                                   うかが
だからこそ決定打となる様な作戦が必要だったので、ステア達は毎日二人の動向を常に伺っ

ていた。
                             かよ
すると、今頃サラが毎晩カールの元へ通っている事に気づき、ステア達は知らない間に話が
                     あせ
進んでしまっていると感じて焦り始めた。
                          かんじん
この二人は、決まっていつもどこか肝心な所を見落とすのだ。

それでしばしばミスをしている。
                                             おろそ
注意はしていても目先の事ばかりを気にし、周囲を見る目が疎かになっている様だ。
                                          さぐ
ステア達は今までの遅れを取り戻そうと、慌ててサラに探りを入れる事にした。

「最近、少佐と妙に仲が良いですねぇ〜」

「そうそう、毎晩会いに行ってるし〜」

「……何が言いたいの?」

サラは思い切りイヤそうな顔をしたが、二人はそんな事お構いなしだ。

「少佐ったら、いつの間にか博士の事、名前で呼んでますよねぇ」

「二人はもうラブラブvなんですね?」
                                  ひやく
「…どうしてあなた達はそうやって話をすぐに飛躍させるの?私はただ、少佐の所で色々勉強

させてもらっているだけよ」

「色々って?」

「愛について語り合うとか?」
              す とんきょう
ステアとナズナの素っ頓狂な返事に、サラは体中の力がガクッと抜け、苦笑いを浮かべた。

「そ、そうじゃなくて……ゾイドの事を詳しく教えてもらってるの」

『ゾ、ゾイド〜!?』
                      そろ  さけ
ステア達は驚きの余り、声を揃えて叫んだ。

「ど、どうしてゾイドなんですか?」

「今回の遺跡調査が終わったら、次はゾイドの研究をするつもりなの。兵士さん達に少佐はゾ
                          おそ
イドに詳しいって聞いたから、色々教わりに行ってるんだよ」

「ほ、本当にそれだけなんですか…?」

「ええ、そうよ。あぁ、それと…本も借りちゃったv」

サラが嬉しそうに分厚い本を見せると、ステア達はこれ以上何を聞いても無駄だと判断し、ガ

ックリと肩を落としてトボトボと自室へ帰って行った。

二人を見送ったサラは何故かほっと胸を撫で下ろし、カールに借りた本を読み始めた。



                           *


                                                               たど
遺跡内部の調査を始め、手書きの地図が完成した頃、サラ達は遺跡の最深部まで辿り着

いていた。

もう少しで調査が終了してしまうという事実に気付いたステア達は、見るからに焦っていた。

早く何か手を打たなければ、カールとサラはただの『お友達』で終わるだろう。

だが、これと言って良い案が一つも浮かばず、作戦を実行する機会も訪れないまま、ステア

達は調査を手伝うより他どうする事も出来なかった。





一方、サラから毎日報告を受けていたカールも、調査が終わりつつある事を察し、思いっ切り

気落ちしていた。

サラはいつもと変わらず勉学に励んでいたが、カールは彼女に会えば会う程辛くなった。
                           ゆううつ
もうすぐサラに会えなくなると思うと、憂鬱にならざるを得なかったのだ。

しかしサラはそんな風に思っていないらしく、今夜も笑顔でカールのテントにやって来ると、い

つも通り勉強を始めた。

カールはずっと恐れて聞けなかった事を今夜こそは聞いてみようと決心し、勉強中のサラに話

し掛けた。

「……調査はあとどれくらいで終わる予定なんだい?」

「え〜っとねぇ…もうほとんど終わっているようなものだし……あと四、五日ってところかな」

「…四、五日……!?」

予想よりもずっと早かったので、カールは大変なショックを受けたが、サラは勉強に集中してい

て落ち込む彼には全く気付かなかった。

やがてカールはゆらりと立ち上がり、考え事をしながら意味もなくテント内を歩き回った。

必死に動揺した心を落ち着かせようとしている様だ。

するとその時、突然サラも立ち上がり、呆然としているカールの前を横切って本棚へ本を取り

に行った。
                                          てき
カールが持参した本棚には、ゾイドについて調べるのに適した本がたくさんあるのだ。

サラは本棚の前で次はどの本にしようかと悩み始め、その姿に見入っていたカールは、無

意識に彼女の背後に近寄っていた。

「ねぇ、次はどの本が参考になりそう?」

サラは本を選びつつ、傍にいるはずのカールに声を掛けた。

だが、何故か返事が返ってこなかったので、どうしたのだろうと振り返ろうとすると、振り返る

前にカールはサラを背後から抱きしめていた。

「……しょ、少佐…?」

サラは突然の出来事に驚き、体が硬直してしまって動けなくなった。

カールは動けないサラをより一層強く抱きしめ、全く離そうとしなかった。

そうしてしばらくサラの温もりを感じた後、カールは何も言わずに突然彼女の耳たぶを口に含

んだ。

「…!?」
                                       すき
サラが思わずピクンと体を震わせると、その油断した隙をついてカールは彼女の腰に手を回

し、強引に引っ張って顔を正面に向けさせた。

「あ、あの………少佐…?」
おび
怯えた目で見上げるサラの首元に、カールはゆっくりと手を伸ばして軽く引き寄せると、彼女
    みずか
の唇に自らの唇をそっと重ねた。
たった一度の過ち…
始めは何が起こったのかわからなかったが、口づけを終えた途端、サラは自分の身に起きた

事を全て理解した。
                                  こぼ               ま
すると、彼女の茶色の瞳からはらはらと涙が零れ落ち、その光景を目の当たりにしたカール

は、その時になってようやく我に帰った。

一時の感情に任せて、何という事をしてしまったのだろう…

すぐに謝ろうと思っても、掛けるべき言葉が見つからなかった。

カールが黙ったまま動けずにいると、サラは首元に回された手を振り払い、テントから逃げる

様に駆けて行った。

カールは追う事も出来ず、呆然とその場に立ち尽くしていた…





サラとの一件から数時間後、深夜にもかかわらずカールは散歩をしに外へ向かった。

ひょっとするとサラが来ているかもしれない…。
     わず
そんな僅かな期待を胸に、いつもサラが歌を歌っている機材置き場へ足を運んだ。

だがそこに、彼女の姿は無かった。

あの様な事があった後なので無理もないが、カールはガッカリして機材に腰を下ろし、ぼんや

りと夜空を見上げた。
                                                           またた
空にはサラが歌を歌ってくれていた時の様に、いつもと変わらずたくさんの星が瞬いていた。
                                              ひど
(これではマルクスと同じだ……いや、奴より俺の方がもっと酷い事を…。泣かせてしまうなん

て……)

カールは自分がしてしまった事を改めて思い出し、心の底から後悔した。

あと四、五日しか会えないというのに、その大切な時間を自らの手で無くしてしまったのだ。

いくら後悔しても………遅い。

(明日、謝りに行こう)

そう、カールは決意した。

サラが研究所へ帰ってしまう前に、きちんと謝罪したい。
たと
例え嫌われていたとしても、彼女を傷付けたまま何もしないでいるよりは数倍マシだ。
                                す
それ程、サラを想うカールの気持ちは真っ直ぐであった。





翌朝、善は急げとばかりにカールは研究所のテントへ向かった。

外から声を掛けると、ステアとナズナがすぐ顔を出したが、彼女達の表情はいつもの笑顔で

はなく、不安そうな顔で妙にオロオロしていた。

もしかすると、この二人は昨夜の出来事を知っているのかもしれないと思いつつ、カールは極
                 よそお
力笑顔を見せて平静を装った。

「サラに会いたいんだが、呼んでもらえるか…?」

カールの言葉を聞き、ステア達はより一層オロオロしながら顔を見合わせた。

そして軽く頷き合ってからカールの方へ向き直し、苦笑いを浮かべて話し出した。

「あ、あの…ですね。博士が『今日は誰にも会いたくない』と言っておりまして……」

「調査も中止になったんです」

「そうか、それなら仕方ないな…。じゃあ、出直してくるよ」

カールがそう言うと、ステア達は慌てて何度も頷いてみせた。

まさかあんな理由で納得するとは思わなかったので、必要以上に驚いてしまった様だ。

カールは淋しそうな表情で研究所のテントを眺め、すぐに目を伏せて足早に去って行った。





カールを見送ったステア達は急いでテント内に戻り、のんびりと本を読んでいるサラの元へ駆

け寄った。

「少佐、行っちゃいましたよ?」

「会わなくて本当に良かったんですか?」

「いいの、私の事は放っておいて」
                                               かか
心配そうに尋ねる二人にサラは少しきつめの口調で答え、本を抱え込む様にして読み出し

た。

しかし実際は本を読んでなどおらず、読むフリをしながらずっとカールの事を考えていた。
                        いま
何故彼があんな事をしたのか、未だに信じられなかった。

(昨日の今日だもの……。会える訳ないわ…)

カールが会いに来てくれた理由は痛い程わかっていたが、わかっているからこそ顔を合わせ

るのが余計に辛かった。

昨夜の出来事のせいでカールの事が嫌いになった訳ではなく、ただ彼に対する気持ちをどう

扱えば良いのかわからなかったから、会いたくなかったのだ。

恋人でも何でもないのに口づけされ、普通なら嫌いになって当然なのに何故かそうは思え
   むし
ず、寧ろ嬉しいという気持ちの方が大きかった。

どうにも扱いきれない不思議な気持ち…

嫌いと思える方が、今の数倍は楽になれるだろう。

だが、どうしても嫌いになれない。

今までこんな想いを経験した事が無かった為、これが『恋』というものだろうかと、サラはぼん

やり思っていた。





尋常ではない、サラの悩みっぷりを横目で見ていたステア達は、今回が最後のチャンスと目

をキラリと光らせた。
                                             うま
どうにかしてカールとサラを引き合わせれば、きっと全てが上手くいくに違いない。

「よ〜し、今度こそ」

「私達の出番ねv」

ステアとナズナは笑顔でガッツポーズを取り、急いで作戦を考え始めたのだった。










●あとがき●

いよいよクライマックスが近づいてきました。
カールの先走った行動には書いた私もビックリですが、それをキッカケにして、二人の仲は急
展開します。
恋に対して不器用な者同士、発展させるのに随分時間が掛かりました。
ようやくサラが自分の気持ちに気付いてくれましたし、あと一歩、というところです。
でも結局は、ステア達の活躍に全てが懸かっているんですよね…
ステアとナズナは本当に私の分身として、よく働いてくれます。
カールが好きだからこそ、彼が幸せになる様に協力してあげたい。
その思いから、私はこの小説を書き始めたのです。
だから、絶対カールには幸せになってもらいたいですね。
頑張って幸せにしてみせますv

●次回予告●

カールが犯した過ちは、本人が思う程愛する人を傷付けてはいなかった。
しかし自分の本当の気持ちに戸惑いを隠せないサラは、カールに会い辛くなります。
カールも彼女と同じく、謝ろうと決意はしたものの、やはり面と向かって話すのは躊躇してしま
います。
そこで登場、ステアとナズナ。
彼女達の行動が、カールとサラにひとすじの光をもたらします。
第十二話 「告白」  いよいよカールが…