第十話

「勉強」


ステア達から、サラの悪癖を直す様に頼まれたカール。

具体的にどの様な方法で直そうかと、ずっと思案する日々が続いていた。

だが結局、言い聞かせるしかないだろうとの結論に達し、サラが報告にやって来る日に、じっ

くり話してみようと決意した。

サラは演習場へ来て以来、週に一度は必ずカールに発掘状況などを報告に来ていたので、

その時が話し合いの絶好の機会なのだ。





「こんばんわ、少佐」

「こんばんわ」

サラは毎週決まった時間に訪ねて来るのだが、何故かいつも暗くなってから来ていた。
                 と
遺跡から帰ると夕食を摂りながら今日の発掘の成果を記録し、全てを済ませてからカールの

テントへ来ているらしい。
                                                   そそ
カールはいつもの様にサラに椅子を勧め、コーヒーをカップに注いで差し出した。

「ありがとう」

サラは嬉しそうに礼を言い、コーヒーをコクコクと飲み始めた。

彼女がわざわざ報告に来ている理由の一つに、『少佐が入れてくれたコーヒーが飲みたいv』

が実は含まれていたりするのだ。

そんな事とは全く気付いていないカールは、毎回深く考えずにコーヒーを入れていた。

「…で、発掘は順調なのかい?」

「ええ、もうすぐ内部の調査を始めるの」
                  ずいぶん
「砂の撤去作業だけで、随分時間がかかってしまったな」

「そうね、でも大丈夫。これからが私の腕の見せどころだもの」

「ああ、そうだね。…だが、無理は禁物だ。また倒れるような事があれば、皆が心配する」

「それはわかっているんだけど…、夢中になったら自分でも止められないの。だから、そうなら

ないって断定は出来ないわ」

サラは自分の性格をよく熟知しているらしく、カールの忠告を聞いた上でそう答えた。

しかしカールはサラに無理をしてほしくなかった為、言い聞かせる以外に何か良い方法はな

いかと、本人の前で悩み始めた。

すると、サラは何かを思い出した様にパンと手を鳴らし、妙に嬉しそうな顔をしてカールを見つ

めた。

「ねぇ、少佐。少佐って、ゾイドに詳しい?」

「え…?まぁ……程々にね」

「程々?そんな事ないでしょ。あなたは帝国軍で一、二を争うくらい勉強家だって、皆から聞い

たよ?」

「ん〜。自分ではわからないけど、詳しい方なのかもしれない」

「やっぱり詳しいんだね。じゃあ、私の先生になってほしいな」

「先生…?」

「うん。今やってる遺跡調査が終わったら、次はゾイドの研究をしようかなぁって思ってて。だ

から詳しい人に色々教えてもらって、予習しておきたいの」

サラはすんなり了解してくれるだろうと思って返事を待ったが、カールは何故か考え込み、す

ぐには口を開かなかった。
                                    じょじょ
カールの反応が予想に反したものだったので、徐々に不安になってきたサラは、心配そうに
       のぞ
彼の顔を覗き込んだ。

「…ダメ?」

「いや、教えるくらい、いくらでも教えるよ。……ただし、一つだけ条件がある」

「条件…?」
          の
「その条件が呑めないなら、今の話は無かった事にさせてもらう。それでもいいかい?」

「え、ええ、いいわ。それで、その条件って?」

これで何とかサラの悪癖を直せるかもしれない…。

そう思ったカールは一度だけ大きく深呼吸し、落ち着いた声で条件を伝えた。

「毎晩遅くまで調べ物をしない事。…要するに、早く寝ろという意味だ」

「………へ?それが条件?」

「そうだ」

「あ、ひょっとして……ステア達から何か聞いた?」

「…別に、何も聞いてない」
                        とっさ
カールはステア達の事を考えて咄嗟に嘘を付いたが、サラには全て見抜かれていた。

どうやらカールは嘘を付く事が苦手らしい。
                                  さと
普段は限りなく無表情で、常に自分の感情を悟られない様に努力しているカールだったが、

軍人ではない普通の青年に戻った時は、生来の嘘を付く事など全く出来ない素直な性格にな

るのだ。

サラはカールに心配してもらっているとわかり、どういう訳か無性に嬉しくなると、それ以上は

敢えて追求しない事にした。

だが、代わりに自分も条件を出そうと思い立ち、カールに向かって笑顔で頷いてみせた。

「わかったわ、その条件呑みます。でも私からも一つだけ、お願いを聞いてくれる?」

「ああ、俺に出来る範囲でなら」

「これから毎日、私の先生をする事」

「毎日?」

「毎日が無理なら、三日置きでもいいよ。教えてもらいたい事がたくさんあるの」

「別に……俺は毎日でも構わないが…」

「交渉成立ね。じゃあ、明日から今くらいの時間に始めましょ。よろしくね、先生v」

「あ、ああ、こちらこそよろしく」

サラはとても上機嫌になり、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。

一方、カールはというと…
                                                    こく
明日から毎晩サラと二人きりになるなんて、自分にはハッキリ言って酷だと思っていた。

しかし自分が我慢しさえすればサラが無理をしなくなるので、これでいいとも思えた。
                                                       ぜいたく
今回の出来事のお陰でサラとより親密な関係になれるのだから、この際贅沢は言っていられ

ない。
百面相〜♪
カールが思った事を素直に顔に出して百面相していると、その様子を楽しそうに見ていたサラ

は、ふと時計を見てゆっくりと立ち上がった。

「そろそろ帰るね」

「あ、ああ、気を付けて」

「うん。おやすみなさい、少佐」

「おやすみ」

カールはテントの入口まで行ってサラを見送り、達成感に満ちた笑みを浮かべると、勢い良く

簡易ベッドに身を投げ出した。

(何とか悪癖は直せそうだな……。残る問題は………この想いをどう伝えるか、だけか…。そ

れが一番難題なんだよな……)

考え事を始めてしまうと、先程までの達成感はすぐに無くなってしまい、カールは何度も寝返

りを打ちながら気持ちを打ち明ける方法を思索した。

直接伝えるのが一番良いとは思ったが、彼女の大きな瞳に見つめられると、自分は確実に言

葉を失うだろう。
             いま
どうやらカールは未だにサラの目を直視出来ない様だ。

いつまで悩んでも答えが一向に出ない為、とりあえず今は成り行きに任せようと思う、マイペ

ースなカールであった…



                           *



翌日から、早速カールとサラの勉強会が始まった。
                           あらかじ                  いど
サラはカール以上に勉強家で、毎回予め予習をしてから勉強会に臨んでいた。

それに対し、カールはゾイドに関してならどんな質問でも答える事が出来るので、何の問題も

なく二人は黙々と勉学に励んでいた。
             のぞ
ただ一つの問題を除いて。

その問題とは…





「ねぇ、少佐。これなんだけど…」

「ん?」

サラの声が妙に間近から聞こえた為、カールは急いで振り返った。

先程まで向かい合って座っていたはずのサラが、いつの間にか隣に移動していた。

「…わ、な、何、ど、どうしたんだ!?」

「へ?どうしたって何が?」
                                        かし
サラはカールの動揺振りに驚き、キョトンとなって首を傾げた。

……これが問題なのだ。

サラにとっては何気ない行動でも、カールにとってはとてつもなく驚く行動。

ただでさえ二人きりという環境に慣れようと努力しているのに、こんなに至近距離で話されて

はその努力も水の泡である。
                             ひと
手を伸ばせば、すぐ届く場所に愛する女性がいる…。

その様な状況のまま、まともでいられる男など、この世に存在するはずがない。
                   かっとう
カールは心の中で様々な葛藤を繰り返しつつ、なるべく視線を合わさない様にしてサラに話し

掛けた。

「すまないが……向かいの席に戻ってくれないか?」

「どうして?この方が教えやすいと思うけど?」

「……俺は教え辛いんだ。早く戻ってくれ」

「………わかったわ。じゃあここだけ教えて、そしたら戻るから」

そう言われては断る訳にもいかず、カールはサラが差し出した本を受け取ると、指し示された

項目を簡潔に説明し始めた。
                         ちくいち
カールの説明を聞きながらサラは逐一メモを取り、説明が終わっても書き取りたい内容が多

かった為、しばらくその場で書き続けていた。

そんなサラの端整な横顔にカールはついつい目を奪われ、熱っぽく見つめてしまっていた。

「ん…?なぁに?」

その視線に気付いたサラが笑顔で尋ねると、カールは金属を高温で加熱したかの様に顔を真

っ赤にし、瞬時に意識が飛んでフラッと倒れそうになった。

「しょ、少佐!?」
                    つか
サラは慌ててカールの腕を掴み、椅子にきちんと座り直させた。
すで                                          そ
既に意識が戻っていたカールはあからさまにサラから目を逸らし、何度も深呼吸して必死に心

を落ち着かせた。

「大丈夫…?」

「……ああ、心配ない」

「でも……顔が真っ赤だよ?熱でもあるんじゃない?」
        はか                 ひたい
サラが熱を測ろうとして手を伸ばすと、額に届く前にカールは素早く動いてその手を止め、安

心させようと懸命に引きつった笑みを浮かべた。

「俺は大丈夫だから、席に戻って勉強を続けてくれ」

「…………。は〜い、わかりました、先生」
     ふ
サラは腑に落ちないといった顔で向かい側の席に戻り、すぐに勉強を再開した。

これからもこの様な日々が続くと思うと、嬉しい反面、まともに生活していけるのかという疑問
  わ
も湧き、カールは複雑な思いに駆られた。
                     い
仲良くなれるチャンスが全く活かせていない。
           ささい
そう思いつつ、些細な事で過剰に反応してしまう自分がそんなチャンスを活かせる訳がない、

ともわかっていた。

しばらくはこの環境に慣れる事だけを重点的に考え、仲良くなるのは後回しにした方が良さそ

うだ。

そうして答えを出したカールはサラの行動に一々驚かない様に努力し、元から鋼であった精
      きた
神を更に鍛え上げるのだった。










●あとがき●

サラの悪癖を直す事に成功!
…はしたものの、カールは自分の首を絞める結果を招いてしまいました。
毎晩愛する女性と二人っきり…
男にとって、これ以上の葛藤はないでしょう!(笑)
でもカールは努力家ですから、きちんと環境に適応しようと頑張るはずです。
そしていつの日か、仲良くなろうとして何かしらの行動に出る…かもしれないですね。
一方、サラは相変わらず純粋に鈍感なまま。
全く、罪な女性だ…(by カール)
とは言え、勉強させてもらいたいと一番にカールに頼んでいる事から、彼女も自分の気持ちに
気付き始めていると思われます。
全話読んで下さっている方なら、わかるとは思いますが…。
これからはステア達よりも、カールの行動の方が重要になっていきます。
そろそろ格好良いカールに戻ってくれたらなぁと思っております。
もう少し、なんですけどね。

●次回予告●

遺跡内部の調査が始まり、着実にサラが研究所へ帰る日が近づいていました。
その事実を認めたくないカールは、いつ調査が終了するのかと聞く事が出来ませんでした。
しかし今までの報告内容から、調査が終わりつつある事を察します。
直接サラの口から聞くまでは、信じる事は出来ないので、カールは思い切って尋ねてみまし
たが、彼女の返事に大変なショックを受ける事になります。
そしてとうとう気持ちを抑え切れなくなったカールは、とんでもない行動を起こしてしまいます。
サラの涙の訳とは…?
第十一話 「事件」  もうダメ…なのか?