第一話
「出会い」
停戦条約が結ばれてから数ヶ月が過ぎ、表向きは戦闘は無くなったが、帝国では相変わらず 実戦さながらの演習が行われていた。 いつ戦争が再開しても良い様にと、軍上層部より指示があったからだ。 ふ いらだ そんな中、やはり彼…カール・リヒテン・シュバルツ少佐は腑に落ちない苛立ちの日々を過ご していた。 これでは停戦条約を結んだ意味が無い。 こちらがこの様な動きをしていれば、共和国側も動かざるを得なくなるだろう。 そうなると再戦は時間の問題。 全てがプロイツェンの思惑通りに進んでいる…。 カールはプロイツェンの思惑に気付きながら、何も出来ない自分を心底もどかしく思うのだっ た。 さなか 少しずつ、だが確実に緊迫しつつある情勢の最中、カール達がいる第四陸戦部隊の基地でち ょっとした騒ぎが起きた。 兵士達が基地内にある資料室へ、我先にと尋常でない早さで集まり出したのだ。 何事かと思ったカールは、とりあえず様子を見に資料室へ向かった。 ゆず 上官の存在に気付いた兵士達は皆慌てて敬礼し、彼の為に道を譲ってくれたので、カールは 一度も立ち止まる事無く資料室に到着した。 のぞ 開け放たれたままになっているドアから中を覗き込むと、カールの目に数人の兵士と青い髪 の女性の姿が飛び込んできた。 「ありがとう」 す 青髪の女性は兵士から何かを受け取ると、とても澄んだ声できちんと礼を述べ、くるりとドアの 方へ振り返った。 その瞬間、カールの体に雷の様な衝撃が走り、いつも冷静な判断を下せるはずの彼の思考 回路が停止した… |
青髪の女性はカールの胸元にある階級章を見ると、彼がこの基地の最高責任者であると気 付き、にっこりと微笑んで深々と頭を下げた。 しかしカールは何の反応もせず、ただぼんやりと見つめ返すだけだったので、彼女はもう一度 えしゃく 軽く会釈して資料室から出て行った。 青髪の女性の姿が視界から消えると、カールは自分が息をしていない事にようやく気付き、 慌てた様子で何度も深呼吸した。 「…あ、あの、少佐。大丈夫ですか…?」 傍にいた兵士が恐る恐る声を掛けると、カールは思わず苦笑いを浮かべ、「何でもない」と軽く 手を振ってみせた。 「そうですか、それならいいんですけど…」 「……ところで、先程の女性は誰だい?」 「あの方は帝国国立研究所のクローゼ博士であります」 「…クローゼ博士?クローゼ博士って確か…」 カールは帝国一の科学者と称されるアルフォンス・クローゼ博士を思い浮かべたが、彼は男 かし 性なので、同じ名の博士が他にもいるのかなと首を傾げた。 その疑問を察した兵士は妙に嬉しそうな笑みを浮かべ、カールに先程の女性について詳しく 説明し始めた。 「名はクローゼでも、あの有名な国立研究所を創設されたアルフォンス・クローゼ博士ではあ りませんよ。あの方はクローゼ博士のご息女、サラ・クローゼ博士です。お父上と同じになって しまいますが、フルネームでお呼びする訳にもいきませんので、我々はクローゼ博士とお呼び しているんです」 「そうか、クローゼ博士の……」 カールはサラが去っていった廊下の方を眺めつつ、深く頷いてみせた。 こうして青く長い髪をなびかせて大きな茶色の瞳で微笑むサラの姿が、カールの心にハッキリ と焼き付いたのだった。 その日からカールはサラの笑顔が頭から離れなくなり、演習中ダメだと思いながらも、気付け ばずっと彼女の事を考えていた。 今までその様な経験をした事が無かった為、始めは戸惑うだけだったが、毎日思い浮かべて いる内に自然と喜びを感じる様になっていった。 幼い頃から優秀な軍人になるべく英才教育を受けて育ったカールには、生まれて初めて味わ おさ いか うこの想いが何なのか全く見当もつかず、少しでもその想いを抑える為、情報を得ようと如何 にも軍人らしい考えに行き着いた。 そうすれば、この想いの正体が少しでもわかる…かもしれない。 カールは部下達が寝静まるまで待ち、深夜にこっそりと執務室へ行くと、急いで端末を操作し 始めた。 まず最初に検索するキーワードを入力する画面が現れ、自分でも驚く程無意識に彼女の名を 打ち込んでいた。 ふと気付くとモニターにはサラの名前が表示されており、カールは一度深呼吸して心を落ち着 かせてから、そっと実行ボタンを押した。 軍のコンピュータには帝国の情報がほぼ全て集められていると前々から知っていたが、今ま でそんなに利用した事が無かった為、その情報量の多さに思わず感嘆した。 サラに関する情報だけのはずが、モニターにはたくさんの項目が並んでいたのだ。 ぶんき ガイロス帝国国立研究所は軍から特別に分岐された施設なので、軍のコンピュータにはその 全ての情報が詰まっている様だ。 とりあえずカールはサラのプロフィールを読み始め、彼女が十五歳という異例の若さでヴァシ コヤードアカデミーを主席で卒業した事、それとほぼ同時期に博士号を取得した事を知った。 (すごい女性…だな) カールはサラの素晴らしすぎる経歴を知って素直に感心し、何度も頷いた。 続いて国立研究所についての項目を読み始めると、少し驚く内容が書かれてあった。 何とサラが国立研究所の代表者になっていたのだ。 もっとよく調べてみると、研究所を創設したクローゼ博士はつい先日病気で亡くなっており、娘 つ であるサラが後を継ぎ、代表者になったらしい。 どことなく心に不安をよぎらせたカールは、研究所について更に調べていくと、クローゼ博士の さかい 死を境に研究員の数が激減している事がわかった。 や 代表者であるクローゼ博士が亡くなって大変な時だというのに、何故皆こぞって辞めていった のか…? 理由は不明だが、その辞めていった研究員達の再就職先がわかると、カールは思わず苦笑 いを浮かべた。 彼らは全員国立研究所を辞めた翌日から、プロイツェンが創設した研究所に勤め始めてい た。 ちまた その研究所は一体何を研究しているのか全く不明の施設で、巷では黒い噂が絶えない所で あった。 (引き抜きだろうか…?) カールはそう考えつつも、それだけではないと感じた。 あのプロイツェン直属の研究所だ、きっと何か裏があるに違いない。 しかしやはりと言うか何と言うか、軍のコンピュータではプロイツェンの研究所の情報は何一 つ得られなかった。 しっぽ プロイツェンがそう簡単に尻尾を出す訳がない。 カールは小さくため息をつき、少し休憩を入れようとモニターから顔を上げた。 そしてサラの現状を知った上で、何か手助け出来る事はないかと考えていると、ふとモニター の右端に小さなマークが表示されているのに気付いた。 (何だろう…?) 気になったカールは一応調べておこうと、そのマークをクリックしてみた。 すると、すぐにサラのファンクラブへの入会案内がモニター一面に表示され、隠し撮りと思われ る彼女の写真が同時に現れた。 (な、なな、な、なんだ!?これは…!?) カールはその案内画面を見るなり、頭の中が真っ白になった。 しかし内容がどういうものなのか心配になったので、もう少し見てみる事にした。 プロフィールは軍のコンピュータから書き写したものらしく、内容はほとんど同じであったが、多 少の追加がしてあった。 追加されたのはサラの趣味や好きな色といったものから身長や体重、何とスリーサイズまで の 載っていた。 しんぴょうせい だが、どれも後ろに(推定)と書かれていたので信憑性は無い様だ。 カールはファンクラブがあるとは思ってもいなかったので、先程よりも長いため息をつき、コンピ ュータの電源を切った。 その時になってふとサラへの想いが一層強くなっている事に気付き、何の為に調べ始めたの かわからなくなってしまったが、それでもいいと思えた。 めば 自分の心に芽生えた想いの正体が、何となくわかり始めたカールであった… ●あとがき● さて、主人公である二人の出会いのお話、如何でしたでしょうか? まさしく運命の出会い!(笑) 一目惚れなんて一昔前によくあったパターンな気がしますが、彼らしくて良いのではないかと 思います。 恋愛ベタですからこれからが楽しみですね〜(私だけ) 第一話からしばらくの間はカール視点でお話が進む予定です。 ●次回予告● サラの笑顔が忘れられないカール。そして相変わらず行われる激しい演習。 カール達第四陸戦部隊は砂漠にある演習場へ向かいます。 そこでカールはある人物との再会を果たす! その人物とは一体…?(バレバレですね) 第二話 「再会」 今度もめちゃくちゃ…もういいか(笑) |