第七十九話
「繋がり」
帝国北部の遺跡の調査を終えたサラは、休む間もなく学会に参加する為の準備を始めた。 今回の学会は報告のみの簡単なものなので、特に大掛かりな準備もなく、サラはステアとナ ズナを連れて学会が開催される町へと赴いた。 ステアもナズナも学会は苦手で、いつも何かと理由を付けて参加しようとしないのだが、サラ は強引に二人を引っ張りこんだ。 学者を目指す者ならば、学会に慣れておかなくてはならないからだ。 丸一日かかった学会は滞りなく終了し、その日は開催地で宿を取った。 ステアとナズナは学会が終わってもブーブー文句を言い続けていたが、サラは終始聞こえな いフリをしていた。 二人にとって必要な事は全て経験させてやりたい……上司であるサラの親心であった。 翌日サラ達は研究所へ帰る為に、学会の主催者が用意してくれた大型バスに乗り込んだ。 その大型バスは乗り心地が良く、サラ達は景色を楽しみながらバスの旅を満喫していた。 ステアとナズナは学会の時とは打って変わり、子供の様にバスの中ではしゃぎ回っていた。 そんな光景を微笑ましく思いつつ、サラがふと窓の外に目をやった時、突然バスが急停車し た。 「うひゃぁっ!?」 急停車の勢いで、ステアとナズナは運転席の方に転がってしまった。 サラは慌てて二人の無事を確認したが、特に怪我をした様子はなかったので、状況を確認す る為に運転席へ向かった。 「どうしたんですか? 何かあったんですか?」 「見た事の無いゾイドが突然飛び出してきて…」 そう言って、運転手は震える手で前方を指差した。 その方向を見てみると、そこには運転手が言った通り、見た事の無い紅いゾイドがいた。 「あのゾイドは……」 思い当たる事があったサラは、運転手に紅いゾイドは敵ではないと伝えると、逆様になったま ま固まっているステアとナズナを助け起こした。 「あなた達、先に研究所へ帰ってちょうだい」 「ほぇ? 何ですか、いきなり?」 「私、今から知り合いと会って話したいのよ」 「知り合い? 知り合いってどこに?」 サラがにっこり笑って前方を指差すと、ステア達はそっちを見るなり眉を顰めた。 どう考えても、怪しいとしか思えないゾイドがいたからだ。 「……本当に知り合いなんですか?」 「ええ、知り合いよ。あ、私自分で帰るし、迎えはいらないからね」 「え、あ、は、博士!?」 驚くステア達を残し、サラは財布などが入った小さなカバンだけを持ってバスを降りた。 運転手に早く行く様に合図すると、サラを追いかけようとしていたステア達を乗せたままバス は発車し、逃げる様に去って行った。 サラは笑顔でバスを見送ってから、隣の動かない紅いゾイドを見上げた。 「レイヴンでしょう? 私よ、サラ・クローゼよ」 サラが声をかけると、紅いゾイドの胸元が開き、そこから黒髪の青年が姿を現した。 その青年は、サラが言った通りレイヴンであった。 サラはレイヴンがゾイドから降りて来るのを待ったが、いつまで経っても降りようとしないので、 業を煮やして手招きした。 「ちょっとお話しましょ、降りて来てちょうだい」 「……相変わらずですね、先生」 「あら、まだ先生って呼んでくれるのね?」 「俺にとって先生と呼べる人は、あなただけでしたから」 レイヴンは微かに笑ってみせると、紅いゾイドから地面に降り立ち、サラの前までやって来た。 すると、サラはゾイドから降りても結局は見上げなければならないと分かり、目を丸くして驚い た。 「しばらく会わない内に、随分大きくなったのね〜」 「そりゃあ大きくもなります。先生に教わっていたの、何年前だと思ってるんですか?」 「ふふ、それもそうね。立ってると見上げなくちゃいけないし、座って話しましょうか」 サラはレイヴンを促すと、傍の岩に並んで腰掛けた。 目線の先にはレイヴンの紅いゾイドがあり、サラは自然とそのゾイドについて尋ねた。 「あのゾイド、あなたの?」 「はい」 「ジェノザウラーから進化したゾイドよね。名前は?」 「ジェノブレイカーです」 「へぇ、ジェノブレイカーって言うんだ……」 サラは感慨深げに呟くと、ジェノブレイカーの全身をゆっくりと見回した。 カール率いる帝国軍第一装甲師団と共和国軍、そしてガーディアンフォースの力を以てしても 進化を防げなかったゾイド…… 見た目はそれ程凶悪な印象を受けなかったが、超が付く一流のゾイド乗りであるレイヴンの 腕と、ゾイドの真なる力を引き出せるオーガノイド・シャドーの存在が、ジェノブレイカーを更に 強力な兵器にさせたのだろう。 ジェノブレイカー考察を始めると、どうしても暗い方向に進んでしまう為、サラはすぐに話題を変 える事にした。 「ほんとに懐かしいわね……何年振りかしら? あの頃のあなた、こ〜んなに小さかったわよ ねぇ〜」 「そこまで小さくありません」 サラが手で示した高さを見、レイヴンは呆れと怒りが半々といった顔で否定した。 サラは誤魔化す為に軽く笑うと、しみじみと昔を思い出した。 * サラがレイヴンと初めて会ったのは、サラが国立研究所に勤め始めて数年経ち、研究所生活 にすっかり馴染んだ頃であった。 その当時プロイツェンはまだ元帥の地位にはいなかったが、帝国軍を実質支配している様な 状態にあり、軍と関係が深かった国立研究所にも、何かと圧力をかけてきていた。 そんな時に国立研究所で働き始めたサラは、いつの間にかプロイツェンに見初められてしま い、しつこく誘いをかけられる様になった。 サラはいつもやんわりと断っていたが、プロイツェンはありとあらゆる力を使い、サラの父・アル フォンスに交換条件を持ちかけてきた。 莫大な研究費用と軍を使っての発掘など、研究所の代表としては喉から手が出るほど欲しい 内容と引き換えに、サラをプロイツェンの元へよこせという交換条件であった。 研究所の財政が少しずつ悪化している中での話だったが、アルフォンスは毅然と断った。 アルフォンスにとって、研究所も娘のサラも、どちらも大切な存在だったからだ。 そこでプロイツェンが持ち出してきたのが、レイヴンという少年であった。 サラをレイヴンの家庭教師として雇いたい、と言い出したのだ。 それならばと、サラはアルフォンスの反対を押し切って承諾した。 研究所の財政を少しでも良くする為、サラは自分に出来る事をしたかったからだ。 承諾の返事をした翌日から、早速プロイツェンの元から迎えの者がやって来た。 余程サラが来るのが待ち切れなかったのだろう。 サラは研究所の制服に身を包み、心配そうな表情のまま固まってしまったアルフォンスと、研 究所の正面玄関へ向かった。 「……サラ、私が不甲斐ないばかりに………すまない」 「もぉ、父様ったら。私が自分で行くって決めたのよ?」 「だが……私は心配で心配で………」 「大丈夫、私は家庭教師をしに行くのよ? 危険な事なんてないわ」 「………もし万一何かあったら、すぐに私に連絡するんだよ? 分かったね?」 「ええ、分かったわ、父様」 そう返事をすると、サラはアルフォンスの胸に飛び込んだ。 アルフォンスは優しくサラを受け止め、そっと頭を撫でた。 「行って来ます、父様」 「ああ、行ってらっしゃい、サラ」 サラは父の温もりを感じてから、迎えの者が待つ二人乗り仕様のレドラーに乗り込み、帝都ガ イガロスにあるプロイツェン邸へ赴いた。 大きな格納庫に到着すると、今度は女性兵士が屋敷内の案内の為にサラを出迎えた。 「サラ・クローゼ博士、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」 「はい」 出迎えの女性兵士に案内され、サラは客室へと通されたが、そこには誰もいなかった。 女性兵士はサラにしばらく待つ様に言うと、足早に客室から姿を消した。 …気のせいかもしれないが、サラはその女性兵士に嫌われているのではないか?という疑問 が浮かんだ。 特に嫌がる様な素振りは見せなかったが、言葉の端々や全体的な雰囲気に僅かな嫌悪感 が感じられた。 何か気に障る事をしてしまったのだろうかとサラが思い悩んでいると、ドアをノックする音が聞 こえ、先程の女性兵士が再び現れた。 女性兵士はドアを開けたまま軽く頭を下げ、自分の主であるプロイツェンが室内に入るのを待 った。 その時の女性兵士の表情は、サラを案内していた時とは明らかに違った。 「お待たせして申し訳ない」 「いえ。こちらこそ迎えまで用意して頂いて、ありがとうございました」 「そんなに畏まらないで下さい、クローゼ博士。レドラーの乗り心地は如何でしたかな?」 「とても良かったです」 「そうですか、それは何より。あなたの為に改造させた甲斐がありました」 「え………あ、そ、そうだったんですか…。……ありがとうございます」 プロイツェンとの会話を早く終えたいサラだったが、家庭教師をするという少年は一向に現れ る気配がなかった。 そのままプロイツェンは一人でペラペラと話し続け、更には女性兵士がお茶まで出してくる始 末であった。 業を煮やしたサラは、自分から少年の話を切り出す事にした。 「あの……それで、家庭教師をさせて頂く子はどちらに…?」 サラの言葉に、プロイツェンは笑顔を固まらせた。 話の途中で腰を折られたのが気に入らなかった様だ。 プロイツェンはしばらく動きを止めていたが、大きく深呼吸してから再び笑顔を見せた。 「レイヴンですね、彼は今自室にいます。ご案内致しましょう」 「はい、お願いします」 ようやく長話から解放され、サラはプロイツェンの案内でレイヴンの自室へ向かった。 プロイツェンはノックもせずにドアを開くと、室内にポツンと置かれた椅子に座ったまま、虚ろな 目をしているレイヴンの傍に歩み寄った。 「この子がレイヴンです。レイヴン、彼女はサラ・クローゼ博士。お前の家庭教師をして下さる 方だ」 「家庭………教師……?」 「そうだ。しっかり勉強しろ、レイヴン」 「……………」 レイヴンはプロイツェンの言葉に、ほとんど反応を示さなかった。 しかしプロイツェンは全く気にせず、すぐにレイヴンの傍から離れ、サラの隣に戻って来た。 「では、クローゼ博士、よろしくお願いします」 「はい」 「食事を用意させますので、勉強が終わったら食べて行って下さい」 「……はい」 最後の最後まで不快感を与えつつ、プロイツェンは部屋から出て行った。 サラはレイヴンと二人だけになると、ふぅ〜と肩の力を抜いてから彼の傍へ行った。 「初めまして、サラ・クローゼです。よろしくね、レイヴン」 「……………」 レイヴンはサラが挨拶しても何も言わず、黙ったままそっぽを向いてしまった。 プロイツェン邸に来る前に、予めレイヴンについて話を聞いていたサラは、昔の自分を見てい る様で胸が痛くなった。 だが、一緒になって落ち込んでいる場合ではない。 両親に教わった『笑顔』の力を借り、心に傷を負っているレイヴンを救いたい…。 サラが家庭教師を引き受けた本当の理由は、レイヴンが自分と同じ様な境遇にある事を知っ たからだった。 その日から、レイヴンとサラの勉学の日々が始まった。 サラは始めの内は本格的な勉強はせず、レイヴンを連れてあちこち出掛けた。 人が多い所は避け、自然が多い静かな所へ行き、お弁当を食べたり昼寝をしたり散歩したり と、完全に勉強とは無縁の授業であった。 サラは終始笑顔のまま一人で話し続け、レイヴンが返事をしなくても、それを咎めたりはしな かった。 毎日研究所とプロイツェン邸を往復するのは大変なので、時々プロイツェンの好意に甘えて泊 めてもらう事もあったが、そういう時サラは必ずレイヴンの部屋に逃げ込んでいた。 与えられた部屋にいると危険だからだ。 実際初めて泊めてもらった日は、プロイツェンと入れ替わる形で何とか逃げ出したのだ。 そんな危険ではあるが楽しい日々を送っている内に、レイヴンの口数も増え、普通の授業が 出来るまでになった。 しかし笑顔はまだ見せてくれないので、サラは根気良くレイヴンと接していた。 レイヴンに足りないものは、愛されていると感じる事。 その為には、笑顔と共に人の温もりも必要だ。 サラは外へ出掛ける時は必ずレイヴンと手を繋ぎ、授業中はレイヴンが問題を解く度に頭を撫 でて褒め、本来なら親から受けるべき愛情を全力で注いだ。 その甲斐あってか、レイヴンは微かだが笑顔を見せてくれる様になっていった。 しかもサラを気遣う余裕すら出てきた。 「ねぇ、先生」 「うん? なぁに?」 「前から言おうと思ってたんですが…僕の家庭教師、続けない方がいいんじゃないですか?」 「どうして?」 「だってプロイツェンは……先生に会う為に、僕をダシに使っているだけなんですよ?」 「……そうね、そうかもしれない」 「分かってて続けてるんですか? もう止めて下さい、無理にプロイツェンと関わる必要はあり ません」 「無理に、か…。ありがとう、レイヴン、心配してくれて。でも大丈夫よ」 「ですが…!」 「家庭教師を辞めるって事は、もうあなたと会えないって事なの。その方が私は悲しいわ」 「……………」 レイヴンは何か言いたげな顔を見せたが、結局は何も言えないまま黙り込んだ。 自分の存在のせいで、誰かが不幸になるのは嫌なのだろう。 そんなレイヴンを、サラは優しく抱きしめた。 「先生……?」 「レイヴン、私はあなたの事を本当の弟の様に思ってるの。だから……弟を守るのは、姉とし て当然の事なのよ」 「先生……」 サラから思いがけない言葉を聞き、レイヴンは胸の奥が熱くなった。 |
サラなら本当に家族になれるかもしれない…… そう思いながら、レイヴンは初めて心からの笑顔を見せたのだった。 全てが順調に進んでいるとサラは喜んでいたが、幸せな日々は長くは続かなかった。 レイヴンが笑顔を見せる様になっている事に気づいたプロイツェンが、サラに突然家庭教師を 辞める様に伝えてきたのだ。 迎えもその日からパッタリと来なくなった。 余りに突然過ぎて納得いかなかったサラは、自らプロイツェン邸へ出向いたが、プロイツェンと 会う事は出来ても、レイヴンには一度も会う事は許されなかった。 サラは父に何とかしてほしいと泣きついたが、アルフォンスにもどうする事も出来なかった… * 「あれから何年経つのかしらね…。あなたがこんなにも立派に成長したんだから、それだけ長 い時間が経ったって事なんでしょうね……」 サラはレイヴンと過ごした日々を思い出すと、同時に後悔した気持ちも思い出した。 あの時もっと力があれば、レイヴンを救い出せていたかもしれない。 家庭教師を一方的に辞めさせられてから、サラはレイヴンの事を思い出す度に、そんな後悔 の気持ちを抱いたものだった。 だが、今は違う。今は…… 「ねぇ、レイヴン。私があなたを本当の弟の様に思ってるって言った事、覚えてる?」 「…………はい」 「あなたの家庭教師をしていた時、私はあなたを本当に弟みたいに思ってて、ずっと助けたい って思っていたの。でも……それは間違いだった。あなたを助けたいって思っていたのは、私 の独り善がりだったのよ」 「…………」 「最近気づいたの。人が人を助けるのは、一生で一人だけが精一杯なんだって事。……私は 幼い頃、父や母に助けてもらったと思っていたけど、それは違ったの。父は母を、母は父を助 けていた。二人は私に『私が助けるべき相手を探す力』を与えてくれたの。その相手を見つけ られた時、そう気づいたわ」 「……シュバルツ?」 「あら、知ってるの?」 「まぁ…。そういう情報をわざわざ伝えに来る暇人がいるので」 「へぇ、女の子?」 「…………一応女です」 「ふ〜〜ん。……恋人?」 「まさか」 サラの問いに、レイヴンはほとんど動じず否定した。 しかし短期間とは言え、レイヴンと一緒に過ごした事があるサラは、そんな彼の微妙な表情 の変化を見逃さなかった。 『暇人』なる人物の話題が出た時から徐々に変化し、最後の否定でサラが確信を持てる程の 変化となったのだ。 という事は、恐らくその相手はサラにとってのカールの様な存在であると予想された。 サラは無性に嬉しくなり、レイヴンが思わず引く程の満面の笑みを浮かべていた。 「……何ですか?」 「う、ううん、別に。何でもないよ、気にしないで」 サラは笑って誤魔化したが完全に逆効果で、レイヴンの表情は元の冷たいものに戻ってしま った。 そのまま二人は揃って黙り込み、しばらくの間遠くを眺めて過ごした。 「……………レイヴン」 「…はい?」 「あなたもきっと見つけられるわ、あなたを助けてくれる人を」 「………そんな人、必要ありません」 「レイヴン、よく聞いて」 サラはレイヴンの手を取ると、そっと両手で包み込んだ。 そこに隠しておきたい傷があったレイヴンは思わず離そうとしたが、どういう訳か体が動かな かった。 懐かしい温もり……一度は家族になりかけた人の温もりは、本当に心地良いものだった。 「あなたを助けてくれるのは、あなたが心から助けたいと思っている相手だけよ」 「だからそんな人は……」 「絶対見つかるわ。…ううん、案外もう見つかってるかもしれないわよ?」 「……………」 その時、レイヴンの脳裏に一瞬一人の少女の姿が浮かんだ。 未だかつてない程動揺してしまったレイヴンは、なるべく平静を装いながらそっぽを向き、サラ の視線から何とか逃れた。 サラは全て分かっていると言いたげな笑みを浮かべ、レイヴンの手をぽんぽん叩いてから解 放した。 レイヴンはしばらく間を置いてから握られていた手を眺め、そこに刻まれた現実で頭を冷やす と、サラに伝えるべき事を話し出した。 「……先生」 「何?」 「シュバルツは先生にとって、一番大切な人なんですよね?」 「ええ、そうよ」 「俺は……もしシュバルツが俺の前に立ち塞がったら、先生の大切な人であっても、躊躇わず に撃ちます」 レイヴンはサラと視線を合わせたまま、逸らす事なくハッキリと言い切った。 サラは思わずハッとして動きを止めたが、そんなに間は置かずにコクリと頷いてみせた。 「そうね…。もし本当にそんな時が来たら、あの人も躊躇わずにあなたを撃つでしょうね」 「…………先生らしくないですね、止めないなんて」 「らしくない、か…。うん、そうかもね。でもね、レイヴン、あなたも私にとって大切な人の一人 なの。だから…本当は大切な人同士が戦い合うのなんて見たくない、戦わないでって言いた い。……けど、それがあなたの生きる術だと言うのなら、私には止める事は出来ない。カール の生きる術も戦う事だから……あなたを否定したら、カールまで否定する事になってしまう。だ から……だから止めないの」 「……………」 レイヴンは本当は「シュバルツを撃つ」と言った瞬間、サラに嫌われるつもりだった。 いつかはそうなると分かってはいたが、敢えて口にしてサラとの繋がりを断ちたかった。 そうしなければ、帰る場所を作っている様で嫌だったからだ。 自分は人として、道を踏み外してしまっている。 だからもう、サラを姉の様に思う事は出来ない。 何とかしなくては…とレイヴンが口を開きかけた時、彼のオーガノイド・シャドーが二人の傍に やって来て一言鳴いた。 レイヴンはシャドーが何を言いたいのか察し、遠くの方から近づきつつある車の姿に目をやっ た。 サラもシャドーの言葉が分かったのか、レイヴンと同時に車の姿を眺めた。 「迎えが来たみたいですね」 「そうみたいね。もぉ〜いらないって言ったのに…」 「では、俺はそろそろ失礼します」 「あら、そう? 折角久しぶりに会えたんだし、私の研究所へ遊びに来ない?」 「あの迎えの車、軍警察のものですよ。俺に捕まれと言うんですか?」 「それは……ダメよね、ごめんなさい」 「それでは…」 「またね、レイヴン」 別れ際に言った一言は、サラにとっては自然に出た言葉だったが、レイヴンにとっては重い 言葉であった。 レイヴンは何か言いたげな顔を見せたが、何を言えばいいのか分からず、結局諦めてサラに 背を向けた。 サラももう声をかける事が出来ず黙っていたが、レイヴンは本当に最後なのだと感じると、無 意識に口を開いていた。 「……先生」 「…ん?」 「もし……もし俺が心から助けたいと思う人が見つかったとしても、きっとその相手は俺を助け たいなんて思いません」 「そう…。今はそう思えるだけよ、いつかきっとあなたを想ってくれる人が見つかるわ。もっと自 分の気持ちを確認なさい」 いつの間にか、サラは先生口調になっていた。 さすがにレイヴンも言葉が続かず、軽く頭を下げただけでジェノブレイカーに乗り込み、足早に 去って行った。 サラはジェノブレイカーを静かに見送ると、その場で迎えの車を待った。 迎えの車はレイヴンが言った通り軍警察のもので、車の中から当然の様にステアとナズナの 二人が飛び出して来た。 「博士〜!」 「もぉ、あなた達……迎えはいらないって言ったでしょ?」 「だってぇ…心配だったんですよぅ〜」 「まったく…しょうがないわね」 サラは妹の様に思う助手二人の肩にぽんと手を置き、軍警察の車で研究所へと帰って行っ た。 サラがレイヴンと会った翌日、その日偶然休暇が取れたカールが国立研究所へやって来た。 レイヴンの事を、カールに話したいと思っていた矢先の出来事だった。 サラは運命の様な不思議な感覚を味わいながら、中庭でカールとの穏やかな時間を過ごして いた。 『運命の人』という言葉は、本当にそんな相手が見つからない限り到底信じられないものだ。 しかし今サラもカールも、目の前にはそんな相手がいる。 それがどんなに幸せな事なのか、サラはレイヴンに教えたかった。 そう思いつつも、教えて分かる様な事ではない、とも感じていた。 分かるのは、相手が見つかり、その相手と心が通じ合った時…。 サラは『暇人』の話をした時のレイヴンの表情を思い出すと、嬉しさと同時に悲しさも込み上げ てきた。 レイヴンは……サラにとってこの世で最も大切な人であるカールの敵なのだ。 サラは思わず暗い顔をしてしまってから、カールに顔を覗き込まれている事に気づくと、慌てて 笑顔に戻した。 「どうしたんだい? 心配事?」 「う、ううん、違うよ。その…ね、昨日の事なんだけど……」 「昨日? 昨日は確か学会に行ってたんだよな?」 「うん…。学会の帰りにね…………レイヴンに会ったの」 サラの口から思わぬ名前が出てきたので、カールはキョトンと動きを止めた。 しかしそれは一瞬だけの事で、すぐに深刻そうな表情を見せた。 「会ったって……あのレイヴンに?」 「ジェノザウラーから進化したゾイド、ジェノブレイカーに乗ってたわ。間違いないでしょ?」 「……ああ、そうだけど……どうして…?」 「会ったのは偶然なの。乗っていたバスがジェノブレイカーとぶつかりそうになっちゃって…。そ の時に私からレイヴンに話をしたいってお願いしたの」 「君から? どうしてそんな危険な事を…?」 「危険じゃないわよ。あなたにはまだ話してなかったけど、昔、私レイヴンの家庭教師をしてい た事があるの。レイヴンは今でも私を先生って呼んでくれたわ」 サラが嬉しそうな顔を見せると、カールは内容が内容だけに不機嫌にならざるを得なかった。 サラがレイヴンの家庭教師をしていた事も初耳だが、それ以上にレイヴンの話をのん気にして いるサラに疑問を感じた。 レイヴンはつい先日、カールの部下を多数殺している。 しかも弟のトーマまで負傷させられた相手だ。 そんな相手に対し、サラに嬉しそうな顔はしてほしくない。 カールの無言の訴えに気づいたサラは、悲しそうな微妙な笑みを浮かべた。 「……カール、あなたの気持ちは分かるわ。レイヴンが今までしてきた事は、許される様な事 じゃない。けど、私にとってレイヴンは大切な生徒の一人……これからもその気持ちは変わら ないわ」 「……………」 「大切な生徒だからこそ、彼が何故あんな人間になってしまったのかが知りたかったの。昨日 は少ししか話せなかったけど、何となく分かったわ…。彼はずっと………一人だったのよ」 そう言った瞬間、サラの瞳から涙が一滴だけ零れた。 完全に無意識だったので、サラは自分の涙に驚き、慌てて頬を拭った。 さすがにカールも驚いてしまったのか、サラの頭を優しく撫でて様子を窺った。 「ありがと、大丈夫だよ。……レイヴンね、私達の事知ってたの。知ってても…あなたが私の 一番大切な人だと分かっていても、あなたが立ち塞がるなら撃つって言ったわ」 「……そうか、それなら俺も撃つしかないな」 「うん、あなたならそう言うと思った。だから私もレイヴンに同じ事を言ったの、『らしくない』なん て言われちゃったけどね」 サラが肩をすくめてみせると、カールは彼女が本当は何を言いたいのか察し、それを敢えて言 わないのは自分の為であると気づいた。 レイヴンと戦ってほしくない……だが、戦わないという事は、軍人であるカールの存在自体を 否定する事に繋がる。 カールはサラをそっと胸に抱くと、黙って長い青髪を撫でた。 今のカールには、そうする事しか出来なかったからだ。 「……………カール…」 「…ん?」 「………レイヴンが幸せになってくれる様に、祈っちゃダメかしら…?」 「…ダメじゃないよ」 「……ありがとう……」 サラはようやく心からの笑顔を見せると、カールの広い背中に手を伸ばし、しっかりと抱きつい て愛する人の温もりを感じた。 いつかレイヴンにも、自分と同じ様に愛する人の温もりに包まれる日が来てくれたら……と願 わずにはいられないサラであった。 ●あとがき● 長編で初めてのサラ視点のお話、如何でしたでしょうか? サラとレイヴンの関係を考えた頃、同時に出来上がったお話です。 タイトルの通り「繋がり」がテーマになっており、様々な繋がりが盛り込まれています。 まずサラとレイヴンの繋がり、そしてカールとサラの繋がり、カールとレイヴンの繋がり、直接 的な表現は避けましたがレイヴンとリーゼの繋がり、最後にカールと彼が軍人である事の繋 がり… 全部表現出来たか怪しいですが、私なりに自分の想いをまとめたつもりです。 今回の話を考えた後、辻褄が合わなかったらヤバイという思いから、アニメを見直してみたの ですが、そこですごい事が発覚! 何とレイヴンの心の変化が、ピタッと一致したのです!! 多少合わなくても、誤魔化せばいいやと構えていたにも関わらず、アニメとしっかり重なり合っ てて、鳥肌さえ立ちました(笑) 今作はアニメで言うところの第51話「遺跡の少年」と同じ時間軸の話で、第51話は最初と最 後にレイヴンが登場し、それぞれリーゼと会話を交わしています。 その時の表情が、最初と最後ではか〜な〜り違うのです。 レイヴンがサラと会話したのは、丁度第51話の間という位置付けになってまして、レイヴンが リーゼの事を特別に想い始めたのもその時期という事にしていたのですが… まさかその部分でアニメと合致するとは、思いもよりませんでした。 完全に私の萌え要素の為だけの話だったのですが(爆) これだけ長編を書いていて、初めての合致。嬉しさも一入です! またいつか、アニメと重なり合う事が出来る事を祈るばかりですv 最後に、サラとレイヴンの年齢についてですが、二人の年齢差は9歳に設定しています。 二人の出会い時の年齢は、サラが18歳、レイヴンが9歳(プロイツェンに捕まった直後) そして現在は、サラが25歳で、レイヴンが16歳となり、良い感じの年の差姉弟となってますv 今更ながらにカールとは11歳差だったんだ…と驚いていますが、それも良い感じですvv ●次回予告● またしても学会に参加する事になったサラ達一行。 学会自体は何事もなく終了しましたが、またしても帰る途中で行く手を遮る者が…。 サラに忍び寄る魔の手! カールはサラを救えるのか!? 赤いオーガノイドを連れた赤髪の青年の真意は如何に! 第八十話「命」 俺に……俺に君がいない世界で生きていけって言うのか!? |