第七十八話

「発掘」


ようやく態勢が整い、後は新たな任務を受けるのみとなった第一装甲師団に、待望の任務が

司令部から舞い込んだ。

ガイロス帝国皇帝ルドルフから指名されたとの事で、通信ではあるが、上級大将ロイド直々に

カールに任務内容が知らされた。

帝国北部で最近発見された、古代ゾイド人の遺跡の調査をせよ、という内容であった。

その内容を聞いた途端、カールは我が耳を疑った。

オーガノイドを使う謎の一味やレイヴン……不安要素はいくらでもあるのに、帝国軍の要の部

隊である第一装甲師団が戦闘以外の任務に就いていていいのだろうか…?

いや、いいはずがない。

しかしカールがそう思って意見しても、ロイドはただ頷くだけで、任務変更については全く触れ

ようとしなかった。

ルドルフが指名したので、カールがどんなに反対しようとも、命令が変わるはずもない。

カールはロイドとの通信を終えると、一度だけ大きく息を吐いてから、与えられた任務に向け

ての準備を開始した。

その遺跡というのが、帝国北部でも標高の高い位置にあり、今は恐らく銀世界になっている

だろう。

防寒用装備を万全にして臨まなくてはならない。

第一装甲師団はもちろん大部隊、準備だけでもかなりの時間を要する。

カールは副官のヒュースと二人がかりで部下に指示を出し、着々と準備を進めていった。

その間、調査に同行する考古学者から特注テントの差し入れもあったが、どういう訳か荷を届

けた業者ですら送り主を知らず、結局出発当日まで誰が同行するのか分からなかった。

故意に隠していた訳ではない様だが、考古学界では有名な人物らしかった。

そして出発当日、同行する考古学者と顔合わせを行い、カールはなるほどと頷いた。

同行する考古学者とは、彼の婚約者サラだったのだ。

「君が同行する学者だなんて思わなかったよ」

「私だってビックリよ、まさか第一装甲師団が協力してくれるなんて思わなかったわ。確かに

ルドルフ君に頼んだから優遇はしてもらえるかな〜なんて思ってたけど、ここまで大きな部隊

を派遣してもらえるなんて夢みたい♪」

「ああ、俺も……夢みたいだ」

カールとサラが微笑み合っていると、お約束の様にヒュースが間に割り込んで来た。

カールはさっとヒュースをかわすと、彼にサラを任せて最終チェックを行った。

慌てる必要は無い。サラとはいつでも話す事が出来るのだから。

部下から報告を聞きながら、カールはルドルフの思惑を何となく悟った。

サラの手伝いをさせるならカールの部隊、と単純に考えたのかと初めは思っていたが、ルドル

フの真意は別の所にあった様だ。

再編成を行ったばかりの第一装甲師団を、即戦闘に引っ張り出すのは躊躇ためらわれたのだろう。

まずは全員で行動する様な戦闘の無い任務を与え、全員に信頼関係を芽生えさせようという

考えだ。

悪くない考えである。

しかもサラの手伝いなので、カールには願ったり叶ったりな任務だった。

「大佐、準備全て完了しました」

「よし。では、出発しよう」

部下から報告を受け、カールが出発の号令を出すと、第一装甲師団は遺跡に向かって移動を

開始した。

カールは部下が運転するジープの後部座席に乗っていたが、嬉しい事に隣にはサラが乗って

いた。

部隊の隊長と調査隊の代表が同乗するのは、不思議な事ではない。

ヒュースは最後まで嫌がっていたが、二人の同乗に対して良い反対理由を見つけられず、結

局自分はカール達が乗るジープの助手席に乗る形で落ち着いた。

その時になって、カールは調査隊が「隊」とは名ばかりである事を知った。

何と調査隊はサラ一人と言うのだ。

助手も誰一人来ていないらしい。

「どうして君一人なんだ? 助手達は?」

「それが……寒いから嫌だって言うのよ。参っちゃうわ」

「さ、寒い……それだけの理由で………」

「そうなの。でも今回の遺跡はそんなに大規模なものじゃないし、調査自体は早いと思うの。

だからあの子達がいなくても大丈夫、大変なのは雪かきだけね」

「………要するに、雪かきが嫌だったって事か」

「かもね。…ほら、昔砂漠の遺跡で砂と格闘した事あったでしょ? あれ以来何かにうもれた遺

跡とは関わりたくないらしいのよ」

「あぁ、あの時の遺跡か…。確かに大変だったよな……」

カールはサラとの思い出の地である砂漠の遺跡の事を思い浮かべると、嬉しかった出来事ば

かりが次々と思い出され、自然と笑みを浮かべていた。

その表情から全てを悟ったサラは、つられて微笑みながらカールの手をそっと握った。

「ゴホン!」

急に助手席のヒュースが咳払いをしたので、サラは驚いて手を離した。

どうやら手を握っている事に気づかれたらしい。

カールとサラはチラリと横目で合図し合うと、遺跡に着くまで終始無言を通した。





雪の中を進み続け、ようやく目的の遺跡に到着したのは翌日の事だった。

着くなり、カールは部下にテントの設置を指示し、まずは拠点となる場所の確保を行った。

サラから差し入れで貰ったテントは防寒対策万全のもので、一つ一つが非常に大きく、たくさ

んの兵士が寝泊まり出来る優れものであった。

ただ一つ、サラ専用のテントだけは少人数用のもので、多くても四人までしか寝泊まり出来そ

うになかったが、今回は助手達がいないので、特に問題はなかった。

サラの提案でカールが彼女と同じテントを使用する事になったが、ヒュースにとってそれは大

問題であった。

「いけません、サラさん! 大佐と二人きりになるなんて危険極まりない!!」

「大丈夫よ、中佐。このテントは特殊な造りでね、真ん中に仕切りがあって、中は二部屋に分

かれてるの。入口も別だから安心して」

「……分かりました。では、念の為少しだけ調べさせて頂きます」

そう言うと、ヒュースはカール用のテント…右側の部屋に入って行った。

サラもカールも敢えて止めようとはせず、ヒュースのしたい様にさせた。

しばらくしてテントから出て来たヒュースは、晴れ上がった空の様な笑顔を見せた。

「左右の部屋を行き来するには、外の入口を使うしかないみたいですね。大佐が忍び込む隙

は無さそうです、安心しました」

「そ、そう、安心してもらえて良かったわ。テントの設置が終わったのなら、早速調査を始めた

いんだけど…」

ヒュースの言葉にピクピク反応するカールをなだめる為に、サラはすぐに話題を変え、自分が先

頭に立ってさっさと動き出した。

カールとヒュースもサラの後に続き、大規模な除雪作業が開始された。

調査初日は除雪作業だけで終わりを迎えたが、夜になると、天候が悪化し吹雪になった。

遺跡の周りは吹雪対策用に囲いをしてあるので安心だが、テントにはもちろん囲いが無く、カ

ール達はそれぞれのテントに逃げ込む様に入ると、外に出られなくなってしまった。

そんな時の為に、各テントには食料など必要なものが揃えられているので、そのまま全員が

休む事になった。

カールは軽い夕食を終え、すぐにベッドへ横になったが、隣の部屋が気になって眠れそうにな

かった。

分厚い布をへだてただけの距離に愛する女性がいるというのに、その温もりを肌で感じる事が

出来ないのは悔しかった。

しかし下手に動けば、ヒュースに見つかるに違いない。

こんな吹雪の中でも、テントの入口を見張っている事だろう。

カールは観念して目を閉じたが、急に人の気配を感じて思わず身構えた。

こんな時に侵入者などいるはずもない。

そう思い込もうとしている内に、その気配はカールがかぶっている毛布の中に足元から入って

来た。

何となくそれが誰か分かったカールは、枕元の小さな灯りを点け、自分の上に乗っている人

物が毛布から顔を出すのを待った。

「ぷはっ……あ〜苦しかった〜〜」

毛布から顔を出したのは、カールの予想通りサラだった。

サラはカールの笑顔を見つけると、子猫の様に身をり寄せていった。

「う〜ん、やっぱりカールあったか〜いv」

「サラ、どうやってこっちへ来たんだ? あの中佐が抜け道を見つけられないはずはないんだ

が…」

「へへ〜ん、それが実は見えない抜け道があったのです!」

「見えない抜け道?」

「そう。正確に言うと、こちら側からは見えない様に作られた抜け道なの。中佐に二部屋とも調

べられなくて良かったわ」

「へぇ、そんな抜け道があったなんてな。しかし……それならそうと先に言っておいてくれたら

良かったのに…」

「あなたを驚かせようと思ってたのよ。でもバレバレだったみたいね」

サラは照れた様に頭をポリポリ掻くと、再びカールの厚い胸板に身を摺り寄せた。

特注のテントは冷暖房完備なので、中は快適な温度が保たれていたが、外は吹雪という事も

あり、毛布に包まる方がより快適である。

更に愛する人の温もりを感じながらであれば、テント内は天国と言っても過言ではない。

そんな天国の中で、カールは自分にとって天使とも言える女性と体を温め合った。

「ね、こうして一緒の方が温かいでしょ?」

「ああ、すごく温かいな…。でももっと温まりたいと思わないか?」

「なぁに? ベッドの上で運動しようなんて言い出さないわよね?」

「……………」

サラに思惑をズバリ言い当てられてしまったので、カールは思わず口をつぐんだ。

サラはしら〜っと非難の目を向けたが、すぐに笑顔に戻るとカールに抱きついた。

「明日も頑張って雪かきしなきゃいけないんだから、少しじゃないとダメだよ?」

「………え? それってどういう…」

「ちゃんと温めてねv」

「…ああ、もちろんだ」

カールは大きく頷いてみせると、上にいるサラと場所を入れ換えた。

カールが毛布の様に体を温める態勢となり、サラは幸せそうな笑みを浮かべ、二人の夜はゆ

っくりと更けていった。





翌朝になると、吹雪は止んで外はすっかり静かになっていた。

サラは早めに目を覚まし、疲れた体を起こそうとしたが、愛する男性の温もりが名残惜しく、再

び厚い胸板の元へ戻った。

カールはまだ夢の中の様で、サラが体をくっつけても目を覚まさなかった。

それでも手はサラの腰に回しているところを見ると、彼の条件反射は素晴らしいものがある。

サラはカールの温もりで充分温まると、思い出した様に起き出し、急いで服を着始めた。

カールの部屋に余り長居は出来ないからだ。

そうしてサラがいそいそと身支度を整えていると、その気配に気づいたカールがようやく目を

覚ました。

「………サラ…?」

「あ、おはよ、カール」

サラは寝惚けまなこのカールの額に優しく口づけすると、朝らしい爽やかな笑みを浮かべた。

「こっちに長くいると色々マズイでしょ? だから帰るね」

「……もう?」

「そんな顔しないの。すぐ会えるから、ね?」

「………そうだな。じゃ、また後で…」

「うん、後でね」

カールはまだ完全に目覚めていない様だったが、そんな彼にサラは軽く唇を重ねると、抜け道

から自室へと帰って行った。

サラの口づけによってしっかり目覚めたカールは、彼女が通った抜け道に目をやったが、その

時にはもう抜け道の影も形も無くなっていた。

間近でも見てみたが、あのヒュースが見つけられなかったのは仕方ないと思える程、そこに

抜け道がある様には見えなかった。

カールはテントの出来に感心しながら、寒さを感じて全裸だった事を思い出すと、急いで軍服

に袖を通した。

防寒用の軍服は通常の軍服と見た目は変わらないが、特殊な布で作られており、保温効果

が高い。

それに加えてコートも着込むので、雪の中でも問題無く動ける。

身支度を終えたカールはすぐにテントから出ると、周囲の様子を窺った。

吹雪によってどれ程の被害を受けたのか、確認しようと思ったのだが、テントが雪に覆われた

程度で、特に深刻な事態にはならなかった。

北国出身のカールの目にはその様に映ったが、同じ様に思えない兵士の方が多く、テントか

ら出るなり皆で慌て始めた。

カールはすかさず兵士達に指示を出し、朝食の前にテントの雪を落とす事にした。

そうすれば、兵士達も落ち着くだろう。

続いてカールは食堂用テントに向かい、給仕係の兵士達を集合させると、外は他の兵士に任

せ、朝食の準備をするよう指示を出した。

これで雪かきが終わる頃に皆に温かい食事を摂らせる事が出来る、とカールがほっとしてい

ると、そこへサラがひょっこり顔を出した。

「すごい雪ね〜、テントが埋れちゃったわ」

「大した量じゃないよ、雪かきもすぐに終わるさ。あれだけの吹雪でこの積雪量はラッキーとし

か言えない」

「へぇ、そうなんだ。やっぱり北国出身の人は雪に慣れてるね、さすが〜♪」

「い、いや、褒められても困るんだが…」

「ふふふ、謙遜しちゃって〜。あ、そうだ。雪かきすぐに終わっちゃうなら、ご飯急がなきゃダメ

よね?」

「ああ、そうだな」

「じゃ、私お手伝いするね」

「頼む」

サラは始めから手伝うつもりで食堂用テントにやって来た様だった。

カールはサラが給仕係の兵士達の輪に入るのを見送ってから、雪かきをする為にスコップ片

手に作業中の兵士の元へ向かった。

カールが来ると周囲に緊張の色が出たが、カールは慣れた手つきでささっと雪かきを行い、作

業はすんなり終わりを迎えた。

丁度その頃、朝食の支度を整えたサラ達が配膳を始め、兵士達は温かい食事で冷えた体を

温めた。

朝食を終えると、兵士達は素早く次の行動を起こし、遺跡に移動して雪かきを始めた。

寒いので、じっとしていると動けなくなってしまうからだ。

やや遅れて朝食の後片付けを終えたサラが現れると、一人の兵士が彼女を呼び止めた。

雪の中からようやく遺跡が姿を現したらしい。

サラは喜んで現場を見に行き、手でしばらく雪を掘っていたが、特に目を引く事がなかったの

で、後は兵士に任せてカールの元へ行った。

カールは散々雪かきした後らしく、スコップを雪に立てかけ、汗を拭きながら部下達を見守って

いた。

「カール」

「サラ、遺跡はどうだった?」

「表面だけで何も分からなかったわ。まだ雪かきしなきゃね」

サラもさすがにうんざりした顔で雪を眺めていたが、そんな彼女が手をしきりにさすっているのを

見、カールはすぐにその手を取った。

サラが不思議そうに様子を見ていると、カールは彼女の手を両手で包み込み、そこへ「はぁ

〜」と息を吹きかけた。

「カール?」

サラが声をかけても、カールは返事をせずに何度も手に温かな息を吐き続け、一度だけ軽く口

づけしてから、ようやく顔を上げた。
ラブラブv
サラは思わず頬を赤らめたが、カールは何事もなかった様に微笑むと、彼女の手を優しく摩っ

た。

「あったかくなった?」

「………」

「サラ?」

「…う、うん、すごく……あったかいよ…」

カールに顔を覗き込まれると、サラは恥ずかしそうに目を伏せた。

その間もカールはサラの手を摩り続けていたが、その動きがベッド上で行われる動きと似てい

て、サラは周囲の目が気になって仕方なかった。

それでもカールは手を離そうとせず、摩りながら合間に何度も軽い口づけをし続けた。

「ちょ、ちょっと、カール……皆に見られちゃうよ…?」

「ん? あぁ、そうだな。じゃ、これくらいで…」

カールは一度だけ長く口づけすると、ようやくサラの手を離した。

サラは顔を真っ赤にしたまま、カールに温めてもらった手を胸元で重ねた。

早まった鼓動を落ち着かせようとしている様だ。

カールはその様子を微笑ましく見守っていたが、そこへお約束となったヒュースが現れた。

「大佐、サラさんと何してるんですか!?」

「何をそんなにいきり立っているんだ、中佐? 我々は少し休憩していただけだぞ」

「……本当ですか? まぁ、それならいいですが…」

「…で、何の用だ?」

「遺跡の入口を発見しましたので、ご報告に参りました」

ヒュースの報告を聞くなり、サラは大きな瞳を輝かせながら、男二人を引き連れて遺跡の入口

へと向かった。

雪かきはほぼ完了しており、遺跡の入口にたくさんの兵士が集まっていた。

「では、早速中の調査を始めましょう♪」

サラの号令を受け、カール達第一装甲師団の面々は遺跡の中に足を踏み入れたが、すぐに

ガッカリする現実をの当たりにした。

遺跡に入ってすぐの所が雪に埋れていたのである。

上を見てみると、天井が崩れており、そこから雪が入り込んだらしかった。

サラを始めカール達もガクッと肩を落としたが、項垂うなだれていても仕方ないので、雪かきを再開し

た。

とは言え、今度は量が分かっているので、気分はこれまでよりも軽やかだった。

しかしそれは最初だけの事で、掘り進めている内に皆の表情は暗いものになっていった。

通路という通路全てが雪で埋れていたのだ。

相当もろい造りの遺跡だった様で、天井の至る所に穴が開いていた。

カール達は数多くある通路を塞いでいる雪を手分けして掘っていたが、そんなカールの元へ

サラがこっそりやって来た。

「カール、ちょっとこっち来て」

「ん? 何か見つけたのか?」

「いいからいいから」

サラに引っ張られるままに、カールは雪かき途中の通路の一つに向かった。

カールはキョロキョロ辺りを見回したが、特に目を引くものは無かった。

ただこの通路には部下が一人もいなかったが、それは大した問題ではなかった。

カールがいぶかしげな目を向けると、サラはにやりと不適な笑みを浮かべ、背後の壁に付いてい

る雪をぱっと払った。

すると、そこには四角い枠の様な線があった。

「これは…?」

「ふふふ、きっと隠し扉よv この部分を押せば、きっと扉が開くに違いないわ!」

サラは自信満々に言うと、四角い枠の中心を思い切り押した。

「えっ!?」

サラは枠の中心を押すには押したが、そこだけ壁が薄かったらしく、一瞬で崩れてしまった。

勢いを付け過ぎていたサラは、崩れた壁に向かって飛び込む様な形になってしまい、何とか

踏み止まろうとしたが、壁の中を見て絶句した。

中は滑り台の様に下に向かう穴になっていたのだ。

「カールっ」

「サラ!!」

サラは思わずカールに助けを求めたが、彼女が伸ばした手はカールに届かなかった。

それでもカールは何とかサラの足を掴む事に成功したものの、入口から身を乗り出し過ぎてい

て、一緒に落ちるしかなかった。

かなり急な角度の穴を滑り落ちながら、カールはサラの体を自分の方へ引き寄せると、彼女

を守る様に包み込んだ。

このままどこかに激突すれば、自分はきっと死ぬだろう。

しかしサラは助かる。

そう思いつつ、カールはサラを抱きしめていたが、穴の角度は徐々に緩やかになり、二人はゆ

っくりと穴の終着点に辿り着いた。

「……………助かった…のか?」

カールは腰に下げていた懐中電灯を点けると、周囲を大きく見回した。

するとその時、穴の上の方から土砂が落ちてくる音が聞こえてきた。

…かなり大きな音だ。

カールは考えるより先に体が動き、サラを抱えてその場から急いで離れた。

隅の方でしばらくじっとしていると、土砂は穴を完全に塞ぐ形で落ち、やがて静かになった。

カールは穴の方を確認すると、とりあえず土砂からは逃げられたと胸を撫で下ろした。

「何とか助かったな」

「…………」

「サラ…?」

「……ごめんなさい、カール。私の不注意でこんな事になっちゃって……。怪我してない? 大

丈夫?」

サラは泣きそうな顔でカールの頬に触れたが、カールは彼女を安心させる為に体を抱き寄せ

た。

「俺は大丈夫、大丈夫だから安心してくれ」

「……良かった………カール…本当に良かった……」

サラが安心した様に脱力すると、カールも腕の力を緩め、彼女の頭を撫でながら懐中電灯で

辺りを照らした。

穴があった方は土砂で見事に塞がれていたが、それの反対側はまだ進める道がいくつかあ

った。

カールが周囲の様子を見ている内に、ようやく落ち着いたサラも同じ様に周りを見回し、これ

からの事を相談し始めた。

脱出するのが第一だが、まずはヒュース達と連絡を取らねばならない。

隊長であるカールと、皆の憧れのサラが行方不明なのだ。

恐らく混乱が起こっているだろう。

運良く兵士の標準装備を全て身に着けていたカールは、小型の通信機を取り出すとヒュース

に呼びかけた。

「こちらシュバルツ、ブラント中佐、聞こえるか?」

『……! 大佐!? 大佐なんですか!? サラさんは? サラさんがいないんですよ!!』

「落ち着け、中佐。サラなら無事だ、今私の傍にいる」

『大佐の傍に!? 余計危ないじゃないですか!! サラさんをどうするつもりですか!?』

「……別にどうもしない。そんな事より、我々を救出してほしいんだが」

『救出? ……大佐、やっぱりサラさんを危険な目に遭わせたんですね!?』

「そんな話は後だ。今は救出を優先して…」

『そんな話とは何ですか!? 私はサラさんを心配しているんです!!』

「……………」

自分の話をまともに聞きもしないヒュースにカールが苛立っていると、今の事態に責任を感じ

ていたサラは通信に割り込んだ。

「違うの、中佐。カールは悪くないの、私が悪いの」

『サラさん!? サラさん、無事なんですか!? 大佐に何かされたんですか!?』

「中佐、お願い。落ち着いて話を聞いてちょうだい」

『私はいつでも落ち着いていますよ、サラさん。で、お二人の救出との事ですが、今どちらにお

られるのですか?』

「皆に雪かきしてもらった通路の一つに落とし穴があったのよ。穴の入口は壁の中にあるんだ

けど、そこから滑り台みたいに滑って落ちてしまって、今は穴の底にいるわ」

『では、その穴の入口からロープを使って救出致しましょう!』

「そうしたいのは山々なんだけど、落ちた時に穴の出口が崩れてしまって……穴からは出ら

れないわ」

『それは困りましたな…』

サラとヒュースが考え込んでしまうと、今度はカールが通信に割って入った。

「中佐、我々の位置はこの通信機で分かるな?」

『はい、発信機の機能も付いていますからね』

「では、そちらから下へ降りる道を探して降りて来てくれ。我々も上へ上る道を探して上る。

我々が近くまで来たら、後は通信で方向を指示してくれ」

『了解しました』

「この通信機の電池は長く保たない。合流時の為に以後は通信を控える」

『了解しました。……通信出来ないからと言って、サラさんに絶対変な事はしないで下さい

よ?』

最後に喧嘩を売る様な事を言うヒュースに対し、カールは無言で通信を切った。

相手をするだけ時間の無駄だからだ。

カールは通信機をしまうと、サラの手を取り歩き出した。

サラは簡単な地図を作成しようと思ったらしく、時々立ち止まっては小さなメモ用紙に書き込

んでいた。

これなら迷う心配はないだろう。

いくつか行き止まりの道に出くわしながらも、二人は数時間かけて上へ行く道を探し出した

が、その道は地上へ一直線に行けない構造で、再び上へ行く道を探さねばならなかった。

カールは後ろを歩くサラが疲れ始めている事を察すると、みずから休憩すると宣言した。

そうしないと、サラは決して休まないからだ。

責任感の強いサラは、カールを早く地上に帰したいと焦っているはずだ。

従って、疲れていても休みたいとは言わないだろう。

だからこそ、カールが言う事にしたのだ。

カールが言えば、サラも休まざるを得なくなる。

カールはサラの返事を待たずに休む場所を探し始め、瓦礫が無い所を見つけると、先に座っ

て手招きした。

サラは少し躊躇ったが、カールの心遣いに気づいていたので、素直に導かれた所へ座った。

サラが隣に腰を下ろすと、カールはコートの中から非常食のチョコレートと小さな水袋を取り出

し、二人で仲良く分けて食した。

「カール、すごいね。水も食べ物もちゃんと準備してるなんて」

「準備って言うか…これが標準装備だからね。食料は寒冷地用だからチョコだけど、普通はビ

スケットなんだ。今回はチョコで助かったよ、ビスケットだと落ちた時に粉々だったろうからね」

「そうね、ビスケットじゃなくて良かったわ。いくら非常食でも、粉を食べるのは嫌だものね」

非常時ではあったが、二人は幸せそうに談笑し、仮眠を取る為に身を寄せ合った。

始めは横に並んでいた二人だったが、しばらくしてカールはサラが震えている事に気づいた。

地面から来る寒さに堪えているのだろう。

女性に寒さは毒だと思ったカールは、サラを温める為に行動を開始した。

「サラ、こっちへ」

「…え? 何?」

カールはキョトンとしているサラを抱き寄せ、自分の膝の上に座らせた。

これで下から冷える事はない。

後は両腕で温めるだけ、とカールが満足していると、サラが慌てた様に体を引き離した。

「ダメだよ、カール」

「…? 何がダメなんだ?」

「これじゃあ、私だけ温かいもの。あなたも温かくなくちゃ悪いわ」

「大丈夫、俺も温かいよ。それにこのコートは特注品だからね、君のより温かいんだ」

「……本当?」

「ああ、心配しなくていい」

カールが力強く頷いてみせると、サラはようやく納得したが、何を思ったのか突然胸元のボタ

ンを外し始めた。

今度はカールがキョトンとする番になり、その間にサラはカールの胸元のボタンまで外してい

った。

コートと中に着ている厚手の上着を胸元だけはだけさせた形になると、サラはカールにそっと

抱きつき、互いのはだけた部分を重ね合わせた。

「これでもっと温かくなるよ」

「そうだね。いい感触も楽しめて最高だよ」

「いい感触? ………あ、もぅ…カールったら……」

カールの言葉が何を意味しているのか、聞かなくても分かったサラは頬を赤らめ、恥ずかしさ

を隠そうと厚い胸板に顔を埋めた。

その行動がよりカールに『いい感触』を感じさせていたのだが、サラは知る由もなかった。

「そろそろ灯り消そうか?」

「そうね。……その懐中電灯の電池ってどれくらい保つの?」

「24時間は保つよ。もし切れても手動で発電出来るから、脱出には支障はない」

「そっか。でも手動だと面倒だし、電池切れになる前に脱出したいところね。休んでる間は消し

た方がいいわね」

「じゃ、消すよ」

カールがそう宣言し灯りを消すと、辺りは完全な暗闇に包まれた。

その暗さに急に恐怖を感じたサラは、思わずカールに抱きつく手に力が入った。

「……やっぱり真っ暗って怖いね…」

「…点けようか?」

「ううん、平気。あなたが傍にいるから…大丈夫だよ」

「そうか…」

恐いのを無理して我慢しているのではないか?と思ったカールは、暗闇の中でサラの頬を探

し当てると、手探りで唇に触れた。

その流れのままカールは顔を近づけ、じっとしているサラの唇に自らの唇を重ねた。

互いの存在を確かめ合う様に何度も軽い口づけを交わし、充分確かめ終えると今度は深く重

ね合った。

「………んっ……は…………」

暗闇である事と物音一つしない状況……サラはカールの動きが見えない為に過敏に反応し、

無音の為に舌を絡める音がいつもより大きく聞こえ、一層快感が増していった。

今いる場所がベッド上なら問題無いが、寒さに凍える様な遺跡内では、口づけ以上の事は出

来ない。

カールもサラも体が相手を求め始めていたが、高揚した心を必死に抑え込み、重ねた唇をゆっ

くりと離した。

見えてはいないのに、二人は互いの目を見つめたまま動かなかった。

それ程顔を離していなかったので、息遣いだけで相手の位置は把握出来た。

普段は口づけの後に見つめ合うのは照れ臭いのだが、暗闇の中という事もあり、二人は心行

くまで口づけの余韻に浸っていた。

「……サラ、そろそろ…」

「うん………おやすみなさい…」

「おやすみ…」

二人は思い出した様に抱き合い、心地良い温かさの中で眠りに落ちていった。





数時間後、カールは通信機から聞こえる声で目を覚ました。

どうやらヒュース達は休まず捜索を続けていた様だ。

カールは極力ゆっくり身動みじろぎすると、サラを起こしてしまわない様に気を付けながら懐中電灯

と通信機を取り出した。

が、努力の甲斐空かいむなしく、その動きでサラが起きてしまった。

カールが申し訳なさそうな顔をしていると、サラは眠そうな顔をしながらも笑顔で頷き、こちらに

呼びかけ続けている通信機を指差した。

「カール、早く出ないと」

「……あ、ああ、そうだな。こちらシュバルツ」

『大佐!? どうしてすぐ応答しないんですか!! まさかサラさんに襲いかかっていたんじゃ

ないでしょうね!?』

「……こんな所で襲ってどうする…。疲れたから、少し休んでいただけだ」

『本当ですか!?』

「ああ、本当だ。で、そちらはどこまで来てるんだ?」

『直線距離で言うと、30メートル以内といった所ですが……恐らく我々は大佐達がおられる所

より一つ上の階だと思われます』

「そうか…。後は合流するだけだしな……。すまないが、そちらから我々の元へ来てくれ。こち

らが下手に動くと離れてしまう恐れがあるからな」

『了解しました。サラさん、すぐに迎えに参りますから、もうしばらくお待ち下さいね』

「ええ。お願いします、中佐」

サラはにこやかに通信を終えると、隣にいるカールの顔をまじまじと観察した。

カールはヒュース相手に会話するのに疲れたらしく、うんざりした顔をしていた。

いつになったら、サラとの関係を認めるのだろうか…?

結婚するまで認める気はないと思われる。

カールがガックリ肩を落としていると、そんな彼を元気付けようとサラはカールの頬にそっと口

づけした。

「サラ…?」

「もう少しで外に出られるから元気出して」

「……ああ、そうだな。ありがとう」

そういう意味で落胆していた訳ではないのだが…とカールは思ったが、サラの顔をよく見てみ

ると、その気持ちも分かっての事だったのだと気づいた。

分かっていても、直接的に言うのは気が引けたのだろう。

そんなサラの心遣いもあって復活したカールは、ヒュース達に見つかる前に今の態勢を変え

る事にした。

サラを膝の上に乗せた状態でヒュースに会おうものなら、その後どうなるかは容易に想像が

つく。

そうしてカールとサラが態勢を整えていると、タイミング良くヒュース達捜索隊が姿を現し、二

人は無事地上に戻る事が出来た。

「いや〜、本当に良かったですよ、サラさんがご無事で」

「ありがとう、中佐。ごめんなさい、迷惑をかけてしまって…」

「いえいえ。サラさんの為なら私は何でもしますから、これからもどんどん迷惑をかけてやって

下さい!」

「え……ええ、ありがとう」

サラですら対応出来ない程、ヒュースはハイテンションだった。

夜通し捜索を続けていたはずなのだが、疲れよりサラを救えた喜びの方が勝っているのだろ

う。

しかしヒュースは良いとしても、サラや部下達は疲れているので、カールは休憩を取る様に指

示を出し、自身もテントで休む事にした。

ヒュースがわざわざサラをテントの前まで送っていたが、カールは特に気に留める事なく、自

分のテントに入るなり、備え付けの小型シャワー室でシャワーを浴びた。

冷えた体を温めるには、シャワーが一番なのだ。

さっぱりして気分良くシャワー室から出て来たカールは、軽く食事を取ってから眠ろうと準備を

始めたが、ふとベッドに目をやると思わず笑みを零した。

ベッド上に綺麗に敷かれていたはずの毛布が、明らかに中に人がいると分かる程膨らんでい

たのだ。

そしてその膨らみの主は、一人しか考えられない。

カールは笑顔のままベッドに近づくと、そっと毛布をめくった。

「あれ? 何だ、バレてたの?」

「そりゃ分かるよ、見たまんまだからね」

「そっか〜。ま、確かにね」

サラは照れた様に笑うと、ベッドからぴょんと飛び降り、どこから出したのか大きなバスケットを

傍の机の上に置いた。

そのバスケットから次々と手料理を取り出すサラを見、カールも慣れた手付きでコーヒーを用

意し、二人は示し合わせた様に同時に席に着いた。

「「いただきます」」

二人は見事にハモると、笑顔で食事に手を付けた。

体を気遣ってか、サラが用意した料理は全て薄味であった。

量も抑え目ではあったが、カールは充分に満足して食事を平らげると、サラが食べ終えるのを

待ちながら、コーヒーに持参した酒を混ぜた。

この方が体が温まるからだ。

「それ、お酒?」

「ああ、寒い時は酒を混ぜた方が体が温まっていいんだ」

「へぇ、そうなんだ〜。そんな風に飲んだ事一度も無いなぁ」

「……ダメだぞ、君は」

「え〜、ケチ〜〜」

サラはしばらく口を尖らせていたが、からになった食器をテキパキ片付けると、そのまま抜け道

へ向かおうとした。

怒っている事を主張しているらしい。

カールは思わず笑みを浮かべると、抜け道に入ろうとしているサラを捕獲し、抱き寄せる勢い

に乗って、そのままベッドへ倒れ込んだ。

「君を温めるのは俺の役目だ」

「だからお酒飲んじゃダメなの?」

「俺じゃ不服か?」

「ううん、あなたの方が絶対いいv」

サラは満面の笑顔でカールに抱きつき、彼の温かさに酔いしれた。

他のどんなものよりも勝る温かさ……心から安心出来る温かさの中でサラが目を閉じると、お

約束の様にカールが動いた。

サラは思わず身構えたが、カールは軽く口づけしただけですぐ横になった。

「今日はさすがに疲れたからな…」

「……疲れてなかったらしたの?」

「いや、疲れてる君を襲おうとは思わないよ」

「そっか、良かった」

「灯り、消すよ」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみ」

カールは枕元の灯りを消して再び横になると、暗闇の中で手探りでサラを抱き寄せ、彼女の

額にそっと口づけた。

サラもお返しとばかりにカールの額に口づけし、二人は身を寄せ合って眠りに就いた。





翌朝、遺跡の調査が再開された。

雪かき作業時の大変さが嘘の様に、調査はたった一日で終わってしまった。

サラが遭難した時に作成した地図が素晴らしく正確で、横道にれる事なく調べられたから

だ。

遺跡自体が脆い造りで長居するのが難しく、しかも特に目新しい発見が無かった為、サラは

あっさりと調査終了を宣言した。

その宣言を受け、カールが撤収作業を始める様に指示を出すと、兵士達はテキパキと動き出

した。

前回の任務で気持ちがバラついていた兵士達が、今回の任務のお陰でようやく一つにまとま

り、撤収作業は予定よりも早く済んだ。

残念ながらサラには収穫の無い調査だったが、カールにとっては大収穫とも言える任務であ

った。

基地へと帰る車内で、サラだけがカールの表情の変化に気づいていた。

調査は無駄足に終わってしまったが、カールの嬉しそうな顔を見て、自分も嬉しくなるサラで

あった。










●あとがき●

ジェノブレイカー戦後、いきなり戦闘をさせるのは酷かなぁという思いで考えたお話です。
一応前回癒しの話を入れましたが、今回は部隊全体のリハビリという位置付けです。
発掘という任務にしたのは、誰もが予想した通りサラとの絡みを出す為(笑)
サラが出て来ると、カールはもちろん、ヒュースも兵士もイキイキしますからv
大部隊のクセに、実はゾイドは運搬専用以外一体も連れて行っていない状況でしたが、士気
は元に戻った…はずです。
全ては色々考えているルドルフのお陰でしょう。さすが皇帝v
ようやく本編で登場となりましたカールのコートですが、今改めて見てみると、もう少しデザイ
ンを良くしたい…という衝動に駆られました。
これでも一度変更してるんですけどね…(ゾイドギャラリー参照)
また機会がありましたら、変更してみようと思います(このままの可能性大ですが)
そして今回カールが都合良く持っていた『兵士の標準装備』なるものについてですが…
現在決まっているのは、形状がウエストポーチである事だけです。
中に通信機や水や食料(今回はチョコ)、懐中電灯はベルトに引っ掛けているイメージです。
今は余り細かく考えている状態ではないので、色々おかしいと思われる所もあるとは思いま
すが、いつか決まるだろうと長い目で見てやって下さい。
カールがこだわっている物の一つ、コーヒーに今回酒を入れてみました。
カールが入れるくらいなので、もちろんコーヒーに合う(コーヒーの風味を損なわない)酒だった
と思われます。
美味しいのか不味いのか分かりませんけど、ね…。
私の中で前話の影響が残っている様です。早く抜かねば!(笑)

                       
<お知らせ>

次回の第七十九話「繋がり」は、下記予告の内容をご覧になれば分かる通り少々趣向を変え
まして、サラ視点のお話になっています。
かなり初期に考えたもので、作者としては相当思い入れがありますので、主人公であるカー
ルが一時的に脇役になる事をお許し頂けると嬉しいです。

●次回予告●

第一装甲師団との発掘調査後、サラは学会に参加する事になりました。
学会は終始和やかで、全く滞りなく無事に終了。
研究所への帰路に就いたサラの前に、見覚えの無い赤いゾイドが現れます。
そのゾイドに乗る人物と、サラは昔話に花を咲かせます。
第七十九話「繋がり」  あなたもきっと見つけられるわ、あなたを助けてくれる人を