第七十三話

「絶縁」


「何…!? トーマ…いや、シュバルツ中尉がジェノザウラーに…?」

「はい。現在は共和国軍の基地にて手当てを受けているそうですが、かなりの重症との事で

す。ディバイソンも正常に動ける様になるのは、最短でも1ヵ月はかかると思われます」

「……………そうか」

帝国・共和国による集団見合いでサラと一緒に仲人をするという、非常に有意義な時間を過

ごしてから数週間も経たない内に、今度は悪い知らせがカールの元に届いた。

トーマがジェノザウラーに襲撃され、重症を負ったというのだ。

ジェノザウラーと言えば、プロイツェン直属の近衛兵だったレイヴンが乗っていたゾイド。

しかしジェノザウラーはデスザウラー戦直前に、バンによって倒されたと聞いている。

しかもその時からレイヴンは行方不明になっている。

どう考えても、ジェノザウラーの名が出てくるのはおかしな話だ。

何かの間違いであればいいが、以前よりシャドーと思われる黒いオーガノイドが各地で目撃さ

れており、先日ガーディアンフォースの面々がレイヴンと戦闘を行ったという報告は、カールの

耳にも入っていた。

だが、そのレイヴンがジェノザウラーに乗っていた、という話は一切出なかった。

レイヴンは生身で軍施設に侵入し、その場にあるゾイドを奪って暴れていたとしか聞いていな

い。

一体どこでジェノザウラーを手に入れたのだろうか…?

カールは執務室で一人物思いにふけっていたが、次第にレイヴンよりトーマの事を考える様に

なっていった。

いつも厳しく接しているが、トーマはカールにとってたった一人の弟。

心配するのは当たり前だろう。

しかしカールは兄であると同時に、大部隊の指揮官でもある。

弟が重症を負ったからと言って、部下の前で動揺する姿は絶対に見せてはいけない。

命に別状はないのだから、と無理矢理自分を納得させ、カールはトーマを見舞う事なく、次の

任務に向けての準備を始めた。





一方、その頃国立研究所では、トーマが重症を負ったという話で大騒ぎになっていた。

しかしただ一人、サラだけは「我関せず」で平然と研究を続けていた。

その反応に疑問をいだいたステア達は、黙々と研究に勤しんでいるサラの元に集まり、次々と

質問を投げかけ始めた。

「博士、いつまで研究を続けるんですか?」

「いつまでって、終わるまでに決まってるでしょ」

「中尉のお見舞いには行かないんですか?」

「そうね、行かないわね」

「えぇ〜っ!? どうしてですか? 中尉は博士の大切な弟さんじゃないですか! 心配じゃ

ないんですか?」

「トーマ君の事は……弟とか関係なく心配だけど、お見舞いには行かないわ」

サラのつれない返答に、ステア達助手の面々は揃って非難の声をあげたが、サラは全く動じ

る気配を見せず、落ち着いた様子で作業を中断し、皆をゆっくりと見回した。

「肉親を差し置いて、私だけがお見舞いに行く事なんて出来ないわ」

「え…? ま、まさか………大佐も中尉のお見舞いに行ってないんですか?」

「ええ、彼はもう次の任務に取り掛かってるわ」

「………。…じゃ、じゃあ、尚更博士がお見舞いに行くべきですよ。私達もお供しますから、皆

で中尉を元気付けに行きましょうv」

ステア達は勝手に話を進めて強引に出かけようとしたが、サラは断固として動こうとせず、皆

に言い聞かせる様に話し出した。

「今のトーマ君はそっとしておいた方がいいわ。私達が元気付けようなんて、とんでもない事

よ。軍人が戦いに負けて怪我を負うという事は、軍人にとってとても屈辱的な事なの。軍人貴

族であるシュバルツ家の人間なら、尚の事プライドを傷付けられているわ。だからこそカールも

えてお見舞いに行かないのよ。それなのに、私達がお見舞いに行っていいと思う?」

「え、あ、そ、それは……」

「………私だって、本当はトーマ君のお見舞いに行きたいわ。けど、私よりも彼を心配してい

る人がお見舞いを控えているんだもの、私達はここからトーマ君の回復をお祈りしましょう」

「は、はい…」

サラはステア達の勢いを見事に制し、再び研究に勤しみ始めた。

しかし胸中では心配で心配でたまらなかった。

トーマの事はもちろん心配だが、それ以上にカールの事が心配だったのだ。

常に軍人として行動してしまうカールは、表面上は平然とした素振りを見せているだろうが、

心の奥底ではトーマの事が心配で動揺しているはずだ。

サラは今すぐにでも研究所を飛び出したい衝動に駆られたが、今カールは任務で基地にはい

ない。

如何いかにサラでも、任務先に押しかける様な事は出来ないので、心配ではあるが行動を起こさ

ずにいるより他どうしようもなかった…



                          *



トーマが重症を負い、カールと連絡が取れない状態のまま数日経ったある日、帝国国立研究

所に招かれざる客がやって来た。

その人物はどこで手に入れたのか偽造カードキーを使って研究所内に侵入し、運悪く玄関近

くにいたステア達助手の面々に銃を突き付けると、傍にある部屋へ彼女らを無理矢理押し込

んだ。

こういう場合、下手にさからうと何をされるか分からない為、ステア達は大人しく侵入者の指示

に従い、研究所内にいるサラ以外の研究員をその部屋へ呼び集めた。

そして全員が揃うのを見計らい、侵入者は銃を玩具おもちゃの様に扱いながら話し出した。

「しばらくの間、ここで大人しくしていれば危害は加えない。だが、もし俺の邪魔をすれば、女

と言えども容赦はしない。…分かったな?」

侵入者の問いかけにステア達は何度も頷いてみせ、部屋の隅に固まって様子を見始めた。

すると、侵入者はステア達に尚も問いかけを続けた。

「サラ・クローゼはどこにいる?」

『………』

「どこにいると聞いているんだ。さっさと答えろ」

「……だ、第一研究室にいます」

ナズナが代表して答えると、侵入者はにやりと不適な笑みを浮かべ、部屋を出ると同時にド

アロックを破壊した。

ドアロックが破壊された事を音で察したステア達は、慌てて隠し持っていた小型通信機を使

い、急いでカールに連絡を入れた。

『やぁ、久しぶりだね。今そちらに連絡を入れようと思っていたんだが、丁度良かった。任務で

研究所の近くまで来ていてね、折角せっかくだから寄って行こうと……』

事情を知らないカールは笑顔で話していたが、途中でステア達の様子がおかしい事に気付

き、言葉を途切らせて首を傾げた。

『どうかしたのかい?』

「大佐、博士が………ここに銃を持った人が…………!」

『落ち着いて。始めからちゃんと話してくれ』

カールが非常に優しい口調で尋ねると、助手達は何とか落ち着きを取り戻し、ナズナとステア

の二人が代表して侵入者の事を彼に伝えた。

「軍服を着た男が突然やって来て、銃を就き付けて、私達をこの部屋に閉じ込めたんです」

「それから博士の居場所を聞いてきて………あの人が狙っているのは博士なんです! 早く

来て下さい、大佐!!」

『分かった、すぐ行く。君達はそこから動かないでくれ、下手に動くと相手を刺激してしまうから

な』

「はい!!」

研究所へ遊びに行く為に、既に部隊から離れていたカールは、ステア達との通信を終えると、

セイバータイガーのスピードを限界まで引き上げた。





その頃、国立研究所第一研究室では、サラが相変わらず怪しげな研究に勤しんでいたが、そ

んな彼女の元へ魔の手が伸びつつあった。

軽快なノック音が聞こえ、助手が尋ねて来たと思ったサラは、作業を続けながら来訪者を招き

入れ、振り返る事なく話しかけた。

「頼んでおいた資料は見つかった? 見つけたのなら、そこの机の上に置いておいてね」

「相変わらず研究にご精が出ますね、博士」

「!?」

聞き慣れぬ声で返事が返ってきたので、サラが慌てて振り返ると、そこには軍服姿の男が笑

顔で立っていた。

「あなたは……」

その軍服姿の男はどこかで見た顔であった。

サラは素早く記憶の糸を手繰たぐり、目の前の男が誰なのかを思い出した。

数年前……カールと出会う以前、サラにしつこく言い寄ってきていた軍人の一人だ。

しかし名前まではさすがに思い出せそうになかった。

サラは直感で自身に危険が迫っている事を察し、警戒心をあらわにしながら少々引きつった笑み

を浮かべた。

「失礼ですけど、あなたはどなたですか?」

「やはり覚えておられませんか……残念です。では、改めて自己紹介を。私はラルフと申しま

す」

「ラルフ……? ………………まさか…アイゼンベック部隊の……?」

「元、ですけどね。今はもうアイゼンベックという部隊は存在しません、シュバルツの所為せい

な」

シュバルツという名を口にした途端、ラルフは口調も表情もガラリと一変させ、サラのすぐ傍ま

で近づいてきた。

サラは思わず身構えつつも、何故ラルフがここにいるのかを考え始めた。

ラルフはプロイツェン派の軍人。

エーベネ基地でカールを反逆者として捕らえ、ルドルフを亡き者にしようとした人物と聞いてい

る。

デスザウラー戦後、他のプロイツェン派の軍人達と共に姿を消し、これまで行方不明とされて

きた。

今はもう帝国軍に彼の居場所はない。

だが、ラルフは今も軍服を着続けている。

帝国軍人にまだ未練があるのか、それともいまだにプロイツェン派の残党として働いているの

か…。

どちらにしても、ラルフが良からぬ事を企んでいるのは、彼の表情から容易に読み取る事が出

来た。

サラは何とか逃げ出そうと少しずつ移動し始めたが、すかさずラルフが行く手を遮り、にやに

やしながら話しかけてきた。

「聞いたぜ、シュバルツと婚約したそうじゃないか」

「………………」

「どうなんだ? あいつとはもうヤっちまったのか? ヤってるよなぁ、婚約者なんだからさ」

「………………」

「あいつの腕前はどうだった? 昔から堅物だったからなぁ、どうせお前が初めての相手だっ

たんだろう? 失敗して泣きそうになってたんじゃないか? くくく…」

「………………」

ラルフの問いかけに、サラは全て沈黙で答えた。

すると、ラルフはその沈黙を肯定と受け取り、瞬時に笑顔を消したかと思いきや、驚くべき早さ

でサラの腕を掴んだ。

滅多な事では異性に腕を掴まれた事がないサラは、鍛え抜かれた軍人の真の力をの当た

りにし、声をあげる事も出来ずにラルフを凝視していた。

「残念だ…。お前を最初に汚すのは俺のはずだったのに、まさかあのシュバルツに先に汚さ

れちまうとはな……。もっと早く俺の物にしておくべきだったぜ」

「………わ、私は…」

「ん?何だ?」

「私はカールに汚された覚えはないわ!」

サラが声を振り絞って反論すると、ラルフはお腹をかかえて大笑いした。

「何言ってんだ、お前は? あいつとはヤりまくってる仲なんだろう? だったら、思いっ切り汚

されてるじゃねぇか」

「汚されてないわ! 彼とはただ……愛し合っているだけよ」

「愛だって!? くくく、笑わせてくれるな。人を殺す事を仕事にしている軍人に、愛なんか存

在する訳がない。あいつだってそうさ。お前をただの挿入物いれものとしか思っていないはずだ。軍人

は皆そうなんだぜ、知らなかったか?」

「カールをあなたなんかと一緒にしないでちょうだい! 彼は……彼はとても優しい人なんだ

から!!」

「それは上辺だけのものさ。優しくしてやれば、女は素直に体を許す。だから、あいつもそうし

てお前を手に入れたんだ」

「違うわ! これ以上カールの事を侮辱するのなら、私はあなたを絶対許さない!!」

「お〜お〜、勇ましいねぇ。さすが国立研究所の代表を務めるだけの事はある。だがな…」

ラルフは途中で言葉を切ると、サラの両腕を頭上まで持ち上げ、背後の壁に強引に押さえ付

けた。

「こんな状態でどう許さないって言うんだ? 今お前に出来る事は精々泣き叫ぶ事ぐらいだ。

もっとも、どんなに泣き叫んだところで、助けはどこからも来ないがな」

「どこからも…? …………まさか……ステア達をどうしたの!?」

「自分より他人を心配するとは随分と余裕だな。安心しろ、彼女達には手荒な事は一切して

いない。俺の目的はお前だけだからな」

そうだとは思っていたが、ラルフの口からハッキリと言われると、サラは恐怖の余り体を震わ

せ始めた。

サラの反応に満足したのか、ラルフが不適な笑みを浮かべてみせた丁度その時、カールが研

究所に到着した。

カールは全力疾走でステア達助手を捜し出し、破壊されたドア越しにサラの居場所を聞くと、

再び全力疾走で第一研究室へ向かった。

第一研究室のドアは自動ドアのはずだったが、前に立っても何の反応も示さなかった為、カー

ルはドアを叩きながら中に声をかけた。

「サラ! いるのなら返事をしてくれ!」

カールの声を聞いた途端、サラは安堵あんどの表情を浮かべたが、彼女とは対照的にラルフは無表

情になり、低い声で呟いた。

騎士ナイト様のお出ましか…」

まるでカールが来る事が分かっていたかの様な物言いだったので、サラが怪訝そうな表情を

浮かべていると、ラルフは彼女の腕を押さえ付けたままドアの向こうに声をかけた。

「久しぶりだな、シュバルツ」

「………? …………その声は……ラルフなのか!?」

「ああ、そうだ。エーベネ以来だな。その節は随分と世話になった、お陰で色々と貴重な経験

が出来たぜ」

「……何故お前がここに…?」

「何故? くくく…、それは愚問だな。今、俺の手の内にいるのが誰か…分かっているんだろ

う?」

「…………サラをどうするつもりだ?」

「それも愚問だな。こんないい女を目の前にして、俺が何もしないと思うのか?」

「ラルフ……貴様…!」

「お前はそこでゆっくり婚約者の声でも聞いてろ。なぁに、心配はいらんさ。お前より俺の方が

経験豊富だからな、サラもお前とヤる時よりいい声を出してくれるはずだぜ」

カールとの会話を一方的に終えると、ラルフはサラの方に向き直し、にやりといやらしい笑み

を浮かべてみせた。

サラは声も出せずに体を硬直させ、徐々に近づいてくるラルフの手を見ている事しか出来なか

った。

抵抗出来ないサラに気を良くしたのか、ラルフは意味もなく長い青髪を指でもてあそぶと、彼女の

首元で手を止めた。

何をするつもりなのかと疑問を抱きつつも、サラは身動きが取れずにいたが、ラルフは彼女が

着ている制服の襟部分に指をかけると、下に向かって思い切り引っ張った。

ビリッと服が破ける音と、ブチブチとボタンが千切れる音と共に、サラの胸元が露になった。

下着を着けているとは言え、カール以外の異性の前で肌が露になるというショックに、サラは

堪らなくなって悲鳴をあげた。

「いやぁっ!! 助けて、カール!!!」

サラの悲鳴を聞いた瞬間、カールの中で何かがはじけた。

カールは突き動かされる様に内側からロックされたドアに手をかけると、渾身の力で開けよう

とし始めた。

ラルフは思わず動きを止め、ふんと軽く鼻で笑っていたが、徐々にドアが開いていくのを目の

当たりにすると、その笑みが一瞬で凍り付いた。

「バカな……人の手で開ける事など不可能なはず………」

獲物であるサラの存在を完全に忘れ、驚きの余りラルフが固まっていると、自力でドアを開い

たカールが研究室の中に転がり込んで来た。

カールはサラの無事を確認しようと素早く室内を見回したが、胸元を露にされ、ラルフによって

壁に押さえ付けられている状態の彼女を見た途端、表情が一変した。

サラも恐怖を感じる程の恐ろしい表情でカールはゆらりとラルフに近づき、低い声で一言だけ

言葉を口にした。


「殺す」


そのたった一言の言葉が、カールの今の心情を全て表していた。

カールは驚きで呆然としているラルフに掴みかかり、手加減など一切せずに力の限り殴り始

めた。

ラルフもただ殴られるままでいるはずもなく、何とか反撃に打って出たが、怒りで我を忘れて

いるカールには全く敵わなかった。

「殺す!! 殺してやる!! サラを傷付けようとする者は誰であろうと絶対許さん!!!」

カールがこれ程までに怒ったのは生まれて初めての事であった。

ラルフは正しくカールの逆鱗げきりんに触れてしまったのだ。

殴られた勢いでラルフが床に倒れ込むと、カールは彼の上に馬乗りになり、尚も全力で殴り

続けた。

その恐ろしい光景を呆然と見ているしかなかったサラは、カールの手がラルフの血でにじみ始

めたのが目に入ると、思い出した様に悲鳴に近い声をあげた。

「やめてぇっ!!」
やめてぇっ!!
サラの声でカールはようやく動きを止めたが、何故止めるのかと疑問の目を彼女に向けた。

サラはカールの中に潜む軍人の闇の部分を見出みいだし、今止めなければ彼は確実に狂ってしまう

と、涙を零しながら語りかけた。

「カール、止めて…。そんな人の血で、あなたの手を汚させたくないの…お願い……」

「………。……サラ………」

サラの涙を見ると、カールは瞬時に我に帰り、体から急速に力が抜けていった。

カールの攻撃が止んだので、ラルフは彼の手を振り払って何とか立ち上がると、フラフラと壁

にもたれかかりながら不適に微笑んだ。

「…分かっただろ、サラ? コイツも所詮ただの人殺し…。気に入らない事があると、力で

伏せる事しか出来ないんだ。俺達と一緒だぜ、くくく…」

ラルフの言葉にカールは何も言い返せず、黙って下を向いていたが、彼とは対照的にサラは

凛とした態度で反論した。

「カールはあなたとは違うわ、あなたと比べる事自体間違ってる」

「………ふん」

もうサラと言い合う余裕すらないのか、ラルフは鼻で笑ってみせると、フラフラしながらも逃げる

様に研究室から去って行った。

ラルフの姿が見えなくなった途端、サラは気が抜けて床に倒れそうになり、カールは慌てて彼

女の体を受け止めた。

すると丁度その時、閉じ込められた部屋から自力で脱出したステア達が駆け付けて来たの

で、カールはサラを急いで抱き上げつつ彼女達に声をかけた。

「すまないが、後の事は頼む」

「え? …あ、は、はい」

ステア達は何があったのか聞きそびれてしまったが、カールにひしと抱きついたまま顔を見せ

ないサラの様子から聞くべきではないと判断し、神妙な面持おももちで二人を見送った。

カールはなるべくゆっくりと歩き、研究所前に待たせていたセイバータイガーに乗り込むと、ア

テもなく走り出した。

人前で泣かない様にする癖がまだ残っているらしく、サラはカールと二人だけになるとようやく

泣き出し、研究所近くの野原でセイバータイガーから降りても、ずっと泣き続けていた。

カールにとってサラが素直に涙を見せてくれる事は大変喜ばしい事だったが、今回ばかりは

そうも言っていられない。

カールは腕の中にいるサラの髪を優しく撫で、彼女を落ち着かせる為に努力しながら、自身の

行いを悔いていた。

サラが止めてくれなければ、自分は確実にラルフを殴り殺していただろう。

カールの思考は後悔の気持ちで徐々に泥沼にはまりつつあったが、それ以上にサラの事が

心配で胸が張り裂けそうになった。

未遂に終わったとは言え、好きでもない男に無理矢理犯されそうになったのだ。

その恐怖は尋常なものではないだろう。

泣きじゃくるサラに何と声をかければいいのか分からず、カールは黙って髪を撫で続ける事し

か出来なかった。

しばらくしてカールの想いが伝わったのか、サラはゆっくりと顔を上げたが、涙は止まる事なく

溢れ続けていた。

「……あの人に…言われたの………」

「え…?」

「私が………あなたに汚されたって…。私……………あなたに汚されてなんかいないの

に……ただ愛し合っているだけなのに……そんな風に言うなんて酷い………酷いよぅ……」

サラは今の気持ちを全て言葉にすると、再びカールに抱きついて泣き出した。

サラが何を思って泣いているのか分かったカールは、やはり彼女は自分より愛する者の事を

優先して考えると実感したが、今は自分自身を優先してほしくなった。

表面上は平気に見えても、心の奥底には恐怖が残っているはずなのだ。

先程サラが助けてくれた様に、今度は自分が助ける番と、カールは愛する女性の頬を両手で

優しく包み込んだ。

「ああ、そうだね。サラ、君は汚れてなんかいない。これからもずっと清らかなままだ。人を愛

するという事は、とても尊い事だから…」

「カール……」

「君のお陰で俺も人を愛するという事を学ぶ事が出来た。本当に感謝してる、ありがとう」

「そんな……お礼なんて…私………」

「サラ」

カールは泣き止みつつあったサラをそっと抱き寄せ、身も心も温もりが伝わる様に体を密着さ

せた。

「……サラ、もう大丈夫だ。君に危害を加える者はここにはいない、安心するんだ」

「………カール……」

カールの優しい言葉をキッカケに、サラは感情を全て解き放ち、声を出して泣き始めた。

「恐かった……恐かったの………」

ラルフとの一件の恐怖を振り払おうと、泣きながらすがり付いてくるサラを、カールはずっと強く

抱きしめていた。

今は言葉など必要ない。

互いの温もり……存在があればいいのだ。

やがてサラが泣き疲れて眠ってしまうと、カールは彼女を起こさない様に野原に寝転び、自分

も一緒に眠ろうと目を閉じた。





小一時間後、カールはゆっくり目を開くと、腕の中にいる愛する女性の様子をうかがった。

すると、サラもゆっくりと目を開き、心配そうな顔をしているカールに微笑んでみせた。

まだ目は赤かったが、サラが笑顔を見せてくれたので、カールはほっと胸を撫で下ろすと、彼

女の胸元に手を伸ばした。

ラルフによって引き千切られた為に、サラが着ている制服は無残な状態になっていたが、カー

ルは露になっている白い肌を優しく撫で回し、そっと口づけを落とした。

サラは思わず頬を赤らめたが、抵抗はせずに無言で始まったカールの愛撫に身を任せた。

「…………サラ」

「ん……?」

「あの時……俺を止めてくれてありがとう」

「うん………」

「……今日の事は俺が絶対忘れさせてみせるから…だから………」

男であるカールに出来る事は少ないかもしれない。

だが、それでもサラに早く元気になってもらいたい一心で、カールは精一杯気持ちを言葉にし

て伝えた。

カールの気持ちは何の障害もなくサラの心に伝わり、二人は笑顔で口づけを交わした。

「カール、あなたの力で忘れさせて…」

「ああ、忘れさせるよ。必ず……」

サラがそっと両手を伸ばすと、カールは彼女を受け止めつつ野原に押し倒し、引き裂かれた制

服を脱がし始めた。

いつもは陽が高い内は断られるのだが、今日はサラから非難の声があがる事はなかった。

あるじであるカールを思ってか、セイバータイガーが気を利かせて二人を包む様に大地に身を横

たえ、安全な囲いを作り出した。

その中でカールとサラは今日の出来事を忘れる為に無我夢中で互いを求め合い、日が暮れ

る頃には二人の心は幸せで満たされたのだった。










●あとがき●

ラルフファンの方、見てませんね?(笑)
アニメでそろそろラルフが動き始める頃だな〜と思い、折角なので長編でも登場して頂きまし
た。しかも最悪な形で(死)
スタッフに完全に忘れられてましたよね、彼。
再登場も「そうそう、こんなキャラいたね」と言わんばかりの扱い(下っ端・ヤラレ役)でしたし。
アニメではカールとラルフの関係がかなりアヤフヤな表現で、どうにも消化出来ていない内に
ラルフ死亡というオチは余りにも残酷だと感じました。
ちなみに、アニメ2部でカールとラルフは一度も関わっていません。
二人の道は数年前に正反対になってしまったけども、それを決定的にした事件…それが今回
のお話、という訳です。だからタイトルが「絶縁」なのです。
ラルフにしてみれば、カールはどんどん出世して婚約者もいて幸せいっぱいで、許せない気持
ちが大きかったんだと思います。完全逆恨みですが(笑)
しかしサラを危険な目に遭わせるのはすごく嫌でしたね〜。
命の危険ならともかく、体の危険でしたから…。
サラの体はカール以外に許さないというモットーに従い、もちろん未遂で終わらせました。
それと、なんとな〜くついでの様な扱いになってしまいましたが、カールのダークな部分も出し
てみました。
軍人の闇の部分を表現するのは大変難しかったです。
結局表現しきれず、サラに助けを求める形でまとめました。もっと精進せねば…!

●次回予告●

様々な不幸な出来事が重なり、カールは心労の為に倒れてしまいました。
その情報を得たサラは、すぐにカールの看病に向かいます。
休みなく働き続けているカールには休息が必要、と判断したサラはルドルフに許可を得、カー
ルを慰安旅行に連れ出します。
第七十四話「湯治〜前編〜」  サラ、もっと恋人らしい看病をしてほしいんだが…

                        <ご注意>

次の第七十四話「湯治〜前編〜」は性描写を含みます。
お嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。