第六十八話
「居場所〜後編〜」
『青い悪魔』の異名を持つ人物・リーゼの手により、ホルスヤード兵器解体工場は建物自体が 巨大な爆発物と化していた。 兵器解体工場の名の通り、ホルスヤードでは高エネルギー爆弾の処理を任されていたが、リ かなめ ーゼに操られた兵士達によって冷却バルブが閉じられ、処理を行う要となっている動力炉の 温度が急激に上昇しつつあったのだ。 このままでは動力炉が大爆発を起こし、その衝撃で工場内にある総量200メガトンの爆発物 じんだい こうむ まで誘爆し、帝国・共和国共に甚大な被害を被ってしまうだろう。 すで おもむ その時既に工場近くに赴いていたガーディアンフォースのトーマとバンは、帝国・共和国両首 じきじき 脳陣に現状を報告し、帝国では皇帝であるルドルフが直々に指揮を取って住民の避難を開始 し、共和国ではハーマンを中心とする軍が出来うる限りの対処に当たった。 周囲が慌ただしくなる中、妙に静まり返っている工場内では操り人形となった兵士達が格納 庫に集結していた。 彼らの前に指揮官の姿はない。 操り主であるリーゼの声は兵士達の心に直接伝わるらしく、爆発を食い止める為に工場に侵 入しようとしているトーマ達を妨害する様に命令され、彼らは手に銃などの武器を持って動き 出した。 しかしただ一人…カールだけは別命令を受け、アイアンコングに乗り込んでその時を待ってい た。 やがて聞き慣れたはずの足音が聞こえ始めると、カールは静かにアイアンコングを発進させ た。 目の前に姿を現したのはディバイソン……カールの弟、トーマが操縦するゾイドであった。 「兄さん!聞こえますか!?俺です、トーマです!!」 当然の様にトーマから通信が入ったが、今のカールには全てが敵に見える為、何ら動じる事 はなかった。 「貴様など知らん」 「!?」 ようしゃ 驚き動けないトーマに、カールは容赦なく砲撃を始めた。 もう何もかも壊してしまえばいい……。 全てを失ったと思い込んでいるカールは、リーゼの忠実な操り人形として働き、肉親であるト いと ーマを手に掛ける事も厭わなかった。 一方、トーマはバンからカールがどの様な状態にあるのかを教えてもらったが、だからと言っ てすぐに兄を正気に戻せるはずもなく、自分の方は心配いらないと必死に強がりを言った。 その間もアイアンコングからの砲撃は休む事なく続き、カールは反撃する気配を見せないトー マに冷笑を浮かべてみせた。 「どうした?反撃もなしか?とんだ見かけ倒しだな、くくく……」 「な、何を〜〜!?」 たと 例え相手が兄でもそんな事は言われたくないと、トーマはカールに立ち向かって行ったが、ア つか イアンコングにあっさりとディバイソンの角を掴まれ、身動きが取れなくなってしまった。 「ゾイドが上等でも、乗り手が未熟では意味がない」 たんたん たた カールは冷やかに淡々と言うと、掴んでいた角を思い切り引っ張り、ディバイソンを地面へ叩き 落とした。 そしてそのままアイアンコングがディバイソンを地面に押し付けていると、すぐ傍に立体映像の リーゼとフィーネが現れた。 こんたん どうやらリーゼはフィーネを人質に、バンとトーマの動きを止めようという魂胆の様だ。 ひれつ 「フィーネさんを人質に!? 何と卑劣な…!」 とら 既に兄を人質に取られている様な状態であったが、トーマはリーゼに囚われたフィーネの立体 映像に気を取られてしまい、アイアンコングからの攻撃に完全に無防備になった。 そこを軍人であるカールが見逃すはずもなく、ディバイソンへ更に激しい攻撃を続けた。 「どこを見ている?貴様の相手はこの私だ」 カールに冷たい言葉を投げ掛けられ、トーマは多少なりともショックを受けつつも体勢を立て直 さいそく そうとしたが、細かい事情を理解出来ないAIのビークが彼に反撃を催促した。 「早く反撃しろ!? そんな事はわかっている!!」 わかってはいるが、相手は兄であるカール。 肉親相手に本気で戦える訳がない。 ためら そうしてトーマが反撃を躊躇っていると、精神を操られているカールは躊躇う事なく攻撃を続 なぐ け、ディバイソンを力強く殴り飛ばした。 なお 機体を無残に破壊されながらも、トーマは尚も反撃を躊躇っていたが、そうこうする内にアイア ンコングに再び角を掴まれ、工場内の壁に向かって放り投げられてしまった。 すさ その衝撃は凄まじいものがあり、ディバイソンは壁を壊しながら転がり続け、数枚貫通した所 でようやく止まる事が出来た。 ひたい 今の攻撃で額を負傷したトーマだったが、悩み抜いた末に兄を倒すしかないとの結論を出し、 急いで体勢を立て直し始めた。 「ビーク、最も効果的な狙撃箇所を割り出せ!」 待ってましたと言わんばかりにビークが解析を始めると、ディバイソンが開けた穴からゆっくり とアイアンコングが近づいて来た。 頃合いと判断したリーゼより、カールは最後の命令を受け、ディバイソンの目前まで移動し た。 「消えろ、未熟者」 かん 最後の命令を実行する為、カールが操縦桿を握り直した丁度その時、トーマはビークから解 析結果の報告を受けた。 わず はず 「動力制御回路を撃ち抜く!? だが、僅か10センチでも狙いを外せば、まるで効果は無い ぞ?」 弱気な事を言うトーマに、ビークはいつもの機械音で返事を返した。問題ない、と。 「……確かに、ビークならば問題は………」 トーマが納得しかけた途端、アイアンコングから容赦ない攻撃が再開された。 トーマは必死に応戦しようとしたが間に合わず、目の前でアイアンコングが腕を大きく振り上 げた。 もうダメだと誰もが思う状況であったが、途中でカールの首元に取り付けられていた小型ゾイ ドが外れ、彼が意識を回復すると同時にアイアンコングは動きを止めた。 「………!? ここは……?」 ずっと闇に囚われていた為か、カールは状況を把握するのに多少時間がかかったが、無残に ま 破壊されたディバイソンを目の当たりにすると、慌ててトーマに通信を入れた。 「トーマ!トーマ、しっかりしろ!!」 「兄さん……やっと元通りに………」 あんど トーマは傷付いた体を起こして安堵の表情を浮かべたが、次の瞬間アイアンコングが勝手に 動き出し、間近からディバイソンを砲撃した。 「トーマ!?」 自分は何も操縦していないのに、アイアンコングは何故動き出したのか…? カールは驚きの余り目を丸くしたが、のん気に驚いている場合ではないと、アイアンコングの 状態を急いで確認し始めた。 しかしアイアンコングはカールの操作を全く受け付けず、完全な暴走状態にあった。 「全機能制御不能…?まだ敵の影響が……」 カールは諦めずに操作を続けたが、トーマは動力制御回路を撃ち抜くしかないと判断し、ビー クに目標をロックする様に指示を出した。 「兄さん、僕のやり方が正しかった事を今、証明してみせます!」 これで兄を救出出来ると同時に、兄に自分の力を認めてもらえるかもしれない…。 そう思ったトーマは頼もしく言ってみせたが、動力制御回路をロックしようとしていたはずのビ ークが突然停止し、モニターが真っ黒になってしまった。 「ビーク!ビーク、どうした!? …………マシントラブル?嘘だろ……?」 トーマは全力でビークのシステム復旧に努めつつ、自力で何とかしようとアイアンコングの動 力制御回路を砲撃した。 かす だが、砲弾はアイアンコングに掠りもしなかった。 普段全てをビークに任せていた為、トーマの狙撃の腕前は学生の時分に比べて格段に落ち ていた様だ。 「ダメだ……やはりビーク無しでは狙撃出来ない………」 自分の無力さを痛感し、トーマが悔しそうに歯を食いしばっていると、彼の様子を察したカール から通信が入った。 「トーマ、コックピットを撃て。コックピットを破壊すればMK−2は止まる」 しごく 至極正論ではあったが、兄の突然の提案にトーマは戸惑いを隠しきれなかった。 「そんな……兄さん…!」 すいこう 「迷わず撃て、そしてお前に与えられた任務を遂行しろ。それが、シュバルツ家の軍人として の誇りある行動だ」 「兄さん……」 「何をしている、トーマ!早く撃て!!」 「確かに俺はシュバルツ家の軍人です。でもその前に…俺は………!」 しぼ トーマは絞り出す様に声を出し、震える手で操縦桿を握り締めた。 ディバイソンがアイアンコングのコックピットをロックオンした事がわかると、カールはゆっくりと 目を閉じた。 「さらばだ……」 つぶや 呟く様に別れの言葉を言った途端、カールの脳裏にこれまで出会ったたくさんの人々の姿が そうまとう よ 走馬燈の様に過ぎった。 以前読んだ本に「人は死を迎える時、これまでの人生を一瞬で振り返る事が出来る」と書か れてあったが、それは本当だったとカールは次々と現れては消えていく人達を黙って見送っ た。 父、母、そして弟……肉親から始まった走馬燈は友人やお世話になった人々へと移り変わ り、最後に現れたのはやはり……… い (先に逝く俺を許してくれ、サラ……) 最愛の女性にだけはきちんと別れの挨拶を。 カールは懸命に「さようなら」を言おうとしたが、どうしてもその言葉だけ口に出す事が出来な かった。 別れたくない……離れたくないのだ………。 かっとう そうしてカールが何度も心の葛藤を繰り返していると、脳裏に浮かんでいたサラが彼の傍まで やって来て笑顔を見せた。 『カール、目を開けて』 (サラ……俺は………) 『大丈夫、怖がらないで…』 サラに額へ優しく口づけされ、カールがゆっくりと目を開くと、すぐ傍にディバイソンの姿があっ た。 最初は何が起こったのか理解出来なかったが、ディバイソンの角がアイアンコングの胸部… 動力制御回路に突き刺さっているのを見ると、カールはトーマの行動を理解した。 「……何故、確実にコックピットを破壊しなかった?一歩間違えれば、お前は死んでいた」 「『どんな状況でも冷静に、最後まで自分を信じて戦え』 僕の最も尊敬する軍人が昔、そう教 えてくれたのです」 ほころ 晴れ晴れとした笑顔で話すトーマを見、カールは思わず顔を綻ばせた。 「トーマ、お前……」 「それに兄さんがいなくなったら、姉さんを悲しませてしまいます。それだけは弟として断固阻 止しないと!」 「………そうだな」 カールの笑顔を見てトーマはほっと胸を撫で下ろしたが、本来の任務の事を思い出すと急い で兄に状況を説明し、二人は冷却バルブの元へ走った。 すると、冷却バルブには既にジークの姿があり、バルブを一生懸命開いてから倒れ込んだ。 しっそう 全力疾走で来たらしく、目的を達した瞬間気が抜けたのだろう。 こぼ カールとトーマはジークの様子を見て笑みを零し、帝国・共和国の危機は去ったと安堵の表情 を浮かべていた。 その後、ホルスヤードには衛生兵の部隊が派遣され、リーゼに操られていた兵士達の救助が 行われた。 衛生兵達が慌ただしく動き回る中、今は大してやる事がないカールはトーマと久方振りに話し 込んでいたが、そこへバンとフィーネ、ジークがやって来た。 「フィーネさんv」 トーマはフィーネの姿が目に入るなり駆け寄って行ったが、余程慌てていたのか途中で顔面 から転んでしまった。 うかが まさか転ぶとは思わなかったフィーネは、急いでトーマの元へ駆け寄ると心配そうに様子を伺 った。 「大丈夫?」 「え、ええ。フィーネさんこそよくご無事で。本来なら何を差し置いてでも救出に向かうべきだっ やぼ たのですが、つい野暮用に手間取りまして…。いや、申し訳ない」 フィーネはバンが無事救出したので問題無いはずだったが、トーマはひたすら彼女に謝ってい た。 ひょっとしたら、トーマなりにフィーネにアピールしているのかもしれない…。 やや遅れてカールがトーマ達の元へ行くと、バンは苦笑しながら彼に話し掛けた。 「野暮用とか言われてるけど?」 「こんなヤツなど知らん」 さま カールは冗談めいた風に言い、トーマが平謝りしている様をバンと共に笑顔で見守った。 しかしいつまで経ってもトーマが謝るのを止めない為、カールはいい加減うんざりしているバン と困った様子のフィーネを呼び寄せた。 「今日はここに泊っていってくれ。この辺りはめちゃくちゃだが、居住区は大丈夫だから」 「おぅ、そうさせてもらうぜ」 「ありがとうございます、シュバルツ大佐」 「いや、礼を言うのは私の方だ。君達のお陰で帝国・共和国共に救われた。ありがとう、心か ら感謝している」 「な、な〜んか、シュバルツにそういう事言われると照れちまうなぁ。俺達はガーディアンフォ ースとして当然の事をしただけなのにさ。なぁ、フィーネ?」 「うん。それに私達だけじゃなく、シュバルツ中尉も頑張ってくれたんですよ、大佐」 フィーネの口から自分の名前が出た途端、トーマは感激して目を輝かせたが、カールは弟の 事には一切触れずに部下を呼び、バン達を居住区へ案内する様に指示を出した。 ガックリ肩を落とすトーマを横目で見つつ、バン達は案内役の兵士の後について行き、工場奥 へと姿を消した。 うなだ バン達を笑顔で見送った後、カールはガックリと項垂れたままのトーマを見て苦笑したが、今 回の事はこの弟がいなければ解決出来なかったと改めて実感し、感謝の言葉ではないが一 言だけ言っておく事にした。 「………迷惑をかけてすまなかった、トーマ」 「……………え?」 「お前も疲れただろう?早く部屋へ行って休みなさい、すぐ案内させる」 カールはもう一人部下を呼んで案内を指示し、兄の言葉が信じられなかったトーマは何度も首 かし を傾げながら兵士と共に工場奥へ去って行った。 一人になるとカールは瞬時に笑顔を消し、兵士達の様子を見に病室と化している部屋を見回 ると、最後に工場内の状態を確認した。 動力炉爆発という危機は去ったが、戦いの傷痕は工場内にくっきりと残っていた。 よ 操られていたとは言え、そのほとんどが自分の所業に因るもの…。 何とか第一装甲師団だけでホルスヤードを復旧させたい。 しかし今日はもう何も出来ない。 皆疲れているのだ、体ではなく心が……。 やしな 今日はゆっくり休んで気力を養い、明日には元気になって復旧作業を始めよう。 むね そう決めたカールはその旨を副官のヒュースに伝え、兵士達がゾロゾロと部屋へ去って行くの を静かに見送った。 やがて日が暮れ、比較的元気になってきた兵士達は衛生兵が用意した食事を摂ると、全員 が大事を取って早めに休む事になった。 す カールにはもちろん個室が割り当てられていたが、何故か部屋に真っ直ぐ帰る気が起きず、 あお 散歩をしようとアテもなく歩き出し、空を仰げるバルコニー状の場所を見つけて立ち止まった。 そこは工場に勤める兵士達の休憩場所らしく、いくつもベンチが置かれていたので、カールは その中の一つに腰を掛けると、美しい夜空ではなく自分の手を見つめた。 (この手がサラを……) リーゼの精神コントロールから解放されてはいたが、手にはサラの首の感触が残っている様 な気がした。 (やはり軍人は……奪う事でしか全てを手に入れられないのか…?) たび ひど 暗闇の中で聞いたリーゼの言葉を思い出す度に、カールの心は酷く痛んだ。 てんびん 軍人である自分とサラを天秤に掛け、どちらとも選べなかった中途半端な自分…。 これではサラを幸せに出来る訳がない。 いだ カールは首に下げていた婚約指輪を手に取ると、ぎゅっと握り締めて胸に抱いた。 その頃、格納庫に最後まで残ってビークの調整をしていたトーマは、一段落付いたところでよ うやく作業を中断し、自分に割り当てられた部屋へ軽い足取りで向かっていた。 そしてその道中偶然カールの姿を見つけ、トーマは思わず物陰から兄の様子を伺った。 いま すぐ 危機は去ったというのに、未だ優れぬ兄の表情。 ずっとおかしいと感じていたが、どうやら兄は何かに悩んでいる様だ。 トーマはどうしようか迷ったが、とりあえず一晩そっとしておこうと部屋へ帰って行った。 翌朝、兵士達は無事元気を取り戻し、朝食後から早速工場の復旧作業を開始した。 カールはいつも通り中心となって作業を指揮していたが、彼の表情はまだ優れなかった。 昨夜は結局一睡も出来なかった様だ。 その事は本人以外知らないので、誰もカールの様子に気付かずに作業を続けていた。 バンとフィーネ、ジークも復旧作業に加わろうとしたが、カールに事後処理は任せてほしいと しぶしぶ 頼まれ、渋々ではあったが新たな任務を受けて旅立って行った。 てっきりトーマもフィーネ達の後にくっついて行くと思っていたが、カールは弟の姿がまだ格納 庫内にあるのを見つけると笑顔で声をかけた。 「シュバルツ中尉、ここの事はもう心配する必要はない。我々が責任を持って事後処理を行 う。お前は安心して次の任務に専念してくれ」 「は、はい…」 「また機会があれば、こうして会う事もあるだろう。それまで元気でな、中尉」 「兄さ……大佐もお元気で…」 さっそう 一通り挨拶を済ませると、カールは颯爽と作業現場へ姿を消した。 そんな兄を引きつった笑顔で見送った後、トーマは少々考え込んでからディバイソンに乗り込 んだ。 カールの様子がおかしいと確信を得たのだ。 カールは感情を滅多に表に出さないので、身内であっても気付くのに多少の時間がかかって しまったが、トーマは出来る限りの事をしようとビークに指示を出した。 つな 「ビーク、国立研究所へ通信を繋いでくれ」 兄を救えるのは姉のみ。 トーマはホルスヤード兵器解体工場からディバイソンを発進させつつ、国立研究所に通信を入 れてサラに全ての事情を話した。 国立研究所は周辺住民の避難場所になっていた為、今はまだ慌ただしい状態ではあった が、サラはトーマの話を聞き終えると助手達に研究所を任せ、レドラーに乗り込んで一路ホル スヤードに向けて出発した。 バン達、そしてトーマを旅立たせ、工場に残ったカールは兵士達に指示を出しながら、自身も 額に汗して作業を行った。 つぐな 工場内を破壊したのは自分と言っても過言ではないので、カールなりに精いっぱい償おうとし ていたのだ。 しかし大部隊の指揮官であるカールが直々に働くとなると、周りの兵士達が意味もなく恐縮し はかど てしまい、作業が捗らないという悪い結果を招いていた。 仕方なくカールは作業を中断して本部となっている部屋へ戻り、副官のヒュースと工場の責 任者ツバキの三人で打ち合わせをしたり、兵士から報告を受けたりと、ほとんど何もしなくて いい位置に納まった。 本当は忙しく働いて何も考えずにいたかったが、作業が遅れるのであれば仕方ない。 カールは本部の部屋で待機状態になり、しばらくして昼食の時間を迎えると、女性兵士達が 巨大なお弁当とコーヒーを持って訪ねて来た。 余り食欲はなかったが、カールは笑顔でお弁当とコーヒーを受け取り、女性兵士達を見送って から昨日一夜を明かした場所へ向かった。 室内で食べるより、外の空気を感じながらの方が食が進むと思ったのだ。 かたわ ふた だが、お弁当はカールの傍らに置かれたまま、蓋が開かれる事はなかった。 「カール」 「………!?」 不意に背後から声をかけられ、驚いたカールが慌てて振り返ると、そこには彼の最愛の女性 が立っていた。 |
「サラ……?何故ここに…?」 「トーマ君に話を聞いて……あ、じゃなくて、たまたま近くを通りかかって……」 トーマに自分が話した事は内密にと頼まれていたのに、いきなりバラしてしまったサラはどう ごまか あ 誤魔化そうかとアタフタし始めたが、カールは敢えて追求しなかった。 必死に隠していても、肉親には確実に気付かれるとわかっていたからだ。 しか 「……………トーマ君の事、叱らないであげてね」 「ああ、わかってる」 カールの返事にサラはほっと安心すると、彼が座っているベンチに自分も腰掛けた。 ますます カールは元から無口であったが、サラが話さないでいると益々無口になる傾向があり、二人 ただよ の周囲に気まずい空気が漂い始めた。 ふっしょく こういう場合、いつもはサラが明るく話し出す事で気まずい空気は払拭される。 たも しかし今日はいつもの明るさは一切なく、気まずい空気を保ったままサラは重い口を開いた。 「ここで何があったのか……大体の事は聞いたわ。でも………あなたに起こった事はあなた だけしか知らない」 「……………」 「話したくないのなら無理に聞き出したりはしないけど、あなたが辛そうな顔をすると…私も辛 くなるの……」 「………一つだけ、聞きたい事がある」 「なぁに…?」 「君は……………軍人をどう思う?」 サラはカールの突然の質問にキョトンとなったが、彼の真剣な瞳を見ていると答えない訳には いかなかった。 「どうって………えっと……」 「……嫌いか?」 「ううん、そんな事ないよ」 「君の本当のご両親を殺したのは軍人なのに…?」 みどり カールが真実を口にすると、サラはハッと動きを止め、間近にある碧色の瞳を見上げた。 何故カールが突然そんな事を言い出したのかはわからない。 だが、きちんと本心を伝えれば、カールが笑顔を取り戻してくれるかもしれないと、サラは意を 決した様子で話し出した。 「……昔はすごく嫌いだったわ。私の本当の両親だけじゃなく、父様も軍人に殺されたような ものだから…」 リーゼが見せた幻覚と、今目の前にいるサラの言動…。 全てがほぼ一致していた為、カールはその場から逃げ出したい衝動に駆られた。 そんなカールの思いを知ってか知らずか、サラは彼の手を力強く握り、視線を真っ直ぐに合わ せて話を続けた。 「でもあなたと出会って気付いたの、軍人も私と同じ『人』なんだって」 「……………」 「軍人は戦う事が仕事、自分の手を汚す事によって自分という存在を成り立たせているわ。殺 まひ さなければ殺される……そんな極限状態に追い込まれると、誰だって感情が麻痺して罪悪感 を感じなくなってしまう…。だからこそ軍人は平気で人を殺せるようになる…、どんなに酷い事 も躊躇わずに出来るようになる…。だけど、あなたは違ったわ。あなたはとても優しい人…… 自分の罪と常に真正面から向き合っている……。軍人は戦うだけじゃないって、あなたが教 えてくれたの。だから私は……軍人が大好きよ」 サラの温かい言葉一つ一つが、カールの心を優しく包み込んでいった。 リーゼが見せた幻覚は、確かに間違ってはいなかった。 しかしサラはそれらを全て乗り越え、その上でカールを心から愛している。 サラの無償の愛を痛感したカールは、幻覚の中での出来事を話そう……話すべきだという結 論を出した。 「………サラ、ここへはレドラーに乗って来たのか?」 「え……?う、うん、そうだけど…」 「じゃあ、場所を変えよう。そこで……全部話す」 「……うん」 カールはサラに先にレドラーの元へ行く様に言うと、ヒュース達に出掛けると伝える為、作業 本部の部屋へ足を運んだ。 かか 一人になったサラはベンチに置かれたままの巨大弁当を抱え、物資班の兵士達の所へ寄っ てコーヒー入り水筒を受け取ってから、自分のレドラーの元でカールを待ち始めた。 こた 兵士達の元気な挨拶に笑顔で応えつつ、サラがのんびり待っていると、全てを終えたカール が格納庫に姿を現し、邪魔が入らない内に二人は急いでホルスヤードから飛び立った。 ハッキリ言って行くアテはなかったが、カールは確実に人気がない場所を探し出し、そこへす ぐにレドラーを着陸させた。 そうして二人は手を繋いで歩き出し、落ち着いて話せる場所を探し当てると、カールはサラを うなが 促して一緒に野原に座り込んだ。 けいべつ 「俺の話を聞いたら君は…俺を軽蔑するかもしれないけど……全部話す、よく聞いてくれ」 「うん、わかったわ」 カールは二、三度深呼吸して心を落ち着かせてから、リーゼに見せられた幻覚の中での出来 事をポツリポツリと語り始めた。 サラに軍を退役してほしいと言われ、彼女と軍人である自分を天秤に掛けたが答えを出せな かった事…。 ゆえ みずか そしてその結果、全てを自分のものにしたいが故に、サラを自らの手で亡き者にしてしまった 事…。 あふ 悔やんでも悔やみ切れぬ想いがカールの心を締め付け、話し終えると同時に涙が溢れそうに なった。 何もかも、奪う事でしか手に入れられない…。 だが、そんな風に欲しいものを手に入れて、果たして自分は幸せと言えるのだろうか…? いや、言える訳がない。 愛する女性が共に生きてくれる事こそが、自分が望んでいる幸せのはずだ。 おさ こぶし カールは自責の念を抑える事が出来ず、拳をこれでもかという程きつく握り締めていたが、サ ラはその手をそっと引っ張り、何も言わずに自分の首元へ持っていった。 「サ、サラ!?何を………」 カールは幻覚の中での自分の所業を思い出してしまい、慌てて手を引っ込めようとしたが、サ ラは彼の手をしっかと握ったまま、首元から離そうとしなかった。 「………カール、今ここで私を殺せる?」 「そんな事出来る訳がないだろ!」 「どうして?」 「どうしてって…それは……」 「天秤に掛ける対象がないから……でしょ?」 「……………」 「あなたが軍人を辞めるという事は、あなたの居場所……あなたの存在自体を無くす事にな る。要するに、あなたは自分か私のどちらかを選ばなくてはならなかった…。悩むのは当然だ よ、私だって国立研究所かあなたのどちらかを選べって言われたら……きっとあなたと同じ事 をしていたと思うもの」 「だけど……俺は………」 「もう自分を責めないで、カール。大丈夫だから……私はずっとあなたの傍にいるから……」 サラは両手で優しくカールを包み込み、落ち着くまで何度も彼の髪を撫で続けた。 すると、少しずつではあるがカールの体から力が抜けていき、サラの肩へ完全に身を預ける 様になった。 カールが落ち着いてくれたと察したサラは、撫でるのを止めて広い背中に手を伸ばし、愛する ひと 男性の温もりを感じながら話し出した。 「……ありがとう、カール」 「………?」 「私の事を自分と同じように想ってくれるなんて……すごく嬉しいよ。本当にありがとう」 「…………礼を言われるような事は何もしてない」 「ふふふ、そうね。でも嬉しい気持ちを伝えるには、『ありがとう』って言葉が一番いいと思った の」 「…………………君は……」 「うん?」 カールはようやく顔を上げ、サラの大きな瞳を見つめて尋ねた。 「君は俺の事を自分と同じように想ってくれるかい…?」 「想わないと思う?」 「……想ってくれると思う」 二人は心からの笑みを浮かべ合うと、ゆっくりと顔を近づけて口づけを交わした。 ほうよう そして今度はカールがサラを抱き寄せ、二人は時間を忘れて熱く抱擁し合った。 青い悪魔と呼ばれるリーゼの能力は、対象となる人物の心の弱点を突き、精神を操るというも のだったが、心の弱点とはその人物が一番大切にしているものを示している。 今回の事件は非常に心を傷付けられた事件であると同時に、カールがサラをどれだけ大切に 想っているのかもわかり、二人は心から幸せを感じる事が出来た。 どんなに辛い事があっても、二人で力を合わせて乗り越えていけばいい。 カールはすぐに話してしまえば良かったと少々後悔したが、今となってはもうどうでもいい事だ と思えた。 サラのお陰で傷付けられた心を無事修復し、自然と笑みを零せる様になった途端、カールの 腹の虫が元気に鳴き始めた。 「……あ、そう言えば、弁当を食べるのをすっかり忘れていたな」 「お弁当なら持って来たよ、もちろんコーヒーもね」 「さすがサラ、準備がいいね」 ほ 「お褒め頂き光栄ですわ、大佐殿v」 サラは軽い足取りでレドラーの元へ戻り、お弁当と水筒を持って引き返して来ると、二人で仲 良く分け合ってお弁当を味わった。 実はサラも昼食を食べていなかったのだ。 時間で考えると、もう夕食と言ってもいい頃合いだったが、二人はじっくりと味わう事によって あわ 空腹を満たし、昼食と夕食を併せた形の食事を終えた。 「カール、少し眠ったら?」 「え……?まだ寝るには早い時間だけど?」 ひざ 「昨日寝てないんでしょ?膝枕してあげるから、少し眠った方がいいわ」 「……うん、ありがとう」 カールは子どもの様な笑顔を見せて礼を言い、サラの膝に頭を乗せて寝転んだ。 気持ち良く寝かせてあげようと、サラが小さな声で子守歌を歌い始めると、カールは安らかな 笑顔で眠りに落ちていった… ●あとがき● カールの凹み具合、如何でしたでしょうか?(いきなりその話題か…) いつもは微妙なんですが、今回は自分でも上手くまとまったなと思ってます。 サラは救いの女神様v でももちろんそれだけでは終わらせません。 軍人に対するサラの本心……実は私の本心だったりします。 極限にまで追い込まれた人間は平気で残虐非道な事が出来てしまう…。 それはきっと感情が麻痺しているから。正常な判断が出来なくなっているから。 だからそれが次第に快感になり始めて、悪い事をしているという意識が無くなる…。 しかしカールだけは違うぞ!というのを主張したくて考えたお話です。夢見すぎでしょうか? そしてトーマ君の影の活躍には書いた私もビックリ。良い仕事してますね〜(笑) バンやフィーネは出番が見事に少ない……ですが、今後もこの調子で突き進みます(爆) 最後になりましたが、恒例(?)の挿絵の言い訳。 サラのお尻が小さすぎた……! しかもスカート短すぎた……!! サラはもっと良いプロポーションです。今回は見逃して下さい(え;) 真正面だと大好きな巨乳を小さく描かなくてはならないから、本当に苦労しました…。 次は別アングルでリベンジしたいと思ってますv ●次回予告● 忙しい毎日を送っている第一装甲師団の基地で、あるイベントが行われる事になりました。 そのイベントとは、民間人に師団長体験をしてもらうという『一日師団長』 本物の師団長であるカールには内緒で、副官のヒュース主催で行われるイベントでしたが、 彼が選んだ一日師団長とは一体誰なのか…? ヒュースの企みに気付いたカールの反撃とは…? 第六十九話 「一日師団長〜前編〜」 でも夜になったら……いいだろ? <ご注意> 次の第六十九話「一日師団長〜前編〜」は性描写に近い表現が出てきます。 お嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。 |