第六十七話
「居場所〜前編〜」
いま 未だ終わりが見えぬ戦後処理。 じょじょ 町や村は徐々に落ち着きつつあったが、戦時中に量産され、各地にバラまかれたスリーパー ゾイドや兵器の数々はまだ半数も処理出来ていない。 じんそく だからこそカール達軍人は迅速をモットーに活動し、辺境地域で多発している事件も同時進 行で解決しながら、慌ただしい毎日を送っていた。 そんな日々がしばらく続いたある日、カール率いる第一装甲師団がスリーパーゾイド回収の 為に砂漠を突き進んでいると、通信兵が微弱ではあるが非常通信を傍受した、とカールに報 告を入れた。 一応念の為に詳しく調べさせてみると、発信源は現在地から東へ一日程度行ったところにあ る要塞・ホルスヤードと判明した。 そこは今は要塞ではなく兵器解体工場として機能しているところだ。 す カールは直ぐさま通信兵に連絡を取る様に指示を出したが、通信兵が何度呼び掛けても工場 からは何の応答もなかった。 いかが 「大佐、如何致しましょう?」 「……工場近くにいる部隊は我々だけのようだし、スリーパーゾイド回収は後回しにして工場 へ確認に行く。あそこでは高エネルギー爆弾の処理を行っているのだ、何かあってからでは 手遅れになってしまうからな」 「了解」 第一装甲師団は目的地を急遽変更し、強行軍でホルスヤード兵器解体工場へと移動を開始 した。 何かの前触れなのか、途中から嵐に見舞われてしまったが、カール達は一刻も早く到着出来 る様にと、歩みを止める事はなかった。 とどろ そうして大雨や雷鳴が轟く中、第一装甲師団は無事ホルスヤード兵器解体工場に到着し、カ さっそう ールは表門の前で部隊を停止させると、颯爽とアイアンコングから降り立った。 軍施設に入る時は部隊名や隊長の名、コードナンバーで全てを確認する事になっている。 ホルスヤード兵器解体工場でももちろん確認が行われるので、オペレーターと思われる女性 の声が表門に響いた。 『所属部隊名とコードナンバーをお願いします』 「第一装甲師団長、カール・リヒテン・シュバルツ大佐。コードナンバー、ZA2077S83」 慣れた様子でカールが部隊名などを口にすると、工場側から照明があてられ、部隊旗やゾイ ドに付けられている部隊のマークの確認が行われた。 『確かに認証されました』 オペレーターの声を合図に表門がゆっくりと開き、カールはアイアンコングに乗り込むと、部隊 を先導して工場内へ入って行った。 とりあえず全ゾイドを巨大な格納庫へ置き、部下達にその場で待機する様に指示を出してか ら、カールは副官のヒュースと兵士一人を従え、工場の奥へと足を踏み入れた。 現在工場がどの様な状態にあるのか、責任者に直接話を聞くのが一番手っ取り早い。 カール達が薄暗い廊下を足早に進んでいると、要塞に勤める二人の兵士が彼らを出迎え、双 方共に敬礼しながら挨拶を交わした。 「当施設の責任者、ツバキ大尉であります」 「ご苦労、大尉。この要塞に何か異常はないか?」 「異常…?」 「昨日我が部隊が緊急事態発生の非常通信を傍受した。発信源はここだ」 「お言葉ですが、それは何かの…」 「間違いであればいい。だが、確認を取ろうとしてもまるで応答がない。だからこうして直接出 しだい 向いて来たという次第だ」 さえぎ カールはツバキの言葉を遮る様に言い、これまでの経緯を簡単に伝えた。 じか なるほどと頷いたツバキは説明するより直に見てもらった方が早いと、カール達を工場の地下 ブロックへと案内し始めた。 ただ 地下ブロックに向かう為のエレベーター内は妙な静けさが漂っていたが、ツバキは大して気に たんたん する風もなく、淡々と通信障害の原因について語り出した。 「先日より、ジャミングスノーの発生装置の解体作業に取り掛かりました。恐らくその影響で 電波障害が…」 すで 「なるほど。……で、高エネルギー爆弾処理は既に終了しているのか?」 「全て順調ですよ、全てね…」 思わせ振りなツバキの口調にカールは不信感を覚えたが、そうこうする内にエレベーターは地 下ブロックへ到着し、目の前のドアが開くとそこには銃を構える兵士達の姿があった。 とっさ 咄嗟に臨戦態勢に入ろうとするヒュース達をカールは無言で制し、隣にいるツバキに鋭い目を 向けた。 「…一体何のマネだ?」 「大佐、我々は選ばれたのです」 「選ばれた、だと…?」 「そう、この世界を生まれ変わらせる偉大なる目的の為に…」 「大尉、貴様……!」 カールはツバキ達が完全におかしくなっていると判断し、ヒュース達と共にすぐに臨戦態勢に 入ろうとしたが、その時頭上から「キリキリ」と何かが摩擦している様な音が聞こえてきた。 思わず音がする方に目を向けると、天井に見た事もない昆虫型のゾイドが張り付いているの が見え、更にそのゾイドから同じ種類の小型ゾイドが多数出現した。 カール達はツバキを始めとする複数の兵士、そして雨の様に降ってくる小型ゾイドを相手に必 死に応戦したが、唯一の味方であるヒュース達が突然意識を失い倒れてしまった。 一瞬何が起こったのかわからなかったカールが動きを止めると、あっという間に兵士達に取り はが 囲まれてしまい、羽交い締め状態で工場内の一室へと連れて行かれた。 「……一体何をするつもりだ?また帝国に争いの種をまくつもりか?」 「くくく、大佐も直におわかりになりますよ」 しば カールは兵士達によって椅子に縛り付けられ、身動きが取れなくなりながらも問い掛けを続け たが、ツバキは不敵に笑うだけでまともに答えず、代わりに彼の首元に小型昆虫ゾイドを取り 付けた。 かす 何のつもりでそんなものを取り付けたのか、カールが黙って様子を見ていると、徐々に目が霞 み始め、数分と経たない内に彼の意識は失われていった……… ………………………… …………… …… ……………………………… …………… …………………………… 「初めまして、シュバルツ大佐。ボクの名はリーゼ……って言っても、今は意識が無いんだよ ね、ふふふ…」 カールがいる部屋に、リーゼと名乗る人物がやって来た。 あわ 外見からは少年の様な印象を受けるが、不思議と女性的な魅力をも併せ持つ中性的な人物 であった。 室内にはもうツバキ達の姿はなく、リーゼはカールの真正面に立って何かを始めた。 「さ〜て、まずは帝国軍人らしく皇帝陛下様から始めるとしますか」 …………… …………… ………… …… 「………な〜んだ、ビクともしないや。コイツ本当に忠誠を誓ってるのか…?エセ帝国軍人だ ったりしてな。ん〜……じゃ、次はやっぱり家族かな」 …………… ………… ……… 「……………家族もダメ?そんなはずは……………………いる、もっとコイツの心の奥まで 入り込んでいるヤツが…!」 ため リーゼはあれこれ試した上でようやく目的のものを見つけ、不敵な笑みを浮かべながらカール のぞ の顔を覗き込んだ。 「見つけたよ、大佐。あなたの唯一の弱点をね……」 …………………………… ……………………………… …………… ………………………… …………… …… 「………ル…………カール……」 誰かに揺り起こされ、カールは少々まどろんでから目を覚ました。 「こんな所で寝てると風邪引いちゃうよ?」 「……………あれ?サラ……?」 いと ひと カールは自分を起こしてくれた人物の顔をまじまじと見、思い出した様に愛しい女性の名を呼 んだ。 ねぼ サラはカールが寝惚けていると思ったらしく、クスクス笑いながら彼の頬を撫でた。 「実験が終わるまで少し待っててって言ったけど、こんな短時間で熟睡しちゃうなんて思わな かったわ。余程疲れてたのね、カール」 「実験……?」 サラの言葉に無性に引っ掛かりを感じ、カールはキョロキョロと周囲を見回したが、今いる場 所は自分がよく知っている場所…国立研究所内の中庭にあるベンチであった。 自分はいつの間に研究所へ来たのだろうか…? カールが妙な違和感を感じて困惑していると、サラは彼の頬を撫でるのを止め、急に神妙な おもも 面持ちになって話し出した。 「…カール、聞いてほしい事があるんだけど、聞いてくれる?」 「ああ、もちろん聞くよ。何だい?」 「ずっと……ずっと前から言おうと思ってたの。でも怖くて言えなかった……。私が我慢すれば た いいんだって思って頑張ってきたけど、もう堪えられそうにないの……」 サラが何を言いたいのか理解出来ず、カールはより一層困惑してしまい、必死に訴えかける 彼女を呆然と見つめる事しか出来なかった。 みす サラはハッキリ言わなければ気持ちが伝わらないと判断し、カールの目をじっと見据えて本心 を言葉にした。 「カール、私を愛してくれているなら、今すぐ軍を退役して」 「………!?サラ、いきなり何を言い出すんだ…?」 「あなたもわかっているはずよ。私の本当の両親を殺したのは軍人……父様だって軍人に殺 されたと言えなくもないわ。あなたにはこれ以上私の全てを奪った軍人でいてほしくないの。 お願い……退役して、カール…」 「………君の気持ちはわかるけど……俺は…………」 「……………そうだよね、やっぱり無理だよね…。あなたは軍人貴族であるシュバルツ家の ちゃくなん 嫡男だものね……。私がどんなにお願いしても…辞める事は出来ないよね………。……だっ たら仕方ないわ」 困惑するカールの目の前で、サラは身に着けていたネックレスを取り外し、そこに通している 婚約指輪と共に彼に差し出した。 カールが呆然としたまま動けずにいると、サラはネックレスと婚約指輪を無理矢理彼の手に押 し付けた。 「婚約を解消させて頂きます。たった今から私とあなたは恋人でも何でもないわ、もう二度と研 究所へ来ないで下さい」 「サ、サラ………冗談、だろ…?」 「こんな事を冗談で言う人がいると思う?」 「……………」 「ヒュース中佐が……ううん、ヒュースが私の為に軍を退役するって言ってくれたの。彼はあな た以上に私を愛してくれているわ、だから私は彼と二人で生きていきます。さようなら、シュバ ルツ大佐」 サラは冷たい笑みを浮かべながらベンチから立ち上がると、二度と振り返る事なくカールの前 から去って行った。 カールは必死に呼び止めようとしたが声が出ず、ただ手を伸ばす事しか出来なかった。 |
サラの姿が徐々に見えなくなるにつれ、カールの心は絶望という名の闇に包まれていき、そ の闇の中から誰かの声が聞こえてきた。 『このままでいいのかい?』 「…………いいんだ、彼女が幸せになるにはこの方法しかない……」 正常な判断が出来なくなっているカールは、その声を不審に思わずに返事を返し、固く握りし こぶし みずか ひざ めた拳を自らの膝へ打ち付けた。 すると、闇から聞こえる声は尚もカールに問い掛け続けた。 『本当にいいのかい?このままだと、彼女は中佐のものになってしまうよ?』 「………………中佐なら……サラを幸せにしてくれるはずだ………」 『そんな心にもない事をいつまで言い続けるつもりだ?もうわかっているはずだ、彼女を永遠 に自分のものにする方法を』 「サラを……永遠に自分のものにする方法………?」 『軍人ならわかるだろう?今までずっとそうして全てを奪ってきたのだから…』 「………………」 光を失ったカールはゆらりと立ち上がると、暗闇の中を亡霊の様に歩き出した。 彼が向かう先は第一研究室、そこにはもちろん最愛の女性がいる。 研究室内へカールが足を踏み入れると、サラは何事もなかった様に微笑んでみせた。 「あら、大佐。まだお帰りになっていなかったんですね」 他人行儀なサラの言動…。 カールの心の中にある闇が彼を突き動かした。 『そうだ、そうすれば彼女は永遠にお前のものになる』 「サラ……俺のものに………!」 カールはサラの細い首にゆっくりと手を伸ばし、直ぐさま力を込めて締め始めた。 かな うる 男性の力に到底敵うはずもなく、サラは抵抗すら出来ずに潤んだ瞳で自分を殺そうとしている 者を見つめていた。 「やっぱりあなたも………ただの人殺し……だった………のね…………」 「………永遠に俺のものに……」 『もう少しだ。もう少しで彼女の全てはお前のもの、ふふふ…』 カールが両手により一層力を込めると、サラは苦しそうに身じろぎしたが、数分と経たない内 に彼女の身体はぐったりと動かなくなった。 ま カールは一瞬安心した様な笑顔を見せたが、動かなくなったサラを目の当たりにすると、その 笑顔はすぐに消え失せた。 『良かったね、これで彼女は永遠にお前のものだ』 「違う…!こんな……こんな形で手に入れたかった訳じゃない!!」 『だが、その方法を考え、実行に移したのは他ならぬお前自身。全ては自分が望んだ事だろ う?』 「違う!俺はサラが幸せであればそれでいいと、そう考えていたのに……」 『ふふふ、いくら綺麗事を言おうが、彼女を殺したという事実は消せやしない。軍人である限 り、お前は死ぬまでそうして欲しいものを手に入れ続けるんだ』 「違う…………俺が欲しかったものは………………」 『愛する者の大切なものを全て奪い尽くし、そして愛する者をもその手にかけた…』 「俺は………俺は……………」 『お前は……軍人という皮をかぶった人殺しだ!!』 「…………あ………あぁ……あぁああぁあぁぁあああ……!!!!」 …………… …………… ………… …… 『チェックメイト!さようなら、シュバルツ大佐。くくく…』 …………………………… ……………………………… …………… ………………………… …………… …… 全てを終えたリーゼはゆっくりと目を開くと、椅子に縛り付けられたまま意識を失っているカー ルを見、疲れた様子で小さくため息をついた。 「さすがシュバルツ大佐、タフな精神力だ…。でも何とか間に合って良かった。あなたはボク こま のゲームになくてはならない駒だからね」 リーゼはカールの首元に取り付けた小型ゾイドを確認し、にやりと不敵な笑みを浮かべつつ彼 を起こした。 みどり 程なくしてカールは目覚めたが、彼の碧色の瞳は光を完全に失っていた…… ●あとがき● リーゼの能力が違う!というツッコミはもちろん無視します(笑) 未だにどういうものかわからないんですよね、リーゼの特殊能力って。 だから勝手に想像。確かバンもこんな感じでフィーネを殺しそうになっていたはず…? 初めて「悪魔の迷宮」を見た時、カールが余りにもあっさり精神を操られていたので、きっと余 程の事があったに違いないと自分好みの妄想を展開。それをようやく形に出来ましたv カールの弱点は忠誠を誓うルドルフではなく、家族であるトーマ達でもなく、愛する女性だけだ ったのです。萌えますね〜v 自分でも思いきった内容にしてしまったな、と感じる部分は正直言ってあります。 カールがサラを殺すなんて……でもだからこそリーゼに心を操られてしまったのだと思ってや って下さい。 悩めるカールが大好物な私としましては、こういうのもアリなのです(変態…) そして今回は初登場であるリーゼにもスポットを当て、彼女の心も微妙に表現してみました。 軍人に対する憎悪……それがカールに向けられてしまった結果、彼はサラを手に掛けた…。 同じ様に大切な者を奪われたリーゼの心が、その結果を招いたと言えなくもありません。 いつになく暗い内容になってしまいましたが、その分後編は徐々に光が見えてきます。 しかし前後編の区切りが難しかったせいか、前編に比べると後編は倍ほどの長さになってい ます。 前編は起承転結の「起」のみという事で、後編は妙に読み応えがあるかもしれません(笑) ●次回予告● リーゼの策略により、ホルスヤードは巨大な爆弾物へと変貌を遂げ、帝国・共和国は未曾有 の事態に備えて対応に追われます。 そんな中、リーゼに操り人形にされてしまったカールは、任務で要塞へとやって来たトーマの 前に立ち塞がり、死闘を繰り広げます。 第六十八話 「居場所〜後編〜」 先に逝く俺を許してくれ、サラ…… |