第五十六話
「シュバルツ家〜三日目〜」
今日は昨日の二の舞にならない様に、早めに自室を後にしたカールとサラは誰よりも早くダイ ニングルームに到着した。 すで とは言っても、メイド達が既に朝食の準備をしていたので、一番乗りという訳ではなかった。 二人は朝から元気良く挨拶し、メイド達と雑談しながらファーレン達が来るのを待った。 しばらくするとファーレンとソフィア、そしてシルヴィアが次々とダイニングルームへ顔を出し、カ か ール達と挨拶を交わしてから席に着いていった。 カール達はファーレンとソフィアに対してはいつも通りの態度だったが、シルヴィアに対しては 明らかにドギマギした態度で接していた。 二人の態度が気に入らなかったシルヴィアは朝食後にコーヒーを飲みつつ、意地悪そうな笑 みを浮かべサラに話し掛けた。 「サラさん」 「な、何?」 わたくし 「あなた、今日私と会ってからずっとおかしいですわよ?」 「そ、そんな事ないよ、うん」 「そう言えば、昨夜の事ですけど……」 の シルヴィアの言葉に、カールとサラはドキッとなり息を呑んだ。 あき そんな二人のあからさまな反応を見、シルヴィアは一瞬呆れ顔になったが、すぐ笑顔に戻って 話を続けた。 「星が美しかったですわね」 「……ほ、星!?う、うん、綺麗だったね」 ずいぶん 「こちらで見られる星は、私の屋敷から見える星とは随分違うんですのよ」 「へ、へぇ、そうなんだ」 シルヴィアは昨夜の二人の話題は一切出さず、星の話を一方的に話すと満足したのか、さっ さとダイニングルームから姿を消した。 シルヴィアを見送ったカールとサラはほっと胸を撫で下ろし、その様子を楽しそうに観察してい たソフィアは次は私の出番、とばかりに話し始めた。 「シルヴィアさんと仲良くなれたみたいね」 「え、ええ、まぁ……」 めぐ 「カールを巡って二人が対立し合うっていう展開を期待していたんだけどなぁ…。でもこの子は サラちゃんが一番好きだから、そんな事には絶対ならないわね」 「……………」 どうやらこの状況を、ソフィアだけが楽しんでいた様だ。 カールとサラは思わず顔を見合わせ、この人には何を言っても無駄だと目で会話すると苦笑し 合った。 そんな二人の思いを知ってか知らずか、ソフィアはすぐにシルヴィアの話題を中断し、カールに 小さなメモを手渡した。 「買って来てほしいものを書き出しておいたわ。少し多いけど二人なら平気よね?」 「はい、大丈夫です」 カールはメモをチラリと横目で見つつ、量をおおまかに計算し頷いてみせた。 かし カールとソフィアが何の話をしているのかわからず、サラは首を傾げながら尋ねた。 「なぁに?どこか行くの?」 「ああ、町まで買い出しに行くんだ。君も行くだろ?」 せっかく 「うん、行く行くv …あ、折角だからシルヴィアさんも誘っちゃおうか?」 「……え?い、いや、出来れば二人で……」 「私、聞いてくるねv」 サラは町へ行く事が余程嬉しいらしく、カールの話を全く聞かずに軽い足取りでダイニングル ームから出て行った。 呆然とサラを見送ったカールがガッカリしていると、ソフィアはにやにや笑って手を振った。 た 「苦労が絶えないわね、カール。頑張って行ってらっしゃい」 「……行ってきます」 しぶしぶ カールは渋々席を立ち、重い足取りでサラの後を追った。 その頃、シルヴィアがいる部屋へやって来たサラは、メイド達がせっせと荷物を整理している 場面にぶつかっていた。 どう考えても帰り支度をしている様にしか見えなかった為、サラは慌ててシルヴィアの元へ駆 け寄った。 「シルヴィアさん、これは一体どうしたの?」 「どうしたのとおっしゃられても、見ての通り帰り支度をしているだけですわ」 「え〜、もう帰っちゃうの?折角お友達になれたのに……」 「……私にも色々と事情がありますの。ですから、ここに長居は出来ません」 ま かな じちょう 心底ガッカリするサラを目の当たりにし、シルヴィアはやはり彼女には敵わないと自嘲の笑み を浮かべた。 ひど 酷い事ばかり言っていたシルヴィアを、サラは嫌うどころか友達と思っていたのだ。 このまま何も言わずに帰るのはさすがに気が引けると、シルヴィアはサラの肩に優しく手を乗 せにっこりと笑ってみせた。 「機会がありましたら、またお会いしましょう。その時はあなたお手製のケーキを用意して下さ ると嬉しいですわ」 「う、うん!ケーキいっぱい焼くね」 「楽しみにしていますわ」 シルヴィアがサラの笑顔を見て安心した様に微笑んでいると、ドアをノックする音が聞こえカー ルが室内に入って来た。 すると、カールはサラと全く同じ驚き方をし、急いでシルヴィアの元に駆け寄って来た。 「シルヴィア、これは一体……?」 「ふふふ、本当にあなた方はお似合いのカップルですわね」 「……?」 「帰り支度をしているだけですから、驚く程の事ではありませんわ」 「帰り…支度……?」 ここからはさすがにサラと同じ反応ではなく、カールはほっとした様なガッカリした様な複雑な 表情を浮かべた。 「そうか…帰るのか……」 「お二人のお熱い所をこれ以上見ていられませんの」 「お、お熱い……」 「…ですが、カール様」 シルヴィアはカールの手をぎゅっと握り、瞳をキラキラと輝かせた。 あ 「もしサラさんにお飽きになられましたら、必ず私を呼んで下さいませ。すぐに駆け付けて参り ますからv」 「シ、シルヴィアさん!何を言い出すのよ!?」 「あら、サラさんったら何故そんなに慌てているのかしら?今のはただの冗談ですわよ」 シルヴィアがほほほと笑ってみせると、サラは顔を真っ赤にし黙り込んだ。 そうして帰り支度が整い、サラとカールはシルヴィアを見送る為に一緒に迎えの車の元へ向 かった。 シルヴィアは車に乗り込むと窓を開けて顔を見せ、二人ににっこりと微笑みかけた。 するとそこへ、シルヴィアが帰る事を知ったソフィアが慌ててやって来た。 「シルヴィアさん、どうして私を呼んでくれないのよ〜!お見送りするって言ってたのに〜」 そくろう 「す、すみません。わざわざご足労して頂くのは申し訳ないと思いましたの」 「もぉ〜、水くさい事言って〜。私達、そんなに浅い仲じゃないでしょ?」 「は、はい、そうですね…」 「また遊びに来てね、待ってるからv」 「はい、ありがとうございます、ソフィア様」 シルヴィアはソフィアにペコリと頭を下げると、今度はサラ達の方を向き再び微笑んだ。 きげん 「ご機嫌よう、カール様、サラさん」 「絶対また会おうね、シルヴィアさん」 「シルヴィア、お元気で」 サラとカール、それぞれの温かい言葉にシルヴィアは内心感動しつつ、運転手に出発する様 に声を掛けた。 サラはシルヴィアに向かって何度も手を振り、彼女を乗せた車が見えなくなるまでずっとそうし ていた。 「行っちゃったね……」 「きっとまた会えるさ」 「うん!」 カールの優しい言葉に、サラは笑顔で頷いてみせた。 今度会う時は自分達の結婚式の日だろう、と勝手に思い込んだカールは上機嫌になり、サラ の手を引っ張って車庫へ行った。 「車で行くの?」 「ああ、町まで結構距離があるからね」 「……そう言えば、町なんてどこにあるの?私達が行きに通って来た道には無かったよねぇ」 「俺達が来た道とは反対側にあるんだよ」 どうり 「そうなんだ、道理でわからないはずね」 ふもと 二人は車に乗り込むと、家がある山の麓をグルッと一周する様に走り町へと向かった。 と つな 小一時間後、町の入口に車を停めたカールはサラと手を繋ぎ、商店街に入るとメモを見ながら 早速買い物を始めた。 すると、どの店へ行っても店員が必ずと言って良い程カールを見て驚き、気さくに声を掛けて きた。 「おや、カール坊ちゃんじゃないですか!いつお戻りになったんです?」 「二日前です」 「ほほぅ、かわいい恋人を連れて里帰りとは……さすがシュバルツ家の坊ちゃんだ」 「お、おじさん、買い物をしたいのですが…」 そろ 「はいよ!何でも揃ってますよ!」 く どの店に入っても同じ会話が繰り広げられ、昼食を食べる為に入った定食屋でカールはよう やく一息つく事が出来た。 「はぁ…、どうしてこの年でまだ坊ちゃんなんだ……」 「ふふふ、あの人達からすれば、あなたはいつまでも坊ちゃんなのよ」 「それはそうかもしれないけど、呼ばれる方は結構恥ずかしいんだぞ?」 「まぁ、いいじゃない。全然違和感がないんだからv」 「サラ……」 ひ カールが呆れて苦笑していると、店のおばさんがお冷やを持って現れ、にやにや笑いながら 二人を交互に見た。 「坊ちゃん、ご注文は何にする?」 「あ、いつもので」 「はい、いつものね。お嬢ちゃんは?」 「彼と同じものをお願いします」 「はいよ、我が店自慢のオリジナル定食特盛り一つと普通一つだね。じゃ、しばらく待っててち ょうだいな」 ちゅうぼう 店のおばさんは大きな体を振りながら厨房へ入って行き、それを見送った二人は再び雑談を 始めた。 じょうれん 「いつものって言ってたけど、あなたってこの店の常連さんなの?」 「うん。まぁ、子供の頃の話だけど」 「子供の頃?」 「よく父さんの訓練を途中で抜け出して、食べに来てたんだ」 「へぇ〜意外〜」 しぼ 「何時間も訓練するのは子供の俺にはきつくてさ。でも帰ったらいつもこってり絞られたよ」 カールは思わず昔を思い出すとうんざりとした表情で苦笑し、サラはそんな彼を想像して何度 も頷いてみせた。 「あなたにもやんちゃな時期があったんだねぇ」 「まぁな。……そういや、トーマが一度だけ俺のマネをした事があってね」 「トーマ君も町へ遊びに行ったのね?」 しか 「いや、失敗して父さんにこっ酷く叱られてた。逃げ出すのならちゃんと逃げ出せって」 「……トーマ君らしい話ね」 サラはファーレンに怒られているトーマの姿を想像し吹き出しそうになったが、カールの前で笑 こら うのは悪いと何とか堪えた。 やがて店のおばさんがオリジナル定食を持って現れ、二人の前にとんとんと置いていった。 「オリジナル定食二つ、お待ちどう様」 「ありがとうございます」 「わぁ、おいしそうv いただきま〜す!」 サラはおばさんが見ている前ですぐに食べ始め、そのおいしさに感動して目を輝かせた。 「おいし〜いv」 「あらぁ、そんなに喜んでくれるなんてアタシも嬉しいわ〜」 おばさんは他の客そっちのけでサラの食べる姿を嬉しそうに眺めていた。 一方、カールはサラの喜ぶ姿を見て満足そうに頷いてから食べ始め、子供の頃に食べた味と 全く変わっていない事に気づくと、思わず笑みを浮かべた。 「昔と全然味が変わってないですね」 「そりゃそうさね、昔からずっと同じ作り方なんだから」 なつ 「とても懐かしく思います」 「そう言ってくれるお客がいるから変えたくないんだよ。いつ来ても同じ味って安心でしょ?」 「そうですね」 おばさんはしばらくカール達と雑談した後、思い出した様に接客を再開した。 昼時とあって定食屋内にはたくさんの客がいた為、のんびりしていられなくなった様だ。 と サラとカールは黙々と食事を摂ると、込み合いつつある定食屋を後にした。 「おいしかったね」 「ああ、また食べに行こうな」 「うんv」 す 二人は直ぐさま買い物を再開し、両手にいっぱい荷物を持って車へ戻った。 後部座席に全ての荷物を置き、サラが一息ついていると、反対側のドアから荷物を置いてい たカールが彼女に声を掛けた。 「サラ、疲れているのに申し訳ないんだが、もう一軒行く店があるんだ」 「大丈夫、私はまだまだ平気。で、何を買いに行くの?」 「……行けばわかる」 カールは急にぶっきらぼうになり、サラの手を握ると足早に歩き出した。 サラは不思議そうに首を傾げながらカールについて行き、二人は大通りの奥にある大きな店 へと入って行った。 せま そこは銀細工専門の店で、店内にはたくさんの銀製品が所狭しと並べられていた。 「うわぁ、すごい!銀って加工すれば色んなものが作れるんだねぇ」 と 「この町の近くには鉱山があってね、そこで採れた銀を使っているんだよ。町の特産品みたい なものだ」 「へぇ、それでどれも純度が高そうなのね」 サラは店内を楽しそうに見て回り、その間にカールは顔見知りの店主を呼んだ。 すると、店主はカールを見るなり他の店の人々と同じ様に挨拶し始めた。 「カール坊ちゃんじゃないですか!?お久し振りです、少し会わない間に随分ご立派になられ ましたな」 「お久し振りです、おじさんはお変わりない様ですね」 え 「当たり前ですよ、元気だけが取り柄ですから。で、今日は何のご用でしょう?奥様からは何 の注文も受けておりませんが…」 「今日は俺と……彼女のを買いに来たんです」 ほかく カールはウロチョロしていたサラを優しく捕獲し、店主の前まで連れて来た。 サラはカール達の話を全く聞いていなかった為、キョトンとした表情で店主を見上げていた。 カール達の様子を一目見ただけで店主は全てを察し、二人の前にたくさんの銀製の指輪を出 した。 「わぁ、綺麗v」 「サラ、どれでも好きなのを選んでくれ」 「え……?どうして?」 「ここへは婚約指輪を買いに来たんだよ」 「へ?こ、婚約指輪!?」 サラは驚きの余り間の抜けた声を出し、大きな瞳を更に大きくさせながらカールを見上げた。 そういう反応をするだろうと予測していたカールは、頬を赤らめながらもしっかりとした口調で 事情を話し始めた。 あかし 「すぐには結婚しなくても、婚約はしている様なものだろ?だからその証みたいなものがあっ た方がいいと思ってさ。この事に関しては父さんだけじゃなく、母さんもうるさくてね」 「お母様に『サラちゃんがかわいそうよ!』とか言われたんでしょ?」 「ん、まぁ、似た様な事は言われたけど、前々から買おうとは思っていたんだ。ただ何となく言 い出しにくくて、今日まで言えずに来てしまったって訳だよ」 「ふふふ、お父様に似て照れ屋だもんねぇ」 「……そう……かもしれない」 サラはカールのかわいい反応に心底幸せそうに微笑むと、真剣な表情で指輪を選び始めた。 「……ねぇ、あなたはどんなのがいいの?」 「俺は君が選んだものであれば何でもいいよ」 「それじゃあ全然決まらないよ。ん〜、仕方ないから『せ〜の』で自分がいいと思った指輪を指 差しましょ。それでまずは二つに絞れるわ」 「わかった、やってみよう」 「よし!じゃ、行くわよ。せ〜の……!」 二人は合図に合わせて同時に手を動かし、自分が気に入った指輪を指差した。 「……………な〜んだ、同じのを選んでたのね」 サラは結果を見ると嬉しそうに笑った。 二人が選び出した指輪は全く同じもの。 互いにかなりの幸せを感じつつ、二人はその指輪を手に取るとまじまじと観察し始めた。 きざ 二人が選んだ指輪は非常にシンプルなデザインだったが、よく見ると細かい模様が美しく刻ま れており、シンプルでも存在感のある指輪であった。 はか 「それにするんですね?では、サイズを測りますので手を出して下さい」 そう店主に言われ、カールとサラは迷わず左手を出すと、薬指のサイズを測ってもらった。 店主は注文書に二人のサイズを書き込み、続いて婚約指輪ならではの質問を始めた。 「指輪の内側には何を刻みましょうか?」 「内側?」 「婚約指輪や結婚指輪でよく頼まれるのは日付や名前ですね。最近は『TO名前 FROM名 はや 前』なんてのも流行ってますよ」 「あ、それいい!誰から誰に送ったって事ですよね?」 「ええ、そうですよ。ではこれに致しますね。え〜、カール坊ちゃんと……」 「サラです」 「サラさん……っと。指輪が仕上がるまでに三日程掛かりますが、ご自宅にお送りしましょう か?」 うかが 「いえ、取りに伺います」 「かしこまりました。では、三日後によろしくお願いします」 カールは店主と軽く挨拶をして店から出ようとしたが、サラが動こうとしなかった為急いで戻っ て来た。 「どうしたんだい?」 「……指輪を着けたままでゾイドの操縦出来るの?」 「恐らく無理だな。結婚している者は皆部屋に置いているらしい」 「着けないなら買う意味がないと思うわ」 「サ、サラ!?今頃何を言い出すんだ?」 カールは何故サラがそんな事を言い出したのか理解出来ず、驚きと戸惑いの表情を浮かべ た。 すると、サラはクルリと店主の方を向き、にっこり微笑みながらどこかを指差した。 「おじさん、あれも買います」 「え?………あぁ、なるほど」 店主は説明しなくてもサラの思いを察してくれたが、カールはよくわからずに首を傾げた。 「これ、買うのかい?」 カールはサラが買うと言ったチェーン状のネックレスを手に取ってみたが、やはり首を傾げるし かなかった。 サラは苦笑しつつカールからネックレスを受け取ると、店主に指輪を借りて説明を始めた。 「ネックレスだけで着けるんじゃないの。これをこうして……それから着けるの」 サラがネックレスに指輪を通してから着けてみせると、カールはようやく彼女の言いたい事を 理解し頷いた。 「そういう事か、やっとわかったよ」 「これなら操縦の邪魔にならないし、肌身離さず着けていられるわ」 「さすがだね、サラ。俺には想像も付かなかったよ」 「結構こういう風に着けている人って多いの。だから私が考えた訳じゃないわ」 「そうなのか。でもやっぱりさすがだよ」 カールは素直に感心すると、サラににっこりと微笑みかけた。 二人が落ち着くのを見計らっていた店主は、もういいだろうと笑顔で話し始めた。 「そのネックレスでしたら、長さを調整してお作り出来ますよ」 「はい、じゃあお願いします」 「あ、私もお願いします」 「お嬢さんもネックレスが必要なんですか?」 「よく料理するので、その方がいいかと思いまして」 「大切な指輪ですから、そのお気持ちわかりますよ」 店主は手際良くカールとサラの首周りのサイズを測り、注文書に書き加えていった。 二人は店主にペコリと頭を下げると店を後にし、町の入口にある車の元へと向かった。 「今日は楽しかったね」 「ああ、久々だったから俺もすごく楽しめたよ」 「三日後に来る時は、今日行けなかったお店にも行こうねv」 「そうだな」 あいづち カールは車を走らせつつサラの話に相槌を打っていたが、同時に明日からのスケジュールも 考えていた。 そうしてふとある名案が思い浮かび、妙に嬉しそうな顔をしてサラに提案してみる事にした。 「サラ、明日から別邸へ行かないか?」 「別邸?」 「本邸から歩いて二、三時間程行った所にある小さめの屋敷の事だよ」 「へぇ、そんな所があるんだ〜」 せわ 「家に帰ってからずっと忙しなかったし、のんびりするのもいいかと思ってね」 「うん、そこなら二人きりでのんびり出来そうね。行きましょv」 |
「あ、ああ」 二人きりになるのが目的だったカールは、サラに全てを見透かされていたのだと苦笑した。 が、実を言うとサラはカールの目的を察して言った訳ではなく、思った事を素直に口に出した だけであった。 要するに、二人の目的は同じだったのだ。 やがて自宅に到着し、カール達がせっせと荷物を下ろしていると、メイド達が慌ててやって来 て二人の手伝いを始めた。 「買い物を押し付けてしまって申し訳ありませんでした」 「いや、ついでだったから気にしなくていいよ。三日後にも行く予定だから、買うものがあるなら 母さんに言っておいてくれ」 「は、はい!ありがとうございます!」 カールの優しい言葉に、メイド達はメロメロといった様子になり、見るからに浮かれた足取りで 荷物を運んでいった。 そうして気が付くと全ての荷物をメイド達が運び去っていた為、カールとサラは肩をすくめ合っ てから自室へ向かった。 「サラ、別邸へ行く準備をしておいてくれ。今日中に荷物だけ運んでもらうから」 「は〜い。じゃあ、明日は手ぶらで行くのね?」 「ああ、歩いて行くから何も持っていない方がいいだろ?」 「うん。じゃ、早速準備を始めますか」 二人はいそいそと荷物を用意し、メイドに別邸へ運ぶ様に言って手渡すと、ようやくゆっくり出 来る時間が訪れ、カールは室内にあるコーヒーメーカーでコーヒーを入れサラに差し出した。 「ありがと」 サラは傍にあった椅子に座り、コクコクとコーヒーを飲んでいたが、どういう訳か一気に飲み干 すと、テーブルにカップを置いて立ち上がった。 ソファーに座ってのんびりとコーヒーを飲んでいたカールは、立ち上がったサラを見つめると不 思議そうな表情を浮かべた。 ひざ すると、サラは非常に愛らしい笑みを浮かべ、カールの膝の上を陣取ると体を密着させた。 「サラ……?」 「何だか……甘えたい気分になっちゃった……」 そんな事を言うのも言われるのも初めてだったので、二人は照れ臭そうに微笑み合うと、その 体勢のまましばらく過ごす事にした。 カールはまだカップにコーヒーが残っていたと気づくと、直ぐさま飲み干そうとしたが、彼の手を サラがそっと止めた。 「私もほしい、私にもちょうだい」 「さっき飲んだだろ?」 「あなたが飲んでるのがほしいの、お願い…」 何故そんなにコーヒーにこだわるのかわからなかったが、これがサラなりの甘え方なのかもし ささや れないと、カールは意地悪そうな笑みを浮かべ彼女の耳元で囁いた。 「どんな方法でもいいなら飲ませてやるよ」 「うん……ちょうだい………」 何となくカールが何をしようとしているのかを察したサラは、頬を赤らめながら口を少しだけ開 いた。 みずか カールは満足そうに頷いてから、コーヒーを自らの口に含ませると口移しでサラに飲ませた。 「ありがと、すごくおいしかった…」 もうとう サラはにっこり笑って礼を言ったが、それだけで終わらせるつもりは毛頭無いカールは、彼女 あご の顎を持つとぐいと引っ張り、自分の方へ顔を向けさせた。 「カール……?」 「まだ飲んでないものがあるだろ?」 「………?」 ふさ から キョトンとしているサラの口をカールはそっと塞ぎ、すぐに舌を絡め始めた。 だえき サラはカールの濃厚すぎる口づけを受けながら、自然と口中に入ってくる彼の唾液を少しずつ 飲み続けた。 カールが言ったまだ飲んでいないものとは……彼の唾液の事だった様だ。 は たも しばらくしてカールは一旦唇を離したが、吐く息がかかる程の距離を保ったまま不敵に笑って みせた。 「今度は君のを飲ませてくれ」 その言葉は要するに、サラから舌を入れてくれという事を意味していた。 ためら サラは戸惑いの表情を浮かべ行動を起こす事を躊躇ったが、その間にカールが彼女の口を いやおう おちい 再び塞いでしまい、否応無しに舌を入れなくてはならない状況に陥った。 つぶ まだ自分から舌を入れる事に抵抗があるサラは、ぎゅっと目を瞑ると恐る恐るカールの口中に 舌を入れ、何とか彼の舌と絡ませようと努力し始めた。 みどり が、何故かカールの舌になかなか到達しないので、サラは思わず目を開くと間近にある碧色 の瞳を見つめた。 ふく その瞬間カールが嬉しそうに目を細めてみせた為、サラは慌てて唇を離し頬を膨らませた。 よ 「ヒドイわ、わざと避けてたのね!?」 「君の頑張ってる姿がかわいすぎるからいけないんだよ」 「な……何よ、下手な言い訳なんかしちゃって。もうしてあげないんだから!」 「ほら、怒ってる顔もかわいいじゃないか。本当に君は罪な女性だな、いつも俺をこんなに魅 了して……」 さ そう言いながらカールはサラの唇に指をあてがい、そのままゆっくりと下へ下ろすと彼女の鎖 こつ ほうまん 骨、そして豊満な乳房へと順に移動させた。 「ダ、ダメ、カール。もうすぐ夕食の時間だよ」 「冗談だ」 「……へ?冗談?」 「悪い、本気にさせてしまった様だな」 「もぉ〜、普段冗談なんて言わないクセに、こういう時だけ言うのって反則ぅ〜」 「俺だってたまには冗談を言うさ。ただし、相手は君限定だ」 「……それって私には冗談を言いやすいって事?」 「君には冗談を言える程気を許してるって事だ」 つぐ カールに意表を突かれる様な事を言われ、サラは怒っていたのに口を噤み顔を真っ赤にした。 いと カールは嬉しそうにサラを抱き寄せると、彼女の髪を愛おしそうに撫で始めた。 「……カール」 「ん?」 「ああいう事言うのって恥ずかしくない?」 「そうだな、少しは恥ずかしいな。でも君にしか言わないから平気だよ」 「そ、そっか…」 聞いている方が恥ずかしくなる様な事ばかりカールが言うので、サラは返事に困り照れ臭そう にもじもじしていた。 するとその時、ドアをノックする音が室内に響き、サラは内心助かったと思いつつ急いでカー ルの膝の上から降りた。 少々ガッカリした様子のカールがドアを開けに行くと、いつも通り廊下にはメイドが笑顔で立っ ており、夕食が出来た事を伝え去って行った。 カールはガッカリしたままではいけないと笑顔を作り、サラと手を繋いでダイニングルームへ 向かった。 しょくたく シルヴィアが帰ってしまったので静かな食卓になるかと思いきや、ソフィアは相変わらず元気 に話し続け、サラとカールに指輪の話を振ると楽しそうに二人を冷やかした。 サラもカールも恥ずかしくて仕方がなくなり、黙って話を聞いているファーレンとまだ話し続けよ うとしているソフィアに軽く挨拶すると、逃げる様にダイニングルームを後にした。 「……お母様って本当にお話好きね」 「ああ、放っておいたら一日中しゃべってるよ」 「お父様も大変だねぇ」 「いや、父さんはもう慣れてるみたいだ」 「……なるほど、だからお父様は無口になっちゃったのかなぁ?」 「そうかもしれないな」 「ふふふv さて、そろそろお風呂に入りましょうか?」 サラはご機嫌でカールの手を握り、浴室に向かって歩き出そうとしたがすぐに立ち止まった。 あゆ カールが歩みを止め、その場から動こうとしなかったからだ。 「どうしたの?」 そ サラが不思議そうに首を傾げると、カールは小さくため息をつき彼女から目を逸らした。 「……ちょっと用があるから、今日は一人で入ってくれないか?」 「用?なぁに、用って?」 「ちょっとした事だよ」 「………ふ〜ん、わかったわ。一人で入ってきます」 サラは内心ガッカリしていたが、極力笑顔を見せ一人で浴室へ向かった。 てんじょう そんなサラを静かに見送ったカールは、力無く壁にもたれ掛かると天井を見上げた。 初日は家へ帰って来て安心した為か強引にサラを抱いてしまい、翌朝になって後悔したカー おさ ルはその時からずっと自分の欲望を抑え続けていた。 したい 従って一緒にお風呂に入りたいのは山々だったが、サラの肢体を見ると我慢があっさり限界 に達しそうなので、別々に入る事にしたのだ。 しかしよくよく考えてみると、サラの首筋に口づけしたり舌を入れる事を強要したりと、どんな はっき 状況でも素晴らしい程の我慢強さを発揮するカールにしては、ハッキリ言って全く我慢出来て いなかった。 た 夜に来る最大の欲望に打ち勝つ為には、多少なりともそういう事をしていなくては堪えられな かった様だ。 と 全てはサラの体を心配しての事だったが、明日行く別邸では抑えていたものが一気に解き放 へんぼう たれてしまいそうで、自分自身がどう変貌するか想像しただけで恐ろしくなった。 おおかみ (きっと……狼になるんだろうな………) 『狼になる』という表現を初めて自分に使ったカールは、嬉しい様な悲しい様な複雑な笑みを 浮かべ自室へと歩き出した。 その頃、入浴中のサラは髪や体を綺麗に洗いつつ、カールが言っていた用とは何なのかをず っと思案していた。 あの時のカールは不自然に目を逸らしながら話していたので、余程言いにくい用だったのだろ うと思った。 やっかい (お母様に厄介な用を押し付けられたのかなぁ?それともお父様かしら?) カールの悩みとは対照的に、サラはそんなに深くは考え込まなかった。 それよりもカールが辛い思いをしているなら、彼を元気付ける為に何が出来るかという方がサ ラには重要であった。 夕方にした自分から舌を入れる口づけをすれば喜んでくれるかもしれない、と考えがまとまっ たサラは急いで入浴を済ませると、カールの自室へ駆け足で戻った。 こどう 入れ違いに今度はカールが浴室へ向かい、一人になったサラは早くなりつつある鼓動を何度 も深呼吸して落ち着かせた。 しばらくしてカールが自室に戻って来ると、サラは強引に彼の手を引っ張りベッドへ連れて行 った。 「な、何だい?」 「ねぇ、用って何だったの?」 「……べ、別に大した事じゃないよ」 「お母様に頼まれたの?それともお父様?」 「い、いや、父さん達は関係ない」 「じゃあ何?」 「……………」 カールはサラから目を逸らし、ばつが悪そうな顔をした。 余程辛い事があったのだろうと勘違いしたサラは心底心配になり、カールの手を力強く握っ た。 「言いにくいのなら言わなくていいわ。でも…あなたがそんな顔をすると私も辛いの…。だか ら……笑顔になってほしい………」 「サラ……」 このまま全てを打ち明けて彼女を抱いてしまおうか、とカールが思案していると、サラは彼の 首に手を回しそっと唇を重ねた。 ちゅうちょ そして躊躇する事なくすぐに舌を入れ、カールの舌に優しく絡ませ始めた。 (サラ……俺の為に頑張ってくれているんだな………) ふがい サラが恥ずかしさを堪え、必死に舌を入れてくれていると気づいたカールは、自分の不甲斐な さを実感し自嘲の笑みを浮かべた。 彼女の優しさに比べ、自分は何と低次元な事で悩んでいたのだろうか……? これ以上我慢しても仕方がないと思った瞬間、カールの心にあった欲望が簡単に抑えられる 様になった。 あ ゆだ 冷静に開き直って考えてみると、敢えて体を求めなくてもサラは素直に身を委ねてくれるし、 何より彼女の笑顔を見るだけで充分満足出来た。 たんれん こんな単純な事に今頃気づくとは、自分もまだまだ鍛錬が足りないなとカールは思うのだっ た。 やがてサラの優しい口づけが終わると、カールは肩の力を抜きにっこりと笑ってみせた。 「ごめん、サラ。俺、変に考えすぎてた」 「……?」 「もう大丈夫、君のお陰で辛くなくなったよ」 「そっか、良かった…」 「でも今すぐには行動しない」 「え?行動しないって……どういう事?」 カールが何を言いたいのか理解出来ず、サラはキョトンとして首を傾げた。 さわ そんなサラの愛らしい様子に、カールは爽やかに微笑んでみせると、多くは語らずに短く答え た。 「楽しみは後に取っておく主義なんだ」 「楽しみ…?」 「君はどうだい?」 「え、あ、うん。私もどちらかと言えばそうかな」 そな 「じゃあ決まりだな。では、明日に備えて早めに休もう。山登りは大変だからね」 「う、うん、そうだね」 サラは話の流れがまだ読めずにいたが、カールが笑顔になってくれたので素直に彼の言葉に 従う事にした。 ひたい つ 二人は同時にベッドへ寝転ぶと手を握り、額に口づけし合ってから笑顔で眠りに就いた。 ●あとがき● 作者の予想を裏切り(?)、思った以上にいい女だったシルヴィア。 引き際は美しく!さすがお嬢様ですv 皆様はどう思われたでしょうか? そして許嫁に続いてとうとう出ました、婚約指輪v お揃いのものを持つというのは少々抵抗がありますが、婚約指輪は別格です! 三日後が楽しみですね〜vv 最後の最後で明らかになったカールの気持ち。 またまたおかしいカールを出してしまいました(笑) それが次回の怪しい展開の発端となっていますし、ダメな道を爆走中であります… そろそろついて行けないと感じる方が出て来そう…いえ、きっともう出て来てますね。 しかし全ては愛の成せる業ですから、温かい目で見守ってやって下さい。 ●次回予告● 朝早くから別邸へと出発したカールとサラに災難が降りかかります。 別邸まで後少しという所で雨雲が出現! 二人は雨でずぶ濡れになりながらも何とか別邸に辿り着き、暖炉で凍えた体を温めます。 が、その時とうとうカールが狼へと豹変し、サラに襲い掛かります。 サラは無事でいられるのでしょうか?(笑) 第五十七話 「シュバルツ家〜四日目〜」 サラ、俺から逃げられると思うのか? <ご注意> 次の第五十七話「シュバルツ家〜四日目〜」は性描写を含みます。 とうとうというか何というか……年齢制限をしなくてはならない内容になりそうです(爆) とは言っても、高く見積もって14禁(微妙) 一応ご注意のページを設け、ワンクッション置くつもりですが、十四歳未満の方はもちろん、そ ういう描写がお嫌いな方・苦手な方はお読みにならないで下さい。 |