第五十二話
〜その2〜

「祭り〜ハーマン×ミシェール編〜」


カール達と別れ、二人だけになったハーマンとミシェールは急に無口になり、何をするでもなく

お祭り会場を突き進んでいた。

二人で出掛けるのは久々であった為、二人共緊張の余り話し掛け辛かったのだ。
                   と
ハーマンは何とか緊張を解きほぐそうと、出店を担当している部下達に明るく声を掛けつつ、
                     うかが
こっそりとミシェールの様子を伺った。

ハーマンの視線に気づいたミシェールはにっこりと微笑み、彼女も兵士達に挨拶をした。
                                   ほう
兵士達はミシェールの笑顔を見ると頬を赤らめ惚けてしまったが、彼女の隣の引きつった笑み

が視界に入ると慌てて接客を再開した。

どうやら共和国軍内でのミシェールは、帝国軍内のサラと同じ位置にいる様だ。

ハーマンは兵士達の反応を引きつった笑みで見た後、ようやくミシェールに話し掛ける事に成

功し、出店で仲良く夕食を買い求めた。

そうしてどこで食べようか相談を始めると、ハーマンは基地内に良い場所がある事を思い出

し、軽い足取りでミシェールをその場所へと案内した。

良い場所とは基地二階にある大きなベランダ、ここなら花火もよく見えるだろうし、何より周囲

に誰もいないというのが最高のポイントである。
                                                       はし
ハーマンはベランダにあった小型のテーブルに買って来た夕食を置くと、端の方に寄せられて

いる椅子を二つ取りに行き、当然自分の分よりも先にミシェールの分の席を用意した。

「ありがとう」

ミシェールは笑顔で礼を言い、用意してもらった椅子に腰を下ろすと、ハーマンが同じ高さの

目線になるのを待って話し掛けた。

「こんな風に二人で食事をするの、久し振りね」

「……すまない、余り会いに行けなくて」

「ううん、いいの。そっちも忙しいだろうけど、こっちも同じくらい忙しいから」

「そうか……」

ハーマンは何となくミシェールの本心を察し、言葉が続かなくなると夕食に手を付け始めた。
                                             とだ
ミシェールもつられて夕食を食べ始め、再び二人の会話は途絶えてしまったが、今はただ二

人でいられるだけで幸せだったので、食べながら自然と笑みを浮かべていた。
                                          てす
やがて夕食を食べ終えると、ハーマン達はベランダの手摺りまで行き、お祭り会場の様子を

楽しそうに観察し出した。
        もよお
「……おっ、催し物が始まったみたいだな」

「催し物?」

「ああ、始めは俺の部下やシュバルツの部下が一芸を見せるんだが、その後は見物人に呼

び掛けて飛び入り参加してもらうってヤツなんだ。きっと盛り上がるぞ〜」

ハーマンは子供の様な笑顔で会場中心部にある特設ステージに目をやり、そんな彼の横顔

をミシェールは幸せそうに見つめていた。
                                               ひろう      たび
ステージ上では兵士達が必死になって習得した一芸を次々と披露し、その度に見物人から大
   はくしゅ わ
きな拍手が沸き起こった。

ハーマンも見物人と同じ様に盛り上がっていた為、ミシェールは始まったばかりなのだから今

の内にステージ近くへ移動しようと、彼に提案してみる事にした。

「ロブ、下へ降りてステージの近くで見ましょうか?」

「いや、ここでいい」

「でも近くへ行った方がもっとよく見えると思うけど?」

「ここでいいんだ。……二人になれる場所は他には無いから」

「ロブ……」
                                 ふ
ハーマンもミシェールも照れ臭くなって目を伏せると、何も言い出せないまま再びステージに

目をやった。

その頃兵士達の一芸は全て見せ終えたらしく、ステージには老若男女様々な人が入れ替わ

り立ち替わり芸を披露していた。
                                                しだい          しら
順調に盛り上がりを見せているとハーマンは安心していたが、次第に見物人達が白け始めた

事に気づくと、いよいよ自分の出番かとにんまり微笑んだ。

しかしそう思ってステージを見た途端、司会をしている兵士の口からサラの名前が出、それだ

けで割れる様な拍手が沸き起こった。

「あら、サラが呼ばれているみたいね」

「あ、ああ、そうだな」
                                                               らくたん
ハーマンは司会を担当している者が帝国軍の兵士だった事を思い出すと、こっそり落胆の表

情を浮かべた。

もし共和国軍の兵士が司会をしていたら、最後にはきっと自分を呼んでくれただろう。

その時はどんな事をしてでも笑いを取る自信はあったが、今となっては何も言い出せない状

況になっていた。
                                           さっそう                  じぎ
しばらくすると意を決した様子のサラがステージ中央まで颯爽と出て来て、ペコリとお辞儀をし

てから歌を歌い始めた。
                 うま
「へぇ、サラって歌が上手いんだな」

「ええ、私も何度か聞かせてもらった事があるんだけど、聞く度に歌手になれるんじゃないかっ

て思ってるの」
                                      すす
「こんなに上手いなら、今からでも歌手になる様に勧めてやったらどうだ?……って、それは

無理な話か」

「どうして?」

「シュバルツが許すはずがないからな。これ以上サラの人気を上げたくないだろうから」
             すで
「そうね、でももう既に軍と学者の間ではすごい人気だから、大佐も苦労するでしょうね」

「そういう星の元に生まれたヤツなんだ。まぁ、あいつなら何とかやっていくだろ」

こんなにイキイキと友人の話をするハーマンを初めて見たミシェールは、ようやく彼にとって無

二の親友と言える存在が出来たのだと、自分の事の様に嬉しくなった。

これまでハーマンの周りにいた者達は、全員彼を大統領の息子としてしか見てくれなかった。

その為にハーマンがいつも心を痛めている事を知っていたので、親友が出来た事はミシェー

ルにとっても大変喜ばしい事であった。

ミシェールの小さな笑みに気づいたハーマンは、何か良い事があったのだろうとつられて笑顔
                                    ほ
になり、仲良く一緒にサラの美しい歌声に聞き惚れていた。





「ふふふ」
                                                        かし
何が面白かったのか突然ミシェールが含み笑いをした為、ハーマンは首を傾げながら彼女に

尋ねた。

「どうした?何かあったか?」

「サラね、大佐の為に歌っているみたいなの」

「……?どうしてわかるんだ?」

「ほら見て、サラの目線。ずっと同じ方向でしょう?その先には……」
                                                           たたず
ミシェールに言われるままサラの目線を追って行くと、そこにはカールが笑顔で佇んでいた。
                                                     みのが
ハーマンはサラとカールを素早く交互に見、二人の視線だけの合図を見逃さなかった。

「ほんとだ、シュバルツの為に歌ってるな」

「でしょ?歌っている歌が愛の歌だったからもしかしてって思ったんだけど、本当にそうだって

わかったら笑いが込み上げてきちゃったの」

「確かに笑うしかないよな、あのバカップルは」

「ふふふ、ロブったら。バカップルなんて言っちゃ失礼よ、あの二人は仲の良いカップルなんだ

から」

「そういう奴らをバカップルって言うんだ」

ハーマンは非常に得意気な様子でバカップルだと断言したが、急に笑顔を消すと思い切って

ミシェールの手を握った。

当然ミシェールは驚いたが表情には出さず、黙ってハーマンを見上げた。

「お、俺達も……あいつらみたいにバカップルになろうか…?」

「……ロブ、わざわざバカップルになる必要は無いと思うんだけど?」

「そ、そっか…そうだよな……」

「私は……普通のカップルになりたいな」
         ひと        つぶや
ミシェールの独り言の様な呟きを聞いた途端、ハーマンの表情が瞬時に明るくなった。

「なろう、普通のカップル!」

「私は前々からなってるつもりだったんだけど……」

「そ、そうだ!もうなってるぞ、俺達!」

実はこの二人、互いに付き合おうなどの言葉を言った事が一度も無かった。

幼い頃から隣にいるのが当たり前だった人物。

その人物がいつの間にか誰よりも大切な人となり、口には出さなかったが無意識に相手の事

を恋人だと思う様になっていた。

しかしそれは全て心の中での事。

きちんと言葉にしなければ、きちんと恋人関係にはなれない。

今日ようやく恋人宣言をし、晴れてミシェールと恋人同士になれたハーマンは、嬉しさの余り

彼女を力強く抱き寄せた。

「やっと……やっと言えた……。やったぜ、ミシェール!」

「ロ、ロブ……」

「ん?どうした?」

「く、苦しい……」

どうやら腕に力を入れすぎたらしい。

しかもよく考えてみると、ミシェールを抱きしめたのは初めてであった為、ハーマンは顔を真っ

赤にしながら慌てて彼女の腰から手を離した。

「ご、ご、ごご、ごめん……」

「ロブ、謝らなくてもいいのに……」

「で、でも…力入れすぎたし……は、初めてだったし……」

「確かに少し苦しかったけど、私は嬉しかったわv」

「ミシェール……」
                           まなざ
ハーマンはミシェールの瞳を真剣な眼差しで見つめると、彼女の肩に両手を伸ばした。

彼が何をするつもりなのか察したミシェールは、恥ずかしそうにもじもじしてからゆっくりと目を

閉じた。
初めての……
そうして二人の唇が触れ合おうとした瞬間、ハーマンはどこからか異常に熱い視線を感じ、素
            かば                       さが
早くミシェールを庇う様に背後に隠すと視線の主を捜し始めた。

「ロブ……?」

「しっ!誰かが俺達の事を監視しているみたいなんだ」

「あら、監視だなんて人聞きの悪い事を言わないでほしいわ」

唐突に視線の主から声を掛けられ、ハーマン達はもちろん飛び上がる程驚いたが、同時に視

線の主の正体を知り、より一層驚いて目が点になった。

暗がりから現れた視線の主とはハーマンの母親であり、共和国の大統領でもあるルイーズだ

ったのだ。
                                               にら
ルイーズは颯爽とハーマン達の前まで行くと、腕を組み二人を睨み付けた。

「もう少しだったのに、どうして気づいてしまったのよ?」

「も、もう少しってなぁ…、軍人だったら人の気配ぐらい気づいて当然だろ」

「何言ってるの、ロブ。気づいても無視して突き進むっていうのが軍人ってものでしょ?」

「そんな訳ねぇっての!……あ、それよりもどうしておふくろがここにいるんだ?来るなんて聞

いてないぞ」

「そ、それは…その……ねぇ、ミシェール?」

ルイーズが助けを求める様にミシェールを見ると、すかさずハーマンは逃げ場を作らせまいと

二人の間に割って入った。

「まさかとは思いますが、こっそり来た訳ではないでしょうね、大統領?」

「ほ、ほほほ、そんな事ある訳ないじゃないの。……じゃ、私は失礼させてもらうわね。迎えの

者が来ている頃だから」
                                                        あき
そう言ってルイーズはそそくさとベランダから去って行き、母親の後ろ姿を呆れた表情で見送

ったハーマンは、全身から力が抜けてしまい手摺りにもたれ掛かった。

「全く…何考えて行動してんだか」

「心配なのよ、あなたの事が。……たまには会いに行ってあげてね」

「俺は……俺はおふくろよりもお前に会いたい」
                 こら
ハーマンは照れ臭さを堪えて本心を口にしたが、ミシェールは嬉しそうな素振りを一切見せず

首を横に振った。

「私よりも、お母様に会いに行ってあげて」

「……お前は俺に会いたくないのか?」

「もちろん会いたいわ。でもお母様には心を許せる人があなたしかいないの、だから会って元

気付けてあげて。お母様、きっと喜んでくれるわ」

「ミシェール、俺は……」

確かにルイーズにとってハーマンはただ一人の家族。

それはハーマンにとっても同じ事。

しかし今は母親よりもミシェールの方が大切な存在なのだ。
                                              つぐ
ハーマンはそう伝えようとしたが、途中で思い直した様に口を噤んだ。

ミシェールの優しさを思うと、本心を言う気にはなれなかった。

それでも今の自分の思いを伝えようと、ハーマンはミシェールを極力優しく抱き寄せた。

「……今度おふくろに会いに行く」

「うん……」

「おふくろに会った後、お前にも会いに行く」
               のぞ
そう言ってくれる事を望んではいたが言ってもらえないと思い込んでいた為、ミシェールは驚い

た様子でゆっくりとハーマンを見上げた。

丁度その時夜空に美しい光の花が咲き、二人の顔を明るく照らした。

「…ロブ、今から言う事はすぐ忘れてね」

「………?」

「お母様よりも私に会いたいって言ってくれてすごく嬉しかった…。もっと……もっとあなたと一

緒にいたい……」

「ミシェール、俺はいつでもお前の傍にいる。体は離れていても心はずっと一緒だ」

「忘れてって言ったのに……」

「忘れるものか。一生忘れないぞ、俺は」
                                              あご                    そ
本当は嬉しいのだとわかる程の笑みを浮かべるミシェールの顎に、ハーマンは優しく手を添え

て顔を上げさせると、彼女の唇にそっと自らの唇を重ねた。

初めて交わした口づけは…どんな言葉で表現すれば良いのかわからない程甘く感じた。

口づけを終えると二人は照れ臭くて互いの顔を直視出来なくなり、抱き合ったまま黙って花火

を眺め始めた。

共和国では行事の度に上げられる為、花火自体はそんなに珍しいものではなかったが、今日

の花火は今まで見たものの中で格別の美しさという印象を受けた。

きっと愛する人が傍にいるからそう思えるのだ、とハーマンもミシェールも同じ事を考えなが

ら、次々と打ち上げられる花火を見続けていた。

「…今夜この後どうするんだ?」

「どうって?」
                                                           と
「夜中に女性だけで行動するのは危険だと思うんだ。だから良かったらここに泊まっていかな

いか?部屋は用意するから」

「………」
                           うる
困惑の表情を浮かべるミシェールに潤んだ瞳で見つめられ、ハーマンは今の言い方だと彼女

に違う受け止め方をされてしまったかもと慌てて言葉を続けた。

「ち、違うぞ、俺と同じ部屋に泊まれなんて言ってない。ちゃんと別の部屋を用意する」

「ふふふ、ロブったら何を慌てているの?私はイヤなんて一言も言ってないわよ」

「う……そ、そうか……」

「じゃあ、お言葉に甘えてサラと一緒に泊めてもらおうかしら。彼女もきっとここにいたいはずだ

から」

「ああ、そうだな。だが、サラはお前と同じ部屋には泊まらないと思うぞ」

「どうして?」

「恐らくサラはシュバルツの部屋に泊ま…………いや、まぁ、色々あるんだ、あの二人は」

「そ、そうね……」

子供ではないのだから、カール達が同じ部屋に泊まる程度の事で照れる必要は無い。
               かいどう
しかしこれまで純情街道まっしぐらだったハーマンとミシェールにとっては、見事に照れる要因

となっていた。

ハーマンはこのまま面と向かって話していては言葉が続かないと判断すると、思い切ってミシ
                  またた
ェールの肩を抱き、空に瞬く自然の光と花の様な人口の光を見上げたのだった。










●あとがき●

念願だったハーマンとミシェールのラブラブ話をとうとう書いてしまいましたv
カールとサラに比べたらまだまだ発展途上な二人で少々もどかしい気もしましたが、書いてみ
ると初々しくてかわいかったですvv
ようやくただの幼なじみから恋人同士になれました。
しかし微妙な関係はまだまだ続く…(笑)
ハーマンとミシェールのお話を書く際はルイーズが最重要人物。
ハーマンとルイーズの親子関係を、ミシェールは常に気にしています。
秘書をしているからというだけでなく、彼女にとってもルイーズは大切な人だからです。
大切な人を自分と同じくらい大切に想っている人…
ルイーズの苦悩もハーマンの苦悩も知っているからこそ、ミシェールは二人の間に立って架橋
になろうと心掛けています。
自分で考えておいて言うのも何ですが、ミシェールっていい女ですねv
アニメではまっっったく彼女の性格がわかりませんでしたので、私なりに考えた結果私好みの
女性になってしまいました(いつもの事?)
彼女に惚れたハーマンの女性を見る目は確かだと断言します!
今後もこの二人の話を機会があれば書いていきたいと思っておりますv

第五十三話の予告は第五十二話〜その3〜にあります。