「戦火で失われた 尊き声」
………お父さん……お母さん……どこにいるの………? 熱い………真っ赤な炎が見えるよ……… 早く逃げようよ…………危ないよ……………… ……おとう…さん……………おかあ…さ…ん…………………… …………………………………… * 「…こりゃ、思った以上にひでぇな」 「ああ。生存者なんて一人もいないんじゃないのか?」 救助活動を行う為に派遣された帝国軍兵士達は、目の前に広がる無惨な光景を見、揃って 諦めの表情を浮かべた。 かつては長閑な田園風景が広がっていたはずの町並みが、今では瓦礫の山がいくつも連な る廃墟と化していた。 ガイロス帝国・ヘリック共和国間の戦乱の炎は、どんなに小さな町でも容赦なく降り注ぐ。 この町ももちろん例外ではなかった。 兵士達は上官の指示に従い瓦礫の山を崩し始めたが、誰もが生存者など存在しないと思い ながら作業を続けていた。 そうして数時間捜索活動を行い、生存者は一人もいないと上官が判断を下すと、兵士達は作 業途中に発見した遺体を手分けして土に埋め、名も知らぬ者の冥福を祈った。 こういう作業をするのはどうしても気が滅入るものだ。 兵士達は沈痛な面持ちで後片付けを始め、帰り支度を整えると上官の前に整列した。 するとその時、一人の兵士が慌てた様子で上官の元へ駆け寄って来た。 「何事だ?」 「せ、生存者を一人発見しました!」 「何!? どこにいるんだ?」 「い、今こちらへ運んでいるであります!」 たった一人の生存者であったが、上官を始め救助隊の面々に微かな笑みが零れた。 やがて一人の兵士に抱えられ、青い髪が非常に印象的な少女が救助隊の元へ運ばれて来 た。 「……奇跡としか言いようがないな」 上官は少女を見るなり呟く様に言った。 確かに『奇跡』 町は見るも無惨に破壊され、ここに住んでいた者達は一人残らず息絶えたというのに、その 少女の体には傷一つ付いていなかった。 しかし体に傷は無くとも、心には傷を負ってしまった様だ。 兵士達が何度声を掛けても、少女の瞳は虚ろなまま何の反応も示さなかった。 「ダメですね…」 「う〜む……。仕方ない、後は専門家に任せよう」 救助隊の兵士達は少女と共にジープに乗り込むと、大きな孤児院がある帝都ガイガロスへ向 けて出発した。 * 「こんにちわ」 「こ、これはクローゼ博士。わざわざお越し下さらなくても、データをお送りしましたのに」 「いえ。これは私と妻にとって大切な事ですから、直接会って決めようと思いましてね」 「そうですか…。では、こちらへ」 帝国一の科学者と名高い、アルフォンス・クローゼ博士。 彼はある目的の為に、帝都ガイガロスの巨大な孤児院へ自ら足を運んだ。 アルフォンスの目的とは養子を捜す事。 彼の妻であるイリーナ・クローゼは幼い頃から病弱で、成人した時にはもう子を産めない体に なっていた。 その事を本人はいつも気にしていたが、アルフォンスはそんな事は関係無いと、彼女に結婚を 申し込んだ。 それ程までにアルフォンスはイリーナの事を愛していたのだ。 しかし結婚して二十年近く経った今、以前は必要としなかった子供がどうしても必要になっ た。 イリーナの主治医をしている医者から、彼女の死期が近づいている事を聞かされた為だ。 イリーナはこれまで一度として子供が欲しいと言った事は無かったが、近所に住んでいる子 供達との交流が何よりも楽しいと、一度だけ本心を話してくれた事があった。 だからこそアルフォンスは彼女への愛の証として、養子を迎えようと決意したのだ。 孤児院のスタッフに案内され、アルフォンスは孤児達が生活している大部屋へとやって来た が、そこで衝撃の光景を目の当たりにした。 戦争で親を亡くした子供達は、心に深い深い傷を負っている。 それがありありとわかる程、子供達の表情には明るさが無かった。 戦争は自分には関係のない事、そう思っていた自分が心底恥ずかしくなった。 例え戦争自体に加担していなくとも、そういう世の中にしてしまったのは他ならぬ自分達、大 人が原因。 そのとばっちりを受ける事になった子供達に対し、どんな言葉で詫びれば良いのだろうか…? アルフォンスが子供達を見つめたまま動けずにいると、案内をしてくれたスタッフが心のケアを 終えた数人の少年少女を連れて戻って来た。 スタッフの努力の賜物なのか、彼らの表情は他の者達よりも幾分明るく感じられた。 「彼らはここに来て半年程カウンセリングを受けた子供達です。きちんと話せる様になりました し、食欲も旺盛。最近では勉学にも励んでいます」 スタッフは連れて来た子供達について説明を行ったが、アルフォンスはどこか一点を見据えた ままで、全く返事を返さなかった。 アルフォンスの視線の先を見てみると、青い髪の少女が椅子に座り点滴を受けていた。 スタッフは一瞬悲しそうな表情になりつつも、博士が気になるならとその少女について説明を 始めた。 「彼女が住んでいた町は一週間程前に戦闘に巻き込まれましてね…。彼女はその町で発見 された、たった一人の生存者なのです」 「たった……一人…?」 「ええ。余程のショックを受けたのでしょうね…。救助された時も、ここに来てからもずっとあの 調子なんです。放っておくと一日中微動だにしません。食事も喉を通らない有様で、今は点滴 で何とか持ち堪えている状態です」 「…………」 アルフォンスはスタッフの説明を聞き終えると、何かに導かれる様に青髪の少女の元へ向か った。 そして少女の前に跪き視線を合わせてみたが、彼女は眉一つ動かさなかった。 視線を合わせる事によって、少女の瞳から光が失われている事がよくわかった。 「博士、その子はまだダメですよ。カウンセリングを始める事すらままならないのですから」 スタッフの制止の声を聞かず、アルフォンスは少女ににっこりと微笑みかけ、非常に穏やかな 声で話し出した。 「私はアルフォンス・クローゼ。帝国国立研究所で博士をしている者だ。良かったら、君の名前 を教えてくれないかな?」 「……………」 「初対面だから警戒しているんだね。素晴らしい用心深さだ」 アルフォンスは満足気な笑みを浮かべながら立ち上がると、駆け寄って来たスタッフに声を掛 けた。 「この子に決めました。手続きをお願いします」 「な、何をおっしゃっているのですか!? その子の心はまだ閉ざされたままです、そんな状態 で養子にするなんて不可能です!」 「不可能かどうか、一緒に住んでみないとわかりませんよ」 「し、しかし……」 「この子ならきっと妻も喜んでくれるはずです、私の目に狂いはありません」 「………。……わかりました、博士がそこまでおっしゃるのであれば手続きは致します。です が、よく覚えておいて下さい。心に傷を負った者を救えるのは…無償の愛だけだという事を」 「重々承知しています。彼女の事は私に…いえ、私と妻にお任せ下さい」 アルフォンスの非常に頼もしい言葉にスタッフは感動すら覚えつつ、手続きの準備をする為に 大部屋から出て行った。 アルフォンスはスタッフの後を追うつもりであったが、子供達の異常に熱い視線に気づくと、怯 えさせない様にゆっくりと彼らの元へ歩み寄り、一人一人の頭を優しく撫でて回った。 微かにだが子供達が笑顔を見せてくれたので、アルフォンスは無性に嬉しくなると、軽い足取 りで青髪の少女の傍へ戻った。 「私と一緒に来てほしいんだが、いいかな?」 「……………」 「……私の事は家に到着するまでの間に全て話すつもりだ、そんなに警戒しないでおくれ」 「……………」 少女は相変わらず無反応。 こうなったら仕方ないと、アルフォンスは少女を片手でひょいと抱き上げ、もう片方の手には点 滴を持って大部屋を後にした。 そうして孤児院の受付まで行くと、先程のスタッフが書類を携え駆け寄って来た。 「手続きは完了しました。本日よりその子は博士のお子様です」 「ありがとう」 スタッフが差し出した書類を受け取り、中身を確認すると少女についての記述が何一つ載って いなかった。 書かれていたのは孤児院が決めた認識番号のみ。 「彼女の事は何もわかっていないのですか?」 「はい…。辺境にあった小さな町でしたので、何人住んでいたのかも把握出来ていないので す。本人に聞くのが一番いいのですが、今の状態で聞き出すのは困難でして…」 「名前だけでもわかればいいのですが……」 「しばらく様子を見て、それから聞いてみて下さい。こういう事は焦りは禁物ですから」 「…それしか方法は無さそうですね」 「しかし、案外早くに教えてくれるかもしれませんよ」 「え……?」 スタッフに指を指されて手元を見ると、先程まで呆然としていたはずの少女がアルフォンスの 首にしがみつき、静かな寝息を立てながら眠っていた。 「恐い夢を見るらしくて、ここに来てからほとんど眠っていなかったんです。それなのに博士と 一緒なら、こんなにも安らかに眠っている…。あなたなら彼女の閉ざされてしまった心を開く事 が出来ると思います」 「…そう出来る様に努力します」 アルフォンスはあからさまに嬉しそうな顔はせず、これから彼女の為に何が出来るのか、出来 る限りの事は全てやろうと決意を新たにするのだった。 「……と、まぁ、そういう研究をしているんだよ」 「……………」 「……余り興味のない話だったかな? 遺跡の事を話し出したら止まらなくなる、私の悪い癖 なんだ。面白くなかったのなら申し訳ない。しかし私の事を知ってもらうには、遺跡の話をする のが一番だと思ったんだ」 自宅があるケルン町を目指している道中、アルフォンスは少しでも少女の気を惹こうと必死に 話し続けていた。 が、少女は前を見据えたまま無反応。 やはりゆっくりと心の傷を癒していく必要がある様だ。 アルフォンスは心の中で小さくため息をつくと、前方から見えてきたケルン町の町並みに目を やった。 「綺麗な所だろう? 私の生まれ故郷なんだよ」 「……………」 アルフォンスはめげずに話し掛けたが、少女は無反応のまま……と思ったら、車の窓から外 を見上げた。 孤児院を出てから瞬きをする程度で一切動かなかった少女が、初めて自ら顔を動かして町並 みや近隣の木々を見たのだ。 嬉しくなったアルフォンスは話しすぎない様に気を付けつつ、少女に優しく話し掛けた。 「君は自然が好きなんだね、丁度良かった。私の家はたくさんの木に囲まれていてね、秘密 基地みたいなんだよ」 「………サ……」 「ん? 何だい?」 「……………サ……ラ……」 少女は忘れてしまった言葉を必死になって思い出しながら、非常に小さな声で二文字の言葉 を口にした。 『 サ ラ 』 恐らく彼女の名前だと思われたが、アルフォンスは念の為確かめておく事にした。 もし万一違っていたら、開き掛けた少女の心が再び閉ざされてしまうかもしれないからだ。 「…サラ、それが君の名前かい?」 少女はアルフォンスの真剣な瞳を見上げると、弱々しかったがコクリと頷いてみせた。 感動で涙が溢れそうになりながらも、アルフォンスは笑顔で少女の青髪を撫でた。 「教えてくれてありがとう、サラ」 「……………」 相変わらず少女は無反応であったが、アルフォンスに髪を撫でられている内に、微かにだが笑 みを浮かべていた。 しかしそれはほんの一瞬の出来事。 アルフォンスが気づいた時には、少女の顔は元の無表情に戻っていた。 やがて二人を乗せた車はケルン町の郊外にある森へと入って行き、こぢんまりとした外観の アルフォンスの自宅に到着した。 その時少女…サラの腕にはもう点滴は付けられていなかった為、アルフォンスは何の障害も 無く彼女を抱き上げると、空いている方の手で荷物を携え颯爽と自宅へ入った。 「おかえりなさいませ、旦那様」 「ただいま、ライザ」 アルフォンスとサラを出迎えたのは彼の家のメイドをしている女性、ライザ。 彼女もアルフォンス同様ケルン町出身で、彼とは幼い頃からの知り合いである。 寝込みがちのイリーナの世話をする為、ライザは成人してからずっとメイドとしてクローゼ家で 働いており、今では家族同然の仲となっている。 予めサラの事を聞いていたライザはアルフォンスから荷物を受け取ると、彼の手の中に大事 そうに抱えられている青髪の少女の顔を覗き込んだ。 すると、サラはビクッとなってアルフォンスにしがみつき、ライザは目を丸くして驚いた。 「すまない、ライザ。この子は初対面の者に極端に怯えるんだ」 「そうなんですか…。前もって聞いておりましたが、これ程までとは思いませんでした。以後気 を付けます…」 「いや、慣れるまでに時間が掛かるだけだから、そんなに気を付ける必要はない。家族に気を 遣うなんておかしな話だろう?」 「そうですね」 アルフォンスにとってもライザにとっても、サラはもう既に家族の一員。 そしてもう一人の家族にサラを紹介する為、アルフォンスは彼女を抱えたまま愛する女性の部 屋へ足を運んだ。 ドアをノックし、中から返事が返ってくるとアルフォンスは思わず笑みを浮かべ、サラの髪を優 しく撫でてから室内に入った。 「ただいま、イリーナ」 「おかえりなさい、アル」 今日は比較的体調が良いらしく、イリーナはベッドに座って愛する男性と新しい家族を迎え た。 イリーナを見た途端、サラは初対面だというのに全く怯えた様子を見せず、アルフォンスにし がみついたままであったが、彼女の姿に見入っていた。 その様子に気づいたアルフォンスはイリーナの傍まで歩み寄ると、彼女の前にサラをそっと降 ろした。 「初めまして、私はイリーナ・クローゼ。あなたのお名前は?」 「……………」 初対面の反応に多少の変化はあったが、またしてもサラは口を開かなかった。 イリーナが困った様子で眉をハの字にすると、アルフォンスはサラの髪を優しく撫でた。 「彼女の名前はサラ。家に帰るまでの間に教えてくれたんだよ」 「サラ……とてもかわいい名前ね」 イリーナが名前を褒めると、サラは目を見開いて彼女を見上げ、何か言いたげな表情をした。 アルフォンスとイリーナはサラが口を開くのを固唾を呑んで待っていたが、彼女の口から声が 発される事はなかった。 イリーナはアルフォンスと顔を見合わせると、軽く頷き合ってから笑顔でサラに話し掛けた。 「サラ、焦らないで。ゆっくりでいいから、私達と一緒に歩いていきましょう」 イリーナの心からの言葉を聞いた瞬間、サラの大きな瞳から涙が溢れ出た。 その涙が喜びを表しているのか、悲しみを表しているのか… どちらかはハッキリとわからなかったが、アルフォンスとイリーナは新たに家族となった少女を 優しく包み込み、彼女が泣き止むまでずっと傍から離れなかった。 ●あとがき● サラ七歳のお話、始めから暗い方向へ突き進んでしまいました。 レイヴンの過去にちょっぴり似ているかな?とは思いましたが、彼よりはマシかもしれません。 両親が亡くなった所を直に見てはいませんから。 しかしその後の状態はレイヴンと全く同じ。 心を閉ざす事によって、両親が死んだという現実から目を背けようとしたのです。 サラとレイヴンの過去の一番の違いは、誰に保護されたかという事。 偶然とは言え、アルフォンスとイリーナに出会えたサラは幸せだったと思います。 レイヴンは……敢えて書く必要はないですね。 ちなみにクローゼ夫妻の名前はイリーナは思いつき(笑)、アルフォンスは私が崇拝している 画家、ミュシャから頂きましたv (知らない人はヤフーなどで検索してみて下さいv) 今回のお話は戦争に対する私の思いも盛り込みました。 戦争なんて他人事、そんな風に思っている自分に活を入れるつもりで考えたお話です。 心に傷を負った者を救う……難しい題材がメインとなりました。 『無償の愛』とは一体何なのか? 私達が当たり前と思っているものが無償の愛なのかもしれません。 だからこそアルフォンスとイリーナには特別な事はさせないでおこうと思っています。 いつもと同じ生活を送り、普通にサラと接する。 意味もなく特別扱いする方がダメになる、と私は結論付けました。 全部で四つで構成されているサラの過去話、頑張って書いていきますv |