「Lost memory 〜後編〜」


記憶を戻す為の研究を開始して四日目の朝、カールはまどろむ事なく目を覚ますと、隣に眠っ
ているサラをまじまじと観察した。
サラは昨夜の乱れた姿のまま、すやすやと実にかわいらしい寝顔で眠っていた。
(こんな無防備な状態で寝てるとはな………折角せっかくだから襲わせてもらうか)
朝からやる気満々なカールは素早くサラの上に四つんいになると、既にあらわになっている白
い柔肌に口づけを始めた。
「ん…………カール……」
サラに名前を呼ばれたので、カールは慌てて唇を離したが、よく見てみると彼女はまだ眠りの
中にいた。
恐らく無意識に名を呼んだのだろう。
しかし快感を感じて無意識にカールの名を呼んだという事は、こういう事をする相手は彼だけ
と言っている様なものだ。
さすが婚約者と思いつつ、カールは続きをしようとサラの首筋に舌を滑らせた。
サラはカールの行動に逐一反応し、何度か小さなあえぎ声をあげた後、ようやく目を覚ました。
「や……やだ…………止めて、カール……」
サラはまだ夢心地にいる様で、ほとんど力が入っていない状態で抵抗した。
その仕草が余りにもかわいくて、カールは妙にそそられてしまい、サラの体への愛撫をより激
しくした。
「あん……や………………だめぇ……v」
「………気持ちいいだろ? 俺に抱かれる気になったか?」
「………………!?」
カールの問い掛けによってサラはハッキリと目が覚め、慌てて彼の体を押し返して愛撫を中断
させた。
どうやらカールが記憶を失っている事をすっかり忘れていた様だ。
「寝込みを襲うなんて酷いわ…!」
「お前がそんな格好のまま寝てるのが悪いんだぜ。襲ってくれと言っているようなものだから
な」
「これは……………たまたまよ」
よく考えるまでもなく、服が乱れていたのはカールのせいだったが、サラは彼を全く非難しな
かった。
その事にカールは少々疑問をいだきつつも、下にいるサラを逃がすまいとして彼女の体を羽交はが
い締めにした。
「さぁて、どう楽しませてもらうかな……」
「は、離して……いやっ………!」
「今日はもう離さねぇ。無理矢理にでもってやる」
「や、止めて…………カー…ん………」
サラの制止の言葉はカールの口によって遮られ、否応なしに濃厚な口づけが開始された。
口づけと共に指による愛撫まで始まってしまい、サラは懸命に抵抗しながら涙をポロポロとこぼ
していた。
その涙にカールはまたしても力を奪われ、口づけも愛撫もすぐに中断すると、ちっと舌打ちして
サラから離れた。
「……研究はもうすぐ終わるのか?」
「…出来る限り早めに終わらせるつもりよ」
「………………………仕方ねぇな。じゃあ、待ってやる」
「え……?」
「待ってやるって言ってんだ。とっとと研究を終わらせろ」
「う、うん……」
サラはのろのろとベッドから降りると、カールの目の前で躊躇ためらう事なく身支度を整え始めた。
カールはサラを見ない様に心掛け、自分も身支度を整えようと、傍にある引き出しを開けた。
「あれ? カール……?」
「何だ?」
引き出しの中から自分の服を取り出しているカールを見、サラはキョトンとなって思わず声を掛
けた。
今のカールは記憶を失っているはず……。
それなのに、どうして自分の服が引き出しの中にあるとわかったのだろうか…?
昨日まではサラが着替えを手渡していたので、どう考えても知っているのはおかしな話であ
る。
「どうしてそこに自分の服があるってわかったの?」
「さぁな。適当に開けてみただけだ」
「適当………体は覚えてるって事かしら…? ………あ、そう言えば、昨日どうやってこの部
屋に入ったの?」
「普通に」
「普通って?」
「普通にロックを解除して入った」
「…どうしてロックを解除出来たの? 解除ナンバーを知っていたの?」
「…………………………………忘れた」
「え…?」
「だ〜か〜ら〜、忘れたって言ってんだろ。この話はもう終わりだ。腹が減ったから食堂へ行こ
うぜ」
これ以上聞くなと言わんばかりに、カールはサラの腕を引っ張って歩き出した。
カール自身、答えがわからない質問だったからだ。
昨日は本当に無意識にドアのロックを解除していた。
解除ナンバーの事など、頭に微塵みじんも浮かばなかった。
まさしく、体が勝手に動いたのだ。
しかし昨日の事を細部まで思い出そうとすると、凄まじい頭痛がカールに襲い掛かってきた。
どちらにせよ考えても答えは出ないと悟り、カールはキッチン脇にある椅子に座って、ぼんや
りと朝食を作るサラを見守っていた。
サラの事を考えると頭に激痛を感じるのに、ただ彼女を見ているだけなら心が安らいだ。
(婚約者、か……)
カールはずっと首にかけたままのネックレスを手に取り、そこに通されている指輪を何とはなし
に眺めた。
指輪の内側には『TO カール  FROM サラ』と彫られている。
昨夜サラを襲った時、彼女も同じものを身に着けている事がわかった。
恐らくサラが持っている指輪の内側に彫られている文字は………
「うっ……く………」
考えない様にしていたのに、ついサラの事を考えてしまったカールは頭に激痛を感じた。
「カール!?」
朝食を作っていたサラは直ぐさまカールの異変に気付き、水で湿らせたタオルを持って彼の傍
に歩み寄った。
そしてそのタオルでカールのひたいを冷やすと、心配そうに顔を覗き込んだ。
「……カール、大丈夫…?」
「…………………」
カールは返事も出来ない程の頭痛と闘っていたが、目の前にいるサラの顔を見ると、泣きそう
な表情で彼女にすがり付いた。
「俺は………俺は一体誰なんだ…? 頼む、教えてくれ………」
「……………大丈夫、大丈夫よ。焦らないで、カール。私が絶対元に戻してあげるから……」
サラは両手でカールの体を優しく包み、落ち着くまで何度も彼の髪を撫で続けた。
記憶を失った事による不安感が一気に溢れ出たカールだったが、サラの温もりに包まれてい
る内に気が楽になり、頭痛もすぐに消え去っていった。
それでもサラの傍から離れられず、カールは子供の様な笑顔で頭を撫でてもらっていたが、そ
こへタイミング悪く給仕係りの助手達がやって来た。
『おはようございま……』
助手達は全員同時に言葉を失い、キッチン内で抱き合っているサラとカールを凝視した。
朝早くてまだ寝惚けまなこだったのが、今ので完全に目が覚めた様だ。
助手達の存在に気付いたサラは平然とカールから手を離し、彼に向かって笑顔で頷いてみせ
てから、朝食作りを再開した。
カールは黙ってサラの姿を眺めたまま、助手達に気付く事は一切なかった。



朝食を摂った後、食堂では今朝の出来事の話で持ちきりになっていたが、サラはカールを連
れて再び病院へ足を運んだ。
もう一度精密検査を受けてもらう為だ。
医師達が諦めの表情を見せる中、サラは丸一日かけてカールの体を徹底的に調べ、翌日研
究所に戻ると前回と今回の検査結果を照らし合わせ、記憶を戻す糸口を必死に探し始めた。
しかしサラの努力をあざ笑うかの様に、糸口を見つけられぬまま時間だけが無情に過ぎ去って
いった。
それでも諦めずに記憶を戻す方法を模索していると、サラの脳裏に父の病気を治せなかった
時の光景がぎった。
あの時の様に、自分はまた何も出来ない……。
サラは自分の無力さに心底嫌気が差したが、今はそんな事を考えてはダメだと頭を何度も横
に振り、目の前の作業に集中した。
その頃、カールは何もする事がないので、サラの部屋にあるベッドでゴロゴロしていた。
他の場所だと不安感が高まって落ち着かなかったが、サラの部屋にいると妙に安心出来て
時間を潰しやすかったのだ。
しかし本音を言うと、サラの傍にいるのが一番安らぐのだが、早く研究を終わらせてもらう為に
も、カールは邪魔をしない様に努めていた。



そうして記憶を戻す為の研究を始めてから一週間後の夜、カールがサラのベッドでうつらうつ
らしていると、物音をほとんど立てずに部屋の主が帰って来た。
カールは亡霊の様に突っ立っているサラに気付くと驚いて飛び起きたが、ベッド脇にある小さ
あかりしか点いていなかった為、彼女の表情までは見る事が出来なかった。
「……何だ? 研究は終わったのか?」
「………………」
カールの問い掛けにサラは無言で答え、不自然な程ゆっくりとベッドへ歩み寄ると、崩れる様
に彼の胸に飛び込んできた。
カールは一応受け止めはしたものの、すぐに体を引き離してサラの顔を覗き込んだ。
「何なんだ? 俺に用があるのか?」
「…………………ごめんなさい」
「あ? 何謝って………」
サラが顔を上げた途端、カールは思わず口をつぐんだ。
サラはポロポロと涙を零して泣いていたのだ。
「……………どうしたんだ?」
「……ごめんなさい…………ごめん…なさい……」
「謝ってるだけじゃ訳がわからん。理由を説明しろ」
「あなたの記憶を戻す方法が……何一つ見つからないの…………。私の力ではもう……諦め
るしか………」
「……それで?」
「だから………あなたに待っていてもらう必要はなくなったわ…」
サラは涙を零しながらも淡々と言うと、自ら服を脱ぎ始めて肌を露にさせた。
すぐに襲い掛かってくるかと思われたが、カールは黙ってサラをにらみ付けていた。
その鋭い視線に気付いたサラはビクッと動きを止め、恐る恐るカールの目を見つめ返した。
「カール……?」
「………何だ、それは?」
「え………?」
「俺がどんなに迫っても研究だと断っていたクセに、そんなに簡単に諦めちまうのか?」
「だ、だって……本当に見つからなかったんだもの…。諦めるしかないじゃない………」
「……………気に入らねぇな」
「………?」
「お前にはもう興味無くなった。明日にはここから出て行かせてもらうぜ」
じっとサラを睨み付けたままカールは冷たく言い放つと、見るからに不機嫌な様子でベッドへ
横になった。
カールの言葉を理解するのに時間がかかったサラは、徐々に目の前が真っ白になる様な感
覚におちいりながらも、ベッドに横たわる彼の腕に縋り付いた。
「そんな……カール、どうして…? 何が気に入らないの……? ちゃんと理由を教えて…」
「………お前は元の俺にしか抱かれたくないんだろ? いやいや体を差し出されても、俺は抱
く気にはならん」
「………………」
カールの言い分は至極もっともであった。
しかしそれでもサラには体を差し出す以外出来る事がなかった。
例え記憶を失っていたとしても、カールはサラにとって誰よりも大切な存在。
ずっと傍にいてくれるなら、どんな事でも出来る。
彼を失う事が何よりも恐怖だからだ。
「………いやいやじゃないわ」
「………?」
「私は今のあなたも愛しているもの。記憶を失っていてもあなたはあなた……そう気付いた
の。だからいやいやじゃない、望んで抱いてもらうの」
「今の俺も……愛しているだって? ははは、冗談キツイぜ」
「カール、私は本気よ」
真剣な瞳にりんとした声……。
カールは思わずサラに見とれてしまったが、ハッと我に帰ると不敵な笑みを浮かべてみせた。
「これからは俺だけを見るか?」
「ええ、もちろん。出会った時からずっとあなたしか見ていなかったし、これからもあなたしか見
ないわ」
「じゃあ、俺が他の女に目が行ったとしたら?」
「……それでも構わないわ。最後に必ず私の元へ帰って来てくれるなら……」
「よし、たった今からお前は俺の女だ。俺の言う事はどんな事でも聞けよ?」
「うん、全部聞くわ」
話が一段落すると、カールは直ぐさまサラをベッドへ押し倒した。
本当はもう我慢が限界に達していたのだ。
けものの様にサラに襲い掛かり、彼女を性欲を満たす為の道具にしてやろうと思っていたカールだ
ったが、すぐに不思議な感覚が彼の心を支配していった。
嬉しい……。
何故かわからないが、無性に嬉しさが込み上げてきた。
サラと唇を重ねる事も、サラの体に触れる事も、サラが抱きついてくれる事も……全てがカー
ルの心に温かさという光をともした。
(この感覚は……前にもどこかで…………)
過去の事を思い出そうとすると始まる激しい頭痛が、サラと体を重ねながらだと全く感じられ
なかった。
今はただ、サラと一緒に気持ち良くなりたい……。
カールは自分でも驚く程自然に体が動き、サラの気持ちいい場所がわかった上で愛撫を続け
た。
「あぁん………カール……v」
「……サラ、気持ちいいか?」
「うん……すごくいいよv 私の気持ちいいところ……覚えてるの?」
「さぁ、よくわからねぇな。今はそんな事どうでもいいだろ」
「そうね、どうでもいいわね……。カール、来て……」
「もう欲しいのか? お前も溜まってたんだな」
「そ、そんな事ないもん…」
「くくく、嘘を付くなよ。素直に白状しないと、お前が欲しいものをれてやらねぇぞ?」
「や、やだ……。れて………お願い……」
「……………冗談だ。ここまでして、れない訳ないだろ」
サラが本心を素直に言葉にするとは思いもよらなかったので、カールは少々動揺したが、偉そ
うな事を言って平静を装うと、はち切れんばかりの己を彼女の入口にあてがった。
サラは従順に体を開き、カールを自分の奥深くへと導いていった。
「んぁっ……あ……………カール……vv」
二人の体が一つにつながった瞬間、サラはカールに力強く抱きついた。
一方、カールは夢の中にいる様な不思議な感覚を味わっていたが、サラの温もりによって瞬
時に現実に引き戻され、思い出した様に腰を動かし始めた。
サラの色っぽい声を聞きながら、カールは気が狂いそうな程の快感に着実に溺れていき、力
尽きて眠ってしまうまで何度も行為を続けた……



記憶を戻す為の研究を諦めた日の翌日、カールはサラよりも早く目を覚ますと、思わず両手で
顔を覆った。
何がキッカケになったのかわからないが、目が覚めると同時に記憶が戻ったのだ。
しかも『記憶を失っている間の記憶はしっかり残っている』というオマケ付きで。
不可抗力とは言え、サラを泣かせてしまったという現実を受け止められず、カールは髪をくしゃ
くしゃときむしった。
しかしそうしていても何の解決にもならないので、何とかサラを傷付けずに記憶が戻った事を
伝えようと思案した結果、記憶を失ってから今朝までの出来事は全て覚えていない事にしよう
と思い立った。
それが一番良い手であり、カールにはその手しか残っていなかった。
これ以上サラにイヤな思いをさせたくない……。
カールは何としてでも嘘を付き通そうと、気を引き締めていとしい女性ひとが目覚めるのを待った。
そうして数分後、少しまどろんでからサラが目を覚ますと、カールは優しい笑顔を見せて挨拶
した。
「おはよう、サラ」
「おはよ…………ん?」
サラはカールの優しい笑顔に気付くと、思わず彼の肩をガシッと掴み、疑う様な目つきでその
笑顔を観察し始めた。
そういう反応を見せるだろうとは思っていたが、カールは極力笑顔を絶やさずにサラの手を取
り、キョトンと首を傾げてみせた。
「どうしたんだい?」
「どうしたって…………あなたこそどうしたの?」
「あれ? そう言えば、いつの間に研究所に来たんだろう? 基地から出た覚えは無いんだ
が……おかしいなぁ……」
少々わざとらしい節もあったが、カールは精いっぱい首をひねる芝居をし、内心ドキドキしながら
サラの返事を待った。
サラは一瞬時が止まった様に動かなくなったが、頭の中で素早く状況を整理すると、大きな瞳
からじわっと涙が溢れてきた。
「カール………元に戻ったのね……?」
「元に……戻る? 一体何の事だい?」
「……カールぅ!」
サラは嬉しさの余りカールに飛び付き、彼の胸に何度も頬擦りしながら笑顔で泣き出した。
そんなサラの髪を優しく撫でつつ、カールは何とか嘘を付き通せたと安心すると同時に、悪い
事をしている様な気がして苦笑していた。
しかしサラが顔を上げると瞬時に苦笑いを消し、彼女の涙をそっとぬぐうと再び首を傾げた。
「サラ、どうしたんだい? 何かあった……?」
「………………ううん、何でもない。よくわからないんだけど、いきなり涙が出てきちゃったの。
きっと目にゴミが入ったんだと思う」
「大丈夫…?」
「うん。涙のお陰でゴミは取れたみたい、もう平気だよ」
「そうか、良かった……」
サラの心からの嘘に、カールは自分の嘘が酷く低俗なものに感じた。
だが、付いたからには最後まで付き通さねば、愛する女性を傷付けてしまう。
カールはもやもやした気持ちを全力で払拭ふっしょくし、身支度を整え始めたサラの後を追う様に急いで
着替えると、彼女と二人で食堂へ移動した。
そうしてサラが朝食を作るのを笑顔で見守っていると、給仕係りの助手達が食堂に姿を現し
た。
『おはようございます』
「やあ、おはよう」
助手達は恐る恐るといった様子で挨拶をしたが、カールが優しい口調で挨拶を返すと、ギョッ
と飛び上がる程驚いてサラの元へ駆け寄った。
「は、博士!」
「あら、おはよう、皆」
「あ、あの……大佐が………」
「カール…? ………あぁ、今朝元に戻ったのよ」
「そうなんですか!? 良かったぁ……」
助手達は笑顔で喜び合うと、元の優しい好青年に戻ったカールの傍に集まり、ウルウルした
目で彼を見上げた。
「大佐ぁ、心配したんですよぉ〜」
「心配…? 何の話だい?」
「え…………? まさか大佐……」
カールが記憶を失っている間の事を全く覚えていないと気付いた助手達は、ただちにサラの元
へ舞い戻り、彼女から詳しい事を聞き出した。
そしてようやく状況がみ込めると、カールには笑って誤魔化ごまかし、何事もなかった様に朝食の
配膳を始めた。
後から来たステア達にもこっそりとその情報が伝わり、多少の動揺はあったものの、いつも通
りの賑やかな食事の時間が始まった。
朝食を笑顔で食べながら、カールは心の中でほっと胸を撫で下ろし、そんな彼の様子にサラ
だけは気付いていたが、敢えて何も言わずに食事を続けた。
やがて食事の時間が終わりを迎えると、サラは後片付けをステア達に任せ、カールと共に研
究室へと歩き出した。
記憶は無事に戻ったが、体に何か異常が残っていては困るので、簡単に診察するつもりの様
だ。
するとその時、任務を終えたトーマが満面の笑顔で二人の元に駆け寄って来た。
「兄さ〜ん、姉さ〜んv」
「あ、トーマ君。任務は完了したの?」
「はい、もちろんです。先程助手の方から連絡を頂きまして、急いで駆け付けて参りました。あ
の……兄さん…?」
本当に元に戻ったのか、自分の目で確認しないと自信が持てないらしく、トーマは恐る恐るカ
ールに声をかけた。
すると、カールは助手達の時の様に笑顔を見せるのかと思いきや、ギロッと厳しい目つきでト
ーマを睨んだ。
「トーマ、お前………何故ここにいるんだ?」
「………へ?」
「まさかサラに会いに来た訳ではないだろうな?」
「え、あ、ち、違います。え〜っと……あの………あ、助手の方に仕事を頼まれたんですよ。
研究に必要なものを調達してきてほしいとの事で、運んで来たのです」
「……そうか。忙しいのにご苦労だったな」
「い、いえ…。良かった……いつもの兄さんだ………
「ん? 何だ?」
「あ、な、何でもないです」
元に戻っても戻らなくても、カールはトーマに厳しい。
しかし厳しさの中にチラリとだけ垣間かいま見える優しさを感じ、トーマは嬉しさの余り瞳をうるませる
と、すぐにサラに深々と頭を下げてみせた。
「兄さんが元に戻れたのは全て姉さんのお陰です。ありがとうございました!」
「そんな……大袈裟おおげさよ、トーマ君。自然に元に戻っただけで、私は何もしてないわ」
「いいえ、絶対姉さんのお陰です! 姉さんの愛が……姉さんの兄さんに対する深〜い愛が
奇跡を起こしたんですよv」
「そ、そうかしら…?」
「そうですよvv」
どんな時もハイテンションなトーマに圧倒されてしまい、サラがいつもの様に苦笑していると、
一見状況が把握出来ていない様子のカールが話に割り込んだ。
「さっきから何の話をしているんだ?」
「あのですね、兄さんが……」
「トーマ君!」
ご丁寧に説明を始めようとするトーマをすんでのところで止め、サラは彼を引っ張ってカールから引
き離すと、小声で手短に事情を伝えた。
トーマは一瞬カールに哀れむ様な目を向けたが、記憶を失っている間の事は知らない方がい
いだろうと、サラに深く頷いてみせた。
そして思い出した様にカールに笑って誤魔化すと、いつもの兄弟のやり取りが開始された。
その様子をサラは注意深く観察し、彼女の頭の中で一つの結論が出た時、トーマは兄と姉に
頭を下げてから足早に去って行った。
国立研究所には長居すべきでない、と判断したのだろう。
サラは手を振ってトーマを見送ると、再びカールと共に研究室へ歩き出し、簡単ではあるが診
察を行った。
………異常は何も見つからなかった。
が、大人しく診察を受けるカールを見、サラは頭の中で出した結論に確信を持った。
「………カール、記憶を無くしている間の事覚えてるでしょ?」
「え………? 記憶…? 何の事だい?」
「もう無理して嘘は付かなくていいわ。私には………全部わかるから……」
「………………………………………………ごめん」
「……どうして謝るの…?」
「記憶を無くしていたとは言え、君を傷付けた事に代わりはないから……」
「…………私、傷付いてないよ」
「え……?」
「私は傷付いてないわ。記憶を失っていても、あなたはあなた…。私を心から愛してくれたも
の……」
「……………サラ……」
カールはたまらなくなってサラを強く抱きしめた。
確かにサラの言う通り、記憶を失っていても彼女は特別な存在のままだった。
だからこそ記憶を失った自分はサラだけを求めたのだ。
表面上は愛が無くても、心の奥底には常にサラの姿があった。
それを自身に知らせる為に、記憶を失った間の事を忘れずに覚えていたのかもしれない。
カールは感謝の気持ちとおびの意味を込めて、ただがむしゃらにサラを掻きいだいた。
サラもカールの背にしっかり手を伸ばし、二人は時間を忘れて熱く抱擁し合った。
「……………ねぇ、カール」
「…ん?」
「……今夜も抱いてくれる?」
今すぐにでも襲いたいと思わせる程かわいらしい表情で尋ねるサラに、カールは無性にそそら
れてしまったが、夜になるまではダメだと自分に言い聞かせ、口づけだけでどうにか我慢する
事に成功した。
「二日連続になってしまうがいいのかい?」
「うん。昨日よりは優しくしてくれるでしょ?」
「………ああ。昨日よりは、ね」
昨日記憶を失った時の自分は、少々強姦まがいのやり方でサラを抱いた。
それでもサラが体を重ねたいと言ってくれるのは非常に嬉しい事だったが、カールは昨日の
自分の行動を思い出すと、改めて悪い事をしたのだと実感した。
大まかな流れはいつも通り。
しかし恐らくサラには痛い思いをさせたに違いない。
今夜は出来る限り優しく、尚かつサラが満足してくれる様に頑張ろうと、カールは気を引き締
めて夜を待った。
その日行った行為は泣きたくなる程優しく、とろける程甘いもので、サラだけなくカールも十二
分に満足出来る内容になった。





●あとがき
良かった……無事カールが元に戻りました。
前編と同じく「ただラブラブが書きたかっただけ」の様にも思えますが、その通りなので言い訳
はしません(笑)
短編では特に同じパターンのお話を考えてしまう事が多く、今回も最後は愛し合う(行為を行
う)事によって全てが元通りになりました。
他に考えられないのか、自分? 完全にワンパターン化しています(苦笑)
でも結局は「ラブラブが書ければそれで良しv」な人なので、このパターンをより発展させてい
こうと企んでいます。
どんな苦難も二人なら乗り越えられるぜ!という具合にv
長編ではカールがよく思い悩んだり諦めたり凹んだりしていますが、この短編ではサラの苦悩
を前面に出してみました。
サラにとってカールがどれだけ大切な人なのか、それさえ察して頂ければ幸いです。
こんなにも頻繁に泣くサラを書いたのは初めてかもしれません。カールの幸せ者め!(笑)
思いの外楽しかったカール完全鬼畜化話……また書けたら書きたい題材ですv