「Lost memory 〜前編〜」
ある日、何の前触れもなく突然カールが記憶を失ってしまった。 その時丁度ガーディアンフォースの面々が第一装甲師団の基地に勢揃いしていたので、トー マ達はカールの異変にいち早く気付いたが、彼らは凄まじい程の衝撃を受ける事になった。 何故なら、カールは記憶を失うと同時に、性格が正反対になってしまったからだ…… 第一装甲師団の基地内にある食堂にて、朝からワイワイ騒ぎながらトーマ達が朝食を食べて いると、一人の兵士が慌てた様子で彼らの元へ駆け込んで来た。 「み、皆さん、大変です!」 「そんなに慌ててどうしたんですか? もしかして新たな事件が…?」 「いえ、事件ではなくて………大佐が…………大佐が変なんです!!」 『変!?』 状況が全く呑み込めず、トーマ達は揃って首を傾げていたが、そこへ話題の人物であるカー ルがやって来た。 すると、トーマを始めとするガーディアンフォースの面々は、兵士が言った「大佐が変」の意味 を瞬時に理解した。 いつも身なりなど、全ての事においてキッチリしているはずのカールが………何と軍服を着崩 していたのだ。 しかも目つきが異常に悪く、一見すると悪人の様に見えなくもなかった。 「ど、どど、ど、どうしたんですか、兄さん!?」 食堂内にいる全員が硬直する中、トーマだけが何とかカールに話し掛ける事に成功した。 しかし……… 「……あぁ? 何だ、お前? 俺はお前の兄貴になった覚えはねぇぞ」 カールが言ったその一言により、トーマは石になって崩れ去り、バン達は驚きの余りポカンと なった。 もちろん周囲にいた兵士達も呆然となっていたが、カールはその様子を気にする風もなく、空 いている席にドカッと身を投げ出した。 「ね、ねぇ……本当に今日の大佐おかしいわよ。トーマにあんな事を言うなんて……」 「単に機嫌が悪いだけじゃねぇの?」 「機嫌が悪いだけで、あそこまでは普通言わないでしょ」 ムンベイとアーバインがこそこそ話しながら様子を見ていると、バンとフィーネはトーマを助け 起こし、無謀にもカールに近づいて行った。 当然カールにギロリと睨まれてしまったが、バン達は勇気を奮い立たせて話し出した。 「あ、あのさ、シュバルツ。その〜、トーマがダメな弟だってのはわかるけどさ………」 「あんな風に言ったら、中尉がかわいそうですよ!」 「そうそう。たった一人の弟なんだし、もっと優しくしてやってもいいんじゃないかな?」 カールはバン達の話を睨んだまま聞いていたが、話が終わるとやれやれと肩をすくめた。 「お前ら、一体何の話をしてんだ? 俺には弟なんかいねぇし、それにそもそもシュバルツって のは誰の事だ?」 『…………は!?』 「「は?」じゃねぇよ。シュバルツってのは誰かって聞いてんだよ」 「ま、まさかシュバルツ………あのお約束の……………」 バン達はようやくカールの身に起きた事態を察した。 どうやらカールは記憶喪失になってしまった様だ。 バン達は急いでムンベイとアーバインの元へ帰ると、状況を整理する為に密談を始めた。 「………要するに、シュバルツは記憶喪失になってしまった。しかもどういう訳か、性格が正 反対になってしまったって事ね」 「うぅ………兄さん、お労しや………」 「記憶って、どうすれば戻るんだろう?」 「小説なんかでよく見掛けるのは、記憶を無くした時と同じショックを与えれば戻るらしいけ ど……」 「今のシュバルツにそんな事出来るヤツいるのか?」 『う〜ん………』 結論が一向に出ない為、バン達がうんうん唸っていると、その横でピ〜ンと良からぬ事を思い 付いたアーバインは、軽い足取りでカールの元へ向かった。 「今度は何だ?」 「そう威嚇しなさんなって。いい話があるんだが乗らないか?」 「いい話?」 「この基地の近くに町があってな、そこに美女ばかり取り揃えている店があるらしいんだ。行っ てみないか?」 「そりゃいい話だな。もちろん行くぜ!」 「お〜、今のシュバルツは話がわかるな。よっしゃ、早速出発だ!」 ノリノリで出掛けようとする二人の前に、ようやく復活したトーマが立ちはだかった。 「待て! 兄さんをそのような如何わしい店へは行かせん!!」 「邪魔するなよ、トーマ。兄貴を敵に回すつもりか?」 「兄さんは関係ないだろうが! 勝手に貴様の仲間にするな!!」 「はぁ〜やれやれ…。こんな事言ってるが、どうする?」 アーバインがわざと話を振ると、カールは彼の思惑通りの行動に出た。 「邪魔だ、失せろ」 「に、兄さん…!? そんな…………」 カールの冷たい一言は何よりも勝るものらしく、トーマはその場に崩れ落ちた。 その間にアーバインはカールを連れ、上機嫌で如何わしい店がある町に去って行った。 トーマはしばらく呆然となって動けなかったが、このままでは兄がアーバインの様になってしま うと、急いで通信室へ向かった。 他の者は頼りにならない。 こういう時こそ、姉に助けを求めるのが最良の策なのだ。 そうしてサラと連絡を取り合い、トーマが食堂へ戻ると、先程出て行ったばかりのカールがもう 戻って来た。 こんなに早く帰って来るとは思ってもいなかったので、トーマ達が目を丸くして驚いていると、カ ールに続いてアーバインも食堂に顔を出し、見るからに不機嫌そうな様子で椅子に座った。 「あんた達、町へ行ったんじゃなかったの?」 「そうなんだけどよ〜、あいつがさ〜〜」 ムンベイの問い掛けにアーバインは気怠そうに返事を返し、町へ行ってからの事を話し始め た。 それによると、店に入った途端美女達が二人の元に群がり、いつも以上に楽しめそうな雰囲 気だったのに、その雰囲気を見事にぶち壊した者がいたらしい。 ぶち壊した者とは、アーバインが強力な相棒だと思っていたカール。 カールは美女達を一通り見回した後、ポツリとこう言ったのだ。 「俺好みの女がいねぇから帰る」 「はぁ!? 何言ってんだ…………あ、おい! 待てよ!!」 そんなこんなで基地に引き返して来た、との事。 アーバインの話を聞き終えると、ムンベイやバンはお腹を抱えて笑い転げ、トーマはほっと胸 を撫で下ろしていた。 皆の反応が気にくわなかったアーバインは、カールをギロッと睨み付けると、ブツブツ文句を 言い始めた。 「折角いい店を紹介してやったのによ〜、何で臨機応変に楽しめねぇんだよ。やっぱり堅物は 一生堅物らしいな」 「俺は好みじゃねぇ女を抱く気になれなかっただけだ」 「あーそうですか」 アーバインは素っ気ない返事をすると、直ぐさま立ち上がってトーマ達に声を掛けた。 「俺はもうこの件から降りるぜ」 「え……?」 「じゃあな」 そう言ってアーバインが足早に姿を消すと、彼に続けと言わんばかりにムンベイやバン達も立 ち上がった。 「そんじゃ、アタシもそろそろ……」 「後は頼んだぜ、トーマ」 「大佐の記憶が戻ったら、必ず知らせて下さいね」 「え……あ、あの………」 あれよあれよという内に食堂はトーマとカール、第一装甲師団の面々だけになってしまった。 完全に押し付けられた形だが、身内の問題なので仕方ないと、トーマは思い切ってカールの 腕を掴み、無理矢理執務室へ連れて行った。 「記憶が戻るまで、ここで大人しくしていて下さい」 「何で俺がお前の命令に従わなきゃいけねぇんだ? お前、何様だ?」 「わ、私は兄さんの為を思って……」 「ま〜た『兄さん』か。俺はお前の兄貴じゃねぇって何度言わせれば気が済むんだ?」 「…………姉さん、早く……」 トーマが祈る様な仕草でサラの到着を待ち侘びていると、執務室が気に入ったのか、カール は自分の席にドカッと腰を下ろし、両足を机の上に乗せて大きく伸びをした。 「あ〜ぁ、どっかにいい女転がってねぇかな〜」 「に、兄さん、はしたないですよ! 足を下ろして下さい!」 「黙れ。お前に注意される筋合いは無い」 「す、筋合いならあります! 私とあなたは血を分けた兄弟で……」 「あぁ? だから違うって言ってんだろ?」 ハッキリ言って勝てる見込みのない言い合いだったが、トーマは内心泣きそうになりながらも カールと話し続けた。 するとその時、執務室のドアがゆっくりと開き、トーマにとって救いの女神と言える女性が姿を 現した。 「あら、本当に性格が変わっちゃってるのね」 執務室にやって来たのはもちろんサラで、トーマは瞳を潤ませて駆け寄ろうとしたが、彼よりも 早くカールがサラの傍へ向かった。 そしてサラの全身を舐め回す様に観察すると、にやりと不敵な笑みを浮かべつつ、彼女の腰 に強引に手を回した。 「お前、すっげぇ俺好みだな。どうだ? 俺と気持ちいい事しねぇか?」 「に、兄さん! 姉さんに何て事を言うんですか!?」 「人が口説いてる時に邪魔すんな。とっとと失せろ」 カールはトーマの言葉に全く聞く耳を持たず、尚も口説きを続けようとしたが、サラはそんな彼 をまじまじと見上げ、一瞬悲しそうな顔を見せた。 「……私の事も忘れちゃったんだね…………」 「あん? 何だって?」 「……………いいわよ、相手をしてあげても」 サラはいつになく色っぽい笑みを浮かべ、カールの誘いにすんなりと乗った。 途端にトーマが慌てて止めに入ろうとしたが、サラは無言で彼に制止を促すと、不敵な笑みを 浮かべながらカールを見つめた。 「でも私を好きにするには条件があるの」 「条件?」 「あなたが私の研究に付き合ってくれるなら、好きなだけ相手をしてあげるわ」 「好きなだけ……。それは本当なんだろうな?」 「ええ、本当よ。私は科学者だから、研究の為なら何でもするわ」 「よし、その条件呑んでやろう。研究とやらが終わったら、じっくり可愛がってやるぜ」 「交渉成立ね。じゃ、まずはあなたの体を精密検査したいから、近くの病院へ行きましょう。ト ーマ君も手伝ってね」 「は、はい、姉さん!」 トーマはようやくサラがやろうとしている事を理解し、元気良く頷いてみせた。 研究というのはあくまでも名目に過ぎない。 だからこそ同じ科学者であるトーマにも協力を仰いだのだ。 三人はジープで近くの町にある病院へ移動し、何とかお願いして検査器具を一通り借りると、 カールの体をテキパキと調べていった。 しかし……カールの体には何の異常も見られなかった。 一番怪しいと思っていた脳にも異常は一つも無かった。 「おかしいわね……。記憶を失っているのに、異常が一つも無いなんて………」 「どうしましょう、姉さん?」 「う〜ん……、検査結果が出るのに時間がかかるものもあるし、結果が全部揃うまでは様子 を見ているしかないわね」 「しかし今の兄さんの様子を見るのは非常に難しい事ですよ?」 「大丈夫、私に任せておいて。カールの名誉の為にも、問題行動を起こさせないように研究所 でバッチリ監視するから」 「それは頼もしい! さすが姉さんv では、私は記憶喪失に関する資料を出来る限り集めてき ます」 「ええ、お願いね。じゃ、資料が集まり次第研究所に来てね。あなたも大事な戦力だから」 「了解しました!」 トーマはサラに頼りにされたのが余程嬉しかったのか、大変な事態である事を完全に忘れ、 軽い足取りで病院から去って行った。 サラはトーマを見送ると、第一装甲師団の基地へは寄らずに、真っ直ぐ国立研究所へ向かっ た。 第一装甲師団には頼りになる副官がいるので、隊長がいなくても何とかなるはずだ。 程なくして国立研究所に到着すると、カールは胸にチクリと痛みを感じたが、気のせいだと決 め付け、サラに連れられて研究所内に入って行った。 『いらっしゃいませ〜v』 サラからカールの現状を知らされているはずなのに、ステア達はいつも通り正面玄関で二人 を出迎えた。 しかも何故かカメラを持っている者もいた。 レアものの写真を撮ろうという魂胆らしい。 サラは呆れてため息をついたが、その間にステア達はカールの周りに集合し、瞳をキラキラと 輝かせながら彼に話し掛けた。 「大佐、今のご気分は?」 「博士の事も忘れちゃったんですか?」 「……………あぁ? 何だ、お前ら?」 カールが乱暴な口調で返事をすると、彼の性格が正反対になっている事を知ってはいたが、 ステア達は目を丸くして驚き、一瞬しんと静まり返りつつも再び目を輝かせた。 今の大佐も素敵vなどと思っているのだろう。 ステア達が静かな内に、サラは皆とカールの間に割り込むと、必要以上に騒がない様に注意 しておく事にした。 「今のカールは危険だから、なるべく近づかないようにしてね。最悪の場合、取って喰われち ゃうわよ」 「えぇ〜、大佐なら全然構いませんよ〜v ねぇ、皆?」 「うんうん、大佐なら大歓迎ですぅvv」 ステア達がのん気な事を言っていると、それを黙って聞いていた話題の中心人物であるカー ルは、サラの肩を強引に抱き寄せた。 「言っておくが、俺はお前らなんかに興味はない。俺が興味あるのはこの女だけだ」 「この女って………博士の事ですか?」 「博士かどうかは知らねぇが、とにかくこの女だ」 『……………』 ステア達は黙ってカールとサラを交互に見ると、やれやれと呆れた様子でため息をついた。 「な〜んだ、記憶を失っていても、結局は博士がいいんですね」 「性格が反対になっちゃっただけで、好みは変わらないって事ですね。このままでも問題ない んじゃないですか、博士?」 「何言ってるのよ、このままでいい訳ないわ。あなた達だって優しいカールの方がいいでしょ う?」 「まぁ、それはそうですけど……」 「だったら、彼を元に戻す為に協力してちょうだい。今やってる研究は後回しにしていいから」 『了解!』 助手の面々は軍人の様にピシッと敬礼してみせ、情報収集しようと駆け足で研究室に入って 行った。 サラはカールと二人だけになると、彼を連れて自分の研究室へ行き、もう一度検査結果に目 を通し始めた。 今手元にある情報で少しでも前進出来なければ、カールを元に戻す事など到底不可能だろ う。 そうしてサラは黙々と検査結果を読んでいたが、その傍でただ待っているだけのカールは 苛々がピークに達し、暇つぶしをする為に彼女にちょっかいを出す事にした。 「……なぁ、お前、名前は何て言うんだ?」 「……………」 「おい、聞いてんのか?」 「………なぁに? 今忙しいんだけど」 「名前だよ、名前。教えるぐらいすぐ出来るだろ?」 「…………………………」 サラは持っていた書類を机に置き、潤んだ瞳でじっとカールを見つめた。 頭では仕方ないとわかっているのに、愛しい男性に顔も名前も忘れられてしまったという現実 に、多少なりともショックを受けたのだ。 しかし今のカールに何を言おうと彼自身には何の罪も無いので、サラは必死に涙を堪えると、 にっこりと微笑んでみせた。 「私はサラ・クローゼ。この国立研究所で博士をしているの」 「サラ…?」 「そうよ」 「サラ…………どこかで聞いた事があるような……」 「え、ほ、本当…?」 「どこで……………………うっ………」 「カール!?」 突然カールが頭を押さえて倒れそうになったので、サラは慌てて彼の体を支えると、傍にある 仮眠用の簡易ベッドへ寝かせ、心配そうに様子を窺った。 すると、カールは途端に元気を取り戻し、サラを捕獲してベッドへ押さえ付けた。 サラはもちろん驚いたが、抵抗はせずに冷静にカールに尋ねた。 「……カール、大丈夫なの…?」 「ちょっと頭が痛かっただけだ。それより……お前、全然抵抗しないんだな。犯られてもいいっ て事か?」 「ち、違うわ。今はあなたの事が心配だったから、油断していただけよ」 「それはどうかな? 案外俺に抱かれたくてウズウズしてるんじゃないのか?」 「そんな事な……ん…………」 カールは反論しようとするサラの口を強引に塞ぎ、すぐに舌を絡める濃厚な口づけを始めた。 いつもより多少激しかったが、舌の動きなど口づけの仕方は元のカールのままで、サラは大 人しく口づけを受け続けた。 やがて口づけが終わると、カールは本当に全く抵抗しないサラに疑問を抱き、彼女の両腕を ベッドにしっかりと押さえ付けながら問い掛けた。 「…お前もしかして…………俺に惚れてるのか?」 「………………」 「そうか、だから抵抗しないんだな。だったらこのまま……」 「…いやよ、まだ研究が終わってないわ。研究が終わってからって約束したはずよ?」 「ああ、約束したぜ。だが、それなら何故抵抗しない? 口では嫌がっているが、体は俺を求め てるんじゃねぇのか?」 「……………違う、今は求めてはいないわ。お願い、手を離して……」 サラに真剣な目で真っ直ぐ見つめられると、カールの全身から急に力が抜けた。 カール自身も力が抜けた理由はわからなかったが、その間にサラは彼の腕の中から逃げ出 し、何事も無かった様に再び検査結果の書類に目を通し始めた。 カールはしばらく呆然としていたが、ハッと我に帰ると簡易ベッドへ寝転び、ゴロゴロしながら サラの姿を眺めた。 「……………なぁ」 「………………」 「無視すんなよ。聞こえてんだろ?」 「………私は『なぁ』とか『おい』とかいう名前じゃないわ。さっき教えてあげたんだから、ちゃん と名前で呼んで」 「……………………………サ……サラ、お前………一体俺の何なんだ…?」 「婚約者よ」 サラは満面の笑顔で即答すると、書類を脇に置いて今度はパソコンを操作し始めた。 カールはまたしても呆然となってしまったが、今は研究が終わるまで我慢するしかないと自分 に言い聞かせ、仕方なく簡易ベッドでゴロゴロして過ごした。 翌日、膨大な資料と共に、トーマがカールを元に戻す研究に加わった。 サラもトーマも生まれ付いての科学者なので、互いにサポートし合いながらテキパキと研究を 進めていった。 ステア達助手の面々もせっせと働き、国立研究所はいつになく慌ただしかった。 しかしただ一人……カールだけは何もする事が無くて暇であった。 隙あらばいつでも襲うつもりでサラの傍から離れなかったが、トーマも常に一緒だったので、カ ールには面白くない状態が続いていた。 「姉さん、残りの検査結果が届きました」 「よし、やっと必要書類が揃ったって訳ね。では、そろそろ本腰を入れてカールを元に戻す方 法を探しましょう」 「はい、姉さんv」 サラとトーマは研究室に籠もり、時折カールの体を調べたりしながら、元に戻す方法を模索し 始めた。 二人は研究に夢中になれるから良かったが、当然カールは面白くない状態のままであった。 必要な時だけ呼ばれて体を調べられる…… 性格が正反対になり、完全なる短気人間と化していたカールは、苛々しつつもトーマが消える のを根気良く待っていた。 どうやら我慢強さだけは残っている様だ。 そうして二日後、研究は何の成果も上げられなかったが、軍司令部からトーマに通信があり、 新たな任務を言い渡されてしまった。 「どうしましょう、姉さん?」 「後は私一人でも大丈夫よ。何か進展があったらすぐ連絡するから、あなたは安心して任務に 専念してちょうだい」 「………わかりました。では、任務を完了させ次第すぐ舞い戻りますので、それまで頑張って 下さい」 「ありがとう。トーマ君も任務頑張ってね」 「はい、行ってきます!」 「行ってらっしゃい」 サラは笑顔でトーマを見送ると、直ぐさま研究を再開したが、その時を待ち望んでいたカール は、様子を見計らって彼女の背後に忍び寄った。 「サラ」 「きゃっ……」 カールにいきなり後ろから抱きすくめられ、サラは思わず持っていた書類を床に落とした。 しかし驚いた素振りを見せたのは一瞬だけで、サラは瞬時に落ち着きを取り戻すと、あからさ まに非難の目でカールを見上げた。 「研究の邪魔をしないでくれる?」 「なぁ、そろそろいいだろ? 俺もう我慢出来ねぇよ」 「研究が終わってからって言ったでしょ? もう少しだから我慢しなさい」 「何だよ、もう充分待ってるじゃね〜か」 「待ってないわ。まだ三日しか経ってないもの」 「いいや、三日も待ってるんだ。早く犯らせろ」 「ダメ! 約束通り研究が終わってからよ」 そう言ってサラはカールの手を払い、床に散らばった書類を回収し始めた。 カールはチッと舌打ちすると、苛々した様子で研究室から出て行こうと歩き出した。 「……どこへ行くの?」 「ここの近くに町があるだろ? そこで女を買ってくる」 「え……………買う……?」 「そのテの店はどの町にもあるはずだ。お前が犯らせてくれねぇから、他の女で我慢する」 「…………………………………………………………そう……そうよね。それであなたの気 が済むなら………いいわ。行ってらっしゃい……」 サラは先程とは違って多少動揺の色を見せたが、それもやはりすぐに消え去り、カールににっ こりと微笑んでみせた。 その笑顔を見た瞬間、カールは胸にチクリと痛みを感じたが、また気のせいだと決め付けて研 究室を後にした。 そして研究所内を適当に歩き、格納庫で足となるジープを発見すると、勝手に乗り込んで町 へと出発した。 その直後、サラは研究室から飛び出し、自室へと駆け込んで行った…… 「やっぱ昼間から客引きはしてねぇか……」 国立研究所からジープで数分走った所にある町で、カールはアテもなくウロウロしていた。 夜であれば薄着の女性が袖を引いてくれただろうが、今はまだ陽が高いので、通りには商人 と買い物客しかいなかった。 こういう場合は裏通りへ行く方が良いと判断したカールは、昼間なのに少々薄暗い雰囲気の 通りへ足を向けた。 すると…… 「ちょいとお兄さん、ひょっとして女を捜してんの?」 思った通り裏通りに入ると、早速薄着の女が声を掛けてきた。 ここでは昼夜は関係ないのだろう。 女は声を掛けてから改めてカールの全身を見回し、途端に両目をハートマークにすると、彼の 腕に縋り付いた。 「あんた、いい男だねぇv 良かったらアタシとどう? 特別サービスしてあげるわよv」 「特別サービス、ねぇ……。どうするかな……」 カールが悩むフリをしていると、彼の存在に気付いた他の店の女達がどっと集まって来た。 我先にと女達は次々とカールに声を掛け、色目を使ったり肌を露出したりと、いい男争奪戦が 開始された。 女同士の醜い争いを静観しつつ、カールは自分好みの女を捜してみたが、心の中でどうして も比べてしまう存在がいる為に、抱きたいと思う女は見つけられなかった。 「ねぇ、私が一番最初に声を掛けたんだし、アタシにしなよv」 「ん?」 そう言われてカールは改めて最初に声を掛けてきた女を見てみたが、途端に青髪の女性の 姿が重なって見え、頭に激痛が走った。 「ど、どうしたんだい!?」 「……いや、何でもねぇ。……………俺好みの女がいないから帰るぜ」 「え……? 突然何言い出すんだい?」 「じゃあな」 カールは女達を放って裏通りから抜け出し、町外れに停めてあるジープに乗り込むと、頭痛に 悩まされながら国立研究所へ帰った。 「くそ! あの女のせいだ!!」 今感じている頭痛はサラのせいだと断定し、カールは彼女がいる研究室へ足早に向かった。 文句の一つでも言うつもりだったが、研究室に入ってみると、サラの姿はどこにも見当たらな かった。 さっきまで寝る間も惜しんで研究室に籠もっていたのに、どこへ行ったのだろうか…? カールはとりあえず近くの別の研究室にいるステア達の元へ行き、サラの行方を尋ねた。 「あれ? 第一研究室にいませんでした?」 「ああ、いない」 「おかしいなぁ……。あ、じゃあ、自分の部屋で休んでいるのかもしれませんね。最近余り寝 ていませんでしたし」 「自分の部屋だな。わかった」 カールはさっさと姿を消したが、ステア達は記憶を失っている彼がサラの部屋を見つけられる のだろうかと心配になった。 場所を聞きにすぐに戻って来ると予想されたが、カールは二度と戻って来なかった。 カールは自分でも驚く程自然と体が動き、ふと気付くと誰かの部屋の前に立っていた。 (ここだな……) 何故そう思うのか疑問すら抱かず、カールはドアの横にあるパネルに四桁の数字を打ち込 み、ロックが解除された事を音で確認した。 その時になって、ようやく部屋の場所やドアロックの解除ナンバーがわかった事に疑問を持っ たが、細かい事は気にしていられるかとドアを開き、サラの自室へ足を踏み入れた。 (…………?) どういう訳か、部屋の中は真っ暗であった。 ここにもいないのかとカールはガッカリしたが、よく耳を澄ましてみると、小さいが啜り泣く様な 声が部屋の奥から聞こえた。 カールは暗闇に目を慣らしてから奥へと進み、ベッドの上で毛布にくるまって泣いている人物 を発見した。 泣き声だけで、その人物がサラだとわかった。 「どうした…?」 カールが極力優しく声を掛けると、サラは助手と勘違いしたのか、顔を見せずに泣きじゃくりな がら話し始めた。 「……カールが……ひっく…………カールが女の人を買うって……………私…どうしたらいい の………」 「……………泣く程イヤなら、お前が犯らせてくれればいいだろ?」 「…………………………………………え?」 サラは毛布から顔を出すと、ようやく傍にいるのがカールとわかり、驚きの余り目を丸くした。 「どう……して…?」 「また俺好みの女がいなかったんだ。だから帰って来た、それだけだ」 「……そう………なんだ…」 「で、どうするんだ?」 「え……? どうするって…?」 「俺が他の女を抱くのはイヤなんだろ? だったらお前を抱かせろ」 「い、いやよ! 今のあなたには抱かれたくないわ!!」 「じゃあ、何故泣いていた? 俺が自分以外の女を抱いてほしくないから、泣いていたんじゃね ぇのか?」 「……………」 「お前には俺の相手をする義務がある。何と言っても婚約者だからな、体を好きにしてもいい はずだ」 「………いやっ…………止めて…!」 カールは抵抗するサラの両手をベッドに押さえ付け、こうなったら強姦も厭わないつもりで彼女 の衣服を剥がし始めた。 カールに服を一枚剥ぎ取られる度にサラは大人しくなっていったが、彼女の大きな瞳からは涙 が後から後から溢れ出ていた。 その涙を見ていると、カールの体は徐々に力が無くなっていき、結局ベッドに押さえ付けてい た手も離してしまった。 カールの力がみるみる内に失われていくのを目の当たりにしたサラは、何かあったのだろうか と心配になり、自分の事は後回しにして彼の様子を窺った。 「……カール…?」 「………今日はもうやる気が失せた、寝る」 「え……?」 カールはぶっきらぼうに言ってベッドへ寝転ぶと、サラに背を向けて目を閉じた。 しかしすんなり眠れるはずもなく、背中でサラの存在を感じていた。 サラは乱れた服を直すのも忘れて呆然としていたが、カールの後を追う様にベッドへ横になる と、彼の広い背中にそっと身を擦り寄せた。 「………ごめんなさい……」 サラの小さな謝罪の言葉に、カールは何の反応も示さなかった。 何故サラが謝ったのか、理由すら見当も付かなかったからだ。 それでもサラはカールの背中から離れようとはせず、安心した様子でそのまま目を閉じ、静か な寝息を立て始めた。 一方、カールは背中から伝わるサラの温もりにより、心が妙に安らぐ自分に戸惑いを隠せな かったが、次第に眠りが彼の心を支配していった。 カールが国立研究所に来てから三日間、二人はほとんど寝ていなかったので、翌日までぐっ すりと眠ったのだった。 ●あとがき 微妙なところで前半終了となりました。 カール完全鬼畜化話、如何でしたでしょうか? イメージは長編小説第二十二話「花」に出て来たステアの妄想の中のカールです。 こんなカールありえない…と自分でも思いながら書きました。しかも非常に無理がある(笑) しかし一度は書いてみたい!という欲求から、この完全鬼畜化話が誕生しました。 単にラブラブが書きたかっただけの様にも思えますが、今回はカールが鬼畜という点を考える と、いつもとちょっぴり展開が違います。 とは言え、記憶を失っても性格が正反対になっても、カールにとって最高の女性はサラだけv サラには辛い展開が続きますが、彼女一筋なカールに萌えてしまいますvv 長編に比べるとトーマだけでなくバン達主人公チームの出番が増え、オールキャラな要素を 含んだお話になりました。 オールキャラ………「初」ですね。 後半はより一層カールがおかしくなるかもしれませんが、余り深く考えずにお読み下さいv |