「ホワイトデー」


三月十四日、ホワイトデー。
ふところが淋しくなる日がついに近づいてきた。
その日ばかりは全て業者任せなので、カールはカタログで品を選び、お金を支払うだけだ。
郵送漏れが無い限り、何の問題もない。
……と思ったが、懐が淋しいという事はサラの為に使えるお金も少ないという訳で、カールは
何をお返しにすればいいのかと頭をかかえていた。
食事に誘おうと思っても、気の利いた店では予算が足りない。
何か買おうと思っても、この予算では安物しか買えない。
考えついた案は、全て予算の面でダメになってしまう。
何か良い策はないか、とカールが思い悩んでいたそんな時、食堂の厨房内にいる女性達の
姿が目に入った。
いつもなら挨拶をする時にしか彼女達を見ないのだが、今日は妙に光り輝いて見えた為、カ
ールは思わず凝視していた。
(………これだ!!)
カールがキラリと目を光らせると、周囲にいた女性達は全員昇天した。
しかしカールは彼女達の様子に一切気づかず、さっさと食事を終えると、資料室へ足を運んだ。
基地内にある資料室なので当然軍事関係の本が大半をめていたが、軍とは全く関係のな
い本も多少まぎれており、カールはその中からお目当ての本を探し当てた。
カールが探し当てた本とは『料理の本』
こんな本が軍の資料室にあるのは何ともおかしな話だが、女性兵士が増えた事によって購入
するに至ったらしい。
カールはその本を大事そうに抱え、自分の執務室へ戻ると、書類をさばきながら本にざっと目を
通した。
(思ったより難しいものが多いんだな……。俺が作れそうなものが一つも見当たらない……)
カールはとりあえずその日の仕事を終わらせる事に集中し、全てを済ませてから再び料理の
本とにらめっこを開始した。
(女性が好きそうなもので……見栄えが良くて単品でもプレゼントとして成り立つものと言え
ば……やはり菓子方面だよな。それだと……)
ページをパラパラとめくり、菓子が載っているページに辿たどり着くと、カールの目にあるものの姿が
映った。
それこそ彼が探し求めていたもの。
女性が好きそうで見栄えも良く、単品でプレゼントになるもの……ケーキである。
普通は誕生日に最適なものだが、この際贅沢は言っていられない。
カールはケーキを作ろうと即決すると、その日の内に早速行動を起こした。
ホワイトデーまでもう時間がない。
何としてでも上手く作りたいので、今夜から練習開始だ。
カールは食堂に勤めている女性達に無理を言ってキッチンを借り、材料は分けてもらってタダ
で手に入れ、気合い充分でケーキ作りを始めた。
「じゃ、アタシ達は先に失礼します。材料は腐る程あるから好きに使って下さいな、大佐」
「ありがとう。お疲れ様でした」
カールは女性達を笑顔で見送ると、本を見ながら材料の分量を量り始めた。
この時点までは何の問題も起きなかったが、卵を泡立て出した時に問題がしょうじた。
「しっかり泡立てる……。しっかりってどのくらいだ…? 次はもったり……? もったりってどう
いう意味だ…?」
訳がわからないままカールは卵を泡立て続け、それにふるった小麦粉を入れた頃、またしても
よくわからない言葉が出現した。
「さっくり混ぜる……? さっくりって……切る様にって事か……?」
そんな調子で生地を焼いてみると、スポンジケーキは見事にペチャンコな仕上がりになった。
何故ふくらまないのか理由がわからなかったカールは、しょんぼりしながら再び本に目を通して
みた。
しかし何度読んでもわからない言葉はわからないままで、何の解決策も見出みいだせなかった。
仕方なくカールは明日食堂の人に聞いてみようと決め、キッチン内を綺麗に清掃してから自室
へ戻った。



「ケーキの作り方を教えてほしいですって!?」
「しっ! 声が大きいですよ!」
食堂内から兵士がいなくなるのを見計らい、カールは厨房にいる年配の女性を捕まえ教えを
うたのだが、その女性は彼から聞かされた言葉に驚き、思わず素っ頓狂とんきょうな声をあげた。
慌ててカールが人差し指を口にあてがうと、女性はにや〜と非常に嬉しそうな笑みを浮かべ
た。
「ホワイトデーに向けての準備ですか、大佐?」
「あ、はい……まぁ、そうです」
「大佐の手作りだなんて、クローゼ博士が羨ましいですわ〜v」
「いえ、単に予算の都合で手作りにせざるを得なくなってしまっただけなんです……」
見るからに落ち込んだ様子で話すカールを見、女性はすかさず彼の背中をバシッとたたくと、豪
快に笑ってみせた。
「大佐、手作りってものはね、作った人の想いをたくさん込められる最高のプレゼントになるん
です。博士ならきっと喜んでくれるはずですよ」
「……はい、ありがとうございます」
その日から、カールのケーキ作り修行が始まった。
が、ホワイトデーまであと二日しか残っていなかった為、スポンジケーキを焼くのみの修行とな
ってしまい、最後の難関であるデコレーションは当日の一発勝負となった。
カールは徹夜でスポンジケーキにデコレーションを施し、東の空が明るみ始めた頃ようやくケ
ーキが完成した。
見栄えは余り良くなかったが、カールは達成感に満ちた笑みを浮かべつつケーキを箱に入
れ、それを大事そうにたずさえ国立研究所へ向かった。
すると、研究所の正面玄関には例によってステア達が待ち構えており、瞳をキラキラさせなが
らカールが贈ったお返しの品を握り締めていた。
『おはようございます、大佐v』
「おはよう」
「わざわざお返しを贈って下さってありがとうございました! すっっごく嬉しいですv」
「喜んでもらえて何よりだ、私も嬉しいよ」
カールはいつも通りに話しているつもりだったが、彼の浮かれた様子にステアやナズナが気
付かない訳はない。
ステア達はカールが大事そうに持っている箱をわざとらしく覗き込み、にやりと不敵な笑みを
浮かべてみせた。
「大佐、それは博士にですか?」
「え、あ、そ、そうだ。彼女はいつもの所かい?」
「はい、いつも通りもってます」
「じゃ、お邪魔させてもらうよ」
「ごゆっくりどうぞv」
ステア達の熱い視線を背中に感じつつ、カールはいとしい女性がいる研究室へ足を運んだ。
はやる気持ちを抑えドアをノックすると、中から満面の笑みを浮かべたサラが顔を出した。
「いらっしゃい、カールv」
「やあ、サラ。えっと……これ………」
すぐに渡すつもりはなかったのに、カールはサラの顔を見た途端、嬉しさで思わず箱を差し出
していた。
サラは驚いて目を丸くしたが、カールから箱を受け取ると嬉しそうに微笑んだ。
「これってホワイトデーの?」
「う、うん、そうだよ」
「開けていい?」
「も、もちろん」
カールのぎこちない言動を多少疑問に思いながらも、サラは彼と共に自室へ向かい、机の上
で箱の蓋をそっと開いた。
中には季節の果物をふんだんに使用したケーキが入っていた。
サラもよくケーキを焼くので、一目でそのケーキが手作りであるとわかった。
「これ……もしかしてあなたが……?」
「ご、ごめん。一生懸命作ったんだが、上手く出来なくて……」
「やっぱりあなたが作ってくれたのね。すごくおいしそうだわv」
「え……ほ、本当か!?」
「うん。あなたの手作りだもの、他のどんなケーキよりもおいしいはずよv」
「で、でも味は食べてみないとわからないと思うが……?」
「大丈夫、そんなに心配しなくても絶対おいしいから安心して」
サラはカールを落ち着かせようと彼の頬に優しく口づけし、照れ臭そうに微笑んでみせた。
カールは一瞬顔を真っ赤にしたが、サラのお陰で落ち着きを取り戻し穏やかな笑顔を見せた。
その笑顔を見て自分も安心したサラは、開いたままになっていた蓋を丁寧に閉め、箱をティー
セットの隣へ運んだ。
「お茶の時間に一緒に食べようねv」
「ああ、そうしよう。……で、今日俺は何をすればいいんだい?」
「何って?」
「今日は君の我儘わがままを全部聞くって約束しただろ?」
「あ、そっか。ん〜、何してもらおうかなぁ……」
サラは何気なく室内を見回すと、何かを思い付いたらしく両手をポンと鳴らした。
「本の整理を手伝ってほしいの」
「本の整理?」
「うん、また溜まっちゃって……」
はにかんだ様に微笑むサラの背後には、高く積み上げられた本の山があった。
カールは今まで何度か本の整理を手伝った事があるのだが、毎回何故こんなにも溜め込む
のだろうと疑問に思うばかりであった。
自分以上に本好きのサラ。
しかし自分よりも綺麗好きであるはずのサラが、片付けずに溜め込むとは一体どういう事だろ
うか……?
片付けるスピードより本を読むスピードの方がまさるというのか……?
そんな事を考えながらカールは本を書庫へせっせと運び、サラと二人で本の整理を行った。
そうこうする内に昼食の時間を迎え、サラとカールは休憩を取るつもりでステア達と食事を共に
し、食べ終えるとすぐに整理を再開した。
「……少しでいいから減らせないか? さすがに多すぎるだろ、この量は」
「う〜ん…、減らしたいとは思うんだけど、どれも貴重な資料だから無理なのよ」
「しかしこのままだと、書庫から本が溢れてしまうぞ?」
「その時は隣の部屋も書庫にしちゃうから大丈夫v」
「……用意周到って訳か」
「そv さて、本の整理はこれで最後ね」
サラは分厚い本を数冊持って本棚へ運ぼうと歩き出したが、途中で床に置いてあったダンボ
ール箱に足を取られてしまった。
当然の様に倒れ込むサラを助ける為、カールは咄嗟とっさに自分が下敷きになろうと移動した。
すると……

むぎゅっvv

偶然なのか狙っていたのかはわからないが、カールの顔が見事にサラの豊満な胸にうずまる
形で床に倒れ込んだ。
「ご、ごめんなさい! ……大丈夫?」
サラは慌てて起き上がるとカールの顔を覗き込んだが、彼はぼんやりしたまま無反応であっ
た。
胸に顔を埋めるという行為は滅多に出来ない事。
余程嬉しかった様だ。
しかしサラはカールが無反応なのは床に体をぶつけて痛いからだと勘違いし、泣きそうな顔で
彼の頬を撫でた。
「カール、しっかりして……。ごめんなさい……私のせいで………」
「……………え? ど、どうしたんだい!?」
ようやく我に帰ったカールが驚いた様子で尋ねると、サラはキョトンとなり首を傾げた。
「……痛い所ないの?」
「痛い所? 無いよ、一つも」
「そっか……良かったぁ……」
サラは安心して気が抜けたのか、カールの上にバッタリと倒れ込んだ。
カールは優しくサラを両手で包むと、上半身を起こして体勢を安定させてから、彼女の口を塞い
だ。
「安心した?」
「うん、安心した」
二人は照れ臭そうに微笑み合うと、今度こそ本の整理を終了し、ケーキを食べる為の準備を
始めた。
サラの提案で中庭で食べようという事になり、二人はそれぞれの手にティーセットとケーキを
持ち、中庭へと向かった。
「私は紅茶を用意するから、あなたはケーキを切り分けてね」
「了解」
カールはドキドキしながらケーキをカットし、切り口から中の様子をうかがいながら皿に乗せた。
そんなカールの様子を微笑ましく思いつつ、サラは手際良く紅茶を用意すると、ケーキが乗せ
られた皿を持って満面の笑みを浮かべた。
「いただきます」
「ど、どうぞ召し上がれ」
カールが心配そうに見守る中、サラは彼お手製のケーキをパクッと頬張った。
「ん〜、おいし〜いvv」
「ほ、本当か!?」
「ほんとよ、こんな時に嘘なんて付かないわ。ほら、自分で食べてみればわかるはずよ」
サラはフォークでケーキを丁度良い大きさに切り、カールの口まで運んで食べさせた。
カールはしばらくケーキを噛みしめてからゴクンと飲み込み、溢れんばかりの笑顔を見せた。
「おいしい……すごくおいしいよ」
「でしょ? 作った人の気持ちがいっぱい込められているからおいしいんだよv …ありがとう、
カール」
「サラ……」
二人は互いの瞳をじっと見つめ合うと、口づけをしようと顔を近づけていった。
が、途中でふと傍にある植え込みにキラリと光る物体を発見し、二人は顔を見合わせると、そ
の光った物体を近くから見てみる事にした。
……何と植え込みにあった物体とは隠しカメラであった。
サラは瞬時にステア達の仕業しわざだと気付いたが、カメラはそのままにして再びケーキを頬張りつ
つ、今夜の事をカールと相談し始めた。
「今夜は二人きりになれる場所へ行きたいなv」
「二人きり……。じゃあ、いつもの所でいいかい?」
「うん、もちろんいいよ」
「……すまない、こんな大事な日まで軍施設にしてしまって……」
「カール、そんな顔しないで。私はあなたと一緒ならどこでも嬉しいわv」
「ありがとう」
カールが感謝の気持ちを込めて礼を言うと、サラは嬉しそうに微笑みケーキを口に運んだ。
そうしてゆっくりとケーキを味わい、お茶の時間を終えると二人はセイバータイガーに乗り込
み、いつもの所……山の中にある軍のロッジへと向かった。
「ここ、私達が完全に私物化しちゃってるねぇ」
「……痛い所を突かないでくれよ、サラ」
「ふふふ、ごめんなさいv」
サラは謝りながらカールの手を取り、体を密着させてロッジ内に入った。
今日はサラに何もしてほしくなかったが、さすがに料理は出来ないので、カールは夕食作りは
彼女に任せ、自分に出来る事を全力で行った。
夕食後の入浴時にも、カールは出来る事をやろうと張り切ったが当然サラに断られ、いつも通
り髪と背中を洗うのみとなった。
少々ショックではあったが、カールは一生懸命サラの髪と背中を洗い、いやらしい事は一切せ
ずに入浴を終え浴室を後にした。
「ねぇ、カール」
「うん?」
「今日最後の我儘、聞いてくれる?」
「ああ、喜んで聞くよ。何をしてほしいんだい?」
「詳しい事は寝室へ行ってから話すわ、楽しみにしててv」
サラはカールの手を引っ張り、軽い足取りで上官用の個室へ向かった。
最後の我儘とは一体何なのかとカールが様子を見ていると、サラはベッドへ飛び込んでいき、
彼を笑顔で呼び寄せた。
「……で、最後の我儘って?」
「準備があるから待って」
「準備…?」
キョトンとしているカールの目の前で、サラはいそいそと服を脱ぎ、白い肌をあらわにさせた。
思わずカールが生唾なまつばを飲み込むと、サラは彼の両手に包まれる所まで移動し、非常にかわい
らしい笑みを浮かべてみせた。
「抱いてv お願い、カールvv」
「……………それが最後の我儘?」
「うん、そう。………ダメ?」
「いや、頼まれなくても抱くつもりだったけど………君がそんな事を言うなんて意外だな」
「私だって、たまにはそういう気分になる日があるんだもん。あなたからしないなら、私からしち
ゃうよ」
そう言うなりサラはカールの口を塞ぎに行き、そのまま彼をベッドへ押し倒した。
しかしサラからの攻撃はそこまでで、二人は抱き合ったままじっと見つめ合った。
「今日は本当にありがとう。ケーキ、すごくおいしかったよv」
「どういたしまして。でも最後の我儘を聞いて、君にはもっと喜んでもらいたい」
「ふふふv じゃあ、もっと喜ばせてvv」
サラが子猫の様に身をり寄せると、カールは素早く位置を入れ替え、彼女に覆い被さる形
で愛撫を開始した。
「あん…………カール、もう一つ我儘が……あったわ…」
「何だい?」
「ちゃんと……手加減してね……」
「それは聞けない我儘だな」
「……どうして?」
「『抱いて』っていう我儘を聞く為には、手加減なんてする訳にはいかない。手加減しない方が
君をもっともっと喜ばせる事が可能だからね」
カールはわざとサラの耳元でささやく様に言い、彼女が抗議を始める前に愛撫を再開した。
結局、最後の最後で聞いてもらえない我儘が出現してしまったが、サラは一切抵抗せずにカ
ールに身を任せ、二人はバレンタインデーの日と同様に熱々の夜を過ごしたのだった。





●あとがき●
時期合わせ第二弾!
ホワイトデーのお話、如何でしたでしょうか?
お話を考え始めた当初から、カール頑張るぞ!な内容にしようと思っていたので、その通りの
出来栄えに仕上がり嬉しい限りですv
しかし頑張りと同時に大変さもよくわかるお話になりました。
カールの給料がどのくらいなのか正確にはわかりませんが、凄まじい数のお返しを贈ってい
ると考えられますし、次の給料日まで貧乏軍人になっているでしょう(笑)
でも本命だけはちゃんと特別扱いv 男性が料理するのってかわいいと思いますv
しかもあんなに一生懸命になってくれるなんて……もう言う事はありませんvv
ちなみに練習用の材料費はタダでしたが、本番用の材料費はきっちり負担しました。
さすが、カールv 抜け目ない人ですvv
それにしても、料理の本って表現がわかり辛いですよね。
ケーキだと『もったり』とか『さっくり』とか、どれも中途半端な表現で困ります。
私も今は人並みに焼ける様になりましたが、最初の頃は頭に常に「?」が浮いていました。
カールと同じ状況……しかし彼は頑張りました! 愛する女性の為にv
ラブラブなテーマで本当に書きやすいお話でした。
バレンタインデー・ホワイトデーのお話はもう書かないと思いますが、誕生日のお話と同じく、
毎年こんな風に過ごしているのだと思って頂ければ嬉しいですv