「Change our minds! 〜前編〜」


ある朝、目が覚めると隣に自分が眠っていた。
(……? ……こんな所に鏡なんてあったっけ…?)
第一装甲師団の基地内にある自室にて、カールは朝早くから訳のわからない状況に陥ってい
た。
ベッド上に鏡があるはずもないのに、目の前には自分が横たわっている。
しかも起きているはずなのに、目の前の自分はスヤスヤと眠ったまま。
カールはしばらく悩んだが、結局夢だろうとの結論に落ち着き、きちんと目覚める為にもう一度
眠る事にした。
するとその時、見覚えのある青髪が視界に入った。
思わずカールは青髪に手を伸ばすと、その先にいる持ち主を捜し始めた。
朝からいちゃつこうと思っての事だったが、自らの手が捜し当てたのは自分であった。
(な……に………?)
カールは自分の肩にかかっている美しい青髪を撫で、それがどこから伸びているのかを確認
し呆然となった。
いつの間に自分はサラと同じ青髪になったのだろうか…?
それに長さもサラと同じ程までになっている。
どう考えてもおかしい、夢としか考えられない。
カールは慌てて目を閉じ、必死に眠ろうとしたが逆に眠気が失せてしまい、すぐに目を開くと
隣に眠っているもう一人の自分を見つめた。
やがてもう一人の自分が目を覚まし、カールの視線に気づくとキョトンと首を傾げた。
「あれ? こんな所に鏡なんてあったっけ?」
もう一人の自分も、先程カールが思った事と同じ事を思いつぶやいた。
が、呟いたと同時に慌てて口を押さえ、自分の体をまじまじと観察し始めた。
そうしてカールと再び視線を合わせると、何を納得したのか両手をぽんと鳴らした。
「私、カールになっちゃった」
「………は?」
もう一人の自分が女言葉を使った為、カールは驚きの余り目が点になった。
しかし自分が発した声がサラの声だった事に気づくと、驚いている場合ではないと、急いで自
分の体に目をやった。
一番近くにあったのは、自分がいつも顔をうずめたり手でもてあそんだりしているもの……
何度見ても飽きない、サラの豊満な乳房であった。
「……これは一体どういう事だ…?」
「私が思うに……心と体が入れ替わっちゃったんだと思うよ」
「という事はつまり……俺が君になってて、君が俺になってるって事か?」
「そうよ、呑み込みが早くて助かるわv」
サラが…今は自分の姿になっているサラが女言葉を使うたび、カールは寒気がして全身に鳥肌
が立った。
例え中身がサラであっても、外見は男である自分。
とんでもなく気持ち悪い。
「……サラ、本題に入る前に一つ頼みがある」
「なぁに?」
キラキラした笑顔で聞き返してくるサラ。
サラがサラの顔ならかわいいのだが、今はカールの顔。
カールは寒気を感じつつ、サラと目を合わせずに話し始めた。
「すまないが、元に戻るまでの間女言葉を使わないでくれないか?」
「え……? あ…うん、そうだね。じゃあ、元に戻るまであなたの口調をマネする様に頑張る」
「ありがとう。……で、どうしてこんな事になったのか、まずはそれを考えよう」
「考えるまでもないわ…じゃなくて、考えるまでもない。これはお約束ってヤツだ」
「やはりそうか……。それなら考えるだけ時間の無駄だな。では元に戻る方法だが…」
「それも考えるだけ時間の無駄よ…じゃなくて、無駄だ。自然に元に戻るまで待つしかない」
「う〜む…どう考えても、誰かの思惑通りに事が進んでいる様に思えてならないな……」
「けど、当面の問題は如何いかに皆にバレずに過ごすかって事だと思う。そっちは後回しにしよう」
二人はようやく本題に入る事にしたが、裸のままベッド上で相談というのはダメだろうと、まず
は身支度を整え始めた。
サラはテキパキと実に手際良く軍服を着込み、いつもと違う目線の高さが楽しくて室内をキョ
ロキョロと見回していた。
しかしカールは下着の段階で戸惑ってしまい、悩みに悩んだ末サラに助けを求めた。
「サラ、手伝ってくれないか?」
「手伝うって……脱がせるのは得意なクセに、着るのは下手なんてダメだなぁ」
「……俺が女性用の下着を着けるのが上手かったら、それはそれでダメなんじゃないか?」
「あはは、確かに」
サラはクスクス笑いながら着替えを手伝っていたが、今はカールのものとなっている自分の体
を見ていると、心の奥の方でもやもやした気持ちが沸き起こってきた。
この感覚は一体何なのか…?
これまで一度として感じた事のない感覚。
カールの体だからこそ沸き起こる気持ちなのだろうか…?
「カール……私、変……」
「え……変って何が変なんだい?」
「自分の体なのに…見ているだけで……その……」
「………あ、そ、それは気にしてはいけない事だ。落ち着いて、体ではなく目を見ればいい」
「そっか。うん、そうする」
心は自分でなくとも、体はきちんと反応している。
カールは自分の体の素直さにあきれると同時に、サラに自分がいつも戦っているものがわかっ
てもらえた気がした。
女心は難しいが、男心は単純明快。
愛する女性の体を見て、何も思わない方が変なのだ。
男になる事によって男心を少しでも理解してもらえたら、元に戻った後色々とお得だろう。
サラが心を落ち着かせるのを見計らい、カールは今日の自分のスケジュールを伝え、これか
らどうするのが最良の策か、二人で考え始めた。
「出来れば元に戻るまでの間、問題を起こさずにいたいわね…じゃなくて、いたいな」
「そうだな…。仕方ないから、元に戻るまでどこかに隠れていようか?」
「それが一番いいね。後は何て言って皆を納得させるかだけど……」
「中佐を説得するのは至難のわざだろうな」
「あ、中佐は私に任せてくれれば大丈夫。それよりも問題なのはステア達の方よ…じゃなく
て、方だ。カール、一人で説得出来る?」
カールは必死になって説得を試みている自分の姿を想像し、速攻無理だとの結論に達した。
「俺一人では無理だろうな」
「じゃあ、どちらも二人で力を合わせて突破しましょう」
「ああ、二人で頑張ろう」
「よし! では、出発する前に注意する事があります」
「注意…?」
「私も頑張って男らしく振る舞うから、あなたもなるべく女らしく振る舞ってほしいの…じゃなく
て、ほしいんだ。自分の事は『俺』ではなく『私』。他はいつも通りでも誤魔化ごまかせると思うけど、
俺って言ったら、さすがに皆驚くだろうから」
「う、うん、わかった、努力する」
「そんなに肩に力を入れなくても大丈夫、全部私が何とかするから安心して」
サラが肩を優しくたたくと、カールはほっとすると同時に自分にドキッとした。
これはどう考えてもサラの体の反応。
サラは自分の言動にドキドキしてくれている……
そうわかった瞬間カールは上機嫌になり、軽い足取りで彼女と共に自室を後にした。



「大佐、何故朝からサラさんとご一緒なのですか!?」
サラが基地に来ている事をいち早く察知したらしく、カール達が自室から出た所でヒュースが
ツカツカと駆け寄って来た。
カールは…今はサラの姿になっているカールは、一番厄介やっかいなヤツに最初に出会ってしまったと
苦笑したが、サラは…今はカールの姿になっているサラは、ヒュースに向かって明るく挨拶をし
た。
「おはよう、ヒュース中佐」
「………はぁ!? た、大佐……頭がおかしくなったんじゃないですか?」
「おかしく…? 何言ってるの…じゃなくて、何言ってるんだ、ヒュ……ブラント中佐。私はおか
しくなどなっていない」
何度も言い直しをしていては、誰でもおかしいと感じるだろう。
サラは内心動揺しつつも、カールお得意のポーカーフェイスを駆使し、その場を何とか取りつくろ
た。
「……で、どうしてサラさんが大佐の部屋から出て来たのか、それを説明して頂きたい」
「説明も何も、彼女が自分で遊びに来たんだ」
「……本当ですか、サラさん?」
今まで一度も見せた事のない表情で尋ねるヒュースに、カールは悪寒を感じながら深く頷い
てみせた。
「彼女……彼の言う通りだ、中佐」
「サ、サラさん!? どうなさったんですか!?」
「……? 何を驚いているんだ、中佐?」
「大佐のマネなんて悪趣味な事はしないで下さい! サラさんらしくないですよ!」
「悪趣味、だと? 中佐、貴様……」
カールが怒りで我を忘れそうになった瞬間、すかさずサラが二人の間に割り込み、非常ににこ
にこした笑顔で話し出した。
「彼女は私との賭に負けてしまってね。罰ゲームとして、今日一日私のマネをする事になった
んだ」
「賭…? そうなんですか、サラさん?」
「あ、ああ、そうだ」
瞬時に素晴らしい言い訳を思い付くとは、さすがサラ。
これならいつもの口調でも変に思われる事はない。
カールが心の中でほっと胸を撫で下ろしていると、ヒュースがすぐ傍までやって来て、コソコソと
話し始めた。
「大変でしたね、サラさん」
「何が大変なんだ?」
「どうせ大佐がイカサマしたに決まってます。これからはお気を付け下さい」
「………彼はイカサマをする様な人ではない、失礼な事を言うな」
「あなたは大佐を信用しすぎです。あの人の本性を知ったら、きっとビックリしますよ」
「彼の事はお前よりも私の方がよく知っている。お前の方こそ彼を信用しなさすぎじゃない
か?」
「サラさん……あなたは何て純真な人なんだ…。そんな所があなたの魅力の一つなのは認め
ますが、いつもそんな風だから大佐がつけ上がってしまうんですよ」
何を言っても、ヒュースはまともに聞き入れない。
そう悟ったカールは、それならとヒュースを徹底的にだます事にした。
折角せっかくサラの姿になっているのだ、この機会を有効に使わない手はない。
「中佐、前から言いたかった事があるんだが…」
「何ですか?」
「私とサ……カールの邪魔をしないでほしいんだ」
「あはは、何を言い出すんですか。私は一度も邪魔をした覚えはありませんよ」
「いいや、邪魔をしている。今もそうだ。今後私達のラブラブな時間を奪う様な事は一切する
な、わかったな?」
「ラ、ラブラブ…? サラさん、ご冗談を……」
「冗談ではない。なぁ、サ……カール?」
カールが突然話を振ったので、完全に傍観者となっていたサラは目を丸くし、急いで状況を把
握すると、深く頷いてみせた。
「そうなんだ、私とカ……サラはラブラブなんだよ」
「う、嘘だ……! 嘘に決まっている…!!」
ヒュースは二人の言う事に全く聞く耳を持たず、サラの言動がおかしいのはカールが元凶に
なっていると勝手に思い込み、彼をキッとにらみ付けた。
ヒュースの鋭い視線にひるみつつ、サラはカールと目で会話し合った。
(余計にややこしくしてどうするのよ〜!)
(中佐が悪いんだ、俺の事を悪者扱いするから)
(今はそんな事にこだわっている場合じゃないでしょ!)
サラはこのままでは簡単に事が済みそうにないと判断し、強引に話を進めてしまおうと早口で
話し出した。
「中佐、突然で悪いんだが、しばらくの間師団長代行をお願いしたい。私とカ……サラにはどう
しても今日中に行かなくてはならない所があるんだ。だが、心配はいらない。二、三日後には
戻るから、皆にも心配するなと伝えてくれ。あ、もし私のサインが必要な書類があったら、執務
室の机に置いておいてくれ。後で必ず目を通すから。では、私達はそろそろ失礼させてもら
う。さぁ行こう、サラ」
サラはカールの手を引っ張り、後ろを見ずに廊下を突き進んだ。
一人ポツンと残されてしまったヒュースは、カールがあんなに早口で話すとは思わなかったら
しく、二人を追う事も忘れ呆然とたたずんでいた。



「ふぅ、何とか第一関門突破出来たね」
「ああ。少々強引すぎた様な気もするが、中佐には良い薬になっただろう」
カールとサラは整備兵達が見守る中セイバータイガーに乗り込んだが、どちらが操縦するかで
動きを止めた。
カールが操縦するとなると今はサラの体なので、カールの体であるサラの居場所が無くなる。
という事は、必然的にサラが操縦する事になるのだが、自分の膝の上に座るというのはどうに
も妙な感覚だ。
カールは恐る恐る自分の…今はサラの首に手を回し、後は彼女に全て任せる事にした。
「よし、しゅっぱ〜つ♪」
サラは妙に嬉しそうな顔でセイバータイガーを発進させ、帝国国立研究所に向けて出発した
が、彼女の操縦の仕方は予想以上に大胆であった。
セイバータイガーの機動性の高さを確認したいのか、サラは意気揚々とスピードを上げ、必要
以上に蛇行だこう運転を続けた。
シートベルト無しのカールは当然振り回される事になり、必死にサラにしがみついていた。
「サ、サラ! 無茶な操縦はしないでくれ!」
「無茶じゃないって。あなたの体に染み付いた操縦テクで、何でも出来ちゃうからv」
「そういう事を言っているんじゃない! 少しは俺の事を考えて操縦してくれ、危ないから!」
「あ………ご、ごめん…」
サラは高揚した気持ちを瞬時に落ち着かせると、一旦セイバータイガーを停止させ、カールに
素直に謝った。
そんなに素直に謝られると、逆に怒った自分が悪い様な気分になり、カールはこれまでサラに
も同じ思いを味あわせていたのかもしれないと感じた。
サラが相手だと、カールは躊躇ためらう事なく素直に謝る。
しかし謝った後のサラのバツが悪そうな顔を思い出すと、素直すぎるのも時にはダメな事もあ
るとわかった。
カールはサラがいつも自分にしてくれている様に、シュンとなっている彼女を元気付けようと、
優しく頬を撫でた。
「すまない、きつく言いすぎた様だ」
「ううん、きつくは言ってないよ。ただ…私に言われると体がビックリしちゃったっていうか…」
「そ、それって……俺の体が反応したって事か…?」
「う〜ん、どうなのかなぁ…よくわからないなぁ…。ま、そんな事より…カール、ちょっといい?」
「何?」
「そのままじっとしてて」
そう言いながらサラがゆっくりと顔を近づけてきた為、カールはつい受け入れそうになったが、
よく考えると自分とする事になるのだと気づき、慌てて顔を引き離した。
「カール、どうして逃げるの?」
「よく考えろ、サラ。自分とする事になるんだぞ? 気持ち悪いと思わないか?」
「確かに気持ち悪いけど……その…そういう風に思う以前の問題で、無性にあなたの唇を奪
いたいって気持ちになっちゃって……」
「………。……そ、それなら仕方ないな。じゃあ一回だけ……」
カールは自分と口づけをするなんて妙な気分だと思いつつ、サラと唇を重ねた。
が、重ねてみると思ったより気持ち悪さは感じず逆に嬉しさが沸き起こり、サラの背中にしっ
かりと手を伸ばし抱きついた。
すると、サラまで本気になってしまったのか、突然彼女の方から舌を入れ、カールの舌に優し
く絡ませ始めた。
カールは驚いて目を見開いたが、抵抗はせずにサラとの濃厚な口づけを続けた。
「……君から入れてくれるなんて思わなかったよ」
「自分でもビックリしてる。どうして出来たのかなぁ? やっぱりあなたの体だからかなぁ?」
「俺の体は野獣か…?」
「あはは、なかなか的をた表現だよ、ソレ」
「……………」
自分の体の事は自分が一番よく知っている。
カールは一言も否定出来ずにサラから目をらし、前方を見据えてだんまりを決め込んだ。
サラは小さく肩をすくめると、黙ってセイバータイガーを再発進させた。



そうして会話が無いまま数時間セイバータイガーを走らせ、目前に国立研究所の建物が見え
てくると、サラは速度を落としつつカールに話し掛けた。
「カール、研究所に着いたらなるべく話さない様にして」
「……余計に怪しまれるんじゃないのか?」
「あなたが話すと余計に怪しまれると思うの…じゃなくて、思うんだ。だから私の話に相槌あいづちを打
つ程度にしてくれ、後は全て私に任せてくれたら大丈夫だから」
「わかった、任せる」
「了解、お任せあれv」
本人は気を付けているつもりなのだろうが、時々無意識に女言葉に戻ってしまう。
今回はさすがにサラに全てを任せて安心、という気持ちにはなれなかった。
何とか自分も役に立てる様に頑張ろうと決意しつつ、カールはサラと共に国立研究所へ足を
踏み入れた。
「あらぁ、今日は大佐と一緒に朝帰りですか?」
「いや〜んもぉ〜v 博士ったらお・と・なvv」
「いや、褒めてもらう程の事ではないよ」
サラが満面の笑みを浮かべて答えると、ステアとナズナはギョッとなり彼女を見上げた。
そう、今はカールの姿になっているサラを。
本当はサラがいつも通り笑顔で答えているのだが、今はカールが不気味な程の笑顔で答え
たと常人には見える。
ステア達は数歩後退あとずさり、カールとサラを交互に見ながらコソコソと相談を始めた。
このままではまずいとカールは必死に笑顔を作り、ステアとナズナに話し掛けた。
「折り入って二人に頼みたい事があるんだが、聞いてもらえるかな?」
「ど、どど、ど〜したんですか!?」
「……? どうしたって何が?」
「博士、熱でもあるんですか? 口調が大佐になっちゃってますよ?」
ナズナに指摘されてカールはしまったと手で口を押さえ、恐る恐る隣にいるサラを見上げた。
サラはしら〜っとした目でカールを見下ろし、やれやれと大袈裟おおげさに肩をすくめてから、実に爽や
かな笑みを浮かべた。
「彼女は私との賭に負けてしまってね、罰ゲームとして今日一日私のマネをする事になったん
だ」
「へぇ、賭ですか。博士が負けるなんて意外ですねぇ。でも勝ったのなら、どうしてもっと自分が
得になる罰ゲームにしなかったんですか、大佐?」
「得になる…?」
「そうです。例えば一日大佐の言いなりにするとかぁ、一日裸でいてもらうとかv」
「それは良い案だ、今度採用するとしよう」
「は……!? な、何言ってるんですか、博士!?」
思わず話に割り込み、ステア達にギョッと驚かれてから、カールは再びしまったと手で口を押さ
えた。
しかし時既に遅く、ステアとナズナから疑惑の視線が注がれた。
カールが内心あたふたしていると、すかさずサラが助け船を出した。
「さすがだね、サラ。俺の気持ちを代弁してくれるなんて思わなかったよ。そこまでマネしても
らうと、何だかこっちが悪い様な気になるな」
「あ……あははは、そ、そうだね。そこまでマネする必要はなかった……わ…ね」
カールの演技が余りにも下手だった為、サラは彼とステア達の間にわざと入り込み、ヒュース
の時同様ペラペラと早口で話し出した。
「いきなりで悪いんだが、今からサラと二人で出掛けなくてはならないんだ。二、三日は帰れ
ないと思うから、その間の事は君達に全て任せる。だが、サラがいないからといって仕事はサ
ボらない様に。それと食事は出来合いのものではなく、なるべく自分達で作る様にしてくれ。
食材は豊富にあるから買いに行く必要はない。後は研究室の清掃の事だが、面倒臭がらず
に毎日やる様に、以上! では、我々は出掛ける準備があるので失礼させてもらう」
普段無口なカールが早口で話したという驚きは効果覿面てきめん
ステアとナズナはポカンとなって固まり、その間にサラはカールを連れて自室へ向かった。
そして急いで旅行カバンに自分の服とカールの服を詰め始め、手を動かしながら長いため息
をついた。
「話さないでって言ったのに……本当に余計に怪しまれちゃったわ」
「ご、ごめん……俺なりに頑張ろうとしたんだが…やはり無理だった……」
「誰にだって得手不得手はあるものだ」
「え…?」
「前にあなたが言った言葉だよ。あなたにも得手不得手があるんだから、無理に頑張る必要
は無いわ。あなたが不得手な部分は私が補うから、私が不得手な部分はあなたが補って、
ね?」
「…ありがとう、サラ。そう言ってもらえると俺も助かるけど……女言葉で言われると嬉しさが
半減してしまうな」
「あ……すっかり忘れてたわ…じゃなくて、忘れてた。ごめん、これからは気を付ける」
「すまない、我儘わがままばかり言って……」
「ふふふ、謝らなくてもいいって。今回のは我儘とは言えないから」
「う、うん…。だが、一つだけ聞いてほしい我儘があるんだ」
「何?」
カールはサラが用意している荷物をチラリと横目で見、頭を押さえながら話を切り出した。
「出来ればスカートではなく、ズボンを穿きたいんだ。用意してくれないか?」
基地でサラの服に着替えてから、カールはずっと妙な感覚を味わっていた。
足下がス〜ス〜する……
サラの体の方は初めてではない感覚だろうが、カールの心の方はもちろん初めてである。
ミニスカートではなかった事だけが唯一の救い。
しかし足下が無防備というのは、男からしてみれば不安で不安で仕方ない。
よくこんなものを平気で穿けるなと女性に感心しつつ、カールはサラがズボンを手渡してくれる
のを待った。
が、どんなに待っても彼女は何も手渡してはくれなかった。
「サラ…?」
「スカートなんて慣れれば大丈夫、そのままで行こう」
「いや、絶対慣れないと思うぞ?」
「カール、お願いだからスカートで行って。ズボンって聞いた瞬間、あなたの体がガッカリして
たから」
「ガッカリ…? そうか、ガッカリしたのか…。相変わらず素直すぎる体だな……」
「自分の体に文句を言ってはいけません。さて準備は出来たし、出発するとしますか」
「ああ、早く誰もいない所へ行こう」
「その言葉、体が勘違いして解釈しそうなんだけど?」
「………こ、細かい事は気にするな。さぁ、出発しよう」
カールはサラを先導して歩き出したが、正面玄関まで後少しという所でステアとナズナに行く
手をはばまれた。
表情から察するに、もうサラの早口は効きそうにないと思われた。
「やっぱり二人共おかしいですよ?」
「私達に何か隠してるんじゃないですか?」
二人に怖い顔で詰め寄られ、カールはどう誤魔化そうかと思案し始めたが、そんな彼にサラ
はいきなり持っていた荷物を手渡した。
その行動の真意が理解出来ずにカールがポカンとしていると、サラは満面の笑顔で彼を抱き
上げ走り出した。
「じゃ、後はよろしく!」
ステアとナズナの間を見事にり抜け、サラはセイバータイガーの元まで全力疾走で向かっ
た。
まさか『お姫様抱っこ』で連れ去られるとは思ってもいなかったので、カールはステア達に見
せていた張り付いた笑顔のまま体を硬直させていた。
ハッキリ言って居心地は良い。
恐らくサラの体の感想だろう。
とは言え、カールは男としてちょっぴりショックを受けたのだった。
「無事第二関門突破。後はどこへ行くかだけど……」
「いつも行ってる軍のロッジへ行こう。あそこなら誰もいないし、近くに町もない。元に戻るまで
誰とも会わなくて済む」
「そうだね。じゃ、ロッジに向けてしゅっぱ〜つ!」
とりあえず二人だけになれれば一安心。
……のはずだったが、その日の夜カールはとんでもない体験をする事になるのだ。
今は自分の姿になっている愛する女性ひとの手によって……





●あとがき●
同人誌などでお馴染みのシチュエーションに再び挑戦!
た、楽しい……楽しすぎる………
皆さん、想像してみて下さい。
カールの凛々しい顔+上田氏の声で女言葉!!
中身がサラだとわかっていても非常に笑えます。
余りにも楽しかったせいか、前編後編に分かれてしまいました(笑)
前編は何とか抑え気味に進行しましたが、後編は更におかしな展開に発展しますので、気を
付けてお読み下さいませv