「運命という名の 出会い」
ケルン町にて慎ましやかに行われたアルフォンスの葬儀。 サラは母の時とは打って変わり毅然とした態度、父と同じ様に笑顔で参列者と接していた。 あの日の父の気持ちがわかった様な気がして少々悲しくもあったが、もう人前では涙は見せ まいと、サラは心の中で歯を食いしばり続けた。 アルフォンスの葬儀には予想以上の参列者が集い、彼の人望の厚さを伺う事が出来た。 父がどれだけ素晴らしい人物であったかを改めて感じながら、サラはこれからの為に初顔合 わせの人達との会話を重点的に行っていた。 「サラ殿」 参列者との挨拶が一段落した頃、気を遣ってくれたのか最後にホマレフが姿を現した。 アルフォンスの親友であるホマレフは、サラにとっても心許せる人。 サラは他の者に見せていた笑顔より幾分明るい笑顔を見せ、ホマレフの元へ駆けて行った。 「ホマレフおじ様、お久し振りです」 「サラ殿……大丈夫ですか?」 「ふふふ、おじ様までそんな事言わないで下さいな。私は大丈夫ですよ」 「…そうですか、安心しました。……今日こんな事を言うのは気が引けますが、これから国立 研究所をどうするおつもりですか?」 「私に父の代わりが務まるかどうかはわかりませんが、これまで通り研究を続けていきたいと 思っています」 「では、あなたが研究所の代表に…?」 「はい」 サラの真っ直ぐで真剣な瞳を一目見ただけで、ホマレフは彼女の思いを察し、深く頷いてみせ た。 「あなたのお気持ちはわかりました。私も出来る限りお手伝いをしたいと考えています、いつ でも声をお掛け下さい」 「はい、ありがとうございます」 アルフォンスの代わりに研究所の代表を務める事は、想像以上に大変だろう。 しかし、国立研究所は父が最期まで守り続けてくれた自分の居場所。 どんな事をしてでも守り抜こうと、サラは気持ちを新たにするのだった。 * 「クローゼ博士、今夜一緒に食事に行かないかい?」 「残念だけど、今夜は無理だわ」 「いつもそう言って断り続けてるね、君は」 「そうかしら?」 巨大な柱であったアルフォンスを失った事により、これまで遠慮がちだった男性研究員がサラ に頻繁に言い寄ってくる様になった。 今はそういう事にうつつを抜かしている場合ではないと、サラはいつも断り続けていたが、以 前から彼女を狙っていた研究員達は、ここぞとばかりにしつこく誘いを掛けていた。 「私は君の事を心配しているんだ、辛い時は人に甘えた方がいい。何なら私が一晩中話を聞 いてあげるよ」 「その気持ちだけ、有難く受け取っておくわ」 優しい言葉の裏に、邪な気持ちが見え隠れしている。 強引な手段を使ってものにしようとするまではいかないが、彼らの誘い文句は日に日に脅し 紛いの表現が入る様になっていった。 そんな日々が数日続いたある日、サラの元へ男性研究員が勢揃いした。 いつもは個人的に接触を図ってきた彼らが団体で、一体どういうつもりだろうとサラは研究員 達の話に静かに耳を傾けた。 研究員達は不自然な程神妙な面持ちで話し続け、彼らの話を聞き終えたサラの心は、驚きと 怒りでいっぱいになった。 男性研究員全員が今日限りで国立研究所を辞める、という話だったのだ。 数日前までは共に頑張ろうと言っていた者達の突然の辞職願い。 守ろうとしていたものが少しずつ壊れていく様な気がした。 「…ここを辞めてどうするつもりなの? 他に行くアテはないのでしょう?」 「それがそうでもないんですよ、クローゼ博士」 「他に行くアテがある、と?」 「もちろんです、そうでなければ辞めたりはしませんよ」 「……そう、わかったわ。今までご苦労様でした、皆さん」 驚きも怒りも悲しみも全て抑え込み、サラは笑顔で辞めていく者達を送り出した。 研究は一人でも出来る。 それにステアやナズナ、女性研究員達は全員自分について来てくれる。 サラはすんなりと気持ちを切り替えたが、その日の夜研究所を辞めた者達の再就職先を何気 なく調べていると、驚愕の事実を目の当たりにした。 国立研究所を辞めた研究員達の再就職先は、最近建設されたばかりの研究所…帝国軍元帥 プロイツェンが創設した研究所であった。 これは引き抜き以外に考えられない。 国立研究所に勤めていた者達は、皆優秀な科学者ばかり。 手早く有能な人材を手に入れるには、引き抜きが最良の手段であろう。 だが、頭では納得出来ても心では納得出来なかった。 父が作り上げたものを守り切れなかった…… その悲しみは計り知れないものであった。 * 父を亡くし、研究員まで失ったサラだったが、ステア達の励ましのお陰で何とか悲しみを乗り 越え、毎日賑やかに研究に勤しんでいた。 しかし精神的ダメージが大きかった為か、サラは無茶な事を度々する様になり、いつもステア 達が必死に止めていた。 ダメだとわかっているのに、生来の猪突猛進な性格が災いしトラブルを起こす事もあったが、 それでも無意識に力にセーブが掛かるらしく、重大な問題にまでは発展しなかった。 そうして危うい状態ではあったが、何とか研究所に活気が戻った頃、サラはあるものを手に入 れる為、一人で軍の基地へと足を運んだ。 以前は軍と共同で発掘を行う事が多かったので何とも思わなかったが、軍人であるプロイツェ ンが力を持ち始めた頃から、サラは軍人の事を見下す様になっていた。 終始上辺だけの笑顔で兵士達と接し、たくさんの笑顔に出迎えられても、心から微笑む事は 一切無かった。 数人の兵士達に案内をお願いし、基地内の資料室へとやって来たサラは、資料を管理してい る兵士に自分が欲しているものを伝えた。 サラが手に入れようとしているものとは、ある砂漠の地図。 その砂漠内には軍の演習場があるので、詳しい事を知るには軍が作成した地図が一番信憑 性が高い。 よってサラは上手く地図を手に入れようと、兵士に返事をする隙を与えない様に話し続け、結 局応対した兵士は砂漠の地図を彼女に手渡した。 実はその兵士はサラのファンだった為、すんなりと地図を渡したのだが、当の本人はその事に 全く気づいていなかった。 「ど、どうぞ」 「ありがとう」 相変わらず上辺だけの笑みを浮かべ、サラは兵士に礼を言うと、クルリとドアの方へ振り返っ た。 するとその時、この世のものとは思えない程美しいものがサラの目に飛び込んできた。 (なんて…綺麗な瞳……) 資料室のドアの前に呆然と立ち尽くしている一人の軍人。 彼の透き通る様な碧色の瞳に、サラは一瞬で心奪われていた。 が、再び一瞬で我に帰り、碧眼軍人の階級章に目をやった。 どうやら彼は少佐らしい。 恐らくこの基地の責任者と思われたが、自分とさほど年が変わらない程の若すぎる容姿にサ ラは内心驚きつつ、手に入れた地図を握り締め深く頭を下げた。 一応きちんと挨拶をと思ったのだが、頭を上げてみると、碧眼の少佐は何の反応も示さなかっ た。 サラは首を傾げながらもう一度軽く会釈し、彼の横を通り過ぎて資料室を後にした。 そうしてしばらく廊下を突き進んだ後、サラはふとある事に気づいて歩みを止めた。 先程まで上辺だけだったはずの笑顔が、いつの間にか心からの笑顔に変わっていたのだ。 サラは慌てて来た道の方を向くと、碧色の瞳を思い出し胸に訳のわからない痛みを感じた。 父や母の笑顔を見た時に感じていた感覚と多少似ているが、痛みまで感じたのは生まれて 初めてだった。 しかし不快な痛みではない。 どちらかと言えば心地良い痛み。 自分は変な病気に掛かってしまったのかもしれない… そう思ったサラは後で健康診断を受けに行こうと決め、急いで国立研究所への帰路に就い た。 基地にて地図を手に入れてから数日後、サラはステア達助手の面々を引き連れ、帝国南部に ある砂漠へ向かった。 知り合いの情報屋の話によると、その砂漠内に古代ゾイド人の遺跡があるらしい。 だからこそサラ自ら基地へ赴き、砂漠の地図を手に入れてきたのだ。 サラ達は砂漠に一週間程滞在し、遺跡の正確な位置などの下調べをして研究所へ戻ると、 発掘の為の機材を発注し準備に取り掛かった。 今度の発掘は砂に埋もれた遺跡。 いつもよりたくさんの機材が必要だと予想された為、全ての準備が整うまでに二ヶ月の時間を 要した。 そうして準備が完了し、サラが地図を見ながら活動の拠点となる場所を検討していると、ステ アとナズナが嬉しそうに彼女の元へやって来た。 「博士ぇ、折角近くに演習場があるんですから、そこでお世話になりましょうよ〜」 「そうそう、ついでにお手伝いも頼んじゃいましょうよ〜」 「あなた達ねぇ…、軍の施設に入るにはそれ相応の手続きが必要なの。そんな面倒な事、い ちいちやってられないわ」 「大丈夫ですよv 博士なら手続き無しで一発OKですvv」 「その自信はどこから来るものなのかしら?」 「博士の方こそ自信が無さすぎですよ、いつもは強引にでも事を進めるクセに」 「うん、まぁ、そうなんだけどね。今回も強引に行くしかないかな……。今この演習場を使用し ている部隊っているの?」 「はい! 今は第四陸戦部隊の方々が駐留しているらしいですv」 「そう、じゃあ何とか言いくるめて……」 サラは始めは何とも思わずに話を進めていたが、途中で少々違和感を感じ、ステア達をじっと 見つめた。 「二人共、随分軍の事に詳しいわね」 「え……そ、そんな事ないですよ。ねぇ、ナズナ?」 「そ、そうですよ。今回の発掘にあたって調査をしている内に知っただけです」 「ふ〜ん、それならいいんだけど」 どう考えても不自然極まりない態度であったが、サラは敢えて追求する程の事ではないと判 断し、今週中に出発出来る様にと食材などの最終準備を始めた。 そして三日後、サラ達は数台のトラックにたくさんの機材を乗せ、南方の砂漠にある帝国軍の 演習場へ向け出発した。 国立研究所から数日掛け演習場へとやって来たサラ達は、突然の訪問者に驚いて集まって 来た兵士達に見守られながら、トラックから機材をテキパキと下ろし始めた。 送り迎えには業者の人を雇っている為、男手があるお陰で実に手際良く全ての荷物を下ろし 終え、続けてサラ達の当面の居住場所となる巨大なテントを建てると、その日の内に彼らは 帰って行った。 業者の男性達を見送った後、サラはステア達と手分けして機材の動作具合をチェックしていた が、そんな彼女達の元へ演習場に駐留している部隊の責任者がやって来た。 その時サラは手が離せない作業をしていた為、彼女の代わりにステア達が彼に挨拶しに行っ た。 「あ、あの、シュバルツ少佐ですよね?」 「…ああ、そうだが」 「きゃ〜、やった〜!!」 「やっと本物に会えたね!」 責任者である軍人に挨拶に行ったはずのステア達が歓喜の声をあげたので、サラは何事か と一瞬動きを止めたが、とりあえず今やっている機材の調整を終わらせてからと、しゃがみ込 んだまま作業を続けた。 「…責任者はどちらに?」 「あ、はい、えっと、博士なら…」 ステア達が自分を捜している事に気づくと、サラは動くに動けない為、大声を出して演習場の 責任者を呼んだ。 「もう少しだから待ってて」 気配で責任者と思われる軍人が傍までやって来たとわかり、サラは振り返らずに一声掛けて 急いで機材の調整を終わらせた。 そうしてすっくと立ち上がり、服に付いた埃を払いながら後ろへ振り返った。 「お待たせしちゃってごめんなさい」 サラは目の前に立っている軍人を見上げると、一瞬だが胸に痛みを感じた。 この感覚は前にも一度味わった事がある。 原因はもちろん目の前の軍人。 二ヶ月前地図を貰いに行った基地で出会った、美しい碧色の瞳を持つ人物であった。 軍人の顔などすぐに忘れる、そう思っていたのにサラは彼の事を忘れていなかった。 ここ二ヶ月の間、度々思い出していた碧色の瞳…… 妙な感覚に戸惑いながらも、普通にしなくてはとサラは彼に話し掛けた。 「この間、基地でお会いしましたよね?」 「あ、ああ……」 「やっぱりあの基地の方でしたか。道理で見覚えがあると思いました」 本当はしっかり覚えていた。 しかしサラは未知なる思いに怯えてしまい、如何にも今思い出したかの様な言動でにっこりと 微笑んでみせた。 すると、どういう訳か相手が体を硬直させた為、サラは心配になって彼の顔を覗き込んだ。 「あ、あの…どうされました? ご気分でも悪いのですか?」 サラの問い掛けに碧眼軍人は慌てて首を横に振り、一呼吸置いてから話し始めた。 「…君が責任者だね?」 「はい。ガイロス帝国国立研究所から参りました、サラ・クローゼと申します」 「私は帝国軍第四陸戦部隊少佐、カール・リヒテン・シュバルツ」 「これからしばらくお世話になります。よろしくお願いします」 帝国軍人であるカールとの真なる出会いは、初めての時同様偶然の産物だったが、もしかし たら偶然ではなく必然だったのかもしれない。 砂漠の演習場での生活はアルフォンス達との生活と同等、若しくはそれ以上の喜びを感じら れる毎日であった。 久々に行った大規模な発掘、大勢での食事、カールとの勉強会などなど… 全て今までとは比べものにならない程楽しかった。 もちろんその間、問題が無かった訳ではない。 予想以上に多かった砂による発掘作業の遅れ、第四陸戦部隊の副官であるマルクスの悪 行、そして過労によって高熱を出し倒れてしまった事。 どれも問題であったが、その全てにおいてカールが救いの手を差し伸べてくれた。 自分にとって一番大切な存在であったアルフォンス、そんな父によく似ていたカール。 始めは父に似ているという理由だけで好意を抱いているのだと思っていたが、実際はそうで はなかった。 父に似ているのではない、カールがカールだからこそ好きになったのだ。 そう気づくまでに、随分時間が掛かってしまった。 もしカールが口づけをしなければ、あのまま二人は二度と会う事はなくなっていただろう。 初めての口づけは突然、しかし二度目の口づけは心が通じ合って。 アルフォンスが見つけられると断言してくれた存在、アルフォンスにとってのイリーナの様な存 在。 その大切な存在を父が言っていた通り本当に見つけられたと、サラは幸せに心を躍らせるの だった。 そして過去も現在も変わりなく時は流れ…… 国立研究所の自室にて目を覚ましたサラは、隣に眠っている愛しい男性の寝顔を幸せそうに 眺めていた。 やがて碧色の瞳が開かれ、ゆっくりとサラの方に視線が注がれた。 「おはよう、サラ」 「おはよ……」 「…どうしたんだい?」 「うん、ちょっと……父様と母様の事を思い出しちゃって……」 サラが悲しそうな微妙な笑顔で答えると、カールは何も言わずに彼女の体を両手で包んだ。 カールの温もりは何より安心出来る温もり…そして感情を素直に出しても良い場所…… サラは笑顔のまま涙を零し、そんな彼女の心の雫をカールは優しく拭い続けた。 私はこの人を笑顔にする為に生まれてきたんだ……そして彼は私を笑顔に……… どんな事をしてでも彼の笑顔を守ろう、とサラは決意した。 彼が自分を必要とした時は必ず傍にいよう、そうすれば自分が彼を必要とした時傍にいてくれ る。 愛されるよりも、まず愛する事。 父と母が教えてくれた人を愛する心、その心が着実に開花しつつあると感じられた。 「カール」 「うん?」 「ううん、何でもない。何となく呼んでみただけなの、ごめんなさい」 「いつでも呼んでくれていいよ、俺は何度でも答えるから」 「うん、ありがとう……」 呼べば答えてくれる人がいる。 もう自分は独りではない。 自分が一番大切だと思う人が……自分を一番大切に思ってくれる人が傍にいる。 これからどんな事があっても、二人なら乗り越えられるだろう。 だからこそ愛する人の笑顔を守る、それによって自分も笑顔になれるから。 カール……ずっと一緒に生きていこうね……… 言葉にはしなかったが、サラは心からそう願い微笑んでみせた。 サラの笑顔に込められた願いはカールの心に見事に伝わり、二人は共に生きていこうと言葉 でなく、笑顔だけで以心伝心していた。 『いつも笑顔でいておくれ……』 アルフォンスの言葉を、今まさに実践しているサラとカールであった。 ●あとがき● 「出会い」「再会」サラバージョン、如何でしたでしょうか? 長編の方では常にカール視点でお話が進んでおりましたので、サラ視点はすごく新鮮で書い ていて楽しかったですv カールの方は一目惚れでしたが、サラの方は微妙になりました。 でも気づいていないだけで、きっと一目惚れだったと思いますv 『転』のお話でアルフォンスが「始めは気づかないかもしれないが…」と言っていましたが、彼 はサラが恋愛事に疎い事をよく知っていたから、そう言ったのだと思われます。 さすがお父さんv 本当に気づかない所がサラらしい(笑) カールと同じ現象に見舞われていたにもかかわらず、それを病気だと判断してしまう所が如何 にも学者さんですねv とにもかくにも、サラの過去話は一応これで終わりです。 色々書き足りない部分もありましたが、それは後日短編で書いていく予定です。 カールの笑顔を守る為、サラは今日も笑顔で戦っています。 彼女が人生を歩んでいる時も終える時も終えた後も、カールはずっと傍にいるでしょう。 そんな二人をいつまでも応援したいと思っておりますvv |