「何でも研究部・部員集結!」
今日からサラとの楽しくて、ちょっとドキドキな日々が始まる… カールは朝からそわそわした様子で日課の校内散歩をし、中庭へやって来るとうたた寝はせ ずに、起きたまま夢を見る事にした。 …遠回しな言い方だが、要するに『妄想に耽る』つもりらしい。 目を閉じると何よりも先にサラの笑顔が浮かび、続いて周囲の景色が浮かんでくると、カール は幸せそうににやついた。 するとその時、鼻に何かがツンツンと当たり、鼻がむずむずしてクシャミが出そうになった。 慌ててカールが目を開くと、すぐ傍にサラがくすくす笑いながら座っていた。 彼女の手には近くにある木から取ったと思われる葉っぱが握られている。 どうやらその葉っぱでカールの鼻をくすぐっていた様だ。 愛する女性を思い浮かべながら、その愛する女性が近くまで来ている事に気付かないとは如 何にもカールらしい。 「おはよう」 「あ、お、おはよう、サラ」 「いつもこんなに朝早くからここにいるの?」 「う、うん、日課なんだ」 「へぇ、日課かぁ。確かにここで眠ると気持ち良さそうね、私も試しちゃおうv」 そう言ってサラは芝生の上に寝転がり、本当に気持ち良さそうに大きく伸びをした。 一方、カールは朝から愛する女性と二人っきりになる事が出来、自分は何て運が良いのだろ うと偶然の出会いに感謝していた。 「朝の空気って気持ちいいよねぇ。ここでこうしてると眠っちゃいそう…」 本当に眠ろうとしているのではないかと思わせる程サラの声は徐々に小さくなり、目を閉じて 寝息を立て始めた。 突然の出来事に当然カールは驚き、起こそうか起こすまいか、サラの方をチラチラ見ながら悩 み出した。 「ふふふ」 「……?」 眠っていると思っていたサラが堪えきれなくなった様子で含み笑いをしたので、カールは再び 驚いて彼女の様子を窺った。 サラはパチッと目を開くと勢い良く起き上がり、カールににっこりと微笑みかけた。 「寝たフリをしていたんだけど、全然気付かなかったみたいね」 「え…? ね、寝たフリだったのか!?」 「あんな短時間で眠れる人なんて滅多にいないわよ」 「た、確かにそうだよな。どうして気付かなかったんだろう…?」 「まだちゃんと目が覚めていないのかもしれないね、私もそうだし」 サラは非常にかわいらしい仕草で伸びをすると、見るからに眠そうな表情で空を見上げた。 サラの言葉に引っ掛かりを感じたカールは、何故彼女が早起きをしてまでここに来たのか、と いう疑問で頭の中がいっぱいになった。 ひょっとして………俺に会う為…? そんな事は絶対に無いと否定する自分がいるが、そうだったらいいなと期待に胸を膨らませて いる自分もいる。 ここは本人に聞いて確かめるしかない。 「…サラ、どうしてこんな朝早くにここへ?」 『あなたに会う為v』と言ってくれる事を期待したが、サラの返事は全く予想外のものであった。 「友達と待ち合わせをしているの」 「ま、待ち合わせ…?」 「うん。もうそろそろ来る頃だと思うんだけど…」 大変なショックを受けているカールに一切気付かず、サラは中庭内を見回した。 その時、二人の目の前で突然眩しい程の光が起こり、驚いたサラはその光を起こした犯人に 直ぐさま話し掛けた。 「ムンベイ、どうして写真なんて撮る必要があるのよ?」 「いや〜、レアな写真が撮れそうだったからつい、ね。おっともう一枚v」 ムンベイと呼ばれた女生徒は持っていたカメラでもう一度二人の写真を撮り、満足気に微笑ん でみせた。 サラは呆れた様に肩をすくめると、立ち上がって服に付いた埃を払った。 「…で、頼んでおいた事は大丈夫だった?」 「もちろんよ! 学園一の情報屋・ムンベイ様の実力を侮ってもらっちゃ〜困るわね」 「そっか、さすがね。前もって頼んでおいた甲斐があったわ。ついでと言ってはなんだけど、入 部が決まった人全員に今日の放課後部室へ集まるように伝えてくれる?」 「顔合わせをするのね。了解、私に全てお任せあれv」 「うん、よろしく」 ムンベイは用件を済ませると足早に校舎内に姿を消し、彼女を見送ったサラは今頃思い出し た様にカールの方に振り向いた。 「今日、何でも研究部の入部者に部室へ集まってもらおうと思ってるの。全員に自己紹介をし てもらう予定だから、あなたも出来れば参加してね」 「喜んで参加させてもらうよ。…ところで、さっきの人って中等部の生徒じゃないのかい?」 「うん、そうだよ。あの子はムンベイって言って、昔からのお友達なの。何でも研究部の部員集 めに協力してもらったのよ」 「へぇ……協力、ねぇ…」 カールもムンベイの事は多少知っている。 Zi学園始まって以来の諜報能力に長けた女生徒。 彼女のお陰で助かった者は数多くいるが、迷惑を被った者も同じ数だけいる。 中立であるが故に最初から最後まで損得で動き、今日味方であっても明日は敵かもしれない という、敵に回したら恐ろしい人物だ。 そんなムンベイに部員集めを頼んだという事は、集められた部員達はきっと一癖も二癖もある 者達に違いない。 既に問題のある者・ハーマンが入部している為、カールはサラとの楽しい日々を楽しみにしつ つ、一日中不安を抱え続けていた。 しかし、その不安は見事に的中してしまうのである…… その日の放課後、サラの案内で何でも研究部の部室へとやって来たカールは、部室内にいる 面子を見てガックリと肩を落とした。 わざわざ問題のある者だけを集めたのではないか?と思える程、Zi学園の問題児達が勢揃 いしていたのだ。 まずは初等部の自称ラブラブカップル、ルドルフとメリーアン。 一見何の問題も無い生徒に思えるが、二人のバカップル振りは学園中に広く知られている。 そして中等部三年の面々、バン、フィーネ、レイヴン、リーゼ。 全員が一度は学園内を混乱に陥れた事のある強者強者の問題児達。 続いて中等部五年の二人、ムンベイとアーバイン。 ムンベイについては前述の通り。 アーバインも彼女と同じ様な事を繰り返している自称・敏腕情報屋。 この二人は入学以来ずっと対立し合っているらしいが、何だかんだ言いながら結局は仲が良 く、協力し合う事の方が多いそうだ。 最後は高等部の面々、ハーマン、ミシェール、ステア、ナズナ、オコーネル。 ハーマンはもちろん問題児、とカールは思っているが、実は問題など一度も起こした事が無 い。 強いて特徴を挙げるなら、スポーツは何でも得意だが勉強はからっきしという所。 そのハーマンの幼なじみであるミシェールは、非常に穏やかで大人しい女生徒。 ハーマンとは恋仲の様なそうでもない様な微妙な関係であるが、本人達が照れながらも否定 はしない為、今では周知の仲となっている。 次はステア・ナズナの高等部一年生コンビ。 彼女達とは初対面であったカールは、サラに二人を紹介してもらった。 それによると、ステアとナズナはサラの父、クローゼ博士の研究所へ研修しに行った事があ り、その時からサラとは友達だそうだ。 しかしステア達のサラに対する態度を見る限り、二人にとってサラは友達と言うより、憧れの 存在と言った方が正しい様だ。 高等部最後は一年のオコーネル。 ハーマンとは同じクラブの先輩・後輩の仲だが、突っ走るハーマンの目付役としても知られて いる。 以上、サラとカールを合わせて計十三人。 予定より人数は多くなったが、この十三人が何でも研究部の部員となる様だ。 問題が多いにも程がある部員達…。 折角のサラとの楽しい日々が、彼らによって壊されていく様が目に浮かんだ。 「じゃ、まずは全員に簡単に自己紹介してもらうわね。私は高等部二年のサラ・クローゼ。一 応この何でも研究部の部長を務めさせてもらってます」 サラは本当に簡単に自己紹介すると、部員達を順に指名して自己紹介を促した。 今部室に揃っているのは一部を除いて自己主張の激しい者達ばかりなので、トップバッター のバンを筆頭に、初日から目立とうと言わんばかりに大声で自己紹介を始めた。 <長くなるので、自己紹介シーンはカットします> そうして全員が一通り自己紹介を終えると、如何にもなタイミングで部室に誰かが入って来 た。 「おう、皆揃っている様じゃな」 部室に入って来たのは理工学担当の教員、プライベートな事は全て謎に包まれているという 老人ドクター・ディ。 状況から察するに、どうやら彼が何でも研究部の顧問の様だ。 「ドクター・ディ、丁度良かったわ」 サラは皆の前にドクター・ディを連れて行くと、彼が何でも研究部の顧問である事を伝えた。 その瞬間、ムンベイを始めとする女生徒達は引きつった笑みを浮かべ、男子生徒達は呆れた 様に肩をすくめた。 生徒達の間ではドクター・ディの評判は恐ろしく悪いのだ。 カールも皆と同じ様に肩をすくめつつ、目の前に立っているサラを見つめていたが、彼女のお 尻にこっそり伸びる手に気付くと、思わずその手を掴んで捻っていた。 「は、離さんか、馬鹿者! 腕が折れてしまうわい!」 サラのお尻を触ろうとしていた人物は…周囲の誰もが予想した通りドクター・ディであった。 カールは本気で怒っているとあからさまにわかる程冷たい笑みを浮かべると、ドクター・ディの 腕を更にきつく捻った。 「ドクター・ディ、教員であるあなたが生徒に手を出そうとするなんて…許されない事だと思い ますが?」 「い、いてて、は、離せ! お尻を触るくらいの事は挨拶じゃろうが!」 「どこの世界にお尻を触る事が挨拶になる国があると言うのですか? 詳しく説明して頂きまし ょうか、ドクター・ディ?」 「だ〜! 何だ、このお堅いヤツは!! サラちゃん、何とかしてくれんか〜?」 瞳をウルウルと潤ませ、必死に助けを求めるドクター・ディを見、カールだけでなくその場にい た全員が助ける訳がないと思っていたが、その予想に反してサラはすぐ助けに入った。 「カール、手を離してあげて」 「し、しかし…」 「心配しなくても大丈夫だから、ね?」 サラに説得されるとカールは急に大人しくなり、渋々ではあったがドクター・ディの腕を離した。 途端に元気を取り戻したドクター・ディは、腕をさすりながらサラの背後に隠れ、カールに向か って『あっかんべ〜』をしてみせた。 子供かと思わせる様な幼稚な行動に、カールは怒る気も失せて小さくため息をついた。 「ドクター・ディ、ちょっといいかしら?」 サラは今まで通りの口調でドクター・ディを呼ぶと、急に怖い程の無表情になり、それを見た 者達の心は一瞬で凍り付いた。 ただ一人、カールだけは心の中で『サラの新たな表情発見v』とのん気に思っていた。 「以後、ああいう事は一切禁止にさせて頂きます。それでももし誰かに手を出そうとしたら…そ の時はどうなるか、わかっていらっしゃるでしょう?」 「あ、あ、あぁ、そ、そうじゃったなぁ。じゃ、そういう事でわしは失礼させてもらうぞ。後はサラち ゃんの好きにするといい」 「ありがとうございます、ドクター・ディ」 「な、な〜に、わしゃ大して役に立っとらんよ」 そう言ってドクター・ディは逃げる様に部室から出て行き、彼を見送ったサラは笑顔に戻って皆 の方に振り返った。 「ドクター・ディはこの部室を手に入れる為に協力してもらっただけなの。だから名目上は顧問 でも、私達と一緒に行動はしないから安心して」 サラの言葉を聞いた途端、ムンベイ達女性陣はほっと胸を撫で下ろし、カール達男性陣は安 堵の表情を浮かべた。 サラは皆の反応を見て安心した様に微笑むと、傍にある机の中からカードの様なものを取り 出し、部員達に一枚一枚配って回った。 渡されたものを見てみると、自分の名前と学生ナンバーが記されている。 「今渡したカードは何でも研究部の部員となった証であると共に、この部室へ入る為のカード キーでもあります。無くしたり折ったりしないように気を付けて保管して下さい。万一無くしてし まった場合は再発行するのに時間が掛かるので、しばらくの間部室に立ち入れなくなります」 サラはカードについての説明を終えると、続けてこれからの活動方針を説明し始めた。 他の部と掛け持ちで部員となった者は無理に参加しなくていい事、しかしたまには顔を出して ほしい事。 そして正規の部員となった者は週に一回でいいから部室へ来る事、どうしても無理な時は部 長であるサラに一声掛けてほしい事。 要するに『暇な時に部室へおいで』という事らしい。 これ程までに自由であれば、誰も文句は言うまい。 掛け持ち組のハーマン達はこの方針なら部活を並行して続けられそうだと安心し、正規組の ムンベイ達は束縛の無さに喜んでいた。 こうして何でも研究部の第一回ミーティングが無事終了し、掛け持ち組の部員達とムンベイ、 アーバインはぞろぞろと部室から出て行った。 現在部室に残っているのはサラ、カール、ステア、ナズナの四人。 二人きりになれないのは非常に残念だったが、そんな事は微塵も顔に出さず、カールは笑顔 でサラと一年生コンビの様子を見ていた。 「先ぱ〜い、シュバルツ先輩の事を名前で呼んでいましたよねぇ? ひょっとしてひょっとすると 二人はもう…」 「うん、お友達よ」 サラはナズナが言いかけた言葉を勘違いして受け止め、満面の笑みを浮かべて頷いてみせ た。 ステアとナズナは違うと言いたげな顔でため息をつき、サラでは埒が明かないと標的をカール に変える事にした。 当然ステア達もカールに異常な程の憧れの気持ちを持っているので、妙に頬を赤らめながら 彼の傍へ歩み寄って行った。 「あ、あの……シュバルツ先輩」 「何かな?」 わざとではないのだが、カールが爽やかな笑みを浮かべて返事をすると、ステアとナズナの 心は瞬時に昇天してしまい、ふらっと床に倒れ込んだ。 「だ、大丈夫かい!?」 慌ててカールが駆け寄ろうとすると、二人は彼を直視しない様にしながらビシッと制止を促す 仕草をし、急いで立ち上がった。 「サ、サラ先輩、私達気分が優れないので早退させて頂きます」 「シュバルツ先輩、お話はまた後日聞かせて下さいね」 『では、さようなら!』 ステア達はサラが返事をする前に駆け足で去って行き、部室内はサラとカールの二人だけに なった。 自分が望んでいた事とは言え、いざ二人きりになると、カールは緊張の余り体が硬直してしま った。 そんなカールの目の前で、サラは昨日も書いていた何でも研究部部員ファイルのノートを取り 出し、キラキラとした笑顔で彼に質問を始めた。 「カール、誕生日はいつ?」 「え……十月十七日」 「ふむふむ。じゃあ趣味は?」 「ど、読書と……昼寝かな」 「昼寝? ふふふ、私も昼寝好きよ。気持ちいいものね」 「う、うん、そうだね」 サラの口から『好き』という言葉が出た為、カールは違うと思いつつも照れ笑いを浮かべた。 いつかその言葉を『あなたが』付きで言ってもらえる様に努力しようと、気持ちを新たにするカ ールであった。 「よし、あなたに関するデータは大体揃ったわ。ご協力感謝しますv」 「お、お役に立てて何よりだ。でも部員のデータなんて集めてどうするんだい?」 「皆の事をもっとよく知りたいから集めているの。それに……色々お楽しみもあるしねv」 「お楽しみ…?」 「うん。皆には内緒にしてほしいんだけど、お誕生日会を開こうと思ってるの」 「あぁ、それで誕生日を聞いたのか」 「そうだよv あ〜楽しみだなぁ」 サラは軽い足取りで部員ファイルのノートを本棚に直すと、ハッと何かを思い出した様な仕草 をし、笑顔でカールの顔を見上げた。 「お礼の件、どうしようか?」 「お礼…?」 「昨日言ってたお礼の事だよ。何かしてほしい事ある?」 「う、う〜ん、してほしい事……」 山程あると言いたいのは山々だったが、いきなりあ〜んな事やそ〜んな事を頼んだらサラに 嫌われてしまうかもしれない。 しかし折角の機会を無駄にしてはいけないと、カールは悩みに悩んだ末名案を思い付いた。 二人でどこかへ遊びに行こう、要するに『デート』だ。 この状況なら誘っても変に勘繰られる事はない。 残る問題はどこへ行くかだが、二人きりになってしまう様な所は避けねばならないだろう。 二人きりになってしまったら、話す事もままならなくなるからだ。 やはり最初のデートは近場から、という事でZi学園の近くの町へ買い物に行こうと思い立っ た。 「そうだなぁ…、町へ買い物に付き合ってくれないか? 買いたいものがあるんだ」 「お買い物…?」 もちろん買いたいものなどない。 しかし町へ行ってしまえばこっちのものだ。 買い物の『か』の字も出さない様に気を付け、サラに町を案内してあげよう。 そうして徐々に仲良くなれたら言う事無しである。 サラはカールの提案に少々考え込む様子を見せたが、町へ行ってみたいという好奇心に負 け、笑顔でコクリと頷いた。 「うん、お買い物行きましょ。私この辺詳しくないから、色々案内してもらえると嬉しいなv」 「もちろん案内するよ」 「ふふふ。お礼をするはずが、お礼してもらっているみたいね」 「そ、そんな事ないよ。一日付き合ってもらうんだから、ちゃんとお礼になってる」 「そっか、良かったぁ。じゃあ、いつ行く?」 「今度の日曜日はどうかな?」 「日曜なら暇だし、大丈夫だよ」 「じゃ、日曜の朝出発するとしよう」 「うん、楽しみにしてるねv」 「ああ、俺も……楽しみにしてるよ」 カールは喜びの余り大声を出したい衝動に駆られながらも極力平静を装い続け、部室での幸 せなひとときを満喫していた。 夢にまで見た『部室でサラと二人っきりv』という状況。 このままず〜っとこの状況が続けば良いのだが、そうは問屋がおろさない。 夕食の時間が近づいてくると、その日のクラブ活動は終わりを迎える。 当然サラも空腹を感じ始めた頃に研究資料を片付け始め、カールは彼女を手伝いながらもう 終わりかとガックリ肩を落とした。 するとその時、同じファイルを取ろうとしていた二人の手が偶然重なり合った。 「あ………」 「あ………」 一瞬、二人の周囲だけ時が止まった様に感じた。 カールもサラも重なり合った手をじっと見つめると、思わず頬を赤らめながら同時に互いの顔に 視線を移した。 誰もいない部室内で見つめ合う二人…… 唐突すぎる出来事に戸惑いを隠しきれないカールとサラは、またしても同時に動いて手を離し たが、あからさまに慌てた様子であった為、二人の周囲が妙な空気に包まれてしまった。 カールは自分の激しすぎる鼓動を必死になって抑えつつ、目の前にいるサラの様子をこっそり と窺ってみた。 すると、サラも自分と同じ様に心を落ち着かせようと必死になっているらしく、胸に手をあてて 何度も深呼吸していた。 これはまさか……………脈ありな反応…? しかし、出会ってから二日目でそんな急展開を迎えるとは信じ難い。 そこまで自分の都合の良い様に話が進む訳はないだろう。 そうカールが心の中で自問自答している内に、サラは着々と落ち着きを取り戻していき、笑顔 で机の上のファイルを手に取ると、本棚へ丁寧に直した。 「今日の活動はこれにて終了です。ご苦労様でしたv」 「あ、ああ、君もご苦労様」 サラの手の柔らかさ、そして温かさを感じる事が出来た喜びに打ち震えながら、カールは彼女 と共に部室を後にした。 そうして学生寮に向かって歩き出そうとすると、突然サラがピタッと立ち止まったので、カール もつられて立ち止まった。 「どうしたんだい?」 「図書室へ行ってみようかなって思ったの」 「案内しようか?」 「ううん、大丈夫。場所はキルシェに教えてもらったから」 「でもこの学園内って結構入り組んでいるし、案内は必要だと思うよ」 「う〜ん、あなたにばかり迷惑を掛けるのは悪いし……」 本気で悩んでいるサラを目の当たりにし、カールはあからさますぎて失敗してしまったかもと 思いつつ、彼女の次の言葉を待った。 サラは眉間にシワを寄せてしばらく悩んでいたが、今更他に頼る人はいないと悟り、カールを 見上げてにっこりと微笑んだ。 「何度も迷惑掛けちゃってるけど、お願いしていい?」 「ああ、もちろんだよ」 カールは内心こっそりと胸を撫で下ろしつつ、素晴らしく紳士的にエスコートする形でサラを図 書室へと案内した。 Zi学園にある図書室は図書館と言っても差し支えない程巨大な所で、サラは図書室へ入るな り本の多さに感動して目を輝かせた。 「すっご〜い! こんなに大きな図書室、今まで見た事ないわ」 サラは小声で叫ぶ様に言うと、早速とばかりに本棚へ向かって歩き出そうとしたが、足を踏み 出す前にカールを見上げた。 「案内ありがとう。帰りは一人で大丈夫だから、先に帰ってくれていいよ」 「お、俺借りたい本があるんだ。丁度良いから今探そうかな」 わざとらしいかもと思いながら、カールが図書室に居続ける事を主張すると、サラは全く気付 いた様子もなくコクリと頷いた。 「そっか、あなたも図書室に用事があったんだね。あなたに頼んで正解だったわ」 「う、うん」 「で、あなたはどんな本を探しているの?」 「え……えっと…………き、君はどんな本を探すつもりなんだい?」 「私はねぇ、今まで考古学を専門に研究していたから、新たな分野を開拓しようと思ってるの。 だから色んな本に手を出してみるつもりなんだよ。あ、でも最初は科学関係がいいかな。やっ てみたい研究題材が多いから」 「科学関係の本ならこっちだ」 カールは断りもせずに勝手に案内を始め、サラを先導して歩き出した。 当然の如くサラは内心驚いていたが、親切でしてくれている事だろうと慌ててカールの後を追 った。 やがて『科学』と書かれたプレートが貼られている本棚の元へ到着し、カールはクルリと振り 返ると、嬉しそうにサラに微笑み掛けた。 「ここが一つ目の科学の本棚だ。この列にあと五つ程ある」 「へぇ〜、科学関係の本だけでそんなにあるんだねぇ。これは見て回るだけでも楽しそうv」 サラは軽い足取りで本棚を物色し始め、その様子を呆然と眺めていたカールはハッと重要な 事を思い出すと、慌てて借りる本を取りに行った。 しかし探すつもりは毛頭無いので、何度も借りた事のある本を迷わず手に取り、踵を返してサ ラの傍へ帰った。 その時、サラは既に二冊の分厚い本を小脇に抱え、更にもう一冊取ろうと背伸びをしながら本 棚に手を伸ばしていた。 丁度サラの身長ギリギリの高さにある本だったが、ぎゅうぎゅうに詰め込まれている為になか なか取れそうになかった。 思わずカールが手伝おうと手を伸ばし掛けた瞬間、サラは見事に本を取り出す事に成功した が、勢い良くすっぽ抜けてしまい、思い切り後ろに倒れ込んだ。 「サラ!」 手伝おうとしてサラの背後にいたカールはすかさず彼女を受け止めると、しゃんと立たせて安 心した様に微笑んだ。 「大丈夫かい?」 「う、うん、ありがとう」 サラはドジなところを見せた恥ずかしさで顔を真っ赤にしつつ、カールから急いで離れると落と してしまった本を拾い始め、彼が助ける時に落としたと思われる本も一緒に手に取った。 「はい、これ」 「あ、うん、ありがとう」 「借りたかった本って、その本の事?」 「あ、ああ、そうだよ」 「戦術の勉強をしているんだねぇ。将来はやっぱり軍人になるの?」 「いや、まだ決め兼ねている段階かな」 「そっか。あなたなら素晴らしい軍人になれそうな気がするけど、無理に親と同じ道を行く必要 は無いよね」 サラは余り深くカールの親の事には触れない様にし、三冊の本をよいしょと胸に抱くと、司書 の女性の元へ向かった。 そうしてすんなり借りられると思っていたサラだったが、司書の女性に貸し出しカードの提示を 要求されると表情が固まった。 転校したばかりなので、サラの貸し出しカードはもちろんまだ発行されていない。 サラがどうしようか悩んでいると、カールは自分の貸し出しカードをそっと彼女に差し出した。 「え……?」 「使ってくれていいよ」 「でも……」 「返却期日までに返せばいいだけだから問題ない」 「…ありがとう」 サラは申し訳なさそうな笑みを浮かべると、カールから貸し出しカードと戦術の本を受け取り、 司書の女性の前に置いた。 「はい、どうも。貸し出し期間は二週間です、遅れないように返して下さいね」 司書の女性はカールの貸し出しカードに本の名前を書き、返却期日の日付のスタンプを押し てサラに手渡した。 サラは本と共に貸し出しカードをカールに返すと、にっこりと満面の笑みを浮かべてみせた。 「ありがとう。ちゃんと期日までに返すね」 「うん。じゃ、帰ろうか」 「そうね」 サラはこれと言って何も思わずに歩き出したが、カールは内心『一緒に帰る作戦成功!』と喜 びながら歩いていた。 だがしかし、その喜びを大して噛みしめる事なく、すんなりと学生寮の前までやって来てしまっ た。 「じゃ、また明日」 「あ、あの……」 「ん? なぁに?」 呼び止めても気の利いた事を言えるはずもなく、カールはガッカリしながらも微笑んでみせた。 「また明日」 「うん。あ、でも食堂でまた会えるかもね」 「そうだね」 カールが素直に頷くと、サラは笑顔で小さく手を振り、女子寮内へ入って行った。 カールは淋しそうにサラの後ろ姿を見送ると、足早に自室へ向かって歩き出した。 その日の夕食時、カールはサラに会う事が出来なかった。 そうそう何度も幸運が続く訳はない。 それでも今日は充分すぎる程幸せであったので、カールは終始笑顔で夕食を食べ、見るから に浮かれた様子で学生寮へ帰ったのだった。 ●あとがき● カールが怪しい人物へと着実に変化しています。 とうとうハッキリと「妄想」という言葉まで出て来てしまい、カールの若造さがありありと伺える 展開となってきました。 必死に頑張っているのはわかるのですが、端から見れば不審人物以外の何者でもない。 カールって私の小説では本当に苦労が絶えませんね(笑) 今回は初登場のキャラが多くて説明に少々困りましたが、自己紹介シーンを省く事によって 何とか誤魔化しました。 ファンの方、ごめんなさい。 彼らのお話は後々書く予定ですので、気長に待って頂けると嬉しいですv 次回は初デートのお話。 私も非常に楽しみにしていますが、どういう展開になるのかは定かではありません。 カールがトチ狂わない様に祈るばかりです…って、私が気を付ければいいのですね。 変な方向に話が流れない様に気を付けたいと思います。 |