「出会い」
その日、彼は天使に出会った…… 惑星Ziのエウロペ大陸中央部、そこにはZi学園という巨大な学校があった。 Zi学園はエウロペ大陸唯一の学校で、大陸に住むほぼ全ての子供が通っており、年齢によっ て初等部・中等部・高等部に分かれ、日々勉学に励んでいる。 実家との距離が離れている者は全員学生寮に入居する為、共同生活を余儀なくされるが、そ れも教育の一環として確立されていた。 高等部に通う青年、カール・リヒテン・シュバルツ。彼がこの物語の主人公。 カールは軍人貴族で有名なシュバルツ家の長男で、学園でも一、二を争う程の秀才としてそ の名を知られている。 それに加え、童顔ではあるが整った容姿に、学生達の間での人気は高かった。 そんな彼の朝の日課は校内を散歩する事。 朝早くから広い校内をのんびりと散策し、最後に中庭へやって来てしばらくうたた寝をする。 これをしないと一日が始まらない。 しかし、その日はいつもとは異なる朝であった…… (今日もいい天気だなぁ…) 中庭にある芝生の上に寝転んだカールは、青々とした空を眺めてから目を閉じようとした。 するとその時、青空に黒い点がチラリと見えた。 (何だろう……? 鳥……か…?) カールはうたた寝をするのも忘れ、何とはなしにその黒い点の動きを見守っていたが、徐々に 黒い点が大きくなっている事に気付き、慌てて起き上がった。 しばらく様子を見ていると、黒い点であったものが小型のハングライダーであるとわかり、それ とほぼ同時にハングライダーを操縦している人物の姿がカールの目に飛び込んできた。 (天使…?) 美しい顔立ちに長い青髪、そして透き通る様に白い肌。 カールにはその人物が天使に見えた。 「よ、避けて下さ〜い!!」 「………へ?」 突然青髪の人物に声を掛けられて驚いたカールは、ハングライダーが目の前まで迫っている 事にようやく気付いた。 今の今まで青髪の人物に目を奪われていた様だ。 青髪の人物は必死にカールを避けようとしたが間に合わず、大事故を防ぐ為に咄嗟にハング ライダーから手を離した。 ハングライダーはカールに直撃する事なく再び空へと舞い上がったが、青髪の人物はそうは いかない。 当然、カールの真上に落ちてきた。 「きゃぁっ!!」 「危ない!」 カールは何とか青髪の人物を受け止める事に成功したが、無理な体勢だった為に勢いを止め られず、そのまま一緒に倒れ込んだ。 「う……」 幸い、下は柔らかな芝生だったので大事には至らなかったが、受け止めた衝撃に、一瞬呼吸 が止まった様な気がした。 「だ、大丈夫ですか!?」 青髪の人物は慌てて起き上がり、心配そうにカールの顔を覗き込んだ。 カールは心配ないと微笑んでみせようとしたが、青髪の人物の顔をまじまじと見た途端、今度 は違う理由で呼吸が止まった。 (やはり……天使だ…) カールが思った通り、目の前にいる人物は天使と思わせる程の美しい女性であった。 カールは瞬時に青髪の女性に心奪われ、呆然と彼女を見つめた。 カールが問い掛けに何も返事を返さなかった為、青髪の女性は口がきけない程どこかが痛い のだと勘違いしたらしく、急いで怪我の場所を探し始めた。 「どこが痛いんですか?頭?腕?」 「……………」 「あぁ…どうしよう……。私……転校早々何て事を………」 青髪の女性の潤んだ瞳を見て我に帰ったカールは、今更遅いとは思ったがにっこりと微笑ん で声を掛けた。 「俺は大丈夫」 「え…?」 「どこにも怪我はない。ただ少し息苦しかっただけだよ」 「そ、そうですか……良かったぁ…」 青髪の女性は安心した様に微笑み、その笑顔に思わず見とれたカールは、再び呼吸が止ま ると彼女に心配を掛けてしまうと思い、慌てて視線を逸らした。 その時になって、ようやく冷静に周囲の状況に目を配る事が出来、カールは顔を真っ赤にしな がら青髪の女性に話し掛けた。 「す、すまないが……降りてもらえないか?」 「降りる…? ……………あ!」 青髪の女性は倒れているカールの上に馬乗りになっている、という現状に気付くと直ぐさま彼 の上から降り、照れ臭そうに苦笑いを浮かべた。 「重ね重ねすみません……」 「いや、君も怪我しなかったみたいで良かったね」 「え、ええ…」 しばらくの間、青髪の女性はしゅんと項垂れていたが、ふと中庭にある時計に目をやると、思 い出した様に立ち上がった。 「大変、急がなきゃ!」 「急ぐ…?」 「あの……教員室はどこですか?」 「教員室なら…」 カールは教員室の場所を事細かに教え、大体の場所がわかった青髪の女性は、驚くべき早 さで校舎の方に駆けて行った。 ……と思ったら、途中で引き返してきてカールに向かってペコリと頭を下げた。 「ご迷惑をお掛けしました。今すぐお詫びしたいのはやまやまなのですが、時間が無いんで す。本当にごめんなさい」 「い、いや、気にしないでくれ。お互い怪我は無かったんだし…」 「そう言ってもらえると嬉しいです。でも後日きちんとした形でお詫びさせて下さい、お願いしま す」 そこまで言われては断る訳にはいかない。 カールがコクリと頷いてみせると、青髪の女性は満面の笑みを浮かべ、再び頭を下げて校舎 に駆けて行った。 全てが夢の様な出来事であった…… 始業ベルが鳴る前に何とか教室に辿り着いたカールは、急いで自分の席に腰を下ろし、ふぅ と一息ついた。 いつもなら余裕をもって来るのだが、今日はあの一件のお陰で遅くなってしまった。 しかし今日のカールは妙に機嫌が良く、遅れた事にすら気付いていなかった。 「よぉ、シュバルツ。今日はやけに遅かったな」 カールに馴れ馴れしく話し掛けてきたのはクラスメートのラルフ。 本当に同級生か?と疑いたくなる程、見た目と年齢のギャップが激しい容姿の青年だ。 常に実年齢より若く見られるカールとは正反対である。 カールはラルフに向かって苦笑してみせ、今の気持ちを悟られない様に平然と話し出した。 「まぁ、色々あってな」 「色々、ねぇ。さっきまでの顔はその色々のせいだろ?」 「さぁて、どうだろうな」 カールは軽くはぐらかすと、ラルフから前方へ視線を移した。 ラルフとはZi学園に入学してから何故か毎年同じクラスで、ほとんど腐れ縁に近い関係である が、それ程仲良くはない。 と、カールは思っている。 しかし当の本人であるラルフはそう思っていないらしく、事ある毎にカールと行動を共にする。 カール目当てで集まってくる女生徒を口説き回っている、というのが専らの噂だ。 確かにそうであると、カールも何となく気付いていた。 「おはよう、シュバルツ君」 「あ、おはよう、ハルトリーゲルさん」 カールとにこやかに挨拶を交わし、彼の前の席に座った女生徒はこのクラスの学級委員をし ているキルシェ・ハルトリーゲル。 彼女はカールと唯一まともに話せる女生徒で、カールにとって数少ない友人の一人でもある。 他の女生徒達はカールに対して異常な程憧れの気持ちを持っており、彼と話すのは恐れ多 いと、揃って遠巻きに眺めているだけだ。 そんな彼女達の行動は気にはなったが、カールは敢えて干渉しようと思わず、いつも優しく見 守っていた。 それによって女生徒達の間でカールの人気が不動のものとなっているとは、本人は全く気付 く由も無かった。 「今日、転校生が来るらしいの」 キルシェは一時間目の教科書などを用意しつつ、カールと彼の隣にまだ居続けているラルフ に話し掛けた。 「へぇ、こんな時期に転校生なんて珍しいね」 「ふむ、このパターンだと……転校生は女だな。だろ? ハルトリーゲル」 「こういう事だけは妙に鼻が利くわねぇ。あなたの望み通り、転校生は女の子よ」 「ふっ……また俺の手に落ちる女がやって来るって訳か。これは楽しみだなぁ」 ラルフはキラリと目を光らせ、にやにや笑いながら自分の席に帰って行った。 本人はそう言うが、彼の手に落ちた女生徒がいるとは未だかつて一度も聞いた事が無い。 その事実を百も承知のカールとキルシェは、顔を見合わせて肩をすくめた。 程なくして始業ベルが鳴り響き、担任の若い男性教員が教室に入って来て軽く挨拶し、噂の 転校生を紹介しようとドアの外に声を掛けた。 転校生が教室内に入った途端、男子生徒の間でどよめきが起きた。 しかしカールだけは彼らと違う理由で驚いていた。 (今朝の………天使…) そう、転校生とはカールが今朝中庭で出会った青髪の女性であった。 青髪の女性はカールに気付くと満面の笑みを浮かべ、軽く目配せした。 全く知らない初対面の人ばかりの中で、多少なりとも知った顔がいるのは嬉しいものだ。 が、折角青髪の女性が微笑み掛けてくれたというのに、カールはその笑顔に見とれたまま反 応を返せず、そうこうする内に男性教員が二人の間に割り込んでしまった。 「初めまして、サラ・クローゼと申します。よろしくお願いします」 男性教員に促されて青髪の女性が自己紹介すると、先程とは打って変わって全生徒がどよ めいた。 クローゼと言えばあの有名な科学者、クローゼ博士が連想されたのだ。 生徒達の驚きを察した男性教員は、誰も尋ねていないのに青髪の女性…サラの事を詳しく説 明し始めた。 「彼女は皆もよく知っているクローゼ博士の娘さんだ。もちろん彼女も父上のように優秀な科 学者になるべく博士の元で勉学に励んでいたが、本人のたっての希望でこのZi学園に転校 する事になった。皆、仲良くするように」 『はい!!』 男性教員の言葉に、男子生徒全員が揃って返事をした。 当然カールは除いての話で、彼は未だ硬直したままである。 男性教員はサラに学級委員をしているキルシェを紹介し、丁度空いていた彼女の隣の席へ着 く様に言うと、直ぐさま授業を開始した。 サラは足早にキルシェの元へ行き、隣の席に腰を下ろすと彼女ににっこりと微笑み掛けた。 「よろしく、ハルトリーゲルさん」 「私の事はキルシェって呼んでくれていいよ」 「あ、じゃあ、私もサラで」 「うん、よろしくね、サラ」 サラはキルシェと一通り挨拶を済ませると、斜め後ろの席に座っているカールに軽く会釈し た。 途端にカールは顔を真っ赤にしたが、とりあえず何か返事をしようと、少々引きつった笑みを 浮かべた。 カールの笑みにサラは何となく違和感を感じたが、授業が始まっている事を思い出すと、慌て てカバンから真新しい教科書を取り出した。 やがて一時間目の授業が終了し、男性教員が教室内から出て行くと、サラの元へ男子生徒 だけでなく、女生徒までどっと集まってきた。 父であるクローゼ博士の事、何故転校してきたのかなど次々と質問を投げ掛けられ、サラは 答えに窮して困り果ててしまった。 皆のすさまじい勢いに、キルシェの制止の声も生徒達の耳には届かず、結局休み時間の度 に彼らはサラの周囲に集まっていた。 一方、カールはその様子を見守っているだけで、決して話の輪の中に入ろうとはしなかった。 どうやら賑やかなのは苦手らしい。 昼休みになると、カールはいつも通り食堂で適当に昼食を買い求め、中庭で一人静かに平ら げて昼寝を始めた。 基本的にカールはマイペースで、休み時間を本当に休む為に使っている。 そうしてうとうととし始めた頃、校舎の方から慌てた様子の足音が近づいてきたので、カール はゆっくりと目を開いて音がした方を見てみた。 「わぁっ!!」 足音の主はカールが寝転んでいるとは思わなかったらしく、大きな声をあげながら彼の体に 思い切り足を取られて倒れ込んだ。 咄嗟にカールは自分がクッションになろうと移動し、足音の主を何とか受け止めた。 その瞬間、見覚えのある美しい青髪が目に映り、それと同時に甘い香りがほのかにカールの 鼻先を掠めた。 「ご、ごめんなさい! 大丈夫で…あっ」 カールの上に倒れ込んだ人物は慌てて謝ろうとしたが、彼の顔を見るなり驚いて目を丸くし た。 「や、やあ、よく会うね」 カールが少々引きつった笑みを浮かべつつ話し掛けると、彼の上に倒れ込んだ人物…サラは 恥ずかしそうに頬を赤らめた。 その時、突然ドタドタという複数の足音が聞こえてきて、サラはハッと我に帰ると、急いでカー ルの背後に身を隠した。 元々校舎側からは見えにくい位置にいた為、集団でやって来た生徒達はカールとサラに一切 気付かず、少し離れた所をぞろぞろと通り過ぎて行った。 彼らをこっそり見送ったサラはほっと胸を撫で下ろし、カールはそんな彼女の様子から何があ ったのか察する事が出来た。 「転校初日から大変そうだね」 「う、うん……まぁ、ね…」 サラは如何にも嬉しくないと言いたげな苦笑いを浮かべ、カールの隣へいそいそと移動した。 「ねぇ、ここでお昼ご飯食べてもいいかしら?」 「え、あ、べ、別に構わないけど」 「ありがとう」 思わずカールが見とれてしまう程の笑顔で礼を言うと、サラは持っていたお弁当の蓋を開け、 黙々と食べ始めた。 カールは何気なくお弁当の中に目をやり、手作りと思われるおかずの数々をぼんやりと眺め ていた。 さっき昼食を食べたばかりだったが、それでも食べたいと思う程おいしそうなお弁当であった。 カールの視線に気付いたサラは、にっこりと微笑んで彼にお弁当を差し出した。 「良かったら、お一つどうぞ」 「え、い、いや、俺食べたばかりだから…」 「遠慮しないで、好きなのを食べていいよ」 「……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて一つ頂きます」 カールは間近にあるサラの端整な顔にドキドキしつつも、彼女のお弁当からおかずを一つつま むと、急いで口に放り込んだ。 固唾を呑んで見守るサラの前で、カールはゆっくりとおかずを噛みしめ、おいしさを充分堪能し てから飲み込んだ。 「ありがとう、すごくおいしかったよ」 「そっか、良かったぁ。今朝寝坊しちゃって慌てて作ったから、ちょっと心配だったの」 サラは安心した様に微笑んで再びお弁当を食べ始め、その様子を笑顔で眺めていたカール は、先程食べたおかずは彼女の手作りだったのだと改めて気付き、嬉しさで心が躍り出しそ うになった。 「…あ、そう言えば、あなたのお名前聞いてなかったわね」 「え…?」 「名前だよ、な・ま・え」 「あ、あぁ、名前か。俺はカール・リヒテン・シュバルツ」 「シュバルツ…? シュバルツってまさかあの有名な…?」 「ああ、そのまさかだよ」 カールはわざわざ自分の家の事を隠しても仕方ないと、サラの言葉をすんなり肯定した。 サラは少し驚いた様な表情をしたが、何故か無性に笑いが込み上げてきて、プッと吹き出し て笑った。 どうして笑われたのか、理由がわからなかったカールはキョトンとなって首を傾げ、そんな彼に 気付いたサラは慌てて笑うのを止めた。 「ごめんなさい。笑うつもりはなかったんだけど、つい…」 「いや、名前の事はもう諦めているから気にしなくていいよ」 「ううん、私が笑ったのは名前の事じゃないわ」 「……?」 「あなたも私と同じ境遇だったのかなぁって思ったら、笑いが込み上げてきちゃったの」 「あ、そういう事か…」 確かに、とカールは思わざるを得なかった。 Zi学園に入学して以来、初対面の者に名を名乗ると、必ずと言って良い程『あの有名なシュ バルツ家の人間か』と言われた。 子供にすら知れ渡っているシュバルツという名。 高等部に進学してからはさすがにあからさまな驚き方をする者はいなくなったが、やはり周り の態度は変わらなかった。 教員達は生徒以上にカールに特別な目を向ける。 シュバルツ家がZi学園の強力なスポンサーの一つである為、仕方ないと言えば仕方ない話 であった。 しかし、その為にカールはいつも窮屈さを感じていた。 (そう言えば……クローゼ博士はZi学園の理事の一人だったな…) これは正しく同じ境遇だろう。 サラも自分と同じ苦しみを味わっていたのかもしれないと思うと、カールは遣り切れない思い に駆られた。 こんな思いをするのは自分一人で充分なのに、その実世の中には大勢いる。 カールの好敵手と言い張る同級生の青年。 彼もカールと同じ境遇のはず…なのだが、そんな素振りは一切見せない異常に明るい性格 のヤツだ。 時々その明るさが羨ましいと思う反面、単純でなくて良かったとも思う。 「…やっぱり辛いかい?」 「ん、そうねぇ…。始めはずっと辛いって思っていたけど、今は平気だよ」 「慣れた…から?」 「うん、それもあるわね。でも私、父の事を誇りに思っているから、あの人の名前で辛いなんて 思いたくないの。……あなたもそう思わない?」 「ああ、俺も同感だ。だから平気になれたんだろうな」 「ふふふ、良かった。私と同意見の人にようやく出会えたわ」 サラは本当に嬉しいのだなとわかる満面の笑みを浮かべ、食べ終えたお弁当をいそいそとカ バンにしまい始めた。 サラの仕草一つ一つが非常に愛らしかった為、カールは余りじっと見つめてはダメだと思いつ つ、終始呆然と彼女の横顔を眺めていた。 すると、一瞬だがサラの表情が曇り、驚いたカールは彼女が自分を見つめ返しても、何も言い 出せなくなってしまった。 「……たまにだけど、今でも名前の重圧に負けちゃう事があるの。あなたはない?」 「…あ、あるよ、俺も……」 「そっか……。仕方ない事なのかもしれないね、名前は一生ものだし」 「そんな事ない!」 カールは思わず大声を出してサラを驚かせると、無意識に彼女の肩を掴んで迫っていた。 「名前は苗字だけじゃないだろう?クローゼ博士と同じではない、君だけの名前があるじゃな いか。その名前を大切にしていけば、重圧に負ける事なんて無くなるって俺は信じてる」 「………あ、あの……」 「何?」 「い、痛い……」 「え!?」 今自分がどういう体勢をしているのか、サラの弱々しい声によって気付かされたカールは、慌 てて彼女の肩から手を離し、顔を真っ赤にしながら後退った。 勢いに任せて、何て事をしてしまったのだろう。 もう嫌われても仕方ないとカールが諦め切った表情をしていると、サラの手がそっと彼の額に 伸びてきた。 「大丈夫? 顔が真っ赤だよ?」 「へ…!? ……あ、だ、大丈夫、心配いらない」 カールの不安を余所に、サラは彼の体調の心配をし、大丈夫とわかるとにっこり微笑んだ。 「ありがとう。私、自分の名前を大切にする。折角父様と母様が付けてくれた名前だもの、大 切にしなきゃダメだよね」 「あ、うん、そうだね」 「何だか不思議な気分……。今日会ったばかりのあなたに色々教えてもらっちゃった…」 サラは独り言の様に言うと突然立ち上がり、大きく伸びをしてから笑顔でカールの方に振り返 った。 「名前の事を話したの、あなたが初めてだよ」 「初めて…?」 「今まで誰にも話せなかったの。でもあなたに話したらスッキリしたわ、本当にありがとう」 「い、いや、俺は大した事はしてないよ」 「うふふ、あなたって謙虚なんだねぇ。だから話せたのかもしれないけど、お礼は絶対させても らうからねv」 「え……お礼!?」 「うん。今日いっぱい迷惑を掛けちゃったから、そのお詫びも兼ねて」 「そ、そこまでしてもらう程の事はしてない。だから……」 「ダメで〜す。人の好意は素直に受けるのが礼儀ってものよ」 「う……それは確かにそうだけど…」 「よし、じゃあ決まりね。詳しい事はまた今度一緒に考えましょ」 そう言ってサラは校舎の方へ歩き出したが、ふとある重要な事を思い出すと、クルリと振り返 った。 「ねぇ、あなたの事何て呼べばいい?」 「俺の事…?」 「そ。苗字じゃなくて、あなただけの名前で呼んでいい?」 「あ、ああ、いいよ」 「じゃ、私の事も私だけの名前で呼んでねv」 サラはカールに向かって小さく手を振ると、軽い足取りで校舎に入って行った。 サラを見送って一人になったカールは、大きく伸びをしながらそのまま地面に寝転んだ。 今朝初めて出会った時は天使だと思い、永遠に手の届かない女性と勝手に思い込んでいた が、実際話してみるとそんな事はなかった。 とても人懐っこい、かわいい女性であった。 (あ………これってひょっとして…) サラの事を考えていて例え様の無い胸の高鳴りを感じた瞬間、カールはこの感覚の正体を察 する事が出来た。 これまで一度も経験していないが、話には聞いた事があるから間違いない。 この感覚はきっと『恋』だ…… (まさか一目惚れするとは………いや、相手が彼女なら当然か……) カールはサラの美しい姿を脳裏に思い浮かべつつ、偶然ではあるがここで彼女と出会えた喜 びに打ち震えた。 運命だと思わないところが如何にもカールらしくて微笑ましい。 今はそんな事より、この想いをどう伝えるかの方が重要なのだ。 とりあえず先程お礼をしてもらえる話になったので、その機会を逃さずに思い切って告白して しまおう、とカールは決意した。 しかし、具体的に何を言えばいいのかという一番肝心な事を考え始めると、途端にその決意 が揺らいだ。 今までは言われる側だった為、どんな言葉を使うのかは大体わかっているが、わかっていて も彼女の前でその言葉を言えるかどうか自信がなかった。 自分が断りの返事をした時の、あの女生徒達の悲しそうな顔…。 彼女達がどんなに辛い思いをしているのか、手に取る様にわかった。 その原因を作ったのは他ならぬ自分なのだから尚更である。 そしてそんな思いを今度は自分が受ける側になるのかもしれないと思うと、カールは告白を躊 躇してしまいそうだった。 (急ぐ必要はない、よな……) 雲一つ無い青空を見上げ、のん気に考えるカールの背後で、天使との出会いを演出してくれ たハングライダーが爽やかな風に揺られていた… ●あとがき● 学生のカールとサラ……なんて初々しいvv でも外見は長編と全く変わらないという童顔な二人(笑) そして二人が出会うキッカケも長編と同じく突然で、お約束のカールの一目惚れからスタート しました。 「余程このパターンが好きなんだな、コイツは」と思って下さい。 昔から知っているというより、突然の出会いの方がカールらしいかなと思っています。 長編以上に妄想爆発(笑) クラスメートとしてラルフとキルシェを出してみましたが、ラルフはかなり無理がある様な… あの容姿で十代なんて、笑えるにも程がありますね。 でも一応カールとは同級生っぽく話していたので、長編もこの学園パロディも同じ年という設 定にしました。 これからも無理で突っ走った設定がたくさん出て来るとは思いますが、私の妄想について来 れる方は一緒に走りましょう!(笑) 最後になりましたが、この学園編は長編の様に次回予告は書きません。 何故なら続きを考えていないからです(爆) 思い付いた時に書き、ひょっこり更新するというものですのでご了承下さい。 |